07:お願い気付いて











 お願い、気付いて。


 私のこの気持ちに。



「聖誕祭?」
 そういえばもうそんな時期か、とオスカーは思った。
 年の瀬近いこの時期には女神アスタルテの聖誕祭が行われる。
 宗教国家ベグニオンには劣るものの、クリミアでも毎年祝っている。
「ええ。それでうちの教会でも小さく聖誕祭を毎年祝っているの。
 祭壇のお掃除をしてから、飾り付けをしてご馳走作って…」
「ほう。それは楽しそうだな」
 友人ケビンも話から様子を想像する。
 エレインは笑顔で言った。
「もちろん楽しいわ。毎年子供たちもこの聖誕祭を楽しみにしているから。
 …それで、ちょっとね、二人にお願いがあるのよ…」
『??』
 二人が首を傾げると、エレインは申し訳なさそうに言った。
「あのね、それで…実は毎年、準備に追われてるの。
 司祭様ご夫婦は祭壇のお掃除、私は料理で子供たちの面倒を見る人もいないし…
 良かったら、二人に手伝って欲しいんだけど……」
 手を叩いて、エレインは頼みこむ。
 この時期は騎士団も休暇の時期。
 聖誕祭とその前日はほとんどの者が休みになるため、
 二人も予定が空いているだろうとエレインは踏んでいた。
「…ふむ。そんな聖誕祭もいいだろう。友の頼みを断ったとあっては、クリミア騎士の名折れだからな!」
「ありがとう、ケビン」
 何を言うにも大げさだなとエレインは苦笑するものの、この義に厚い友人に感謝する。
「オスカーは? …って、だめか…帰るものね」
 思い出して顔を暗くする。
 長い休暇の時には、彼は必ずと言っていいほど故郷に帰っている。
 構ってやれなかった弟たちと遊び、家族で過ごす。
 去年、一昨年の聖誕祭の時期はそう言えばそうだったことも、エレインは思い出した。
 しかし。
「私で良かったら手伝うよ」
 予想外の言葉にエレインは瞳を瞬かせた。
「え…いいの?」
「今年はもらえなかったんだ、休暇」
 嬉しさと同時に、少し、痛みも覚えた。
「…ごめんなさい…せっかくの時期なのに」
「いいよ。弟たちには手紙と一緒に何か送っておくし。それより大変なら手は必要だろう?」
「うん…ありがとう、二人とも」
 笑顔でエレインは二人に、感謝した。
 しかし痛みは完全に消せなかった。




 聖誕祭、前日。
「ただいまーっ!」
 王都メリオル郊外にある小さな教会。扉を開けてエレインは挨拶した。
「あ、エレイン姉ちゃんお帰り!」
「おかえりー!」
 教会の中を掃除していた子供たちが、わらわらと集まってきた。
「ただいま。ちゃんと掃除してたんだ、えらいね」
 よしよし、と子供たちの頭を撫でていく。
「だって、明日聖誕祭でしょ? きれいにしようねって司祭様がいってたの」
「そうね。きちんときれいにしないとねー。さて、みんなーー!」
 エレインの号令に、そこかしこにいた子供たちが集まる。
 その様子は姉で母親のようだ。
「お掃除ご苦労様。終わったら、この教会の飾りつけやるわよ。二人とも入ってきて」
 その言葉で、外にいた二人が中に入ることができた。
「あ、ケビン兄ちゃんだ!」
「オスカー兄ちゃんだ!」
「久し振りだな!」
 ケビンが声をかけた。
 以前二人は非番の時にエレインの教会を訪れたことがあり、子供たちとは顔見知りで好かれている。
 オスカーはその料理の腕前もあるし、父性を感じさせる雰囲気が安心感を与えてくれる。
 ケビンは、本人には失礼だろうが思考が子供に似通っている所がある。
 遊んでいたら一緒に熱くなって叫んでばかりだったことがあった。
 なんの気兼ねもなく遊べる相手がいるというのは、子供には嬉しいことなのだが。
「みんな久し振り、元気だったかい?」
「うん!」
 微笑を浮かべて問いかけるオスカーに子供の一人が元気よく答える。
「ほらほら。今回の聖誕祭は、二人が準備を手伝ってくれるから言うことを聞くように!
 じゃ、ケビンは掃除と飾り付けの手伝いをやってもらっていい?
 オスカーは私と一緒に料理をね」
「おお。よし! まずは掃除だ! 俺に続け!!」
 熱いケビンに着いて、子供たちは掃除を再開する。
 苦笑しながら、エレインとオスカーの二人は厨房に向かった。
 両手に抱えていた紙袋を下ろし、手早く準備を整える。
「子供たちはケビンに任せておけば問題ないから…私達はやれることをやっちゃいましょうね」
「ああ」
 エプロンを着用した二人は、明日の聖誕祭に向けた料理の下ごしらえを開始した。
 二人の手際は見事なもので、瞬く間に煮込み料理の準備が整う。
 一日と長い時間をかけてこれは煮込む。
 あとはこの日のために手に入れた七面鳥の丸焼きを作るための下準備も行う。
 前日なのでさすがに食事の準備は最低限。残りは当日になる。
 下ごしらえをすべて終えて、休憩。エレインがオスカーに申し訳なく言った。
「…本当にごめんなさいね。本当なら家族と過ごす所でしょうけれど…」
「だからいいって。仕方ないよ」
 そうオスカーは言ったが、どこか寂しさのような雰囲気を感じる。
「それにしても、教会のみんなは相変わらず元気だね」
「ええ。元気過ぎて困るわ。でも、だからこそ帰って来るのが楽しみでもあるのかも」
 エレインは苦笑する。ここが自分の家族、帰る場所と思っているからだ。
 だけれども。
「少し、君が羨ましいな。こんなに温かい場所でこんな時期を迎えられるから」
 オスカーの言葉は暗い影を落とす。
 それは、彼が自分の「家庭」に対して良い感情を持っていないという証拠。
 家族を大切にしているけれど、それが報われない……。
「……ごめんなさい……」
「君が謝ることじゃないよ。さあ、そろそろケビンたちの手伝いでもしようか?」
「あ、そうね。行きましょうか」
 オスカーの表情はいつもの微笑。しかしエレインはさっきの暗い影が離れない。
 聖誕祭は間近なのに、心は晴れない。




 ガラーン、ガラーン……。
 雪が降るメリオルに、鐘の音が響く。
 鐘の音と同時に人々は女神に祈りを捧げる。
 郊外の教会で司祭夫婦と子供たちに混じり、三人も祈りを捧げる。
 音がやがて聞こえなくなると、この日のための贈り物をみんなで交換する。
「はい、二人とも」
 エレインはオスカーとケビンに袋を一つずつ渡した。
「これ、私達に?」
「ええ。手伝ってくれたお礼もあるし…私からの気持ちよ」
「感謝する! ……これは、なんだ?」
 袋を空けたケビンは中身に、訝しがる。
 中身は大量の包帯と傷薬。そして手編みのマフラー。
「訓練中の怪我が多すぎるからよ。怪我しないようにしなさいよね。マフラーは非番の日にでも暖かくしてね」
「そうか……努力はしよう! エレイン、感謝するぞ!!」
 大げさなケビンに、ため息をつく二人。
「それだと私は…エプロン?」
 オスカーの袋の中には、エプロンと手袋、そしてマフラー。
「お料理する時にでもと思って。手袋とマフラーは、ケビンと同じく非番の日にでも」
「悪いな。こんなものをもらってしまって…」
「だからいいのよ。私の気持ちなんだから。その手袋とマフラー、気合入れて作ったんだから大切にしてね」
「そうするよ。ありがとう、エレイン」
 オスカーは笑って彼女に感謝した。
 それからは楽しく聖誕祭の日を過ごす。
 しかしエレインは思う。


 私の気持ちに気付いて欲しい。



 でも――もしかしたら………気付いてもらえない。



 ――だって………彼は。



 聖誕祭の日に、こんなことを考える私をお許しください、アスタルテ様。






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