〜調和を紡ぐ者たち〜 第8話
キアランへはもう少しの距離。
リンディス傭兵団は野宿で一夜を明かすため、夕食をみんなで作る。
狩りの上手いラスとウィルの二人で近くの森へ。食べられる獣を狩ってきてもらう。
力自慢のドルカスは川へ水汲みへ。体温まるスープにするため大きい鍋に水を汲んできてもらう。
セイン、ケントはかまど作り。他のメンバーは火を熾したり、その他材料になるものを捜して下ごしらえ。
「あら? 火種がないわ」
かまどが出来て火を点けようかというとき、火種がないことに気がつく。
「え? どこやったのかしら。…ないわね」
荷物を捜しても火種が見つからない。仕方ないな、と思ったイーリスはファイアーの魔道書を出す。
「魔法で点けちゃうの?」
「仕方ないでしょう。早く点けておかないと。と言うわけで…ファイアー」
加減してファイアーの魔法。小さな火は組み木に点いてすぐに燃え始める。
「だいぶ、コントロールが上手くなりましたね」
「エルクのおかげよ。あの理論書がずいぶん役に立ってるの」
ふふ、とイーリスは笑った。
「実戦でも使えるようになってきたし、大助かり」
「恐れ入ります」
丁寧に答えるエルク。
「ちょっとエルク〜!」
「なんだい、セーラ」
「そこで無駄話しないの! 主人の私を放っておく気!?」
「わかったから、もう…」
と、ため息をつくエルク。この光景にも慣れたリンとイーリスは少し苦笑い。
そこにルセアが来る。
「イーリスさん、お野菜のほうはこれで良いですか」
「あ、ええ。それで良いわ。後は水と狩り組待ちで…」
「お待たせしましたー!」
元気の良い声がかかった。ウィルとラスの二人が戻ってきたのだ。
雉や兎を取ってきたらしい。二人が成果を見せる。
「お疲れ様。じゃあ、そっちの下ごしらえにかかりましょう」
皮をはぎ、臓物を取り除いて血抜きをする。最初料理が得意といっても抵抗があったがイーリスはもう慣れた。
この順応性に我ながらすごいなと思う。
「待たせた。水を汲んできた」
そうこうしている内にドルカスも戻ってきた。鍋をかまどに置いて熱する。
湯が沸く間に骨をとリ、肉に香辛料をまぶして下ごしらえ。程よく沸いた所でその骨をまず鍋に入れる。
アクを取りながらダシを取り、いい具合になったら骨を回収して肉を入れ、香草も一緒に入れて臭みを取る。
程よくなったら野菜を入れて少々味付け。後はゆっくり煮込むだけ。
一連の作業は分担しながらなものの、指揮はイーリスが執っていた。
「お待たせ。出来たわよ」
やっと夕食の時間。作ったスープに香草入りのパン、砂糖漬けの果物がデザート。
鳥の骨から取ったダシに野菜のダシが出ていてスパイスとの相性も抜群。上品な味になっている。
「さすがはイーリスさん! 美しいだけでなく、聡明で、またお料理もお上手で。いや〜幸せだなぁ」
彼女が指揮を執った料理に幸せそうな顔をするセイン。彼は毎回毎回こうだ。
「…イーリス殿は、どちらの出身なのですか?」
ふと口を開いたケントが尋ねる。イーリスは少しの間の後答えた。
「…エトルリアです。だから味付けもそんな風になってしまうんですよ」
「…道理で、違和感ないんだ…」
呟いたのはエルクだ。イーリスがその方を向くと答える。
「僕も、エトルリアの人間なんです」
故郷の味だかららしい。ホッとしたような顔を見せるエルク。
しかし彼女は少々疑問を抱く。
…エトルリアで、自分を見たことがあるような…。
考えると一つの可能性に行きつくが心の中にしまっておく。
談笑しながら食べると時間はあっという間に過ぎる。
鍋の中身もなくなり、片付けを終えた一同はどうしようか考える。
いいことを思いついたイーリスはニルスに少し提案をした。
「ねえ、ニルス。一曲吹いてくれないかしら」
「え?」
「まだ眠るまでには時間があるし、このところみんな疲れているし」
「うん、いいよ。ニニアン、あれ吹くから歌って」
二ニアンはうなずく。ニルスは笛を取り出して具合を確かめると吹き始めた。
…温かい旋律が場に流れ始める。
「この曲…」
そしてニニアンが合わせて歌い始める。
恋しいと思うは 帰れぬ故郷
焦がれるは 生まれた大地
帰りたい 帰りたい
その言葉を聞いて欲しい…
「…「帰れない故郷」…」
イーリスは呟く。
この歌を自分は知っている。温かいけれど悲しい曲。
でも、この歌の冒頭はリンに合っている。
彼女はたびたびサカの方向を向く。それは彼女の魂がサカにあるという証拠。
しかしたった一人の家族のためにキアランを目指している。
「……」
歌を聞くと心が騒ぐ。
彼女はニニアンの傍へ来た。
「私も一緒に歌っていいかしら」
「…あ、はい…どうぞ」
イーリスは息を吸う。そしてゆっくり続きを歌い始める。
言葉を風に乗せて 伝えて欲しい
帰りたいと願うものたちがいることを
『…』
一同がイーリスに釘づけになる。
美しく通る声。強さを見せてどこか悲しさを見せる声。
見事にこの歌を表現している。
「…すごく綺麗な声…」
何時の間にか、リンの目尻に涙が浮かんでいた。他の面々もどこかしこ感動しているようで顔を押さえたりしている。
フロリーナなどすでに涙が零れいる。
ニニアンも彼女に合わせて歌う。
美声が重なり合うそれはさながら、大地の協奏曲。
この世界すべてに語りかけるような深さを持つ声。
けれど力を振るい
帰りたいと叫ぶものたちがいる
争いを生んでまで 帰りたいと叫ぶ
私も叫ぶ でもそんな事はいけない
帰れるなら 争いなどしないで帰りたい
争うなら 傷付けるなら
私はそれを 止めましょう…
『……』
それぞれがそれぞれの思いを抱きながら、夜は更けていく…。
キアラン城――。
「小娘がキアラン領にもうすぐ入るだと!?」
「はっ。報告が今入りました」
「…ええい! 例の毒、もっと強くせよ!! なんとしてでも息の根を止めろ!!」
激昂してラングレンは指示を飛ばす。
「…忌々しい…わしの邪魔をする奴はすべて排除してくれる…!!」
草原が広がる。
リン達はやっとキアラン領へ入った。キアラン城へは急げば二日で着く。
「…ここがキアラン…母さんの生まれ故郷…」
サカ生まれのリンはあまり実感が湧かない。でも、どこか懐かしいように感じる。
ここが草原だからだろうか。
「リン様、大変だ! なにかキケンが…!」
二ルスの言葉にハッとなる一同。
「…と言っても、敵は…見えませんけど?」
セインが周りを見てもなにも見えない。しかしニニアンが首を横に振る。
「でも…強く感じます」
見えぬ恐怖に怯えるような様子の二人にイーリスは警戒を強めるように伝達する。
その直後、普段の彼女からは想像もつかない大声でニニアンが叫んだ。
「リン様っ、動かないで!!」
「え?」
ドスッ!
リンの目の前に長い棒のようなものが飛来し、突き刺さった。
下手に動いていたら命中していただろう。
背筋に寒気が走る。
「これはクォレル…シューターね!」
「クォレル? シューター?」
尋ねるとケントが答えた。
「拠点防衛用に開発された長距離攻撃兵器です。大型の弩で、クォレルはそれから発射される矢のことです」
「シューターにも種類があって、完全固定のシューターは拠点防衛用で多少移動が可能なものは拠点攻撃にも使われます。
通常の射程のものがアーチと呼ばれていて、それより長距離射程のものがロングアーチ、
命中精度を高めているものがキラーアーチと呼ばれているんです」
続きを引き継いでセインが説明する。それから彼は呟く。
「こんなものまで持ち出して来るとは、ラングレン殿も必死だな」
「…イーリス、有効な対策はある?」
すぐに彼女は答えた。
「誰かが囮になって矢を撃ち尽くさせるか、素早く近付き操っている人間を倒して奪う、の二つね。
シューターの弱点は照準に時間がかかるのと、懐に飛び込まれたらなにもできないことの二つ。
動きまわっていればあまり当たらないわ」
「矢を撃ち尽くさせるのはいいんけど、奪うって…こっちが利用するってこと?」
「そう。シューターは弓使いのみ使える兵器だから。ウィル! シューターは使える?」
「…やったことありませんけど…弓、なんですよね? だったらなんとかなると思います」
いまいち自信がないような返事だが、十分とイーリスは判断する。
「じゃあ、作戦は決定ね。ケントさんたちが先行。他が囮になっている間にシューターを奪取するわ!」
「…そうね。矢を撃ち尽くさせるのは時間がかかるでしょうし、相手の兵器を利用できる…それで行きましょう」
了承も得られ、作戦が採用される。
リンやドルカスが囮になっている間にケント、セイン、ラスが先行。ラスの馬に同伴してウィルも行く。
打たれ弱いエルクやルセアにマシュー、弓が天敵なフロリーナはセーラとニニアン、ニルスの護衛をし、
シューター奪取と同時に進軍する。
だが作戦開始の直前――。
「すいません、イーリスさん」
「? どうしたの、マシュー」
「俺…ちょっと、野暮用があるんで抜けていいですか?」
「え? 何をしに行くの」
尋ねる。しかしマシューは言葉を濁すだけ。
その怪しさにイーリスは尋ねた。
「…誰かに報告でもするのかしら?」
「…はい?」
素っ頓狂な声をあげるマシュー。彼女はマシューと二人だけになるように離れ、それから続けた。
「…単刀直入に聞くわ。あなた――オスティアの密偵じゃない?」
「……」
マシューは答えない。けれどその沈黙が十分な答えになっていた。
「やっぱり」
「…いつ、わかったんです?」
観念したのか、彼は隠そうとしない。質問にイーリスは答えた。
「初めからなんとなく怪しかったけれど、カートレーあたりでほぼ。考えてみましょうよ。
キアランは今、内乱状態よ。侯爵が交替する瀬戸際。野心のある人間が侯爵になるかもしれないもの、
リキア盟主のオスティアが動かないわけないでしょう?
ただ、表立っては動けないから密偵であるあなたを寄越した…ってことよね」
「…さすがですね〜。その通りですよ。この際、イーリスさんには話しますけど、俺はオスティア侯ウーゼル様の命で
キアランの相続問題に介入しろってことで来ました。どっちに肩入れするかは俺自身の目で確かめろって」
「それで、あなたはリンのほうに介入することにしたのね」
「ラングレンの奴は野心がありすぎる。オスティアの敵になるだろうと思ったからなんですけど」
「それでいいと思うわ。それが密偵でしょう?」
ふふ、とイーリスは笑った。
「でもイーリスさん、なんでカートレーで決定的だって思ったんですか?」
「それはね、エリウッド様の言葉でよ」
「へ?」
首を傾げるマシューにイーリスは言う。
「どうしてカートレーにいるのか、私エリウッド様に尋ねたの。
そうしたら「オスティアの親友と手合わせをするため」って答えたわ。
エリウッド様ほどの貴族でオスティアの親友…それはオスティアの貴族である可能性が高いわ。
確か現オスティア侯ウーゼル様には弟が一人いたはずよね。情報収集していた時、遅かったでしょう?
その人に会っていたんじゃないかしら」
「…お見事です」
思わず拍手するマシュー。
「カートレーにいたのは読み通り、ウーゼル様の弟君…ヘクトル様です。
偶然会って、報告とウーゼル様への言伝を頼んだんですが」
「…主の弟にそんな事させていいの…?」
「いいっすよ。気さくなのが若様の良いところなんですから」
カラカラ笑ってマシューは答える。噂ではオスティア侯弟ヘクトルは変わり者で有名だ。
マシューの言い方ではどうやら本当に変わり者…と言うより、貴族らしからぬ精神の持ち主か。
「あと、マシューがなんか怪しいと思ったのは、セーラの様子からだったんだけどね」
「…セーラっすか…」
彼女のことになり、マシューの顔が暗くなる。
「…あなたが加わった時なんだか笑っていた様子から、ピンと来たのよ。彼女はオスティア家の修道女。
彼女はあなたを知っているんじゃないかって」
「ええ。顔見知りですよ。だから苦労したんですよ、口止め…」
特大のため息をつくマシュー。…相当苦労したのがわかる。
密偵と言う立場のため、行動は隠密にしなければならない。しかしこの傭兵団にはセーラという存在がいた。
素性を明かされては仕事が出来ない。なので口止めをしたようだが、彼女の場合なので高くついたようだ。
「…まあ、密偵と言う立場上本当は正体を知られてはいけないから、あなたのことは黙っておくわ。
それと、ついでに頼みがあるんだけど」
「はい?」
「街で情報収集をして欲しいの。キアラン領内の状況を知っておきたいのよ。
ハウゼン侯の病気とか…ラングレンの動向とか、街である程度は聞けるでしょう?」
「それだったらお安いご用ですよ。それじゃ行ってきますよ。リンディス様によろしく言っておいてください」
マシューは駆け足で一人戦場を離れ、情報収集へ。
リンたちにイーリスは説明し、それから戦闘に入った。
セイン、ケント、ラスにウィル。四人はリンたちが囮になっている間先行する。
シューターが彼らに気付いて照準を変えようとしても速攻に護衛の兵士が倒される。
近付けばなにもできない。あっさり倒されシューター奪取に成功する。
「ウィル! 矢は残ってるか?」
「はい。数本残ってますよ。えっと…これに矢をセットするのかな?」
全体を見る。構造は大型のクロスボウのようなものに、レバー。移動式らしく車輪も付いている。
方向を敵陣に変え、弦になっている部分をよく引いてからクォレルをセット。
照準の目安になる物も付いている。それをよく見て照準を合わせてレバーを握る。
「それじゃいきますよ!」
ウィルは思いっきりレバーを引いた。
凄まじい速さでクォレルは飛んで行き敵陣に突き刺さる。動揺が走る。
「よし! この調子で頼むぞ!」
「はい、任せて下さい!」
飲みこみが早く、ウィルはさっきより早く発射までの作業を終わらせ撃ち出す。
今度は敵の一人に命中した。
発射方向が変わったことを受けてリンたちも合流に向けて走る。
奪われたアーチによる撹乱で混乱し始めていた敵は攻勢に出られて崩壊。
リンが首領格をマーニ・カティで斬り捨てて戦闘は終了した。
「…これで、全部ね?」
「はい。敵はいなくなりました。…しかし、気が付いた事があるのですが」
ケントの声は疑惑に対するもの。全員が言葉の続きを待つ。
「先ほどの兵士達は、キアランの正規兵です。中には我らの顔見知りもおりました。
しかしためらうことなく攻撃を仕掛けてきました」
「おおかた、ラングレン殿に寝返ったんじゃないのか? 城に入れば手も出せないし、いいんじゃないか?」
「…だと、いいのだが」
楽観するセインに悲観的なケント。だがこの考えはどこか心の中にある不安から来ている。
「それにしても、ニニアンとニルスには本当に感謝しなきゃ。もしシューターの攻撃を受けていたらどうなっていたか」
「お役に立てて光栄です」
「次からも期待してよ!」
この姉弟の力は本物だ。今回の功労者に笑顔で労うリン。
「おっ、終わりましたね! さすがですね」
そこに情報収集から帰ってきたマシューが顔を出す。
「マシュー、お帰りなさい。どうだった?」
「色々なことがわかりましたよ」
「! 聞かせて」
リンの求めに応じ、マシューは報告を始めた。
「まず、キアラン侯の病気。これは本当のようです。もう三月は寝こんでおられるとか」
「三月…我々がキアランを発った直後だな」
「…おじい様」
リンが苦しみに胸を手で押さえる。
「そのことで興味深い噂も聞きましたよ。キアラン侯の病気は、誰かに毒を盛られているからだと」
「!? 毒ですって!?」
一転、報告に驚きを隠せない一同。
「その誰かさんは…みんな怖がって口開かなかったんですけどね。
そいつは侯爵が病に倒れた時から我が物顔でキアラン城を取り仕切っている。酒場の親父に金握らせて聞き出しました」
情報収集の手段の一つだ。要は買収というのだが。
そして、マシューは犯人の名を告げた。
「侯弟ラングレン」
「!!」
リンの目が大きく開かれた。怒りに声が震える。
「どうして誰も止めさせないの!? おじい様は毒を盛られ、犯人もわかっているのに!!
許されることではないのに!!」
「…証拠がないのでしょう。民の噂だけでは…」
目を閉じて首を横に振るケント。
リンは貴族社会を知らない。ハッキリとした証拠がなくては貴族を糾弾することができないとわからない。
だがケントの言葉にそれを理解する。
「まずいことに、信用できるキアランの家臣はこの所姿を見せなくなったそうです」
「…口封じ?」
おそらくは――と、うなずくマシュー。
なにがなんでも侯爵の座を手に入れたい男なのだ。毒を盛り、周りの口を封じるなど簡単に手をつける。
口を開かないが、心の中でイーリスは憤る。
「そんな…」
「なんということだ」
「…最悪な報告はこれからですよ」
「なんだよ、まだあるのかよ!」
セインが抗議の声を出す。この報告だけでも気が重いのにこれ以上何があるのか。
マシューは口を開いた。
「ラングレンはキアラン領と周辺の領地に『キアラン公女リンディスの名を騙る者が現れた』とふれまわったそうです」
「!!」
意味を即座に理解したイーリスは、顔を苦渋に染める。
「…どういうこと…?」
しかし意味を理解できないリンは尋ねる。彼は答えた。
「裏切り者の騎士、セインとケントが偽の公女を立てて城乗っ取りを画策しているとか。
そのことで周辺の領地に協力を求めてます」
「なっ、なっ、なんだと!?」
「馬鹿な! 我らが裏切り者だと!?」
同時に声をあげる二人。驚きと怒りが混じっている。
「…私が…偽者?」
「…やってくれたわね、ラングレン…」
呟きにイーリスを見る一同。
「領地にはリンがいると発表したけれど、正式に認められたわけではない。それを逆手に取ったのよ。
民はリンがどんな人物か判らないし、病気の侯爵に取り入ろうとして騙ろうとする人間がいると
考えてもおかしくはないから」
「なにか証明できるものって、持ってないんですか?」
「…いいえ。母さん…リキアのものは何一つ持っていなかったわ」
リンは気が付く。自分がキアラン公女リンディスだと証明する手段を持っていないことに。
母の名はマデリン。だけど証明はできない。
「マデリン様は駆け落ちしたから、そんなものは一切持ってこなかったのね」
「参ったな、どうするんです?」
「顔だっ! リンディス様の顔はマデリン様にそっくりなんだろう!? それが一番の証拠だ!」
「馬鹿者! 似た娘を連れてきたと言われるに決まっている! 我らの騎士としての誓いも、
「裏切り」の一言で意味を持たない…」
悔しさにケントが顔を歪める。
騎士の誓いは強いけど脆いもの。裏切った――ただそれだけの言葉で崩壊してしまう。
思わぬことで窮地に陥り、顔を青くする。
だが。
「…力ずくでもお会いする! それしか方法はないわ…!」
「…それしか、ないですよね」
ラングレンへの怒りを込め、リンは言い切る。
許せない。非道を平気で行う奴が許せない。
でもこの策をどうすればいいか。
「…考えれば、これは逆に好機…よね」
頭に疑問符を浮かべてリンは――イーリスを見た。彼女は言った。
「考えてみて。どうしてラングレンはそんな方法をとったのか。原則としてリキア同盟の領地では
内部で起こった問題はその領地で処理する…。なのに周辺領地に協力を求めたのか。
下手をすれば自分の陰謀が明るみに出るというのに。答えは一つ、自分の力では私達を倒せなくなったからよ」
ハッと気がつくのはケント。
そうか、とイーリスを見る。
「我らがラングレン殿を追い詰めたからこそ、このような手段をとったということですね?」
「その通りです。計算外だったでしょうね。道中で仲間を増やし、的確に刺客を退けていったんですから。
考えれば私達が有利なんです」
「でも、どうするんです? 近隣から増援が来たら俺達おしまいですよ?
世間的には俺達が悪者なんですから」
「それは…」
イーリスは考える。ラングレンの策を封じる方法を。
(…オスティアは影で動いているから表にはできない。ダメ。…これは…)
彼女の頭の中に一つの考えが浮かぶがそれを即座に却下する。
この方法だけはどうあっても出来ない。自分も危ういし迷惑もかかる。
(なにか困ったことがあればいつでも言ってくれ)
…考えてしばし、頭の中に言葉がよぎる。直後にその言葉を言ってくれた人も浮かぶ。
…これだ。
「一旦、カートレーに戻りましょう」
『!?』
この言葉には全員が驚くが、リンが早くに意味に気がついた。
「エリウッドね! 彼なら…!」
そう。フェレ公子エリウッド。彼なら力を貸してくれるはず。
最善の策だと二人は気がついたのである。
「ええ。エリウッド様なら協力してくれるはず…フロリーナ!」
「は、はいっ」
「ペガサスに私を乗せて! 一刻を争うわ。先行してカートレーに戻って、事情を話さないと」
もう少しカートレーにいるとは言ったが、いつフェレに帰ってしまうかわからない。
それに躊躇していると周辺から援軍が来るかもしれない。
これは時間との勝負。
「イーリス、あなたが行くの?」
「ええ。どうやって周辺諸侯の動きを封じるかも話し合わないといけないし。策はあるわ。
リンたちは後からカートレーに来て」
「…わかったわ。フロリーナ、頼むわよ」
「う、うん…私頑張る」
フロリーナは天馬に乗り、そのすぐ後ろにイーリスがまたがる。
「…頑張ってね、ヒューイ」
天馬がいななく。上昇し始め、カートレー向けて飛んで行く。
「私達もカートレーに行きましょう。急いでカートレーへ!」
一縷の希望を胸に、リンたちは走る。
同時に覚えたラングレンへの怒り。必ず倒す。
そして祖父に会う。
誓いを込めて―――。
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