共にありたい(1)






 それは偶然だったのか、運命に導かれた必然だったのか。



 生まれた場所も、身分も、立場も全く違った二人は、出逢った。



 何気ない出逢いは、絆を生み出す。



 そして、共にありたいと願うようになる。



 絆が強くなれば、なるほど。



 切ないほどに。



 別れが来ると、解かっていても。






 グレイル傭兵団が、神使の客人として大神殿マナイルに滞在するようになって三日。
 ――はっきり言って、面々は暇を持て余していた。
 団長のアイクはベグニオンの空気が合わず、落ち着かない様子。
 時間があれば剣の訓練に打ちこむか、街に出るか。
 他の面々も、初めは神殿内の探索などをしていたが暇になっていた。
 特にミストは普段の炊事洗濯から解放されたのはいいのだが、かえってやることがないのが手持ち無沙汰。
 やることもないまま、時間だけが過ぎていった。
 そんな中、大神殿の書庫から出てきた姿があった。
 傭兵団の一員、オスカーだ。
 右手に抱えているのは筆記具。書庫で調べ物をして出てきた所。
 日は暮れかけており、夕食も近い。
 与えられた部屋に戻ろうと急いだ。
 そんな時、廊下を歩くアイクに出会った。
「やあ、アイク」
「オスカー」
「どうかしたのかい?」
 にこやかに尋ねるが、アイクは不機嫌に答えた。
「…ベグニオンの空気は、俺には合わん。
 どうして何をするにも回りくどいし、人の神経逆なでするようなことも平気でする。
 こんな国でよく生活できる」
 その言葉に、オスカーは苦笑した。
「確かに伝統と格式で成り立つ国だし、アイクには合わないだろうね。クリミアは、自由な国だったから」
「オスカー、あんたよく平気だな。この国で」
「私は、元は騎士団にいたからね。クリミア騎士団はまだ緩やかだけれど、上に対する礼儀作法にはうるさいから」
「そうなのか?」
「そういうものだよ」
 わからない、と言わんばかりにアイクは頭を掻いた。
 そうしてから踵を返そうとする。
「あれ、アイク、そっちは外だけど…」
 夕食も近いのに、と言うと彼は答えた。
「俺はこっちの食事も合わん。街で食べてくる」
「いいのかい? 副長やミスト、セネリオが心配するよ?」
「オスカーから話しといてくれ」
「……」
 堅苦しいのが嫌いなアイクらしいのだが、こうも嫌悪して避けると何も言えない。
 しかし、分かったと返事をした。
「ただ、早めに帰ってきたほうがいいよ。一応、体面もあるから」
「…面倒だな」
 はあ、とため息をつきながらアイクは街へと行った。
 そんな彼を見送ってから、オスカーは部屋へ戻るべく足を急がせた。
 少し遅くなってしまったので、きっとヨファが心配しているに違いない。
 クルリと角を曲がり、奥へと足を運ぶ。
 もう一つ角を曲がって進めば、部屋だ。
 しかし、急ぐことに夢中で気付きもしなかった。
 ――自分の手巾を途中で落としてしまったことに。
 ――そしてそれを誰かが拾ったことにも。




「オスカーおにいちゃん、お帰りなさい!」
「ただいま、ヨファ」
 部屋に戻ると末の弟が待っていた。しかしすぐ下の弟がいないことに首を傾げた。
「ボーレは?」
「たぶん、もう少しで戻ってくると思う」
「そうか」
「よう、ヨファ!」
 噂すれば、影。ボーレが帰ってきた。
「なんだ、兄貴も帰ってきてたのか」
「今戻ってきたところだ。そろそろ夕食だから、行こうか」
「うん」
 筆記具を片付けてから、三人で部屋を出る。
 途中、今日の夕食はなんだろうかと話し合っていた。
 食堂に来るとすでに他の面々が待っていた。
 ティアマト、ミスト、セネリオ、キルロイ…いつもの傭兵団の面々が。
 そして途中で加わった面々も。
 弟達を席につかせてからティアマト達のところに行く。
「副長」
「どうかしたの、オスカー」
「いえ、アイクからの言伝がありまして。今日は街で食べてくると」
 内容に、ティアマトが沈黙した。
「…」
「お兄ちゃん、街で食べるの? せっかく美味しいのに」
 とはミストの弁。しかし。
「アイクはこのベグニオンが合わないのでしょう。何から何まで」
 と、さらりセネリオが言った。
「だから、この大神殿にいるのは窮屈なんだろうね」
「…もう。私達はエリンシア王女の護衛なんだから…分かっているのかしら」
「一応早く戻るようには言っておきましたので、大丈夫かと思いますが…」
 フォローは入れるものの、ティアマトはため息。
「…分かったわ。ありがとう、オスカー」
 礼を言って、そのときちょうどよく来た給仕に一人分減らすように伝えた。
「アイクには、戻ってきたら少し話をするわ」
「わかりました」
 そこで話は終了。運ばれ始めた夕食のためオスカーも席についた。
 さすがに大神殿で出される食事は美味。普通絶対に使えない高級食材を惜しげもなく使っている。
 味わいながら何か自分の料理に応用できないかなと考えた。
 再現は無理でも、近いものなら出来るだろうと思って。
 食事は地味だが重要な役割を果たしている。
 傭兵団でもそうだし、軍だって、食事は士気に関わる。
 美味しい食事を提供するのはミストと自分。
 今後のためにも自分も努力せねばなと思った。
 隣で騒がしい弟達をなだめながら夕食の時間は過ぎていった。
「あ〜食った食った。旨かった〜!」
 ポンポン腹を叩くのはガトリーだ。
 前までは傭兵団一の大食漢…だったのだが。
「…お腹いっぱい食べられて…幸せです…」
 うっとりとしているのは、同行している商人達と共に旅をしていた魔道士の少女イレース。
 何と、折れてしまいそうなほど華奢な身体でガトリーやモゥディより食べるのだ。
 今日も平気で五人前は平らげていて、給仕達を驚かせた。
 こんな様々な面々を見ながら、オスカーは自分の手を拭こうとズボンのポケットを探る。
「あれ?」
「どうしたの? オスカーおにいちゃん」
「いや、手巾を落としたみたいでね。ヨファ、ボーレと一緒に先に部屋に戻ってなさい。
 私は探してくるよ」
「うん」
 オスカーは食堂を出て、記憶を辿った。
 手巾があったとはっきり覚えているのは、書庫を出る前だ。
 だとしたら部屋に戻る際に落としてしまったのかもしれない。
 もう夜で、蝋燭の明かりが灯るだけの廊下を、道筋を辿りながら歩いていく。
 しかし、それらしきものはいくら探しても見つからない。
「もしかして誰か拾ったのかもしれないな…」
 侍女たちにでも聞いてみるかと思って今までの道から背を向ける。
 だが、その時。
「――そこの君」
 声をかけられて、振り向く。
 ――これが、初めての出逢い。




 こちらに向かって歩いてくるのは、夜ゆえに分かり難いが黒茶の髪に、黒の鎧。
 白い聖天馬騎士の軍服を身に着けた冷たい印象を与える、美女。
 オスカーは誰だか、一目で分かった。
 ベグニオン神使親衛隊副隊長にして、天馬騎士団副隊長――タニス。
 騎士としての経験か、反射的に敬礼の姿勢をとった。
「何か、探しものか?」
「はい。手巾を落としてしまいまして」
「もしかして、これか?」
 すっ、とタニスが差し出したのは、間違いなく――自分の手巾。
「これは…タニス殿に手ずから拾っていただけるとは、光栄です」
「私を知っているのか」
 名を言われたことに少しだけ目を丸くして、タニスが尋ねる。
 オスカーはすぐに答えた。
「はい。神使親衛隊副隊長にして、天馬騎士団副隊長殿…知らぬほうが少ないでしょう。
 クリミアにも、武勇は届いております」
「そうか。…君の名前は?」
 彼女が、再び尋ねる。
「あ、これは失礼いたしました。私はグレイル傭兵団のオスカーと申します」
 そう言えば名乗っていなかったのをしまったと思いながら、オスカーは名乗った。
「グレイル傭兵団…エリンシア王女の護衛をしている傭兵団の者か。承知した。
 さて、これを返しておこう」
「ありがとうございます」
 タニスから手巾を返してもらって、丁寧にオスカーは礼をする。
「次からは気を付けた方が良いぞ。
 この大神殿で何か落ちていたら、不審物として処分されてしまう可能性もあるのでな」
 彼女の言葉は本当だ。
 何しろここはベグニオンの象徴たる神使サナキの住まう場所。
 神使に対する不穏分子は何一つたりとも入れてはならない。
 それが人であっても、物であっても。
「はい。次からは気を付けます」
「そうしてくれ。いかに神使様の客人とは言え、礼儀はわきまえてもらわねばならない」
「承知しております」
 オスカーは解かっている。
 この大神殿に来てから、一応ある程度行動の自由は与えられているものの、監視付きだ。
 理由はただ一つ。神使を護るためだ。
 仇なすと認識されたら最後、命はない。
 それほどまで、絶対なる存在が皇帝――神使という存在。
 宗教国家であるこの国ではそれが、当たり前だ。
「それでは、私はこれで失礼いたします。ありがとうございました」
 用も済み、最後にまた一礼してからオスカーは部屋に戻るべく廊下の闇の中に消える。
 見送ったタニスは、顎に手を添えてから呟いた。
「…礼儀正しい青年だったな。
 傭兵など、粗暴で野蛮な連中ばかりかと思っていたが…考えを改める必要があるかもしれないな」
 あんな人物もいるのだな――それが、タニスのオスカーに対する第一印象だった。
 その印象がやがて不思議な縁をもたらすとは、今は誰も思わない。
 オスカーも、タニス自身も。







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