信念の槍 第三話
エリアザール一行四人は、得た情報をもとにタラビル山賊団のアジトに向かって進んでいた。
地図で書きこんだ場所は結構奥にあるという古代遺跡。
カナスの持っていた古代地図にははっきりと記載されている。
それを現在の地図と照らし合わせてから進んでいる。
時折また迷いそうになるワレスを抑えながら彼らは着実に歩みを伸ばしていた。
「エリアザール、と言ったか」
途中での幾度目かの夜営。寝ずの番に当たっていたエリアザールはまだ起きていたレナートに声をかけられた。
「レナート司祭。…何か」
「お前は言ったな。復讐などしても意味などない、と」
「ええ。…かつて、言われたことです」
思い返す過去。
今でも鮮明によみがえる声。
(復讐なんかしても意味はないのよ。その後の自分はどうするつもりなのよ)
それがあるから今の自分がある。
「…お前は、似ているな」
「? 誰にですか?」
我に返りながら疑問を抱き、聞き返す。
「お前は争いを嫌っている。しかし大切なものを守るためには自分の手を血で濡らす。
お前は優しいが、戦わねばならぬ時を知っている。そして喪った痛みも知っている」
一体何を言っているのだろう。
エリアザールは思った。
「どう言うことですか、レナート司祭」
「…戯言と思って聞いていればいい。一人の傭兵の話だ。友を失った男に、ある男が言った。
「望むならお前の友人を蘇らせてやろう」と。信じたのだよ、その男は」
「! 人を蘇らせるなど、神の奇跡では。…奇跡が起きるのなら僕はそれに縋っている…」
心が痛んだ。
奇跡など、起こるものなのか。
なら失ったものを取り戻したい。
しかし、そんなことは無意味ともわかっている。
レナートが続きを話した。
「だが、もちろん本人が蘇ることはなかった。魂のない人形だった。
友を蘇らせるためだけに奪った命は数知れぬ…そのことを後悔した男は教会の門をくぐった」
「司祭殿…」
「それからだ。争わぬと男は決めた。今まで奪った命を弔うためにもな。
しかし今まで血塗られた男は、簡単に罪を拭えん」
深い彼の闇を垣間見た気がした。
この人は業を背負っている。その業に深く悩んでいる。
「…おや……? どうか…なさったんですか?」
声がして向けば片眼鏡を探しながら起き出したカナス。
「カナス殿」
「いや…声がしたんで起きてしまいましたよ。「人形」とか聞こえましたけど」
やっと見つけたようで、片眼鏡をかけながら言う。
「少し、昔話をした」
レナートが具体的ではないものの事実の回答。
うなずきながらカナスは近くに腰掛ける。
「そうですか。でも、人形…と言えば僕は読んだ文献を思い出します。
人間の似姿をした人の手によって創られた存在「モルフ」を」
(?)
一瞬だけ。
ほんの一瞬だけレナートの表情が変わった気がした。
「モルフ…?」
「うん。四百年から五百年ぐらい前の文献に残っているんだ。確か特徴は…あれ? 思い出せないなぁ。
本を見れば判るんだけどね。とにかく、その文献を見た時思ったんだ。彼らも夢を見るのか。
自分の『心』はあるのか…とね」
「心、ですか」
「彼らは創られた存在。でも生を得た以上は、生きる権利があると思う。
創った人間は、一体何を思ってモルフを創ったんだろう」
「創造主は、自分にしか興味がないのさ」
その言葉に声を発した人間の方を向く。
発したのはレナートだった。
『……』
彼は――続けた。
「創ってただ、放っておいたのだろう。創った人間は自分にしか興味がない。
残されたものについてを考えることもせずに、それだけのことが出来る自分を称えただけだ」
二人は疑問を抱いた。
どうして、そんなことをさも自分が見たかのように言う。
「…なぜ、司祭殿はそのような推論を?」
エリアザールが尋ねると彼は答えた。
「自分なりに考えた結果だ。それ以外の答えはない」
「…そうですか」
この人は一体――。
思ったが聞かぬことにした。
それが彼自身のためだろうと思って。
カナスも同じことを思ったらしい。ずっとそれからは黙っていた。
夜は、静かに更けた。
「さてさて。誰か私を雇えるのはいないかな〜」
タラビル山上空を飛ぶ天馬。またがって下を眺めるのは青い髪の娘。
軽装の鎧に槍。天馬騎士のようだ。
「でもこのファリナ様を雇える人間は少ないから、こんな所にはいないか」
自分で呟いて納得したその時、目下で戦闘をする集団を見つけた。
「…あら? あそこでなんか小競り合いしてるわね」
見ると大勢の山賊たちに襲われているのは四人。重騎士に、司祭に、闇魔道士に、弓使い。
そのうちの弓使いにファリナは目を付けた。
遠目だが、着ている物が上等だ。これはお金を持っているかもしれない…。
ニヤリと笑ってファリナは高度を下げにかかった。
もちろん射貫かれないように、白い布を振りながらだ。
「ちょっとちょっと、そこの人!」
「なんだい。今取りこみ中だ」
「取り込み中だからよ。こんな大勢に襲われて平気なの?」
ふっふっふっ、と笑みを浮かべながら話をするファリナ。
相手はその言葉で、話の筋を理解したらしい。
「…自分を雇わないか、かい?」
「あら、話が早いじゃない。この「すご腕」ファリナ様にかかればあんな山賊連中一ひねりよ。
どう? 私を雇わない?」
しばらく相手は考える仕草をする。
それから彼は口を開いた。
「君の言い値は?」
「高いわよ。最低一万ゴールドで請け負ってあげる」
「……高いな。イリア傭兵騎士の相場は二千から四千じゃないのか?」
「よく知ってるわね。でも私はその辺の傭兵騎士とは違うのよ!
だからこの金額は当然ってわけ。本当ならもっと高いのよ」
はあ、と彼はため息をついた。
「…わかった。じゃあ、手持ちがないからこれを報酬にするよ」
すっ、と差し出したのは透明な、大きな宝玉。
受け取って品定めをする。
「宝玉じゃない。…へえ、かなりの一品みたいね」
「元々はもしものために持ってきておいたんだ。鑑定書もつける。
しかるべき所に売れば一万ゴールドを越えるはずだ。君の交渉次第だけどね」
「そんなにするの!? …いいわよ。雇われてあげるわ。
イリアの傭兵騎士は契約を切らない限り裏切らないから安心して。
それにしてもよくこんなものをぽん、と出せるわね」
「一応、エトルリアの貴族だからね」
ファリナは目を丸くした。
「わお! お貴族サマってわけね。私の眼に間違いはなかったわ。
あ、そうそう、自己紹介しておくわ。私はイリア天馬騎士団第三部隊所属の「すご腕」ファリナ!
あなたのお名前は?」
「エリアザールだ。別に敬称を使う必要はないから呼び捨てでいい。
ではファリナ、まずは敵を一掃する…!」
「はいは〜い。張り切っていきましょうか!」
かくして天馬騎士ファリナも加わり五人に。戦力が増え、山賊達を蹴散らした。
「ふ〜ん。主君のために山賊退治ねぇ」
事情を聞いてファリナはふむふむとうなずいた。
「ま、私にはそんな理由関係無いわね。きっちり働いて報酬さえもらえればいいもの」
あっけらかんとしたファリナ。雇い主が戦う理由など自分には関係無い。
ただ自分が生きるために戦い、報酬をもらえれば良い。
傭兵としての意識からすれば当然だ。
だがしかし。
「なんと。お主それで良いのか!? 傭兵と言えど己の信念があるであろう!!
お主は共感したから戦うのではないのか!?」
言い放ったのはワレスだ。信念の元に戦う騎士として許せなかった部分があるようだ。
ファリナは言い返した。
「はあ? 私は彼に雇われたから一緒に戦うだけよ。それに私は傭兵だもの。
いちいち聞いていたら話にならないわよ。でも強いて言えば、お金ね。
馬車馬のように働いて、いっぱい報酬もらって、それ貯めておけば将来安泰よ!
一ゴールドの妥協は死を招くのよ!!」
「…むむ。傭兵は金で動くが…なんとお主のような金の亡者は初めて見たぞ」
「なんとでも言えば? あんた達みたいな奴にはわからないでしょうね! イリアの人間がいかに貧しいか!」
ギン、とファリナは睨んだ。
「畑だってろくにない。冬は長くて厳しい。生活するにはお金が要るのよ!?
イリアで傭兵稼業が盛んなのはみんな生きるためにやってる事なのよ!?
それを馬鹿にしないでよね!!」
「…」
イリア地方は大陸北部に位置し、山脈連なる極寒の地。
平地がろくになく、荒れているため畑もほとんどない。
そこに住まう人々の主要産業が、傭兵稼業だ。
イリア地方にのみ生息する天馬を活かした空を駆ける天馬騎士団。そして地上の騎士団。
常に各地を転戦し報酬を得て、それを食糧などに変えて住む人々に分け与え生活する。
特に冬を乗り切るためには大量のお金、食糧や生活物資がいるのでイリアの人間は初夏の今頃大忙しだ。
短い夏の間にわずかな作物を収穫して冬支度をし、長い冬に備えねばならないのだ。
ワレスの発言はイリア騎士全員を馬鹿にしているとファリナは感じたのだ。
「そうだね。イリアは本当に厳しい。でもそこが故郷だから頑張っているんだよね、君も」
そこで口を開いたのは、カナスだった。
「カナス殿」
「僕もイリアの生まれだからよくわかるよ。夏の頃に出稼ぎして、冬に備えて…そんな生活をずっとしているから」
今までの旅の中、カナスは疲れを見せたが弱音を吐いたことはない。
辛い旅路でも言わないのは、生活環境に培われた精神力からだと察する。
もう一つ、彼の歩みを進めるのは好奇心からだが。
「イリアは本当に辛い場所なんです。何かを犠牲にしなければ生きられない場所なんですよ。
彼女の言うことは、だからもっともなんです」
同郷ゆえにファリナを助けるカナス。
その思いは、どうやら伝わったらしく……。
「…生きるためにか。済まなかったな」
と、謝った。
「…まあ、わかってくれれば良いわよ」
まあ良いかとファリナも割り切る。
だが、次の言葉に。
「リンディス様の所にも一人天馬騎士がおったな。昔からのご友人ということでキアランで雇っておる。
必死に一人前になろうとしておったな。名は…フロリーナとか言ったか」
「!?」
思いがけない言葉だったか、ファリナは口をあんぐりとさせた。
「…ファリナ?」
「…びっくりした〜。妹の名前聞くとは思わなかったわ」
「妹?」
「ほう、お主フロリーナの姉か!」
ファリナはうなずいて答えた。
「そうよ。私の上にもう一人姉貴がいるけどね。
フロリーナは末っ子で泣き虫で、男性恐怖症だから天馬騎士になれるか心配だったんだけどね。
そっか…頑張ってるんだ」
懐かしい顔をするファリナ。
姉として妹のことはやっぱり心配らしい。
「ま、いいわ。雇われた以上はきっちり働くわ。イリアの騎士は契約を裏切らないから。
そうそう。いっぱい働いたら、特別ボーナス頂戴ね」
にっ、と笑うファリナ。
「ちゃっかりしてる」と、全員が思った。
一行は何度目かの夜営に入る。
しかしここはタラビル山賊団の勢力地真っ只中。
奇襲を考え木々の多い場所で夜営をする。
ごそごそと、エリアザールは荷物から黒く細い糸を取り出す。
それを足首の高さぐらいに設定して夜営地の周りに張り、それをさっき作った仕掛けに繋げる。
「何やってるの?」
ファリナが尋ねたので、答えた。
「罠を仕掛けているんだ。糸が切れればそこに仕掛けた枝が元に戻り、その反動で傷を負う。
もう一つは切れると同時に周囲に隠した縄の輪が縮まり、敵の足を取って捕らえる」
「それを周囲に仕掛けているって訳?」
「そう。敵陣真っ只中だといつ襲われるかわからない。用心に越したことはないのさ」
「ふ〜ん。じゃ、私も手伝おうかしら?」
「そう言って、ボーナスをねだる気かい?」
チッ、とファリナは舌打ちをした。
「僕一人で平気だから君は周囲の警戒をしていてくれ」
「は〜い。雇い主様の言いつけだもんね」
ちょっと不満そうだったが、ファリナは従い周囲の警戒に行った。
「全く。騒がしいな…」
ぼやくエリアザール。彼は静かなのが好きで、口うるさいファリナのような人間は苦手だ。
公平に接しなければならないのはわかっているが、生理的な問題らしい。
ガサガサ。
草を掻き分ける音と、鎧の音が聞こえた。
誰だかすぐに分かる。
「ワレス殿、どうかなさいましたか?」
「おお。少し周りの警戒をな。何をしておるのだ?」
ファリナに答えたように、罠を仕掛けていると答えた。
「敵の中にいるからな。少しでも襲撃を警戒せねばならんだろう。お主の慎重さは正しい」
「慎重過ぎるとも言われますが」
皮肉のように答える。ワレスは意にも介さず続けた。
「そのぐらいが、生きるにはちょうどよかろうて。慎重に、かつ大胆に。戦うとはそういうものだ。
わしも昔、恩師とも呼べる傭兵の方に教わった」
「そうですか」
生きる術――か。
思ってエリアザールは今までの自分を思い返す。
物心ついた時にはすでに、生きる手段や戦いの手法などをみっちり教えこまれていた。
エトルリアの影を担う血を持つゆえに、生きるためにも。
それが染みついた身体。
「…これで最後」
最後の罠を仕掛け終えた。ふう、と浮かんだ汗を拭う。
「終わったのか」
「はい。なのでくれぐれも気を付けていただきたい。夜営地の周辺、あまり出歩かない方がいいですよ」
「なら気を付けるとしよう」
と、ワレスは去ろうとするのだが…。
ビシィッ!
「ぬおっ!?」
と、驚きの声と同時に何かが当たる音。どうやら間違って罠を作動させてしまったらしい。
「……」
仕掛け直しか。
思ってエリアザールは深くため息をついた。
チリン…。
「!?」
夜半。鈴の音でエリアザールは目が覚めた。飛び上がって起きると同時に弓矢を持ち、番えて構える。
「敵か」
「はい」
寝ずの番に当たっていたレナートが問いかけると、答えた。
全員をたたき起こす。
「数は…二十か…」
気配を探る。数が多い。罠はどうなったと考える。
「ぐわっ」
悲鳴が聞こえた。罠にかかったらしい。
怯んだ所で矢を放った。
「カナス殿、レナート司祭。魔法を!」
「あ、はいっ。――ミィル!」
「ライトニング!」
悲鳴の聞こえる方向に、魔法を放つ二人。
夜と言うこともありほとんど当てずっぽうだが、敵を怯ませることは出来る。
敵から反撃の手斧や矢がきた。だが、やはり暗いこともあって完全な捕捉は出来ずギリギリで外れた。
「全員散開! 隠れながら応戦を!」
夜目を利かせながら指示を出す。合わせて来た敵を矢か体術で返り討ちにする。
一方で闇魔道士ゆえ接近戦に弱いカナスのサポートに入る。
魔法を使う人間はほとんど近付かれると弱いが、レナートは別格なので心配は要らない。
「カナス殿」
「ああ、エリアザール君。助かったよ」
「近付く連中は射貫きます。安心して魔法を」
気配を察知しながら素早く射貫く。エリアザールの早業に安心してカナスも魔法を唱える。
「ちょいなぁ〜!」
一方、掛け声と同時に敵を叩きのめすのはファリナ。
「すご腕」を自負している通りに、不利な斧使いの敵でも槍を巧みに使って自分の戦いにしている。
さすがにこの乱戦では天馬が使えないので降りているが。
「どう? 私の戦いぶり!」
雇い主エリアザールに途中で声を掛ける。適度に相槌を打って返した。
「なかなかだ。けれどそれでボーナスをねだるのは駄目だ」
「うっ」
見抜かれてる、と言葉を詰まらせる。
「今は、敵を退ける!」
「はいはい。解かったわよ」
ちぇっ、と思いながらファリナやエリアザールは敵の撃退に集中。
罠が功を奏し、敵を退けられた。
「やっぱり、敵の勢力圏内だけあって厳しいな」
「だが、やるしかないでしょう」
目的を達成させるには、この人数であるがやるしかない――。
エリアザールは判断していた。
剣使いがいないのは痛手ではあるが、ワレスやファリナは槍の扱いに長けていて不利を感じさせない。
魔法使いは二人もいるし、レナートは杖も使える。
自分は弓使い。バランスは実はなかなか取れている。
あとは、戦い方。
「まずはアジトに着くことを優先させましょう。その後で作戦を考え、山賊団を滅ぼす。それが最良かと」
「戦うにも、敵を知らねば負ける。それがいいだろう」
今後の方針を決定して、一行は夜営地を移動させた。
進む中でエリアザールは思った。
(復讐を止める…戦うしかなければ、この手を血で濡らすまでだ…)
血で濡れた、自分。だが、間違っていないはずだ。
誰かを救うために、守るために戦うしかなければ、戦おう。
たとえ血を浴びることになっても。
それが、自分の宿命。
力は守るためにあるのだと。
誰かを助けるためにあるのだと。
(君は…君の大切な人たちを助けるために、力を望んだのだろう…?)
空を見上げる。
夜空には、星が瞬いていた。
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