03:焦りと噂











 噂は、焦りを生み出す。


「何よ!」
 友人の怒鳴る声に、オスカーははてと首を傾げた。
 気になって声のした場所に向かうと、エレインともう一人。同僚の騎士が言い争いをしていた。
「私はそんな気はないの。訂正して」
「もっぱらの噂だぞ?」
「どこからそんな噂、出てきたのよ。根も葉もない」
 険悪になりそうな予感がして、まずいと思ったオスカーは調停に入ることにした。
「まあまあ。どうしたんだい?」
「オスカー…」
 エレインが振り返る。
 助かったと思った彼女は事情を話した。
「聞いてよ。なんでも私が除隊するんじゃないかって噂があるのよ」
「え? なんでまた」
「知らないわよ…とにかく、私はそんな気はないわ。オスカーからも言ってやってよ」
「そうだね。エレインはずっと騎士でいる気だと聞いたしね」
「でも、噂によると親元に帰るって」
『!?』
 この話にはエレインも、オスカーも驚く。
「な、そんな話…! 私の親は……」
 彼女は押し黙る。
 複雑な心の内が解かったからだった。
「…エレイン」
「とにかく、そんな気はないわ。この話は取り消してちょうだい」
 と睨みつけるように言ってこの話を打ち切りにさせた。
「…ありがとう、助かったわ」
「しかしどうしてまたそんな噂が…」
「…問題なのは、私が「親元に帰る」って言うことよ。……私の親は……」
「……」
 三ヶ月ほどの前こと、エレインは捨てられたと思っていた両親と再会した。
 その時彼女は「今更親の顔をしないで!」と拒否したのだが、オスカーに相談したところ、
 「事情はあるだろうけれど、自分の両親なんだから大切にした方がいい。後悔しないように…」と言った。
 この言葉で彼女は態度を軟化させ、晴れて両親との涙の再会になった。
 両親は騎士隊への所属を認めてくれている。
 だから除隊など、ありえないというのに。
「そうだね…どうしてそんな噂が出たんだろうか」
「わからないわ」
 彼女は首を横に振る。
「…親…か」
 ポツリ――オスカーの呟きを聞いてエレインは瞳を瞬かせた。
「どうしたの?」
「いや、故郷の父と弟たちのことを思い出してね」
「あ、そっか…オスカーは…」
 エレインは思い出す。
 彼は働けなくなった父に代わって騎士隊に来て、歳の離れた弟二人のいる家庭を支えているのだ。
 急にエレインは焦った。
 もしかしたらいずれ彼がここからいなくなるのではないのかと――。
「……」
 ギュッ、と思わず彼女はオスカーの服の袖を掴んでいた。
「エレイン?」
「あ…ご、ごめんなさい」
 手を離すも、不安と焦りは消えなかった。
 あの一件でもっと意識してしまったせいか…。


 焦りは恋心から生まれる。


 そして噂も焦りから。






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