信念の槍 第二話







 エリアザール、ワレス、カナスの三人はタラビル山賊団のアジトを探すために、
 タラビル山をサカ方面に向かって歩いていた。
 進むペースは遅い。なぜなら山越えは体力的に悲鳴をあげさせる。
 闇魔道士のカナスは荷物が多いせいもあって疲れが出ている。
 エリアザールは問題なく歩いている。細身に見えるが鍛えられているので体力には少々自信がある。
 一方でワレスは重騎士の甲冑を身に着けているというのに平気で歩いている。
 だが、その彼が歩みを遅くするもう一つの原因だった。
 理由は、簡単である。
「ワレス殿。サカ方面はこちらですよ」
「なに、本当か?」
 カナスの言葉に、歩みを止めるワレス。
「ええ。サカ方面には北への進路です。そちらは東、ベルン王国方面ですよ」
 方位磁石と地図で確認してエリアザールが言う。
「むむ。また迷う所だったな。済まぬな」
「…いえ」
 半ば呆れて構わない、と示すエリアザールとカナス。
 そう、ワレスの極度の方向音痴のせいだった。
 きちんと地図と方位磁石を使って位置と方向を確認しないとすぐに迷うのだ。
 幸いにしてエリアザールとカナスは方向感覚をきちんと持っている。
 ワレス一人では辿り着くのにどのぐらいかかったのだろうか…。
 方向修正をして歩みを進める。
 暗くなってきた頃、山の中に小さな村を見つけた。
「今日は遅いですからここに泊めてもらいましょうか」
 山中の夜間は危険のため、異存無しで決まった。
 街道沿いの村のため小さいながらも宿がある。山賊の被害が大きい地域だが、なんとか旅人をもてなせるようだ。
 三人で一部屋を取った。
 …が、狭い。
 部屋自体はなかなかの広さなのだが、大量の本を抱えるカナスと、体格のいいワレスがいるため狭い。
「とりあえず、どの辺りなのかおおよその目星はつけましょうか?」
 地図を広げて、エリアザールが提案。同意して作戦会議に入る。
「サカ方面と言っても、広いですからね…アジトになりそうな場所に目星を付ければ、
 時間に手間も大幅に短縮できるでしょう。おおよそ、洞窟や廃墟を利用していると思われるのですが」
「…あれ? ちょっと待ってくれないかな」
 ふとカナスが何か思い出したように、荷物から一枚の地図を取り出す。
 近辺の地図のようだがかなり古いようだ。羊皮紙の端々は破れているし、判別が難しい。
「これは?」
「書かれた時期は五、六百年前なんだけれど、だいたい千年ぐらい前のこの近辺の地図なんだ」
「千年…人竜戦役時代ですか?」
「だいたいそのぐらいだね」
 エリアザールの質問に、カナスはうなずく。
「この山中にはそのぐらいに作られた遺跡があるらしくてね。
 元々僕はそれを探すためにこのタラビル山に来ていたんだよ。
 もしかしたら山賊団が利用している可能性はあるね」
 エリアザールは地図を眺める。
 時間もかなり経過しているし判別は時間がかかりそうだが、場所を特定できれば大幅な時間短縮になる。
 しらみつぶしに移動するより手間がない。
「可能性は…高いですね。カナス殿、地図判読に時間はどのぐらいかかりそうですか?」
「う〜ん。照らし合わせるのが主な作業だし、そんなに時間はかからないと思うよ」
「なら、地図の判読をカナス殿にお願いします。
 ワレス殿、その間僕たちはタラビル山賊団について情報を入手しておいた方がいいでしょう」
「うむ。その方がいいだろうな。ではしばらくはこの村に滞在か」
「下手に動けばかえって危険ですからね」
 ワレスに強く言うエリアザール。
 それはそうである。ワレスの方向音痴振りに頭をかなり悩ませているのだ。
 この予想外がなければもっと早くこの村には着けただろうに。
 誘われた身としては何も言えないのだが。
「行動を起こすのは明日以降にいたしましょう。今日は身体を休めましょう」
 言うとエリアザールはふう、とため息をついた。
(奇妙な事になったな)
 彼女の手がかりのために現在同行しているが、元々エリアザールは他人と関わるのが好きではない。
 それは自分の中に流れる宿命。
 影を知り、影を担う血を持つがゆえに。
 自分のせいで誰かが死に至るのが、嫌だった。
(僕は…)
 考えを、無理だと思って打ち消す。
 窓を見る目は、寂しかった。
「…」
 気分転換でもしようと考えて、自分の荷物から本を出す。
 だが全部ここまでの旅の中で読み尽くしてしまっている。
 さてどうしたものかと思う。
 部屋を見回せば、武器の手入れをするワレス。文献を大量に出して地図判読を始めようとするカナス。
 思いついてエリアザールはカナスの元へと近付いた。
「すみません、カナス殿」
「? なんだい? エリアザール君」
「…本を一冊、お借りできますか? 自分の本はすべて読んでしまいましたので」
「ああ、いいよ。適当に出して読んでいいから」
「ありがとうございます」
 本を大量に持つカナスなら、暇を潰せる本も見つかるだろうと思って呼びかけた。
 どういう本がいいだろうかなと思って本の山から探してみる。
 闇魔道士らしく魔道関連の書物が多いが、一方で人竜戦役に関する書物も見うけられた。
 そのうちの一冊を手に取る。
 題名は「人竜戦役の真実とは」。
 少し開いてめくっていくと、エリアザールの顔は驚きに染まり始めた。
「…カナス殿。これをお借りできますか?」
「ん? いいよ。それは面白いよ〜」
「では、読ませていただきます」
 エリアザールは読書にふけり始める。
 すぐに内容にのめりこまれていった。
 そのため眠るのはかなり遅くなってしまった。




 夜遅く。真夜中過ぎごろ。
 不審な気配で目が覚めた。
 日頃の訓練の賜物で、気配には敏感だ。すぐさま弓矢を持った。
 こっそりと窓から外を見ると、赤い光が見える。
 いや――炎だ。
「ワレス殿! カナス殿!」
 大声で二人を起こすと臨戦体勢を整えるように言った。
 慌てて起き出して、武器や魔道書を手に取る。
 そうして窓から確認すると山賊が暴れ回っていた。
 逃げ惑う村人。敵を確認するとエリアザールはすぐさま矢を放って射貫いた。
 そのまま二階の部屋から飛び降りて交戦する。
 カナスが呆気にとられる。
 斧を振り回す敵。しかしエリアザールは身をかがめて回避。蹴りを脇腹に食らわせる。
 弓矢は接近されると弱いので、接近戦用に体術も心得ていた。そうして距離を取ってから、矢で射貫く。
 自分が敵をひきつけている間に、ワレスとカナスも降りてきて交戦に入る。
 相変わらず突撃するワレスを追いかけながら矢一本で一人を倒す。
 消耗品なので矢は無駄遣いが出来ない。正確に仕留める必要があるがエリアザールには簡単なことだった。
 その弓の才は故郷エトルリアでも将来を嘱望されているのだ。
 彼はエトルリア王国の士官学生。現在は正式な許可を得て旅に出ている。
 弓騎士を目指す者たちの中でも彼の腕は随一で誰も敵わないのだ。
 特に得意なのは遠射ちで、遠距離から敵を一発で仕留められる。
 素早く周りを確認しながら敵を射貫く。
「…?」
 ふと目に入ったのは、僧服の男性だった。
 旅の司祭か。だがこの状況は危険だ。
 その男性に後ろから敵が襲いかかる――。
「…な!?」
 エリアザールは驚いた。
 僧服の男性は振り向きもせずに杖で受けとめた。その後杖を回転させて弾き飛ばし、打ち据えて気絶させる。
 かなりの杖術の使い手だ
 こちらへの視線に気がついたか男性が顔を向けた。
 灰色の髪。体格はがっしりとしていて隙の無い身のこなしだ。
 歳の頃は三十代に見える。
「…お前は?」
 男性が問いかけた。エリアザールは素直に答えた。
「旅の者です。それより司祭殿、こちらは危険です。どうか安全な場所に」
「…村を守っているのか」
 エリアザールがうなずいて答えると彼は言った。
「お前は平穏を望んでいるか?」
「え」
 問い掛けに驚くも、彼はうなずいた。
「争いは好みません。ですが守るためには、戦います」
「…守るためには自分が血塗られることも辞さぬか。…なら、少し手を貸してやろう。
 とは言っても大したことはできぬがな」
「司祭殿」
 どのような考えがあるのかエリアザールには分かりかねる。
 だが手を貸してくれるのはありがたかった。
「ご協力感謝します。僕の名はエリアザール。司祭殿のお名前は?」
「レナートだ」
「では、レナート殿。まずは賊を追い払いましょう」
 二人は賊退治に村を駆けた。




 レナートという協力者は大きな力になった。司祭ゆえに光魔法と杖魔法に長けているからだ。
 また交戦が早かったため大した被害を出さずに
 山賊たちを叩きのめすことが出来た。
 怪我をした村人達の治療を済ませると賊の一人を尋問用にと宿の一室に連れて来る。
 質問をワレスが始めた。
「さて、聞きたい。お前はどこの山賊団だ?」
「俺らか? おれたちゃ無く子も黙るタラビル山賊団だ! こんなことをしておいて、兄弟たちが許さねえぞ!」
 大当たり。捜していた山賊団の一味のようだ。
 さらにワレスが質問を重ねる。
「タラビルか…。では、お前達のアジトはどこだ?」
「誰が話すかよ! 兄弟を売るような真似はしねえ!」
 そっぽを向く賊。ワレスがならばと槍をちらつかせたが動じない。
「ワレス殿」
 エリアザールが呼びかける。彼の瞳は――氷のように冷たい。
 けれどどこか、哀しさもある。
「何か、手はあるのか?」
「ええ。ですので少し一対一にしてもらえますか? あまり時間は取らせませんので」
 賊に視線を向ける。その冷たさにたじろぐ。
「考えがあるようだな。いいだろう」
「ありがとうございます、ワレス殿」
 礼をして感謝する。
「一つだけお願いがあります。僕がこの部屋から出て来るまで、決して扉は開けないで下さい」
 何事かと思ったが、言及は誰もしない。ワレス、レナート、カナスの三人は部屋を出る。
 が、直前にカナスが。
「エリアザール君。…無理だけはしないようにね」
「…はい」
 あまりにも彼の冷たい瞳に危機感を持ったか、言葉をかけた。
 応えて扉が閉まるのを見守る。
 それから賊の方に向き直る。
「…さて。どうしても吐かないつもりか?」
「当たり前だ! 誰が喋るかってんだ!」
「…そうか。なら無理にでも吐かせてやる」
 エリアザールが荷物から取り出したのは投擲にも使える小さなナイフ数本。
 それから、大ぶりのナイフ。
 金属の光が鈍く輝く。
「本当ならしたくはない。だがこれは復讐を止める戦いだ。悪いが――吐かせてもらう」
 それらを手にエリアザールは、賊に近付いた。



「ギヤァァァァァー―――ッ!!!」



 悲鳴が木霊し、部屋の外で待っていた三人は何事かと扉を一斉に見た。
 しかし彼との約束がある以上、扉を開けることはできない。
 断続的に悲鳴が聞こえて来る。
「…これは…」
 青ざめたような顔でカナスがワレスとレナートを見る。
 答えたのはレナートだった。
「…拷問か…」
 肉体的、精神的に苦痛を与えて情報を吐かせる。それが拷問だ。
 それを行っているのか、あの青年は。
 あの若さで、術を心得ているのか。
「…」
 何者なのだろうとカナスは思う。
 さっき見た冷たくとも哀しい、危機感のある瞳は久し振りに見た。
 かつての妻と、同じ瞳だと。
 思っているうちに、扉が開いた。
「…エリアザール君」
 彼の服には所々血が付着していた。
 顔にも少し着いている。瞳は変わらずに――冷たかった。
「…吐きました。アジトはサカ方面の奥地…古代遺跡を利用しているそうです」
 血を拭って淡々と話す。若いはずなのに他者を威圧すらする雰囲気を纏っている。
「…拷問したのか」
 レナートの問い掛けに、彼はうなずいた。
「……ええ。ですが殺してはいません。治療をお願いします」
 服を洗おうと外の水場に行くエリアザール。
 レナートが部屋に入って拷問に苦しんだ賊の手当てを始める。
 残ったワレスとカナスは、水場に行ったエリアザールの後を追った。




「エリアザール」
 ワレスの呼び掛けに、エリアザールは振り返った。
 洗っている途中ゆえに上着は脱いでいる。
「…何か」
「いや、お主――平気なのか?」
「何がですか?」
 淡々と受け流すが、次の問いかけは彼の心を突いた。
「お主、本当はあんな方法をとったことを後悔しているのでないか?」
「……」
 彼は、答えなかった。
 心の中では真実を突かれ動揺していたが、顔には出さない。
(長年騎士としている人間を見ているだけはある。この方は、鋭い)
 エリアザールは思った。
「…エリアザール君」
 心配そうにカナスが呼びかける。
「カナス殿」
「無理をすればいつか自分に返って来るよ。身体だけじゃなく、心にも。
 だから無理はしない方がいいよ」
「ですが、そうしなければ僕は生きていけないのです」
 言葉に二人は顔を見合わせる。
「…本来なら、僕はあなた方と関わるべきではなかった。
 あなた方が傷付いてしまう。…僕は影に生きる定めを持っているのですから」
 影を知って、影に生きる。
 それがエトルリアの貴族といえど密偵達を取り仕切る家に生まれた宿命。
「……君は、一体……」
 僕を知れば、きっと離れるだろう……。
 恐ろしい人間だと知るだろう……。
 思った彼は打ち明けることにした。
「エトルリア王国、ディナス伯爵家の嫡男です。ディナス家はエトルリアの密偵を取り仕切る家。
 それゆえに暗殺に脅かされていますし、拷問などの方法を心得ています。
 ……僕に深く関われば、あなた方が死ぬ。だから、もう深くは聞かないでもらいたい」
 僕は、嫌だ。
 僕に関わって死ぬ人がいる。
 影の血ゆえに死ぬ人がいる。
 誰も死なせたくない。
 しかし。
「…お主は心の優しい男だな」
「えっ」
 ワレスの言葉にエリアザールは目を見開いた。
「お主はわしらを傷付けたくないゆえに言ったのだろう?
 わざわざ言うということは、そうだろう」
「だからなんだね、君のその冷たいけれど、哀しい目。優しいから他人を傷付けないように遠ざける。
 それは、闇を扱う人間にはついてまわること…その気持ちはわかるよ。僕だって、闇魔道士だ」
 エリアザールはハッとなる。カナスは続けた。
「闇の強大な力は自分の親しい人を、そして自分自身を滅ぼしかねない。
 だからこそ自制する心が大事になる。周りを思いやる心が必要になる。
 自らの欲望にだけ執着すれば、いずれは闇に堕ちる。
 …とは言っても、僕だって人のことは全く言えないのだけどね」
 はは、と苦笑い。
 でもカナスの言葉はエリアザールに癒しを与えてくれた。
 闇を知る人は、自分の影も解かってくれた。
 いい人に出会えた。そんな気分にさせてくれる。
 また、ワレスが言った。
「お主、騎士であろう? 騎士ならば守るのだ。自分の大切な人間を。
 守れる力を身に着けるのだ。そうすれば怯える必要など無い。
 信じるもののために戦うのだ。騎士とは、そういうものだ」
「ワレス殿」
 まだ見習いなのだけれど、と言いかけたが正論に黙っていることにした。
 守る力。自分だけでなく大切な人を守る力。
 自分が武術を覚えたのは自分を守るためだけだった。
 けれど今は違う。自分だけでなく大切な姫を守ろうと思っている。
 影からでいい。見向きされなくてもいい。
 助けになる力。それを今よりも。
「…そうですね。…ワレス殿、カナス殿…感謝します」
 深くエリアザールは頭を下げた。
(いい人達に、出会えた)
 守る力。
 それがあれば、大丈夫だ。
 大切な人達を守る。
 その力を強く身に着ければ―――。




「…そう言えば、レナート司祭。あなたはなぜこの山中に?」
 水場での一件が終わった後。全員で部屋に集まった折にふと気になったことを尋ねた。
 間をおかずして回答はあった。
「巡礼の旅だ。この辺りは戦が多い。少しでも死んだ人間を弔えればと思ってな」
「そうですか」
「お前たちはなぜこの山に?」
 逆に問われると、隠し事をしてもしょうがないと思って素直に話した。
「…主君のために、山賊退治か」
「その通りだ。主君リンディス様に復讐などさせてはならぬ。そのためにわしはここに来ている」
「…その主に責められても、か?」
 レナートの問いかけ。ワレスは迷うことなく答えた。
「承知の上。従順だけが忠誠ではない。真の忠誠とは主のことをよく考え、働くことだと思っておる。
 それが意向に反しているとしても、わしはこの賊を滅ぼす」
 エリアザールは聞いて思う。
(従順だけが忠誠ではない、か)
 ワレスの騎士としてのあり方には感じるものがある。
 影でエトルリアを支える家系であると言うことは、国そのものに仕える家であって王家に忠誠を誓っている。
 だが、暴君にいいように使われてしまったとしたら?
 それは国自体を崩壊させる。自分の家はそれを止めるためにも存在するはずだ。
「…ワレス殿の仰る通りです。復讐など、後にはなにも残りません。
 主君の間違いを止めるのも、騎士の務めでしょう。
 ましてや、復讐などしたところで意味は無いのに」
 過去を思い返して、言葉を紡いだ。
 復讐に意味は無い。
 言われた、言葉。
「…なるほど。……なら、俺も手を貸してやろう。
 復讐は確かに意味を成さぬ。本当に憎んでいるのは…相手ではなく自分だからな」
「レナート司祭」
 彼の言葉にはどのような意味があるのだろう。
 本意を窺い知ることはできないが、自分に向けられているような気がした。
「では、これからよろしくお願いします」
「ああ。頼む」
 かくして謎の司祭レナートも加えた一行は、
 判明したタラビル山賊団のアジトに向かって歩みを進めていく。
 だが、知らない。
 この一件も運命の一部であるのだと。






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