共にありたい(2)






 滞在から五日が経って。
 グレイル傭兵団は、神使からの依頼を受けた。
 なぜ依頼をするのか、尋ねると話を持ってきた親衛隊長シグルーン曰く「退屈でしょうから」ということ。
 ベグニオンという国自体が嫌いなアイクだが、
 クリミア王国再興のために雇い主でもある王女エリンシアは毎日毎日舞踏会に出ている。
 少しでも彼女の助けになるべきだと、この依頼を引き受けた。
 依頼内容は「行商団を装う一員の撃破と積荷の押収」。
 霧の中、傭兵団は待ち伏せを敢行する。
「ボーレ、前に出すぎるなよ」
 すぐに前線に出ようとする弟を、オスカーが注意した。
「なんだよ兄貴。うるせえな」
「霧で周りが見えないんだ。気が付いたら囲まれるということもある」
「兄貴は小言がうるせえよ。そん時はそん時!」
「ボーレ!」
 兄の小言を避けようと、ボーレはその場を離れて行った。
「…全く…」
 細かいことを考えない弟にため息をつくオスカー。
 そんなことでは戦場を渡り歩けないだろうにと思いながら。
「オスカー!」
 で、そこに騒々しく自分を呼ぶ声。こんな風に人を呼ぶのはただ一人だけ。
 かつての同僚で旧友のケビンだ。
「やあ、ケビン」
「敵が来たぞ!! 突撃だ!!」
「え、もう来たのかい?」
「貴様、なんだその態度は!! それが俺の永遠の好敵手の姿なのか…!!」
「いや済まない。弟のことを考えていたものでね」
 どこまでも熱いケビン。彼とまともに話ができるのは、今ここにいる中でははっきり言って彼だけだろう。
 慣れているのもあるだろうが、たまに話をしているキルロイやマーシャは慌てながらの会話。
 オスカーはさらりとかわしながら会話を進める。
「弟が、そんなに大事か」
「もちろんだよ。家族なんだし」
「そうか…だが、今はそんなことを話している場合ではない! 行くぞオスカー!」
「え、ケビン。霧で周りが見えないのに不用意な突撃は…」
「戦いを恐れてどうする! 勝利のためには果敢に戦うのだ!!」
「……」
 熱くなると周りが見えなくなる性格。これさえなければ本当にいい騎士なのだ、ケビンは。
 一人で突撃するケビンを補佐するべく、オスカーも霧の中の戦場へ馬を走らせた。
 普段以上に神経をすり減らし、思わぬ敵襲に対応する。
 敵は剣士や戦士の混成。斧相手には同じく斧騎士のケビンが。剣士に対してはオスカーが担当する。
 元同僚で旧友だけあり、二人は息のあった戦い方を見せていた。
 だが――。
 グルルルル……。
 霧の向こうから聞こえる、獣の唸り声。
「なっ!?」
「ケビン!」
 一瞬にしてケビンに飛びかかる影。だが直前にオスカーは手槍を投げて牽制。直撃を阻止した。
 そして降り立ったのは――虎。
「ラグズだと!? どうしてここに!」
「わからない。だが、襲ってくるようだ…!」
 二人は体勢を整え、襲いかかるラグズに対する。
(持久戦なら勝機はある)
 手傷を受けながらも機をうかがう。
 ラグズは化身していられる時間があると聞いたからだ。
 化身には自分の持っている力を使うらしく、いたずらな化身は命を縮めるという。
 力を弱めるが、長時間の化身が可能な半化身の腕輪というものもあるというが、貴重品だという。
 避けながら待つ――が、一向に化身が解けない。
 自分の命を縮めてしまうというのに。
 そこまで自分たちベオクに対する憎しみがあるからかとも思ったが、違うことにオスカーは気が付いた。
 眼の光。
 狂気しか宿していない眼。何かによって狂ってしまった眼。
 ただそこにあるのは――殺戮。
 まずいと思ったオスカーは攻撃に転じた。
「ケビン! 倒すぞ!」
「解かった!」
 オスカーの槍で牽制、ケビンの斧で攻撃。またはその逆。
 俊敏で力もある虎のラグズを仕留めるのは苦難だ。
 身体能力が圧倒的に上のラグズには、武器と戦い方で対抗するしかない。
 隙を見せれば最期。引き裂かれ、喉笛を食いちぎられるだろう。
 狙うべき所は――。
「はあっ!」
 鼻を槍で狙う。
 獣牙族は視覚だけでものを認識しない。聴覚と嗅覚に優れておりそちらでも認識する。
 特に嗅覚が秀でているのでそれを潰せば状況はこちらに傾く。
 見事に命中。怯んだ所でケビンが斧を振り下ろし、致命傷を与えた。
「…ケビン」
「どうした?」
「今のラグズ…どうして化身が解けなかったと思う?」
「そんなことを言われても俺にはわからん」
 ケビンらしく、そしてもっともな答えを出されてオスカーはなにも言えなかった。
 なぜ、化身が一向に解けなかったのか。
 なぜ、狂気のみを宿していたのか。
 そしてなぜ――行商団の味方になっていたのか。
 いくつもの疑問が大きく残った。




「任務、完了した」
 波乱はあったが無事に任務を完了し、グレイル傭兵団は大神殿マナイルに戻ってきた。
「ご苦労様でした」
 傭兵団を出迎えたのは、神使親衛隊長シグルーン。優美に微笑んで皆を労った。
「なあ、一つ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう」
 了承を得られ、アイクは尋ねた。
「あの荷物、中身はなんだ? 大きさなどを考えても、普通の荷物ではないだろう」
「…それは…」
「余計な詮索は無用」
 シグルーンが戸惑った時、言ったのは副隊長タニス。
「タニス」
「貴殿らは、任務を全うしてくれれば良い」
「……」
 タニスの冷たい物言いに、アイクは怒りに似た感情を持ったがぐっと抑えた。
「…申し訳ありませんが、お答えすることはできませんわ。
 報酬のほうは明日、神使様御自らお渡しになりますので、今日はごゆるりとお休み下さい」
「…分かった」
 不満ではあったが、従うしかないと分かっていたアイクは答えると踵を返した。
 姿が見えなくなってから、シグルーンはホッと息を吐いた。
「助かりました、タニス」
「隊長、答えることができぬ場合ははっきりと答えるべきと思うのですが」
「それはそうでしょうけど…タニス、あなたの場合は少し物言いが冷たすぎるのではない?
 もう少し考えないといけないと思うのだけれど」
「曖昧に伝えるよりははるかに良いと思うのですが」
 固すぎる副官に、シグルーンはため息をつく。
「…タニス…だからあなた、部下達に怖がられているのよ?
 もう少し物腰柔らかく、笑顔だって見せればそんなこともないのに。まるで殿方みたい」
「隊長」
 一層鋭さを増した声に、シグルーンは言葉を止めた。
「ごめんなさいね。気にしていることを」
「…これが私です」
「……少し、肩の力を抜きなさいね。タニス」
 間を置いた会話。それだけ言ってシグルーンは執務に戻るべく歩き出す。
 ポツンと取り残されたタニスは思い返す。
(――副隊長、怖い人よね)
 部下達の、噂話。
 畏怖の対象として取られている自分。でも、その道しか取れない自分。
 武芸に優れ、また女性としても賞賛される隊長シグルーン。
 自分でも、素晴らしいと思っている。だからこそ感じてしまう女性としての劣等感。友であるからこそ、それは余計かもしれない。
 だから任務にあけくれ、騎士として厳しく生きる道しか取れない。
 情けなくも思う。
「――くっ」
 だが落ちこんでどうすると首を振って打ち消し、自分の任務に戻った。
 これからの予定は訓練場で部下達に訓練を施す。
 剣と槍を用意して行くとすでに天馬騎士隊が整列して待っていた。
 用意は迅速に、そして組織として行動しろ。
 タニスはそう部下達に教えこんでいる。
「始めるぞ!」
 号令とともに訓練が開始される。
 剣戟の音、槍の打ち合う音が響く。タニスも部下達の相手をしながら、自分の訓練もこなす。
 器用で流麗な剣捌きに部下達は全くかなわない。
 その後は陣形の訓練なども行った。
 滞りなく、すべて終了。解散後、周りをふと見まわす。
 すると一人、こちらを見ている姿があった。
 緑の髪、開いているのかわからない糸目。
 タニスは近付いて声をかけた。
「…君は…オスカー、だったか」
「タニス殿」
「訓練を見ていたのか」
「覗き見のような真似をしてしまい申し訳ありません。ベグニオン聖天馬騎士団の訓練に興味がありましたもので」
 丁寧に謝る彼に、怒る気持ちはない。
 構わないと言った。
「君から見て、我が天馬騎士団の訓練――どのように見えた?」
「はい。やはり統率力に優れておりまして、さすがは大陸有数の騎士団だけあると思います」
「我らは神使様と祖国の名において、不名誉な戦いは許されん。だから常に鍛えねばならんのだ」
「その通りですね。特にタニス殿の剣技、拝見していてとても素晴らしいと思いました」
 糸目のせいで常に微笑を浮かべているように見えるのだが、
 今――もっと笑ったように見えた。
 嫌味などない純粋な感動の笑み。
 久し振りに見た気がする。
「…そうか。言われれば、訓練のかいもあるというものだ」
「勿体無いお言葉です。マーシャからもタニス殿の剣技は聞いておりましたが、実際目にすると実感いたしますね」
「……!?」
 今の言葉に、タニスは過敏に反応した。
「ちょっと待て、オスカー。今…マーシャと…言わなかったか?」
「あ、はい。彼女からタニス殿のことはおうかがいしました。元はこちらの騎士だったそうで」
「…今、ここにいるのか?」
「はい、そうですが…」
「案内してくれ」
 そう言ったタニスの顔が、危機迫るような顔でオスカーはたじろぐ。
 承知してオスカーは、案内した。
 今は兄のマカロフと一緒に、部屋にいるはず。
「こちらです」
「うむ」
 オスカーが了承を得て扉を開ける。
 開けて――後姿のマーシャにタニスが怒鳴った。
「マーシャ!!」




「!?」
 ビクン! とマーシャが声に反応し、おそるおそる、機械的な動きで後ろを向く。
 そして認めたのは――『鬼の副長』の姿。
「タ、タタタタ、タニス、副隊長!!」
 ズザザザザと壁際に一気に後ずさる。顔は青ざめ、怯えている。
「久し振りだな、マーシャ。よくのこのこと戻ってこれたものだな…?」
 マーシャ含め、オスカーとマカロフも思う。
 はっきり言って――恐い。
「軍脱走の罪は重いぞ! 覚悟するんだな!!」
「え、だ、脱走!?」
 三人とも驚く。
「あの、わたし、ちゃんと、辞めますって…」
「置き手紙だけで受理されるかぁ!!」
 え、との驚きと同時に、それはそうだとオスカーは思った。
「マーシャ…君、そうやって出てきたのかい?」
「え、あ、オスカーさん。私、あの頃急いでたんで…」
「…急いでいても、除隊するならきちんと手続きは踏まないと。私だってそうして除隊したんだし。
 タニス殿が怒るのも無理はないよ」
 その言葉に、タニスが振り向く。
「オスカー、君も元は騎士だったのか?」
「はい。元はクリミアの騎士団に。ですが三年前に除隊しました」
 道理で礼儀正しいわけだ、とタニスは納得する。
「なるほどな。そう言うことだ、マーシャ。除隊には正式な手続きを踏まねばならんと分かっていたはずだ。
 それを怠ったと言うことは、脱走だ」
「えぇ〜そんな! 元はといえば、兄さんのせいなんだからね!」
「え、そこで俺に振る?」
 いきなり引き合いに出されて慌てるマカロフ。
「当たり前でしょう! 前にも言ったけど、聖天馬騎士団にいられなくなったのは、兄さんの借金のせいなんだから!!
 毎日毎日借金取りが営舎に押しかけてきて…!」
「…つまり、お前は兄の借金に耐えかねて、除隊を決意したわけか」
「…そうです」
 小さくマーシャはうなずく。
「…それには同情しよう。だが、脱走は脱走だ」
「あぁ〜」
 困り果てるマーシャの姿に、これはと思ったオスカーは助け舟を出すことにした。
「少し、よろしいでしょうか」
「? なんだ」
「確かにマーシャは脱走の罪で処罰を受けるべきとは思います。
 その後、正式な除隊手続きを踏むことは可能なのでしょうか。元々彼女に脱走の意思はありませんでしたし。
 多少罪を減じることにはなるかもしれませんが」
「ふむ…」
 タニスはしばし考える。
「マーシャ、君もそれなら罰を受けられるのではないかな?」
「…それなら…。私も、悪いですし」
「……分かった。だがすぐには答えを出せん。シグルーン隊長と協議して、お前の処遇を決定する」
「わ、わかりました…」
 話は一応の決着を見たようで、オスカーはホッと胸を撫で下ろす。
「――その間、くれぐれも逃げようなどと思うなよ。その場合は完全に脱走と見なすからな!」
「は、はいっ!!」
 まさに、鬼と呼ぶにふさわしい顔にマーシャはただうなずくしかなかった。
「では、私は戻る。…オスカー」
「はっ」
 いきなり声をかけられて、驚きつつも返す。
「済まなかったな」
「え?」
 その言葉を残して、タニスは廊下に戻り副隊長としての任務に戻る。
 意味を考える間もなく、マーシャが話しかけてきた。
「あ、ありがとうございます、オスカーさん〜!」
「…相当怯えていたね」
「そうですよぉ〜。副隊長、すごく恐い人なんですよぉ。団員の間じゃ『鬼の副長』って言われてますもん」
「鬼って、それはタニス殿に失礼ではないかな」
「いや、本当にすごく恐いです。さっきだって」
 マーシャに迫る彼女は確かに怖いとは思ったが、それはマーシャのせいであって自業自得だと思う。
「でも、部下思いな方だと思うよ。事情をきちんと聞いてくれただろう?」
「…そうですけど…」
 そこで、マーシャはそろりそろりと部屋を抜け出そうとする兄マカロフを見つけて一気に捕まえた。
「兄さん!」
「なんだよぉ〜」
 気の抜けたような口調の兄にマーシャは呆れる。
「なんとかなりそうなんだろ? ならいいじゃんか」
「元はといえば、全部兄さんのせいなんだからね! 今度はちゃんと真面目に働いてよ!?」
「気が向いたらな」
「気が向いたら、じゃない! ……って、あ、兄さん!」
 一瞬の隙を突かれ、マカロフは一目散に部屋を逃げ出した。
 もう駄目だ、と言わんばかりにマーシャは顔を手で押さえる。
「……なんで、あんな兄さんなんだろ……。私、アイクさんやオスカーさんみたいな兄さんが欲しかったなぁ…」
「でも、たった一人の兄さんなんだろう? 大事にしてあげなよ」
「ええ。それはいいんですけど、本当に、賭け事ばっかりで私の苦労も知らないで…」
 はあ、と特大のため息をマーシャはついた。
「それじゃあ、私もそろそろ失礼するよ。処分のほう、少しでも減じられるといいけれど」
「あ、はい! 本当にありがとうございました!」
 何度も礼をするマーシャを見て、オスカーも部屋を出た。
 なぜか引っかかる言葉がある。
(済まなかったな)
 どうしてあんな言葉を。
 天馬騎士団の私情に巻き込んでしまったからだろうか。
 でも、それだけではないような意味も含まれている気がする。
 考えても、なぜか答えは出なかった。







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