共にありたい(4)
運命とは、ときには気まぐれに。
そして自分でも解からぬほど大きく歯車が回される。
馬に揺られながら、オスカーはふとそんなことを思った。
一介の傭兵である自分が、かつて仕えた国の王女を護衛し、
そして今は大国ベグニオンにいて内部事情に関っているのだからと。
現在、グレイル傭兵団はベグニオンの北西部に位置するセリノスの森に向かっていた。
その理由は滅亡したと思われていたラグズ国家の一つ、セリノス王国の王族を発見したからだった。
十九年ほど前、先代の神使ミサハ――現神使サナキの祖母に当たる――が何者かに暗殺された。
国民に最も敬愛され、崇拝されていた者の死は国中を悲しみに沈ませる。
そんな折に一つの噂が流れたのだ。
「セリノスの、鷺どもの仕業だ」と。
しかし鷺の民は戦う力を全く持たない。
そんなことベグニオンの者ならば、隣接していることもありわかっていたことだった。
だが、そんなこと関係なかったのだ。
怒りと、悲しみの吐け口がどこかにあれば……。
そうして三日でセリノスは滅亡した。
されどこれもまた何かの運命なのか。王族の生き残りがいたのだ。
元老院議員、タナス公オリヴァーを内密に告発する際にグレイル傭兵団が発見した。
告発の理由は『ラグズ解放令』に背いたこと。
長年ベグニオンはラグズを奴隷として扱っていたのだが二十年前に先代神使より『ラグズ解放令』が出された。
それによってようやくベグニオンのラグズは自由を手に入れたかと思えたが、
多くの貴族たちはいまだに奴隷として扱っている。
もちろんそれと戦う者たちもいる。
グラーヌ砂漠を拠点とし活動している『ラグズ解放軍』がそれだ。
先の任務――「グラーヌ砂漠に赴き、盗賊団を退治せよ」。この真意が解放軍と接触させることだったのだ。
そうして内密に内部腐敗の摘発をする…それが神使の思惑だった。
しかしセリノス王族のことはさすがに予想外だったらしい。
だからこそ、なのだろう。
少しオスカーは後ろを振り向く。
後方に天馬騎士の一団。そして神輿。
神使サナキ自らが、親衛隊を従えてセリノスの森捜索に同行したのは――。
「…?」
ふと前に視線を戻すと、どんよりとうつむいて天馬に跨るマーシャの姿があった。
「どうしたんだい?」
その声にマーシャは顔を上げるがその表情が極めて暗い。
「オスカーさん…。いえ、その…なんだか、居づらくって…」
「ああ…」
もう一度後方を見る。親衛隊の隊長と副長は、聖天馬騎士団長と副長でもある。
つまり自分の近くにかつての上官二人がいるのである。
それが居づらいと言わせる原因だ。
しかもまだ脱走の処遇について聞かされていない。だから余計にマーシャは怯えていた。
「どうしたマーシャ殿!」
「あ、ケビンさん…」
そこでやってきたのが、騒々しさでは追随を許さない男、ケビンである。
「やあ、ケビン」
「なんだ貴様その不抜けた挨拶は! それだからマーシャ殿もそのような表情になってしまうのだろうが!」
「なんでそこでそうなるかな…」
ケビンの理論ははっきり言って、不明である。
どこをどうすればそのような結論になるのかが知りたいが、聞くだけ無駄だと思ってそれ以上は何も言わない。
「オスカーさんは悪くないですよ。むしろ相談に乗ってくれましたもん」
「む…そうなのか…。
しかしマーシャ殿、そのような暗い表情をしていては任務にも支障をきたしてしまうのではないか?」
「…そうですよね…」
だが、マーシャの顔は暗くなるばかり。
気が非常に重いのだろう。
彼女からすれば、恐怖と隣合わせなのだから仕方がないのかもしれないが。
「ならば、こういうときこそ手合わせだ! 一つのことに集中すれば気分も良くなるだろう!」
「……手合わせ、ですか?」
突然のケビンからの提案にぽかんと口を開いて呆然とするマーシャ。
それをよそに彼は腕を振り上げて力説する。
「その通りだ! 俺自身、向上のために天馬騎士とは一度手合わせしてみたかったのでな。
マーシャ殿も気分が晴れるし、一石二鳥だ! 良い機会だとは思わんか?」
「…君の発想は、正論だけど驚かされるな」
率直な感想を洩らすオスカー。
考えが飛躍しすぎていて周りを驚かせるが内容はいたってまともで、二度周りを驚かせる。
それがケビンという男だ。
「どうして驚く。考えても仕方のないことならば、身体を動かすほうが自分には良いことだろうが」
「いや、それはいいんだけどさ。君の場合は突然だから」
「何を言う。俺はきちんと考えた上で――」
「わかったから。なら休憩の際にでも少し手合わせするってことでいいんじゃないかな?
マーシャはそれでいいかな?」
「あ、は、はい。それでお願いします」
取り仕切ったオスカーにうなずくマーシャ。
何時の間にかだが、仲裁はいつものことなので気にしない。
「よし、それまでいつものように素振りでも――」
「ケビンさん、ダメですっ!」
「手合わせの前に怪我をするから止めておいた方がいいよ」
即刻でケビンを止めにかかる二人。
なぜだと彼は首を傾げた。
「楽しそうね」
クスクス、遥か前方の様子を見て笑うのは隊長シグルーン。
その声は確実に副官の自分に掛けられていると、タニスは思った。
「仲間たちに恵まれたみたいで…なによりね」
満足そうにうなずく隊長に彼女は多少不機嫌そうな声で言葉を返した。
「…隊長は、いまだに脱走の件を不問にされるおつもりですか?」
「あら、彼女に悪気はないのだし…急いでいたのであれば仕方のないことでしょう。
あまり堅くなりすぎるのも考えものよ?」
「ですが、規律は規律――守られなければならないものです。
このようなことを認めれば、聖天馬騎士団の風紀に関ります」
「おぬしは相変わらず堅物じゃのう」
「!!」
話の最中に声を掛けられてタニスは驚く。
なんと神使サナキが神輿から声を掛けたのだ。
「サナキ様」
「じゃから部下たちから恐がられておるのじゃろう? もう少し寛容になってもよいと思うがの」
「タニスは不器用なのですよ」
シグルーンが冗談混じりに微笑みながら言う。
「規律を重んじることは確かに大切だけれども、大切なことを見落としてはダメよ。
だから、あまり殿方も近寄らないのではない?」
「隊長!!」
最後も冗談混じりの言葉だとはすぐに判ったが、タニスは激昂して止めにかかる。
さすがにまずいと思ったようで、シグルーンもこれ以上恋愛関連のことは言わない。
彼女はわずかにため息をついた。
(どうしてこのような話題が好きなのだ、隊長は)
神使親衛隊――及び聖天馬騎士団をまとめあげる、立派な隊長だということは決して疑っていない。
だが、ついて行けないと思うのは女性らしい話題だ。
加えてシグルーンは冗談を言うのが得意で、今の地位に着く以前からなにかにつけてからかわれていた。
なにせタニスには浮いた話など全くないし、政略結婚だとわかり切っている縁談も即座に断り続けているからだ。
自分がおよそ女性らしくないというのは理解している。
ひたすら騎士としてあらんと、自らを磨いた結果だというのもわかっている。
これを後悔するつもりはないし、今の自分を否定するつもりもない。
自分は自分であればいいと心に決めている。
(私を好いてくれるような物好きなど)
いるわけがない――。
と、前方を進んでいたグレイル傭兵団が歩みを止めた。合わせて即座に停止の命令を出す。
「…着いたわね」
シグルーンが前方の、色を失った森を悲しげな瞳で見ながら呟いた。
女神が愛したはずのセリノスの森は、大虐殺の際焼き討ちに遭いその色を失った。
ベグニオンが犯した大罪の象徴にタニスも心を痛める。
そして虐殺を逃れた鷺の民の王子を、美術品としか見ずに追い回すタナス公オリヴァーに心の内で憤る。
グレイル傭兵団長アイクが、クリミア王女エリンシアと共にこちらへと来る。
「神使。これから調査に入るがその前にちょっといいか?」
「なんじゃ?」
アイクはこう提案した。
この広大な森の中では何があるから判らないゆえに、親衛隊一同には安全が確保されるまでここで待機してもらう。
なにかあればすぐにそちらへと伝令をよこす所存。
調査中王女エリンシアもそちらで預かってもらいたいという提案だった。
この提案は極めて自然であり、サナキはすぐに了承する。
確かにそうだ。傭兵が最も優先すべきは雇い主と聞く。
タナス公と共にこの森には大勢の兵士達がいる。その中を歩かせるわけにはいかまいて。
ならば最も安全なのは親衛隊の傍にいること。
「わかった。…頼むぞ」
「こちらこそ、王女のことよろしく頼む」
「ええ、もちろんお任せ下さい」
優美にシグルーンがアイクに微笑みかける。
「責任を持って王女は我ら親衛隊がお守りする」
対称的にタニスは表情を変えずに――任務に当然といった顔で言った。
そう、自分は騎士なのだ。ベグニオンの誇る聖天馬騎士団、神使親衛隊の副長なのだ。
「じゃあ王女、連絡があるまでここで待っていてくれ」
「わかりました、アイク様。どうかお気をつけて」
ああ、とうなずいた後踵を返し、一団に指示を出して調査のためセリノスの森へと入っていく。
心配そうにエリンシアはアイクたちを見送る。
「エリンシア様っ!!」
と、大声に何事かと親衛隊全員が森の入口を見る。
赤い鎧の騎士――先刻マーシャと話をしていた騎士――が、敬礼をしながら呼びかけていた。
その隣では緑の鎧の傭兵が苦笑している。
「クリミア王宮騎士、五番小隊隊長ケビン! これより任務に赴きます!!
神使親衛隊の皆様方!! どうかエリンシア様をお守り頂きたく、お願い致します!!!」
かなり大げさに礼をしたケビン。全員が面食らう。
エリンシアも突然のことに驚き、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
彼をなだめ、隣の傭兵が申し訳ないとばかりに周りに頭を下げる。
先ほど会話していたことといい、どうやら二人は仲が良いらしい。
見た限り同い年のようだし、クリミア騎士団の同期だったのだろう。
二人のやりとりはいつものことと言わんばかりに、妙に息が合っている。
――視線を感じた。
微笑を称えて、傭兵オスカーが一礼する。神使や隊長シグルーンにも一礼。
その後は今だ興奮が収まっていない様子のケビンを伴い森へと消えていった。
「礼儀正しい人たちね」
二人の感想を、シグルーンが洩らした。
「騎士であるなら、当然では」
タニスは自分の感想をハッキリと述べた。
騎士なら主君の身を案じ、護衛する者たちに礼を尽くすのは当然だ。
「あら、隣にいた緑の髪の彼は傭兵ではなかった?」
「元はクリミアの騎士であったと聞いています」
「そうなの。でもとても礼儀正しい人じゃないかしら?」
それには確かに――と思う。
本人の性格もあるのだろうが礼節をわきまえている。
団長アイクも作法はなっていないが礼の心はしっかり持っている。
あの傭兵団が他の傭兵たちとは違っているのかもしれない。
ならばクリミア王女があそこまで信頼している理由も、部下が頼った理由もなんとなく解かる。
今まで傭兵に対して偏見とも取れる認識しか持っていなかったので新鮮な気分だ。
(…グレイル傭兵団…か)
タニスは森へと視線を移す。
彼らの戦いを見守るかのように。
NEXT BACK 戻る