共にありたい(3)





 アイクは、不機嫌だった。
 いつも無愛想な顔が、さらに無愛想になっている。
 理由は一つ。
 昨日果たした任務について、何も教えてもらえなかったからだ。
 さらに、今日はまた新たな任務を与えられた。
 「グラーヌ砂漠に赴き、盗賊団を退治せよ」。
 これがグレイル傭兵団に与えられた新たな任務。
 何も知らぬまま、ただ任務をこなす。
 それが傭兵として当たり前なのだろうが、何かがおかしい。
「アイク」
 廊下でティアマトが声をかけるも、アイクは無愛想にしか答えない。
「なんだ、ティアマト」
「怒るのは分かるけれど、少し落ちつきなさい」
「落ちついてはいる。しかし納得がいかない」
「それが落ちついてないと言っているのよ」
「仕方ないでしょう」
 セネリオがはっきりと言った。
「昨日といい今日といい、神使が何かを企んでいるのは確かでしょう。
 アイクはその辺りを明確にしてもらえなければ納得がいかないのでしょう?」
 コクリ、アイクはうなずいた。
「…セネリオの言う通りだ。昨日の荷物にしても、生き物が入っているようだったし。
 一体何を考えているんだ」
「それを考えるには、まだ少し情報が足りないと思うけれど」
 偶然一緒にいたオスカーが、言う。
「神使様が何かを思って私達に依頼をしているのは確かだろうけれど、その何かは、今の時点では情報が足りないよ。
 今回の依頼で何か掴めればいいんだけどね」
 唸る全員。
 確かに現時点では情報が少なすぎる。
「…しばらくは様子を見たほうがいいでしょう。オスカーの言う通り…まだ情報が足りません」
「そうするしかないか。しばらくは様子を見よう」
 任務をこなしながら考えていく――これで傭兵団の行動をひとまず決めた。
「…にしても、貴族や王族はみんなああなのか?」
 と、アイクがふと疑問をぶちまけた。
「何をするにも手続きや作法が必要で、何を言うにも回りくどい言葉を使う」
 帝都に来てから思う。
 ここの貴族は判りにくい言葉の羅列ばかり。
 どうして率直にものを言わないのかとアイクは思っている。
「でも、今まで会った王族の人たちって違かったよね。
 エリンシア姫とか、ガリアの王様でしょ、それに竜の王子様!
 みんな親しみやすい感じがしたけど…」
 ミストが思い返しながら言うも、ティアマトが。
「階級制度はベオク特有の文化ではないかしら。エリンシア姫は育ってきた環境が違うからまた特別でしょうし」
「それと、ベグニオンは宗教国家だから聖職者である貴族の力は絶大なんだよ。
 クリミアはそうではないからまだうるさくはないし」
 受けて次にオスカー。
 ふう、とアイクはため息をついた。
「ベオクの貴族文化か。俺は到底なじめそうもないな」
 アイクはガリアで生まれ、クリミアでなにも知らず育った。
 自由な風を受けて育った者には、檻に入れられたような環境など理解できない。
「…とりあえず、準備を進めよう」
 全員がうなずいた。




「アイク」
 解散後、くすぶったものを抱える顔のままのアイクにオスカーは声をかけた。
「オスカー、どうした?」
「…大丈夫かい? 無理はしない方がいいよ」
「無理はしていない」
「いや、しているだろう。団長が亡くなってから…満足に眠れてもいないのに」
 アイクは言い返せなくなって口をつぐんだ。
 視線を彼に合わせて、オスカーは言う。
「…私に、何か出来ることはないかい?
 私は傭兵団を…私達兄弟を受けて入れてくれたみんなを家族だと思っている。
 その家族のために、なにかできることはないかい?」
「……オスカー」
 すまなそうにアイクはうつむく。
「…あんたには、心配かけっぱなしだな」
「大丈夫だよ。少しは元気な顔を見せないと、ミストたちが心配するよ」
「そうだな」
 アイクは苦笑した。
「…っと、そうだ。聞きたいことがあるんだがいいか?」
「なんだい?」
 尋ね返すとアイクは言った。
「最近、セネリオの様子が少しおかしいんだが…心当たりはあるか?」
「セネリオの? 確かに最近ふさぎがちだな…」
 最近の記憶を引き出す。
 この帝都シエネ――そして大神殿マナイルに来てから、たしかにセネリオがどこか暗い顔をしている。
「いや、私には心当たりは…」
「そうか…」
「…いや、待ってくれ」
 その言葉に、アイクは続きを待つ。
「私の記憶だと…書庫で調べものをしていたのを見たんだが…
 それで、なにか信じられないような、そんな顔をしていた。私に分かるのはここまでだね」
「そうか。悪いな」
「いや、こっちこそあまり力になれずに悪いね」
 アイクは首を横に振った。
「すまん。セネリオのやつ、普段何も言わないから」
「余計な心配をかけたくないんだよ、きっと」
「話せば楽になると思うんだがな」
 一理あるとオスカーは思った。
 誰も――団長のアイク以外信じようともしない軍師セネリオ。
 アイクが今様々なものを抱えていることをよく知っているからこそ、ふさぎがちでも話そうとしないのだろう。
 しかし言う通り――見ているこちらは気が気でない。
 話してくれれば何か示すこともできるのにとも思う。
 そしてそれはアイクにも言えるのだと。
「どうかなさいました?」
 と、そこにやわらかな声。振り向けば親衛隊長シグルーンと副隊長タニスの姿があった。
 姿を認めた瞬間、オスカーは軽く会釈する。
「…そっちこそ、どうしたんだ?」
 答えずに逆に尋ねるアイク。やや間があってシグルーンが答えた。
「グラーヌ砂漠への任務と言うことで、私のほうから少しばかり助言をと思いまして」
「…砂漠は砂地の広い版、じゃないのか?」
「そういう風に仰るということは、砂漠には行かれたことがないようですね。
 砂漠は砂の大地…歩くのも普通にはいきません。特に馬には大変な負担がかかりますわ」
「そうなのか?」
 尋ね返すアイクにオスカーは言った。
「そうだね。だから私のような騎兵は砂漠の任務には向かないね」
「そうか…」
「さして影響がないのが盗賊。魔道士や神官の方々。空を飛べる天馬や飛竜は当たり前として…。
 あとはラグズの方々でしょうか」
 シグルーンの言葉に、アイクが反応した。
「あんたは、ラグズって言うんだな」
「ええ。女神が創られた生命に、優劣などありません。
 女神を奉じるこの国にて今だに差別など…嘆かわしいことです」
「あんた、貴族なのか?」
「え、ええ…。神使様のお傍にお仕えするのに貴族であることは最低条件ですから」
 答えになぜか間があって、アイクは特に気にもしなかったが、
 心の中でオスカーはなぜと思った。
「貴族は変な奴ばかりだと思っていたが、あんたはまともみたいだな」
「誉め言葉と受け取っておきますわ」
 ふふ、とシグルーンは笑った。
「あとちょっと聞きたいんだが、動きに特徴のある盗賊はともかく、なんで魔道士たちは平気なんだ?」
「私の知っている賢者の方の話によれば、使役している精霊が気を遣って砂を払ってくれるのだとか。
 しかしあの方の事ですから本気か判りませんわ」
「それって…」
「宰相セフェラン様ですわ」
 二人は沈黙する。
 巡礼僧を装って会った時、そんな冗談を言うようには見えなかったのだが。
「…あいつ…そんな冗談言うのか…」
「なかなか面白い方ですのよ」
 再びシグルーンは笑った。
 ふとオスカーはタニスの方に視線をやる。
 彼女はなにも言わずに傍に立っているが、完全に置いてけぼりを食らっているのがよく判る。
 シグルーンは口下手なアイク相手に会話を続けている。その手腕は見事だ。
 その一方で独りきりになってしまっている。
 なぜか、その姿に寂しさを見た。とても哀しいような、そんな姿。
「…どうかしたのか?」
 視線に気付いてタニスが声をかけてきた。
「い、いえ。…少し、お時間はありますでしょうか。お尋ねしたい事が少々ありますので」
 言い訳しようとして、閃いた。
 昨日の一件について、疑問を解かさねばならないと。
「時間か。…少しはあるな。用件なら手短に頼む」
「はい」
 うなずいたその時、シグルーンとアイク側の会話も終わったようだった。
「では、任務の方頑張って下さい」
 優美な笑みで、シグルーンが話を締めた。
 その後オスカーはアイクに、タニスはシグルーンに断りを入れて二人きりに。
 それからマナイルの中庭に出て、話を始めた。
「用件があるといったが、いったいなんなのだ?」
 単刀直入にタニスが尋ねる。
 この方は常に騎士としてあるのだなとオスカーは思う。
 先ほどアイクがベグニオンの者は回りくどいと言ったが、彼女は違うようだ。
 オスカーはゆっくりと口を開いた。
「先日のマーシャの件に際しましてなのですが、なぜ、あのようなことを最後に仰られたのですか?」
「あのようなこと?」
 問われてタニスは腕を組んで考える。
 すると思い当たったようで、ああ、と呟いた。
「済まなかった、か。君の言いたいことはそうだろう?」
「はい。失礼かとは思いましたが、意味をお伺いしたかったのです」
「そうか」
 しばらく間があってから、タニスは答えた。
「…あれは、気を遣ってもらって悪かったと思ってな。聖天馬騎士団の問題だというのに」
「仲間ですから、彼女も」
「…仲間、か」
 タニスは思う。
 仲間意識は確かに大事だ。それで任務に支障をきたしてはどうにもならないが。
 だがそれとは違う。真に助け合って進んでいく――そんな思いがあると感じる。
 マーシャは恵まれたのだなと思った。
 だから、口から自然に出た。
「…マーシャのこと、感謝する。聖天馬騎士団を代表して礼を言おう」
「! そ、そのようなこと…勿体無い、お言葉です」
 いきなり出た感謝の言葉にオスカーは慌てる。
 それもそうだ。相手は聖天馬騎士団の副長にして、神使親衛隊の副長なのだ。
 こんな言葉は聞けるはずもない。
「処遇はもう少し相談してから決める。前にも釘を刺したが、その間くれぐれも逃げるなと伝えておいてくれ」
「…わかりました」
 鋭い瞳は有無を言わせない。
 顔を引き締めてオスカーも応えた。
 今の彼女には、さっき感じられた寂しさのようなものはない。
 自分の気のせいだったのかな、とオスカーは思う。
「…オスカー」
「はっ」
 名を呼ばれて、反射的に背筋を伸ばして応える。
 彼女は幾分か戸惑ったようだが、口を開いた。
「……今回の任務で、君たちの疑問は解決するはずだ」
「え?」
 思いがけぬ言葉に、オスカーは思わず細い目をさらに細める。
「それは、一体――」
「私に言えるのはここまでだ。任務をこなせばおのずと解かる。マーシャの件の礼だと思ってくれ」
「……タニス殿」
 ありがとう、と蒼い瞳が言っているようだった。
 これ以上は何も言わぬほうがいいと判断したオスカーは、礼でそれに応えた。
「思った以上に時間を取ってしまったな。私はそろそろ行くがこれ以上、話はないな」
「はい。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
 もう一度礼をするオスカーに一瞥をしてタニスは去る。その姿を見送ってから彼も中庭を後にした。




「一体何を話していたんだ?」
 待っていたらしいアイクが、尋ねる。
 オスカーは団長だから知っておくべきかと思い、マーシャのことを話した。
「なるほど。まあ仕方ない…のか。元はここの騎士だ」
「かなり急いでいたみたいだけど、規律は守るべきものだし。でなければ統率なんてとれやしない」
「……」
 アイクは苦い記憶を思い出す。
 まだ、傭兵になりたての頃。
 ミストとヨファが山賊団にさらわれた時、副長ティアマトの命令を無視して勝手に出ていき、
 後に父から謹慎処分を言い渡された。
 そのとき飛び出したのは自分に、ボーレ。心配になってキルロイ。そして三人の監督役も兼ねていたオスカー。
「どうしたんだい、アイク」
「…いや、ミストとヨファがさらわれたときのことを思い出した」
「ああ、あれか…あれは大変だったな。アイクとボーレが飛び出して、キルロイも追いかけてしまって」
 苦笑しながらオスカーは続ける。
「命令違反にはなったけれど追いかけて正解だと思ったよ」
「あんたがいなければ、アジトに辿りつけなかった。本当に済まなかった、オスカー」
 今更ながらも、心から謝るアイク。オスカーは首を横に振った。
「いいよ。命令を遵守するあまり、大切なものを喪ってしまっては意味がないからね。
 家族を喪う痛み…辛さ…それは十分過ぎるほど、解かっているからね」
 いつもながらアイクは思う。
 オスカーの言葉は一つひとつが心に響く。
 開いているのかわからないほどの細い目と微笑を称える顔からは心の内を知ることはできないが、
 相当苦労をしていたはずだ。
 だからこそ優しく、ときに厳しく、自分たちを見守ってくれる。
 妹はいるが兄のいないアイクにとって、オスカーはまさに「兄」であった。
「さて、アイク。そろそろグラーヌ砂漠に行くための準備を始めないとね」
「ああ。騎馬は向かない任務だが…それでもよろしく頼む」
「もちろんだよ、アイク団長」
 ニコリ、笑ってオスカーは答えた。


 準備にと、部屋に戻って荷造りを始める途中でオスカーはふと思う。
(今回の任務で疑問が解ける、か。一体どういうことなんだろう)
 意味があるのはもちろんわかる。でなければ絶対に発しない。
 昨日の任務は、あの荷物に秘密がある。
 生き物らしいものが入っていた荷物。そして化身の解けなかったラグズ。
 一体何を思って神使は依頼をするのか。その真意はきっとこの任務で解明されるはず。
「……何はともあれ、任務に赴かないとなにもわからないか……」
 その後で考えよう。
 オスカーは必要な荷物が入った嚢を、紐で括って閉じた。







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