02:彼女が見ているのは











 何を、見ているのやら。



「おお、エレイン!」
 クリミア王宮の廊下にて。
 騒がしい声に窓から外を見ていたエレインは我に返る。
 こんな声を出して自分に呼びかけるのはただ一人だ。
「あら、ケビン」
「こんな所で何をしている」
「何をしているって…訓練場、見てたんだけど」
「む?」
 ケビンが身を乗り出し、窓から訓練場を見る。
 数人の騎士が訓練をしている風景が見えた。
「むむ?」
 ケビンの眉間の皺が寄った。
 彼の視線の先には、緑の鎧を纏った槍騎士。
 遠目ながらも見事な手綱捌きと槍術を見せる。
「あれは…オスカーか!」
「正解」
 苦笑気味にエレインは答えた。
 ――また始まったか、と思いつつ。
「むむ…奴め、俺より先に行くつもりか!」
「訓練するのは普通でしょ」
 すかさずツッコミが飛ぶ。しかしケビンは聞かない。
「俺より先に聖騎士になろうという魂胆か…ええい、そうはさせん、勝負だ!!」
「あのね、ケビンってば」
「止めるなエレイン! これは俺とオスカーの問題だ!!」
「あなただけの問題でしょうが」
 すぐにまたツッコミ。
「そんな事はない! 奴は俺の永遠の好敵手だ!」
「あなたが勝手に決めつけてるんでしょうが」
 秒速でツッコミを入れる。
 だが、やっぱりケビンは聞かない。
「勝負だあぁぁぁぁ!!!」
 騒がしい声と走る音を残してケビンは訓練場へと行ってしまった。
 その様子を見てエレインは特大の溜息をついて肩を落とす。
「…どうしてあんな性格かしらね…」
 はっきり言って、まともに話などをしているのは自分とケビン曰く「永遠の好敵手」オスカーだけだ。
 あのすぐに熱くなって周りが見えなくなる性格がなければ、いい騎士だ。
 忠誠心も、義も厚い。
「…さて、また怪我しそうだからライブの杖でも持って行かないとね…」
 また溜息をついてエレインは兵舎にある自分の部屋へ戻り、そこからライブの杖を持っていく。
 彼女は生まれてすぐメリオル郊外の教会に捨てられていた。
 そこの司祭夫婦が気の毒に思い引きとって育てたのだ。
 その影響で彼女は騎士ではあるが杖の扱いも心得ている。
 訓練場に足を運んだ。
 特大の音量で、ケビンの声が聞こえた。
「オスカーー! 今日こそは貴様に勝つ!!」
「……」
 苦笑するオスカー。本当にこれがなければいいのだが、ケビンは。
 斧を構え、馬を走らせて突進していく。
「受けよ! 俺式奥義ーーっ!!」
 ブンッ!
 なんと斧を天高く放り投げた。
 そのまま突進し、なんと馬ごと跳び上がる!
『!?』
 これにはオスカー始め、エレインも、周りにいた騎士たちも驚く。……が。

 ゴスッ。

 鈍い音がした。
 放り投げた訓練用の斧を掴み損ねて自分の頭に命中させてしまったのだ。
 馬は着地し、そのままケビンは落馬。
 全員が、唖然とする。
 もう見ていられないとばかりにオスカーとエレインは手で顔を押さえた。
「やっぱり……」
 はあ、と溜息ついてエレインはケビンの手当てに入ることになった。
 気絶しているケビンの頭にライブの杖を近づけ、短く魔道詠唱する。
 柔らかく温かい光が傷を癒す。
「…済まないね、エレイン…」
 苦笑しながらオスカーが近付いた。
「いいのよ。いつものことだし…」
 ケビンは訓練中の怪我が日常茶飯事である。
 その度に衛生兵の世話になったり、エレインの世話になることが多い。
 ちなみに、同期の騎士たちの間では彼は羨ましがられている。
 同期のマドンナであるエレインから手厚い看護を受けているからなのだが。
 そう言った意味では仲のいいオスカーも、羨ましがられている。
「…う…」
 ケビンがうめく。目が醒めたらしい。
「…大丈夫かい? ケビン」
「ええい…今のは機を読み違えただけだ。もう一度…!」
「そこまで。ケビン、今手当中なんだから大人しくしてて」
 彼女のライブの光にケビンも大人しくなって手当てを受ける。
「…む?」
 ふとエレインが、別に視線を移したのを見た。
 ケビンも合わせて視線をやると、先にはオスカーの姿。
 妙に切ないような、なんとも言えない瞳で見ている。
 だが鈍いケビンにはその意味はわからない。


 どうして、奴を見ているんだ。


 ケビンは首を傾げた。






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