共にありたい(5)





 紅葉も散り、ほぼ冬と言っていい晩秋――。
 グレイル傭兵団は出陣に向けて忙しく準備を進めていた。
 森の中で、ベグニオンはセリノスと一応の和解をみた。
 素直な謝罪、そして奇跡的に生存していた王女の言葉もあって、王子は受け入れた。
 長年続いた憂いのわずかながらの解決に多大な貢献をした傭兵団を神使サナキは認め、
 一軍を貸し与えることを約束してくれた。
 指揮官は団長のアイクが貴族の位を与えられ、将軍として務める。
 だが他国の姫に軍を貸し与える、これを認めさせるために相当時間を費やされた。
 解決したのは数ヶ月も前の話だというのに。
 やっと議会の承認が取れたことを受けて、準備は佳境に入っていた。




 オスカーは一人、部屋でせっせと手を動かしていた。
 その手にはほとんど出来た厚手の服と糸を通した針が握られている。
 針を動かす手際は素晴らしく良く、同性はもとより異性が見ても驚くだろう。
 家庭環境が普通の者と比べて特殊だったオスカーは経験により家事全般が得意。
 服を一着縫うぐらい造作もないのだ。
「…よし、と」
 丁寧に糸を結び、鋏で切る。それから結び目を傍目には判らないように隠して完成させた。
「どうにか本格的な冬に間に合ったか…」
 安堵のため息をつく。
 オスカーは兄弟三人の冬服を製作していたのである。それがなんとか間に合ったのだ。
 いつもは仕事の早いオスカーなのに、今回は冬に間に合うかどうかの瀬戸際。
 理由は簡単で、布地がなかなか手に入らなかったからだ。
 もちろん帝都シエネなら、布地を扱う店など探せばいくらでもある。
 だがそこでオスカーが思い知ったのは、ベグニオンの物価の高さだった。
 考えていた予算では三人分の冬服用の布地などとても買えなかった。
 自分はともかく育ち盛りであるボーレとヨファは、以前着ていた冬服ではもう入らなくなっている。
 特にヨファは今が本格的な成長期で、旅の間に背もだいぶ伸びたのだ。
 数件の店を巡り交渉に次ぐ交渉を重ねてやっと必要な分の布地を手に入れたが、時間を大きく取られた。
 クリミアでは考えられない価格にベグニオンの豊かさが伺えた。
 出来上がった服を何度も確認して、
 それから本人たちへ確認させる意味もこめて手渡すべくオスカーは立ちあがり部屋を出た。
 さすがに大神殿は広いので迷うが、行ける所は限られている。
 心当たりを探してみると、案外すぐに末の弟が見つかった。
 ヨファは部屋の前できょろきょろと辺りを見まわしていた。何をしていいのか判らないといったように。
「あ、オスカーおにいちゃん!」
 兄の姿を見つけて、ホッとした顔を浮かべる。
「どうしたんだい?」
 先ほどの様子から問いかける。するとヨファは部屋の中を示した。
「……」
 部屋の中には呆然とマーシャが一人、立ち尽くしていた。
 両の瞳は遠くを見ているようで、心ここにあらずと言った雰囲気だ。
「ぼくが呼んでも応えてくれないから、どうしようって思ってたんだけど…おにいちゃんが来てくれてよかった」
「そうか…とりあえず、もう一回呼んでみるかな?」
 二人は部屋へと入り呆然と立ち尽くすマーシャの目の前まで行く。
 少しオスカーは考えた後、両肩を掴んで大きく揺さぶった。
「わ、わわっ!」
 力が入っていなかったので頭が大きく前後に揺れる。それにマーシャは驚いて声をあげた。
「あ、えーっと…オスカーさんに…ヨファ?」
 やっと我に返り、二人の名を呼んだ後周りを見まわして状況を確認する。
「よかった…マーシャさん、どうしたのかと思っちゃった」
「ごめんね、ヨファ。すごくびっくりしちゃったから…」
 言って苦笑いする。その言葉にオスカーは彼女が呆然としていた理由を推測できた。
「もしかして、処分の通達がされたのかい?」
「ええ、そうなんです…」
 我に返ったとはいえ、まだどこか信じられないような顔をするマーシャ。
 やはり相当の処分が下されたのか、とオスカーは思う。
「? いったい何があったの?」
 事情をよく知らないヨファが尋ねてくる。オスカーが返した。
「彼女は元、ここの騎士だったんだ。それで色々お話があったんだよ」
「そうなんだ…」
 詳しい内容には全く触れていないが、どうやら納得したらしい。何度もうなずいている。
 その様子を見たあとオスカーはマーシャに向き直った。
「それで、どうだったんだい? やはり…」
「いえ、それが……脱走の件は、不問にするって……」
「え?」
 これにはオスカーも驚かされる。
 軍の規律は絶対なもの。ベグニオンの一大戦力である聖天馬騎士団でそれが許されるのか。
「驚きますよね、やっぱり…。
 元々、シグルーン隊長は不問にしていいんじゃないかって仰ってたんですよ。
 でも副長が反対してて、ずっと協議してたそうなんですけど、
 兄さんの借金が今傭兵団の皆さんの所だし、脱走の理由も無くなったから不問にしていいだろうって」
 実は今、マーシャの兄マカロフの借金は傭兵団へと返済することになっている。
 方々からの借金の返済を肩代わりしたためだ。よって現在マカロフは逃げ出すことも許されずただ働きだ。
「よかったじゃないか」
「本当です…」
 実感してきたのか、ゆっくりと安堵の表情になるマーシャ。
 怯える毎日から解放された喜びがある。
「…待ってくれないかな。不問となると、聖天馬騎士団に戻るのかい?」
「そうです。すぐにでも戻って来いって、副長が…」
 当たり前か、と思う。不問ならば脱走したことにはならず籍は聖天馬騎士団にある。
 正式な除隊手続きをしない限り傭兵団に残ることは無理だろう。
「…マーシャさん、ぼくたちと一緒にいられないの?」
 話の内容から不安を感じたヨファが問いかける。
 するとマーシャはにんまりと笑った。
「大丈夫よ、ヨファ君。私、エリンシア様にお貸しする部隊に配属されることになったの。
 だからまだみんなと一緒にいられるよ」
「本当? よかった…」
 少し泣きそうな顔をしていたが笑顔になる。
 そこでオスカーは思う。このまま話を続けると弟が置いていかれてしまうと。
 まずいなと思いヨファに出来上がったばかりの服を手渡した。
「これ、おにいちゃんが?」
「ああ。デインはすごく寒いらしいしね。自分の部屋で着てみたらどうだい?」
「うん! ありがとう、オスカーおにいちゃん!」
 喜んでヨファは服を手に部屋を出ていく。
 見送ったあとマーシャが話を戻すが、少しだけ暗い顔だった。
「ただその部隊が、タニス副長直下の部隊で…。これが、罰なのかなって思っちゃうんですよ…」
「罰って、それはないと思うけど……あれ、だとすると……」
 そこで思い当たる。何が言いたいのか察したマーシャはうなずいた。
「そうなんです。エリンシア様にお貸しする部隊の責任者が副長なんですよ。
 神使親衛隊の副隊長でもあるから当然といえば当然ですけどね」
「しかし…ずいぶんと力を入れているんじゃないかい? 親衛隊の副隊長殿を派遣するなんて」
 オスカーの指摘は的を射るものだった。
 神使親衛隊の副隊長ともなれば、大陸一の規模を誇るベグニオン軍においても重鎮中の重鎮のはず。
 それほどの人物を派遣軍の代表とするとは相当の力の入れようである。
「ですね…詳しい理由は私も知らないんで…びっくりでしたよ。
 …でも、どうせならシグルーン隊長に来て欲しかったな…」
 どうして、とオスカーが問うとマーシャは答えた。
「副長、恐いんですもん。確かに実力は副隊長だけあってすごいですよ。
 天馬を駆らせれば誰も敵う者なし、ですからね。
 でもいつもいつも怒鳴ってばかりで、訓練でも私たちのこと一度も誉めてくれなくって…
 だから『鬼の副長』ってみんな呼んでるんです」
 辛い思い出が蘇ったのか、大きくため息をつく。
 だがそこまで冷たいとはオスカーは思っていなかった。
 確かに外見や有無を言わさぬような物言いは冷たい印象を与えるが、話をしたから違うと思える。
 話への理解はあるし、代表して礼を言われたぐらいなのだ。
 だから本質的には優しい人なのだろう――。
 ただ厳しいだけなのだろうと思う。
 それが、目に付きやすいというだけで。
「そういえば、アイクへの報告はこれからかい?」
「あ、そうでした! じゃあ私アイクさんたちに報告に行ってきます!
 これからもよろしくお願いしますね!」
「ああ。これからもよろしく」
 ぺこりと大きく礼をしてからマーシャは急いで報告のため部屋を出ていった。
 オスカーは微笑を浮かべながら見送っていた。




 初雪が降る。茶色の大地が白へと染まっていく。
 冬に入り、ベグニオンとデインの国境に当たる長城へとクリミア奪還軍は進軍を開始した。
 慣れない事に戸惑いつつもアイクは軍の将軍として助けを借りながら仕事をこなす。
 そして、軍として初めての戦闘に入ろうとしていた。
 そんな折にオスカーは連絡のために天馬騎士隊の天幕を訪れることになった。
 来訪を伝えると、「入れ」と横柄ともとれる声が中からする。
 「失礼致します」と挨拶をしてからオスカーは天幕の中に入った。
 天幕の中で、神使親衛隊副隊長タニスは置かれた椅子に足を組んで腰掛けていた。
 手には書類があり目を通していたようだ。
「お忙しい所申し訳ありません」
「構わん」
 即座に、短く答える。多忙な毎日を送っているせいだろう、言葉が短めになってしまうのは。
 限られた時間で効率よく仕事をこなすには簡潔に、かつ的確に物事に答える技能が必要だからだ。
 あまり邪魔をしては悪いと思ったオスカーは、合わせて簡潔に作戦についての連絡をした。
「了解した。部下たちにもその旨伝えよう」
「よろしくお願い致します」
 では失礼致します――そう言って天幕を出ようとしたその時、呼びとめられた。
 驚きながらも顔には出さず、足を止めて向き直る。
「はっ、何か」
「不利な状況下だが、勝算はあるのか?」
 もっともな問いだとオスカーはすぐに思った。
 ベグニオンから一軍を借り受けているとはいえ、精強で知られるデイン軍を相手にしようというのだ。
 兵の練度が高く、また数で上まっている軍を相手に勝算がどれほどあるのか。
 今回の作戦はその差を少しでも埋めるため奇襲戦法が採られることになっている。
 それがどれほど通用するか。
 不利な状況での戦いだ。心配でないといえば嘘になる。
 しかし――。
「…私個人の意見を申し上げますと、勝算は決して高いとは思いません。
 ですがアイクならばこう答えるでしょう。「勝つ」と」
「大層な自信だな。それで勝てるのか?」
「…これも私個人の意見ですが、強固な意思が時に勝利を呼び込むと思っております。
 私達傭兵団は常に不利な戦いを繰り返しておりました。
 ですが生き残り、勝ってきたのはひとえにその意思があったからだと思います」
 少し考えるような仕草の後に、タニスが口を開く。
「…なるほど。一理ある。ならばアイク将軍の手並み、拝見させてもらおうか。
 もちろん我らがベグニオン騎士の戦いもとくと見せよう。
 神使様と祖国の名において不名誉な戦いは許されん」
 立ち上がったタニスは鋭い気配を漂わせていた。
 ベグニオン騎士としての誇り、そして戦場に対する気迫。
 それらを感じ背筋が震える。
「はい。これからよろしくお願い申し上げます」
 丁寧に一礼。今度こそオスカーは天幕を辞する。
 ゆっくりと息を吐く。白い息はすぐに同化して消えた。
 ベグニオン騎士の心構えはなんと違うのか。垣間見てこちらの気も引き締まる。
 ――負けられない戦い、絶対に勝つと改めて誓って。
 そして長城へと到着。
 奇襲作戦のため、騎兵隊と天馬騎士隊が先行して戦闘に入った。
 普通ならば突然の敵襲。相手は動揺する。
 しかしデイン軍は待ち構えていたかのごとく即座の反撃に転じた。
 予想外の出来事に動揺するもののすぐにオスカーは冷静さを取り戻して周りを見、仲間たちの援護をする。
 出陣までの準備期間で猛訓練し身に着けた弓矢が敵兵を貫く。
 騎兵たちの踏ん張りは混乱した前線をなんとか立て直すことに成功した。
 影が通りすぎるので上を見る。上空で天馬騎士隊が竜騎士部隊と交戦しているのが見えた。
 その中で一際目を引く姿があった。
 純白の天馬を駆る中で異彩を放つ姿。
 天馬騎士たちは青や赤といった鮮やかな色の鎧が多い。確かシグルーンは純白の鎧を身につけていた。
 しかし目を引く姿はまったくもって正反対の、漆黒の鎧。
 天馬をもって縦横無尽に戦場を駆けている人物は紛れもなく親衛隊副長のタニスだった。
 頑強で攻撃力に優れる竜騎士を相手に、機動力を活かした必殺の一撃。
 敵は槍なのに不利な剣で次々と打ち倒していく。
 これが親衛隊副隊長の実力なのか――。
 思うと同時にオスカーは彼女の勇猛な姿から目が離せなくなっていた。
 高速の突撃は噂に聞きし光の奔流。
 初めて見る戦い方に、美しい姿に、心が打ち震える思いがした。
 ――空を切る、音。
 我に返ったオスカーは間一髪で自分に向かってきた矢を槍で打ち払った。
 それから相手の姿を見て……驚きに動きを止める。
「ちっ。やっぱりてめえは妙な所で勘が良いぜ」
「……シノン」
 かつて傭兵団で共に暮らした仲間が今、敵としてそこにいた。




「……どうして、デインについたんですか?」
 静かにオスカーは問うた。
「あなたほどの実力なら、ベグニオンへの仕官という道も当然あったはずだ。なぜ」
「貴族主義でガッチガチの国に仕えてなんかられるかよ」
 吐き捨てるようにシノンは答える。
「いくら実力があったとしても、平民出じゃ中隊長止まりだ。
 でもデインは違う。力さえありゃどこまでも上り詰められる」
「…そんなに、出世することが大事ですか?」
「俺にとっては、全てだな」
 言いきったシノン。それから悪態をつくようにオスカーに話しかける。
「なんでまたおめえは騎士を辞めちまうなんて勿体無いことしたんだ?
 金は入るし上手いこと功績立てりゃ貴族サマの仲間入りだって果せたんだぜ?
 それがなんでこんな一介の傭兵になり下がったか、俺には理解できねえな」
「…私には地位も名誉も必要ありません」
 はっきりと、意思の強い声でオスカーは答えた。
「必要なものがあるとすれば、それは自分の大切なものを護る力です。
 ただ、身近にいる者たちを――家族を護れればいい。あなたも解かるはずです、シノン」
「…ケッ。言ってくれるぜ」
 シノンが弓矢を構える。
「来いよ。戦おうじゃねえか」
「……」
 動かないオスカーに、シノンは挑発する。
「なんだ、戦えないってか? とんだ甘ちゃんがよく傭兵なんてやってられるぜ」
「…まさか。本当に敵対するというのなら戦うことも辞しません。
 ですが正直を言えば、あなたとは戦いたくないですね。ヨファが悲しむ」
「…は?」
 疑問を浮かべるシノン。オスカーは続ける。
「とぼけないで下さい。ヨファに弓を教えたのは、あなたでしょう?」
「…あいつ…」
 驚いて、その後彼は舌打ち。苦笑しながらオスカーが言う。
「あの子は自分で覚えたと言っていますよ。でも少し考えればわかることです。
 私たちの近くであの子に弓を教えられる人物といえばあなたしかいませんからね。
 それに、構える時の癖は完全にあなた譲りです」
「…ったく…」
 完全に参ったと言う顔のシノン。
「だからこそ、ですよ。ここで戦えばどちらかが倒れるでしょう。
 そうすればあの子はどれだけ悲しむか。私はもう、大切なものを失う悲しみを味合わせたくない…!」
 親を、大切な人を失う痛み。
 オスカーは身が切り裂かれるような思いがするほど理解している。
 耐えがたい痛みだからこそ、これ以上弟たちに味合わせたくないのだと。
 痛い思いをするのは自分一人で十分――。
「…てめえの言い分は解かったけどよ、それが戦場で許されるのか?」
 構えを解かないシノン。
 確かに戦場で甘えは許されない。彼はそれをよく解かっている。
「…そうですね」
 言って槍を構えたその時、両者にとって聴き慣れた声が耳に入ってきた。
「オスカーおにいちゃん!」
 乱戦になったか、末弟のヨファが傍に駆けよって来たのだ。
 そしてシノンの姿を見つけ、困惑の表情を浮かべる。
「…どうして、オスカーおにいちゃんと…シノンさんが戦おうとしてるの?
 ねえ、どうして? どうしてなの!?」
「ヨファ…」
「教えてやっただろ、傭兵やってる以上はこういうこともあるって」
「そんな…ぼく、いやだよ!!」
 厳しい言葉も、ヨファは拒絶して理解しようとしない。
 すぐに大きな瞳から涙がこみ上げて来る。
「オスカーおにいちゃんもシノンさんも死ぬなんていやだっ!
 お願いだから戦わないでよ…!!」
「それは、無理な相談だな」
 最終通告の如く言い放つシノン。意思を変えられぬことを知ったオスカーはヨファに下がるように言う。
「おにいちゃん…!」
「もう、仕方ないんだよ。これが私たちの生きる道なんだ」
「そう言うこった。ヨファ、よく見とけ」
 戦闘体勢を二人とも整える。


『これが傭兵の取るべき道なんだ――』


 二人が今まさに戦おうとしたその時だった。
「待て」
 力強い声が二人を止める。
「…アイク!」
 クリミア軍総大将となったアイクが、剣を手に三人を見ていた。
「…よお、久し振りだな」
「シノン…」
「てめえとはいつかこうなる気がしてたぜ? なにせ」
「望んだものを苦労もなく手にいれることができて、それを当然のように思っているから…だろ?」
 言い当てられて、苦痛のような表情を浮かべるシノン。
「あんたはいつも俺を嫌っていた。力のないガキが団を受け継ぐなんて…。あんたはそう言っていた。
 だが今の俺はあのときとは比べものにならんほど自分を鍛えた。
 ――俺と、勝負だ」
『!?』
 突然の申し出にシノンも、オスカーも、ヨファも面食らって呆然とする。
「それで俺が勝てば、団に戻ってきてくれ。あんたが勝てば好きにしていい」
「……いいだろう。アイク坊やがどれほど強くなったか試させてもらおうじゃねえか」
 シノンは向き直って弓を構え、アイクも剣を構える。
「アイクさん…」
「大丈夫だ。…俺が、なんとかする」
 だから先に行ってくれ。
 その言葉を受け二人は長城制圧へと進む。
 進む中でオスカーはアイクがやっぱりうやらましいと思う。
 自分は弟を悲しませる道しか選べなかった。
 兄として失格だ――。
 不甲斐ないと自分をひどく戒めながら弟を守り、オスカーは戦う。




 クリミア奪還軍の初陣は、見事勝利だった。
 デイン王国の切り崩しにかかったという事実は虐げられるクリミアの民に希望を与え、
 また参戦を渋っているガリア王国にも影響を与えるだろうと、仲間の一人ナーシルが言った。
 救護天幕から、一息ついてオスカーは出る。
 天幕にはアイクとの決闘の末敗れ、団に戻ってきたシノンがいる。
 傭兵団のみんなは戻ってきたことを喜び天幕に押しかけてきたのだ。
 さすがに窮屈になったため出てきたという所だ。
「…あ…」
 何気なく周りを見ると、事後処理か兵士たちに指示を出しているタニスの姿を見つける。
 戦場での姿を思い出してなぜか胸が熱くなった。
 指示を終え、視線に気付いたようで彼女はこちらへと顔を向けると近づいてきた。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ…」
 参ったな、と思うオスカー。なんとか場を乗り切るためにあたり障りのない話題を切り出した。
「さきほどの戦闘における勇敢な突撃…素晴らしいものでした」
「当然だ。ベグニオンの騎士として無様な戦いはできん」
「特に神速とも思える突撃…まさに噂に聞く光の奔流を思わせるものでした。
 思わず見惚れてしまいました」
 にこりと、オスカーは笑う。
 一瞬だけタニスは面食らったような顔をした。
「…君は冗談が上手いな」
 しかし平静に戻って返す。彼女は有無を言わさぬように、続けて言葉を紡ぐ。
「まあいい。しかし、これで我らの実力は理解してもらえたはずだ」
「はい。心強い限りです」
 微笑で応えた後、オスカーは冷静になった今湧き出た疑問をぶつけてみることにした。
 たとえ無礼と罵られても。
「ですが、無礼を承知で申し上げますと……あの戦法は『ベグニオン軍』でのみ通用するものではありませんか?」
「!!」
 意図するところに気付いたのかタニスの表情が険しくなった。
「危険を省みない突撃…あれは数に勝る時にこそとれる戦法です。
 私たち『クリミア軍』は常に寡兵。装備が十分に整えられないこともままあります。
 ベグニオンのような潤沢な資金や兵力はとても望めないのが現実です。
 一兵一兵が重要な我が軍であの戦法は…まさしく自殺行為でしょう」
「……確かに、君の言う通りだ。この戦争ではベグニオンの戦術をそのまま用いるわけにはいかない」
 解かってくれたようで内心胸を撫で下ろす。
 直後、タニスは質問を投げかけた。
「ならばどのような戦法が有効と考える? 君の意見を聞きたい」
「……なぜ、私に?」
 問いかけられたことに驚くオスカーを尻目に、彼女は答えた。
「どうやら君は戦術について話せるようだからな。
 違う視点からこの戦争を勝ちぬくための有効な方法を聞いてみたい」
 傭兵としての視点から考える戦術を望んでいる――理解した彼は答えた。
「今までの戦いの経験からですが…まず私たちは生き残ることを優先的に考えておりました。
 次に起きるであろう戦いに備えるためです。たとえ勝利しても犠牲が大きくては次を乗り越えることは無理です。
 だから常に仲間たちと連携し、負傷した際は不名誉の謗りを受けようとも後退し他の仲間たちに任せる…。
 こうして私たちは戦いを乗り越えてきたのです」
「…なるほど。個人的にはいささか不満だが、有効な方法であることは認めざるをえんな。
 目の前で名誉が崩れることにこだわるあまり大局を見失い死に至る…それは確かに愚かだ」
 若干の不満は残るが納得した顔のタニス。
 安心したのかオスカーは提案した。
「できれば、タニス殿をはじめ聖天馬騎士団の皆様方にも、
 常に他の仲間たちと連携して戦うようにお願いしたいのですが」
「…ふむ、いいだろう。連携を密にとって戦うように通達しよう。
 だが問題もあるな」
「え、それは…?」
 不安がよぎる。問題はそうないはずだと思うのだが。
 タニスは言った。
「私自身だ。私を補佐出来るような者はそうはいないぞ」
 ああそうか、と思った。
 あれだけの実力を持つのだから、補佐する者も相応の実力を持たなければ資格はない。
 だがそのような人材は当たり前だがそういるはずもない。


「では、私がその役を務めます」


 どうしてこんな言葉を口走ったのだろう。
 それほど自分は自意識過剰だったかと錯覚してしまうほどの発言だった。
「君がか?」
「…はい。未熟ではありますが」
 言ってしまった以上撤回など許されない。自分に後悔しつつオスカーはタニスの返答を待った。
「…そうだな。君がいい。他の得体の知れぬ傭兵たちより、信用できる。
 だが心して欲しい。私は君の馬を待つつもりなどないからな」
 言いきったタニス。当たり前だと思いつつも全面的に提案が受け入れられたことに安堵し、
 同時に自分が補佐になることの重要性を認識する。
「はっ、努力します」
「では、私はもう行くぞ。連携についての話は後程行うことにしよう」
「はい。ありがとうございました」
 踵を返し去っていくタニス。
 姿が見えなくなったあと本当に、自分がどうかしているという事実を再確認する。
 なんで咄嗟にあんなことを口走ったのか。
 その理由は今はまだ解からない。
 ただ何かを彼女に対して感じたことだけは理解できた。
「…どうして」
 問いに答えられるものは誰もいない。







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