06:ライバルにもなれない











 自分は、ライバルにもなれない。



「うおおおおおおっっっ!!!」
 雄叫びをあげるのは赤い鎧の若い騎士。そのすぐ後ろで必死にエレインは食らいつく。
「負けるもんですか…!」
 今日、クリミア騎士団は盛りあがっていた。
 今年で入隊二年目になり、正式に騎士叙勲を得た者たちによる馬術大会が開かれている。
 馬術の能力と才を測るこの大会は騎士団の有力者たちも観覧しており、
 成績を残せば以後出世街道を歩めるかもしれないという期待もある。
 そのため叙勲を受けた騎士たちは躍起になってこの大会に臨んだのだが…。
「負けるものかあぁぁぁぁ!!!」
 また自分のすぐ前で雄叫びをあげる騎士。
 確か名前はケビンといったか。
 騒々しいことで騎士団では結構有名だったりする。
 馬術には自信のあったエレインだが自分の前にいるのは二人。
 一人は接戦を繰り広げているケビン。そしてもう一人は―――。
「…オスカー…早過ぎる…!」
 見習い時代からの友人、オスカー。
 卓越した馬術の才があったか、努力を重ねていったからか、すぐ前にいるケビンに三馬身の差をつけて先行。
 彼が先頭だ。
 見習い時代から仲が良かったから馬術に長けているのはわかっていたのだが、
 それでもここまでの差があるとは思っていなかった。
 自分は友人で、ライバルのように思っていたけれど、
 ――ライバルにもなれない。
 ここまで差があっては。
 そうこうしているうちに勝負がついてしまった。
 一位がオスカー。二位がケビン。そして三位が僅差でエレインだった。
「おめでとう、オスカー」
 周囲からの祝福と冗談混じりの羨望を受けている彼に、エレインは呼びかけた。
「エレイン」
「完敗よ。精一杯頑張ったんだけどね」
 ふふ、と苦笑する彼女。
 これは事実だ。彼女は訓練や手合わせなどで手加減されるのを嫌っている。
 だから手加減など出来ないように全力で打ち込んでいるのだ。
「貴様ーーーっ!!!」
 と、そこにすぐ後ろから騒々しい声。
 この声は、さっきは自分のすぐ前にいた――。
「…えっと、君は…ケビン、だっけ?」
「そうだ! 第五分隊のケビンだっ!!」
 やっぱり。
 振り向きながらエレインは思った。
「貴様っ、所属と名前は!?」
「……第十二分隊のオスカーだよ」
 戸惑いながらも答えたオスカーに、ケビンは宣言した。
「いいか、貴様にいつか雪辱を果たす!! だからこの俺のことを忘れるんじゃないぞ!!!」
 三馬身の差を埋めるのはかなり努力がいるだろうにと思いながらも、
 頭に響く大声にエレインは耳を押さえる。
「わかったよ。まあお互い頑張ろうか、ケビン」
「当たり前だ! 俺とお前は永遠の好敵手だ!」
 それにエレインは少し心に痛みを覚えた。
 ちくりと、針が刺さったような感覚。
「ちょっと、オスカー。いいの?」
 そこから何か言い知れぬ不安を感じ、手を耳から放してエレインは問う。
 のんびりとした答えが返ってきた。
「うーん。いいと思うよ。競いたいと言うのを断るわけにもいかないし…」
「それはそうだけど」
「うん? お前は?」
 話しているとケビンがようやく気付いたらしくエレインに声をかけてきた。
「…さっきの勝負ではあなたのすぐ後ろにいたんですけれど、私」
「おお、そうだったのか!」
 前しか見ていなかったのか…。ふう、とため息をつく。
「私はエレイン。第十分隊所属よ。彼とは友達なの」
「俺は第五分隊所属のケビンだ! 
 そう言えば聞いたことがあるな。第十分隊に女で有望株がいると。お前のことだったか!」
「お褒めのお言葉、ありがとう」
 多少皮肉が混じっているものの、知っていてくれていたことにエレインは感謝する。
「とにかく、俺はお前に雪辱を果たす! 勝負するからいいな!!」
「わかったよ。これからもよろしく、ケビン」
「それでこそ永遠の好敵手だ!!」
「ケビン、ちょっと声小さくしてよ…」
 エレインの突っ込みも届かない。まだまだわめく。
「…オスカー、本当にいいの?」
「私は構わないよ」
 ニッコリ、いつもの微笑で答える彼にエレインの心はまた痛んだ。


 私はライバルにもなれない。


 じゃあ、私は彼の何ですか?






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