04:こんなに想っていても










「オスカー!」
 手を振って、エレインはいつものように呼びかける。
「やあ、エレイン」
 いつもの糸目微笑でオスカーは応えてくれた。
 その後エレインは彼の隣に来ると少し膨れっ面で言った。
「ねえ聞いてよ。今日の訓練でね部隊の連中叩きのめしたら「やりすぎだ」って怒られちゃった」
「第十分隊の騎士たちを?」
 うん、とエレインはうなずいた。
「手加減はもちろん無しよ。それこそ相手に失礼だし。
 でもみんな私が叩きのめしちゃった」
「エレインは強いからね」
 それにはううん、と首を横に振る。
「オスカーには敵わないわ。一度も勝ったためしがないもの。
 ケビンとは武器相性の問題で勝率はそこそこあるけれど、やっぱり負ける時あるし。
 精進しなきゃ。彼には悪いけれど、まず当面の目標はケビンとの勝率を上げることかしら」
 ふふ、とエレインは笑う。オスカーも微笑で応えた。
 それに少し嬉しくなって彼の腕を取る。
「あ、エレ…イン?」
「…少しだけ、こうしていい?」
 どこか切ない瞳を見たオスカーは、ゆっくりとうなずいて彼女のするがままにさせる。
(優しいね…オスカー)
 その優しさは騎士隊の中にのまれる自分の心を癒してくれる。
 家族を大切に思い、複雑な事情を受け入れ、道を示してくれた彼。
 彼の腕を取る力を強めてしまうほど、惹かれているとエレインは改めて自覚する。


 ――しかし――。


「オスカーーーっ!!」
 けたたましい声にエレインは我に返った。慌てて手を放す。
 こんな声はただ一人。
「やあ、ケビン」
 ニッコリと笑ってオスカーは応えた。
「ケビン…その大きい声どうにかしない?」
「おお、エレインもいたのか」
「…気がつきなさいよ」
 自称「永遠の好敵手」オスカーしか眼中になかったらしく、
 ケビンは声をかけられるまでエレインに気がつかなかった。
 彼らしいとも思えるが、なんだかむなしい。
「それで、私に何か用かい?」
「おお! オスカー、勝負だ!! 今日こそ貴様に勝つぞ!!」
 やっぱり、と思う。
 ケビンは無駄に熱く周りを巻き込む、そんな男である。
「私は構わないけれど…」
「ならば行くぞ!!」
 ぐい、と強引にケビンがオスカーの腕を引っ張る。
「あ、オスカー…っ」
 エレインは反射的にもう片方の腕を取っていた。
 二人にオスカーが挟まれる形になる。
「どうした、エレイン」
「…無理に、引っ張っていくのは、良くないって…思って」
 理由が判らないままエレインはごまかして答えた。
「ね、ねぇ。オスカー」
 苦し紛れに同意を求める。彼は少し考えて、そうだよ、と答えてくれた。
「私は逃げないから」
 ニコリと微笑んで彼は言う。
「よおし、行くぞオスカー!」
 納得したのかケビンは手を放し、厩舎向けて歩き出す。少し後をオスカーとエレインは歩いた。
 エレインも今はその手を放している。
「…どうか、したのかい?」
「…なんでもないわ」
 力のないような笑みで、彼女は答えた。
 誰にでも、あんな笑みの彼。
 彼は彼で誰のものでもないと解かっていはいても切なくなる。
「……一緒に……いられるよね、オスカー」
 そんな心が彼女にこんな言葉を口にさせた。
 オスカーは、笑って答えた。
「私達が騎士である限り、一緒だよ」
 嬉しくとも、不安をよぎらせる答えだった。


 いずれは来てしまうのでしょうか、別れの時が。


 その以前に、彼は私をどう思っていますか?


 女神アスタルテよ、答えてください。


 彼を……こんなに想っていても……答えはありますか?






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