信念の槍 第四話
戦いの合間の休息。
エリアザールは分厚い本を読んでいた。
以前貸してもらった書物で、人竜戦役に関する考察書。
わずかな暇の中で読みふけり、ようやく読み終える所。
そしてやっと最後の一ページを読んで…終わった。
パタン、と本を閉じて余韻に浸る。
かなり内容の濃い本だった。しかも今までに読んだことのある考察書とは毛色が違い、冷静な考察。
一般に出回っている考察書は偏った内容しかなかった。
素晴らしい内容に、エリアザールはついつい時間も忘れて読みふけっていたのだ。
「お返しします。素晴らしい内容でした」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
持ち主――カナスは子供のような笑みを浮かべた。
「この本は一般に出まわっているものとはすごく違うのは、考察の方法だね。
勝利者人間を悪という扱いにし、冷静に――ごく冷静にすべての事象に対して考察している。
その結果考えられるのは『終末の冬』がどのように起こったのか、だね」
「…世界の理を変えた『終末の冬』…僕が今までに見た考察書には、
竜族の強すぎる力によって引き起こされたとあります」
『終末の冬』
人竜戦役時に起きた、世界最大の災害。
昼が夜になり、夏に雪が降る……。
世界の秩序法則――理を崩壊させるほどだったともいわれている。
「…『終末の冬』は強すぎる魔力を使ったことによって引き起こされたというのは、一般的な見解でもあるね。
その一般には竜がその魔力を使用したとある。でも、それは安易な考えだと思うんだ。
どうしてだか、分かるかい?」
「考察書は勝者が作るもの…真実を歪めた可能性もある…と言うことですね」
「その通り」
カナスは満足そうに答えにうなずいた。
「もしかすれば、僕たち人間がその崩壊を起こすほどの魔力を生み出したのかもしれない。
真実を隠すことは、本当に僕たちにとって有益であると言えるのかな」
カナスが、エリアザールに顔を再び向ける。
問われていると思った彼は、逡巡の後に答えた。
「……知らぬ方がよい真実もあれば、知らなければならぬ真実もあります。
今の話は推測の域を出ません。このまま真実を捜し求めるのか、止まるのかはカナス殿のご自由でしょう」
「それはそうだね。でも、きっと僕は知ろうとするんだろうね。
知ろうとすることを悪いと思ったことはないけれど、知ってから後悔したこともある…でも、それでも
この欲求は止められない……難しいね」
人は誰しも欲望を抱える。生理的に持つ欲望から、人格が構成される時に身に付いた欲望など。
初め、闇魔道士には見えない人だった。
しかし今分かった気がする。
闇は、内側に抱えるものを具現化したもの。
求める心が闇への資質。
知を求める心が、この人が持つ闇への資質なのだ。
「……過ぎた欲や力は身を滅ぼします」
「うん。分かってる」
しかし制御するというのは口では言えても実践が難しい。
自分の心との戦いだ。
「…復讐を止める戦い…終わるのかな」
ふとカナスが呟く。
その中に単純なものだけではないと察したエリアザールは答える。
「…本当の戦いはこれからでしょう。復讐するべき相手を失ったと知ったリンディス公女が、どう出るか…。
こればかりは僕にも予想は出来ません」
「でも、きっと解かってくれると思うよ。復讐になんの意味もないって。
僕の奥さんもそうだったから」
カナスはパチパチと燃え上がる焚火を見ながら言う。
その炎は復讐に身を焦がす人間を表しているかのように激しかった。
「カナス殿の、奥方ですか」
「うん。魔道の世界では有名な一族の生まれだったんだけど…家族を全員殺されてしまったんだ。
お姉さんと、義理のお兄さんと、その子供たち。それに使用人たちも…出ていた一人を除いてね。
僕の奥さんはたった一人の生き残りなんだよ」
「…その話、どこかで似たような…」
エリアザールは思い出す。
十年前――エトルリアで起きた惨事について。
人竜戦役時代から続く伯爵家の者たちが、何者かによって全員が殺された。
使用人も、全員。まさに大惨事。
ディナス伯爵家が全力をもって捜査したにもかかわらず、犯人はいまだ知れない。
あまりにも、似ている。
「え…?」
「エトルリアでも、似た事件があったのを思い出しました。一家全員――使用人まで殺された事件が。
古文書が無くなっていたとのことでしたので物盗りの犯行とは見られていますが…」
「それって、奥さんの話と同じだよ。僕の奥さんの家でも、古文書が盗られていたって」
まさか――と、二人は思った。
「同一人物の犯行…?」
「可能性は否定できません。カナス殿、その事件はいつごろですか?」
「…確か、十三年前だね」
「そうですか。…あの事件が十年前だから、間は三年……可能性はあります」
だとすれば誰が一体なんのためにその犯行を?
虐殺という心ないことまでして。
そこまで欲したものとは。
そこまでさせる欲望とは。
「…でも、不思議だね。こんな所で奥さんの事件と繋がっているなんて。
巡り合わせってたまに不思議に思えるよ」
「そうですね。それもまた運命…なのでしょうね。あまり運命、という言葉は使いたくないのですが」
「どうして?」
エリアザールは逡巡の後に、答えた。
「それですべてを済ませたくないのです。逃げたくない…とでも言えばいいのでしょうか」
ああ、とカナスはそれで納得した。
影に生きる血と、彼は戦っているのだと。
「しかし……難しいものです。生きる――ということは」
「そうだね」
同意をもらえた所で、会話は終わった。
早めにその日は、眠りについた。
翌日は、冷たい空気の流れる日だった。
もうそろそろ、地図が間違っていなければアジトに着く。
警戒を強めながら全員接近。
ファリナが先行偵察をしている。
そろそろ戻って来るはず。
「ただいま〜」
天馬のはばたき。見上げるとファリナが戻ってきた。
「どうだった?」
「遺跡があったし、山賊たちもいっぱいいたわ。でもなんか、変なのよね」
『変?』
全員が訝しがる。
「なんか騒ぎが起きてるらしいのよ。
結構近くまで見てこれたんだけど、さすがにどうなってるかはわかんなかったわ」
「…ワレス殿、どう思われます?」
エリアザールはワレスに尋ねる。すぐに答えは返ってきた。
「混乱しているのであれば、好都合だろう」
「…ですね」
この機会を逃すことはない。混乱に乗じて頭を倒せば、烏合の衆である山賊団など瓦解してしまう。
エリアザールは決断した。
「アジトに乗りこもう。ファリナ、入口と構造は?」
「解かってるわよ。こっちよ!」
ファリナの案内で一同は山賊団のアジトである遺跡へと向かう。
入口が見えるすぐ近くで一回様子を見る。
「…慌ただしいな…」
エリアザールは中の気配を探る。大勢の人間の気配がめまぐるしく動いている。
だがその内変化に彼は気付いた。
――気配が次々と消えていく。それも急速に。
「あ…」
小さくカナスが声をあげた。
「カナス殿? どうかなさいましたか」
「魔力を感じたんだ。レナート司祭も感じられませんか?」
同意を求めるカナスにうなずくレナート。
「ああ。それも相当の…理の術者のようだ」
何事かと思考をめぐらせ始めた。
考えられることはただ一つ。誰かが山賊たちを殺めている。相当の実力を持つ理魔道士が。
「…一体、何が起こってるの?」
「わからない。ただこれは好機だ。警戒しながら――突入する」
それが最善だと、判断し切る。
「ならばいざ行かん! このワレス、キアランに忠節を尽くす身!! 存分に暴れようぞ!!」
と、ワレスが一人先行して暴走して行ってしまった。
「ワレス殿! …僕たちも行こう」
弓矢を構えながらエリアザールも突入する。
「はいはい。それじゃ行きますか〜!」
槍を持って張り切るファリナ。
「出来る限り頑張るよ」
闇魔道書を持ってうなずくカナス。
「平穏のためならば――行くか」
そして光魔道書と杖を手にするレナート。
全員思いは違えど行動は同じ一つ。
山賊団退治に全員が突入した。
思わぬ侵入者に山賊団はさらなる混乱をもたらす。
遺跡の通路は広いが崩れた部分が多く実際は狭い。そこを厚い鎧に身を固めたワレスが立ち塞がる。
その後ろからエリアザールの正確な射撃、カナスの闇魔法、レナートの光魔法が飛ぶ。
後方を守るのはファリナ。さすがに天馬は使えないがそれでも十分強い。斧の多い山賊相手に槍で負けていない。
それにもしもの時はエリアザール、レナートの二人は体術にも優れているので問題ない。
決して前線に晒してはいけないのはカナスだけだ。
混乱のせいで一同は奥深くに突入することが出来た。
比較的状態の良好な部屋だ。
「お主が山賊団の頭か」
槍を構えワレスが問うと奥でふんぞり返っていた男はそうだとうなずいた。
巨大な斧をその右手に持っている。
「おお。その人数で俺達を叩きのめそうとはいい度胸じゃねえか」
「…実際ここまで入られていてその台詞か」
あっさりと言い放つエリアザール。その言葉に頭が反応する。
「ほう、ガキが言うじゃねえか?」
「事実は覆せないだろう。自分が正しいと思うなら行動で証明してみればいい。
もっとも、こちらも全力で戦うが」
すっ、とエリアザールは矢を取り出す。全員合わせて臨戦体勢を取る。
「いいだろう。ならお望み通り殺してやるよ!」
ドンッ!
斧が床に叩き付けられ轟音を立てる。山賊団の頭は立ち上がり、突撃した。
まず狙いは弓使いのエリアザール。
しかし巨大な武器ほど懐に隙が生じる。あえてエリアザールは突進して敵の攻撃機会を崩した。
その隙を狙い、何時の間にか抜いたダガーで斬りかかる。
だがすんでの所で引いた斧に阻まれてしまった。
「くっ」
「やるじゃねえか」
「伊達に修羅場をくぐっていない…!」
左右に目をやってから間合いを離す。直後詠唱が完成した光と闇の魔法が襲いかかった。
その隙にファリナ、ワレスの二人も槍で突撃する。
だが、さすがに武器相性が響いているのか攻撃し難い。
重量のある斧は一点攻撃になる槍の攻撃を弾いてしまう。
普通は自分の間合いで槍は戦えばいいのだが、同じぐらいの間合いだと圧倒的に不利だ。
だが――。
「ならばこれでいかせてもらおう」
ワレスが取り出したのは柄が短めの槍。
対斧用に開発された槍、アクスバスターだ。
懐に飛び込んだワレスが槍を突き出す!
「ぐう・…っ!」
傷を受けて怯む山賊の頭。
隙をエリアザールは逃さなかった。
十分に距離を取り、愛用の銀弓クレセントを構え引き絞る。
三日月の名を持つ弓はほのかに光を放ち、その通りに月が弓となり矢を放とうとする姿に見える。
(――行け!!)
パンッ!
狙いは違わず。頭の眉間を射貫いていた。
ドスン、と大きな音を立てて倒れる。
「…やったか」
「ええ」
これで戦いは終わる。
復讐をこれで止められる。
そのとき。
「か、頭っ! てめえら生きて帰れると思うな!!」
山賊の一人がこちらの存在と首領の死に気付く。
そして何かしたと思ったその瞬間、遺跡全体が大きく揺れ出した。
「な、なにこれ!?」
「罠か…僕ら全員を生き埋めにする気だ」
「ええっ!?」
ファリナの顔が青ざめる。しかしエリアザールは冷静だった。
「こんな所で死ぬ気はない…脱出する」
「その通りだ! 行くぞみなの者!」
山賊をなぎ倒し、全員は脱出を図った。
しかし決死の抵抗か残りの山賊たちが立ち塞がる。
槍や魔法、弓矢で返り討ちにするが崩落とのギリギリの戦いになっていた。
特にワレスは重騎士ゆえに足が遅い。それでも彼は突撃出来るのだが。
道を間違えていなければ、そろそろ出口に着くはず。
「ちょっと、何これ!」
先頭のファリナが声をあげた。
『!!』
全員の顔が青ざめる。
出口とおぼしき道が瓦礫でふさがれている。
しかも時間と重量で手でどかすなんてことはできない。
「ここまで来たのにどうするのよ!」
「今、考える…!」
他の道を探すにも時間がかかるしそもそも賭けでしかない。
それよりは、なんとかしてこの瓦礫をどけた方が助かる確率は高いが時間との問題になる。
退路確保をしなかった自分の至らなさを悔やむが悔やんでも今は仕方がない。
全員が助かる方法を考えるのだ。
「仕方あるまい」
その声に後ろを向けば。レナートが一本の杖を手にしていた。
「レナート司祭…?」
「お前達は、生きろ」
杖を一振りすると四人の足元に魔方陣が浮かび上がった。
「これは、転移魔法…! 司祭様!」
魔法の種類に気付いたカナスが彼に不安と抗議が混じった視線を向ける。
エリアザールもこれで彼が何をしようとしているか気付いた。
「それではレナート司祭、あなたが…!」
「俺の命で助かるなら、安いものだ…。お前達を死なせたくはない」
魔方陣の光が、強くなる。
「レナート殿!」
「行け! 俺のことには構うな!!」
「司祭殿…!」
輝きが増す。
そして四人はその場から消えた。
「…俺は、死ねるのか…?」
レナートは崩落しそうな天井を見て、呟いた。
轟音を立てて遺跡が崩れる。
栄華を誇った王国の最後のように、それは見えた。
土煙が収まるとそこにはもう瓦礫の山しかなかった。
(これでは生きていまい……)
全員が悲しみをこらえる。
「…これで、全滅だな…しかしやりきれぬ」
「ええ。犠牲が…出てしまった」
風が吹く。遮るもののない風は夏に向かっているはずなのに冷たい。
「…せめて、この瓦礫からは出してあげないかな」
「…そうですね。せめて…」
「そうね…短い間だったけど、仲間だったし…」
カナスの提案に全員が賛成し、撤去作業を始める。
この瓦礫の山では掘り起こすのも一苦労だが、せめてもの手向けだと黙々と作業を続ける。
作業を始めた次の日。
空は白んできているがまだ日が昇る前に目覚めたエリアザールは、朝食の準備を整えようとした。
大きな瓦礫の陰を利用して四人は寝床にしている。でこぼこするが仕方がない。
それにいかなる環境下でも生活出来るように訓練されている。
……静かだ。
静寂しかここを支配していない。
鳥のさえずりも、虫の声も、何も聞こえない。
昨日まではここに遺跡があり、山賊団がここを支配していたことが昔のように思えてくる。
「…妙な…感じだな」
率直な感想だった。
ここまで静寂だと、かえっておかしい。
何かいるような気がしてくる。
その直感はすぐに現実となった。
「――!?」
何かの、気配。すぐに瓦礫の陰に身を隠す。
相手に感付かれないよう、まだ日も昇らないし手鏡を使って様子をうかがう。
「!!」
瓦礫の山の上に、誰かが立っている。レースつきの上着と黒ズボンで男か女か判別がつかない。
しかしエリアザールが異様だと思ったのはその容姿。
波打つ長い黒髪。病的なほど白い肌。血の色のように赤い唇。
そして何より異様なのが――金色の瞳。
あれだけが別の生物のように光っている。
「……」
エリアザールは慎重に相手の様子をうかがう。
仲間三人は向こうの位置からして見つからないだろう。自分の動向次第で命運は決まる。
気配を殺し、出来る限り気取られぬようにする。
「…?」
相手が両手を掲げる。するとなにか瓦礫の下、かなりの広範囲から白いもやのようなものが湧き出してきた。
白いもやは両手の中で集束して綿菓子のような感じになる。
そしてそれを――口で吸い始めた。
(!?)
エリアザールは驚愕する。
あれは人間であって、人間ではない。
そう確信した。
瞬く間にもやはすべて吸いこまれた。その後瓦礫を見下ろしていたかと思うと、
左手だけ下ろしてポーチから何かを取り出す。
理の魔道書だった。
(見つかったか!?)
だがすぐにそれは早合点と気付く。相手は雷の魔法を下の瓦礫に向かって放ったのだ。
あまりもの威力に、瓦礫が抉り取られる。
それから相手は下を再び見て口を動かす。距離で聞き取ることはできないが、心得のある読唇術を試みる。
――モドッテコイ ニンギョウヨ。
意味は解かりかねる。
だが、そのあと相手は消えた。転移の魔法を使ったのだろう。
気配ももうない。
「どうしたのだ、エリアザール」
背後から声。ワレスが起きだしていた。
「ワレス殿…いえ…」
手鏡をしまい、曖昧に答える。
あれは自分でもどう答えていいのか。
夢のような、そんな雰囲気。しかし抉れた瓦礫が現実と認識させる。
「少し、周りの様子を見に行きます」
断りをいれてからエリアザールは抉られた場所に向かう。黒く焦げた跡は威力の高さを実感させる。
「…え?」
一瞬、目を疑う。
抉られたその中央に――レナートが、いた。
「レナート司祭…!」
すぐさま駆け出して近付く。
横たわる彼の状態を観る。
すると信じられない事実を目の当たりにした。
「……生き…てる…?」
身体に傷はあるし、衣服などぼろぼろであるが確かに――生きている。
心臓が動いている。
「ワレス殿! 手を貸してください!」
大声でワレスに呼びかけた。それから肩に担ぐ。
体格が思ったよりあるので辛いが、それでも生きていたことの喜びを胸に、力を振り絞る。
「レナート殿!?」
担いだ姿に驚きながらも、エリアザールから受け取る。
それから夜営場所に戻ってカナスとファリナをたたき起こし、水を飲ませて怪我の手当てをする。
あとは目覚めるのを待つばかり。
待っている途中、エリアザールはワレスに向かって呟いた。
「…奇跡としか言いようがありませんね」
「…うむ。だが…奇跡とは、なぜか思えなくてな」
「どう言うことですか?」
問い返すと、ワレスは語り始めた。
「わしがまだ騎士見習いだった頃、かれこれ三十年前だ。わしはお主のように優男でな」
(想像つかないな…)
はあ、と曖昧に相槌をする。
気にもせずにワレスは続ける。
「そんなわしに戦いの心得を教えてくれたのは一人の傭兵でな。
その男の名もレナートと言った。傭兵の間では有名で「不死身のレナート」と呼ばれておった」
「不死身、ですか?」
「うむ。どのような戦場でも、必ず生きて帰って来ることからそう呼ばれていた。
村で司祭殿にお会いして以来、傭兵のレナート殿の事を思い出しておった。よく似ておられる」
「しかしそれは三十年も前の話。あなたよりはるかに年上のはずですから…同一人物というのはありえないかと」
彼の歳はどう見積もっても三十路半ば。仮にワレスの師としても、確実に五十から六十代のはず。
ありえない。同名の別人だろう。
(…本当に、人間なら…)
エリアザールは気にかかる。
あの言葉…そして、生きているという事実が。
だが、考えても結論は出ない。仕方がない。
そう割り切った。
その日は目を覚ますことなく、翌日。
また誰よりも早く起きたエリアザールは枕元に一枚の紙を見つけた。
風で飛ばされないように小石で重石をしてある。
誰がと思い周りを見回せばレナートの姿がなかった。
「…これは…」
紙は、自分たちに宛てた手紙だった。
ただ一言だけ。
――お前達に、感謝する。
レナート、と自分の名も添えて。
「…司祭…」
彼の心の内はいかなるものだったのか、それを知る術はない。
無理に知ろうとしなくて良い。
むやみに踏み込むことを嫌うのが人間だ。
面と向かって挨拶しなかったのもそのせいだろう。
きっと何か、誰かが問うているに違いない。
だから置き手紙を残して消えた。
「……」
エリアザールはただ、彼の無事を祈って瞑目した。
目的達成ということで、解散となるメンバー。
まずワレスは。
「わしは戦いの勘を取り戻そうと思う。十分に修行した後にキアランには戻る」
「では、ここでお別れですね。お約束通り――」
「うむ。侯爵とリンディス様への紹介状を書こう」
紹介状を書いてもらい、それを大切に懐にしまうエリアザール。
「別れる前に言っておきたい。リンディス様達にはこのことを内密にしてもらいたい」
「…なぜ、ですか?」
理由はすぐに解かったがあえて尋ねる。
彼は答えた。
「リンディス様には、もう少し時を置いてからわしが話す。
なぜ滅ぼしたのか、その理由を理解出来るようになってからの方が良いだろうて」
「仰る通りです。では侯爵と公女には何もお話しません」
「うむ、そうしてくれ。お主たちもキアランに縁あったときは――」
「解かったわよ」
「わかりました」
ファリナ、カナス両名ともうなずいた。
そしてワレスは歩き出す。
また道に迷ったりしないだろうかと不安を抱えながら。
でもって、ファリナは大きな街に行って宝玉を換金するという。
「まあ、縁があったらまた会いましょ」
と言い、後生大事に宝玉を抱えながら天馬を飛びあがらせて去っていった。
そしてカナスは。
「ここに残る?」
「うん。なにか調査出来るものが残っているか見てみるよ。
この状態だと難しそうだけどね…」
はは、と苦笑いしながらカナスは周りを見回した。
「では僕もこれで失礼します」
「縁があったらまた会いたいね」
「……」
それには何も答えず、礼だけしてエリアザールも去っていった。
目指すはリキアはキアランだ。
(復讐…か)
思い出すのは、言葉。
(死んだお兄様の分まで生きるのよ、あなたは!!)
復讐はいらない。
前を、光を見つめるためには。
死者の安らぎを願うのであれば、身を焦がさずに生きるのだ。
僕は君を信じる。
君もそうだろう?
君も復讐を思い止まった人だから……。
キアランへ歩みを進める。
信じる心を胸に抱いて。
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