08:無理矢理にでも見て欲しかった











 私を、無理矢理にでも見て欲しかった。


「ねえ、オスカー」
 友人の呼び掛けに、オスカーは振り向いて応えた。
「どうしたんだい? エレイン」
「……」
 彼女はじーっと顔を見たかと思うとグイと両手でオスカーの顔を引っ張る。
 そうして親指と人差し指でその細い目を無理に開かせようとした。
「ちょ、エレイン! い、痛いって…!」
「あ、ご、ごめんなさい…」
 さすがに痛がったオスカーに、エレインは手を放す。
 少し痛みが残るのか手で目をこすりながら、彼は尋ねた。
「でもいきなりどうしたんだい? こんなことをするなんて」
「…オスカー、その目でちゃんと見えてるのかなって、思って」
「……確かに私はこんな目だけど、心配ないよ。ちゃんと見えてるから……」
 オスカーは苦笑する。
 彼の最大の特徴は、その開いているのかわからないほど細い目。
 それゆえに騎士団の同僚の間からはたまに「糸目」と呼ばれていたりする。
「でも不便には感じない?」
「いや、別に…不便って思ったことは一度も」
「そう」
 小さい頃からこんな目なら、そうなんだろうなとエレインは思って打ち消す。
「でもまたどうして…」
「……私、二月後には遠方任務に着くって話をしたでしょ?」
「ああ。確か任期は半年だっけ?」
「ええ。……だからなのよ」
「??」
 わからずに首を傾げるオスカーを見て、エレインは思う。
 ああ、やっぱり、と。
「…無理にでも、見て欲しかったの。もしかしたら私、さらに遠くに行ってしまうかもしれないから」
「さらに遠くって…あ」
 そこでオスカーは言葉の意味に気付く。
 そうだ、彼女は――。
「そう言う意味だったのか…ごめん」
「いいの。でも私は騎士であることを辞めないつもりだもの。両親も許してくれてるし。
 だから出来る限りはあなたやケビンと一緒に、非番の日は教会のみんなと過ごしていきたいわ」
 彼女は笑った。幸せの伺える笑みだった。
「…君は、幸せなんだね」
 表情を察知して、オスカーが言う。
 不安になって問いかけた。
「…あなたは…違うの?」
「いや、今こうしていることは私にとっていいことだと思っているよ。
 エレインも、ケビンも、私にとっていい同僚だよ。
 …でも…故郷の家族を思ってしまうとね。弟から手紙が来たんだけど、父が病気で思わしくないみたいだし…」
「……ごめんなさい……」
 私は幸せを手にしました。
 でも、彼は今も苦しんで、辛い思いをして……。
「君が謝ることじゃないよ。君だって辛い思いはしていたんだし」
「でも、あなたは今も辛い思いをしてる…」
 どうしてですか、アスタルテ様…。
 こんなに優しい人なのに、どうして幸福をお与えになられないのですか。
 エレインは祈る。
「…お父さんの病気、良くなるといいわね」
「ああ。薬は買って送ってるから…きちんと飲んでいるといいんだけど」
 父親を心配するオスカーの姿にエレインは、思う。


 無理矢理にでも見て欲しかったけれど、それは無理なのですね。


 だって彼の心は、家族のもとにあるから。


 アスタルテ様、幸福を与えてあげてください。


 あんなに優しい、心から家族を思う人に。


 私の想いは、届かなくていいですから……。






07  09  戻る