〜調和を紡ぐ者たち〜 第7話
一路キアランへ向けて、リンディス傭兵団は急ぎ足で向かう。
「ここは?」
リンはリキアに詳しくない。アラフェン領を出たのはわかるがどこに来たのかはわからない。
生い茂る緑、澄んだ小川。景色の綺麗ないい場所だ。
「カートレー領です。キアラン城へはあと十日ほどで到着します」
「…なんの邪魔も入らなければ、ですが」
「…十日」
リンには一日も惜しい。それが十日もかかる。しかも妨害だって入る。
祖父に無事でいて欲しいとリンは心から思った。
「…おじい様…ご無事で…」
ギュッと握り締める拳。そこに息が切れている様子の少年が走ってきた。淡い緑の髪に、ルビーを思わせる紅い瞳。
十二歳ぐらいの可愛らしい少年。腰には横笛。吟遊詩人…旅芸人だろうか。
少年はリンたちを見つけるとこちらへ駆けてきて、彼女に向かって問い掛けた。
「あ、あの! すみません。お姉さんたち…傭兵団か何か?」
「…だとしたら?」
すると少年は少しばかり顔を明るくした。
「力を貸して欲しいんだ!」
その言葉に、お人好しのリンは聞こうとする。しかしケントがそれを諌める。
「子供とはいえ、気をお許しになりませんように」
それに冷静さを取り戻すリン。後ろめたかったが、彼女は少年に言った。
「ごめんなさい、私達先を急いでいるの。他を当たって――」
「今すぐじゃないとだめなんだ! でないと…ニニアンが…僕の姉さんがあいつらに連れて行かれちゃう!!」
それに過敏な反応を示す人物が。もちろん決まっている。――セインだ。
「お姉さんっ!? 君のお姉さんが誰かに捕まっているのか!?」
「…セイン…」
あまりにもわかりやすい言動に頭を抱えるケント。
少年はセインに対し言葉を続けた。
「うん! すごく悪い奴らなんだ。……ニニアンが連れて行かれたら……僕、どうしたらいいか……」
少年の顔が暗くなっていく。一方でセインが言う。
「リンディス様! 人助けです!!」
言葉は立派なのだがセインの場合、漏れなく下心がついくる。
彼の可愛らしい容姿から姉の姿を想像でもしているのか……。
わかるからこそ、ケントがセインを止めた。
「セイン、我々は急ぎの旅なのだぞ! 侯爵のご病気が本当だとしたら、一刻も早く戻らなければならないのだぞ」
「…ケント、私…この子を助けてあげたいわ」
『!?』
驚くも対称的な反応を示すセインとケント。セインは明るくなり、ケントはそのまま驚いている。
「…私もおじい様のことは心配…でも、子供から家族を奪うような奴、許しておけない…!」
それにセイン、ケント、イーリスは思う。
彼女も家族を奪われている。同じ思いをさせたくないのだろうと。
しばしケントは考える。
本来なら優先することは彼女たちとともにキアランへ行くことであるが――。
「…わかりました、リンディス様」
「ケント…ごめんなさい」
「謝らないで下さい。私はあなたの臣下です。あなたはあなたのお心のままに動かれればいい。
それがどのようなものであれ、私は従います」
「ケントさん…」
臣下。それは彼が彼女に仕えるという意思を示した言葉。
彼はハウゼンに――そして孫娘リンディスに忠誠を誓った証。
「くーっ、一人だけカッコつけやがって! ま、良かったな少年! さあお姉さんを助けに行こう!!」
「うん! すごく強いから気をつけて」
明るさの戻った少年は言った。
「じゃあ、紹介しておきましょうか。私はリン。傭兵団のリーダーよ」
「私はイーリス。軍師を務めているわ」
「リン様と、イーリスさんだね。僕ニルスって言います」
少年ニルスは名を名乗った。
「!?」
その時、気配にリンは振り返る。
一同は驚いた。
長く輝いている金髪に極上のサファイアと見まごう青い瞳。黒子や染みの類などない白い肌に整った容姿。
中性的でもあるので男性なのか女性なのかわからない。
そんな美貌の持ち主がいた。
ただ、性別を判断する材料が幸運にもあった。
――着ている服である。
目の前の人物は青いエリミーヌ教団の僧服を纏っていた。
「僧服…エリミーヌ教の神父様…ですか?」
「はい。あ…まだ修行中の見習いですが…。エリミーヌ教の修道士、ルセアと申します」
声も高めだ。でも男性だとわかる。視界の端をイーリスが見やると残念そうなセインが見えた。
「私達に何か?」
「…その少年は先ほど、宿に助けを求めてきました。
…しかし巻きこまれるのを恐れた宿の主は、彼に酷い言葉を…」
「…いいんだ、別に。…慣れてるから」
何気ないようにニルスは言ったが、悲しいと思う。
そんなことが何気なく言えるようなほど、この少年は辛いことを経験してきたのか。
そして自分のことしか考えない人間たちにアラフェンでの一件を思い出させる。
少年を助けようと一層気を強くする。
ただ、イーリスは思う。
どうしてニルスとその姉は、そんな事になっているのだろうか…。
「私もご一緒していいでしょうか。少しでも力になりたいのです。
争いは教えに背くでしょうが弱き者の助けになることは背きませんから」
傭兵団に、断る理由はなかった。
「ええ。よろしくお願いします、ルセアさん」
「修行中の身なので、初歩の光魔法しか使えませんが…」
「十分ですよ」
イーリスが言うと、ルセアは屈託のない笑みを浮かべ、それから祈りを捧げるような仕草をする。
「ありがとうございます。あなた方に、聖女エリミーヌの加護がありますように」
「さあ、ニルス。案内してくれる?」
「うん。…あ…!」
ニルスが、警告のような声をあげる。
全員、それで気がつく。周囲に立ち上るとんでもない殺気。各々が武器を構えた。
集団が全員を取り囲んでいる。しかも全員が全員、黒いマントに覆面という異常な格好。
「ふふふ…見つけたぞ。さあ、大人しくネルガル様の元へ戻るのだ!」
そのうちの一人がニルスに対し言う。
彼は少し怯えていたが、声を張り上げて言った。
「嫌だ! ニニアンを返せっ!」
だが黒衣の男は返答などせず、言う。
「…命さえ残っていれば、多少傷ついていても構わんか…!」
黒衣の男は武器を構えニルスめがけて攻撃しようとする。
しかしその前にリンが立ちはだかり、その攻撃を弾いた。
「何者!」
「……この子のお姉さんを返してあげて」
マーニ・カティを構えながらリンは言う。油断ならない気配にいつも以上の警戒をする。
「ほう…この子供を助けようと言うのか? …愚かな。関わらなければ死ぬこともなかっただろう」
「あら、こっちを見くびったばかりに痛い目に遭うのはそっちよ!」
言い返すリン。黒衣の男はしかし切り返す。
「ふっ…女よ、その言葉後悔させてやろう! 皆の者、かかれ!」
集団が武器を構え、襲い掛かってきた。
しかしリンディス傭兵団は幾多の戦いを経験している者たちが揃っている。
初派を見事防ぎ切る。
「イーリス、行くわよ!」
「ええ。…と言っても、今までの相手とは全く違う…」
敏感にイーリスも感じていた。単なる賊ではない。しかしこれまでの刺客たちとも違う。
得体の知れない――まさに「闇」という表現が当てはまる集団――。
こちらも気を引き締めなければいけない。
慎重に、けれど迅速に進まなければ。
「…騎兵を前面に出すわ。セインさん、ケントさんで前進!
ラスが後ろから、フロリーナは上空から援護! 林を利用して戦って!」
イーリスが指示を飛ばす。
「…!」
自分の目の前に、一人黒衣の男が。その手には黒い魔道書が。
「ミィル」
敵が魔法を唱えた。手の中に生み出される黒い球。それは地面の中に入りこむ。
(闇魔法…!)
イーリスは構える。いつ――いつ来る。
勝った――そんな目を敵は向けた。魔力を背後に感じて、イーリスはその方を向く。
自分の影が盛りあがっていく。敵の魔法だ。咄嗟に彼女は前に跳んでかわす。
反撃にと剣を構え間合いを詰めて斬る。なんとかそれで敵を倒せた。
(敵に闇魔道の使い手がいる…)
「エルクは前線に出ないで! ルセアが代わりに魔法援護!」
判断し切ると指示を出す。なぜなら魔法にも武器と同じように相性がある。
闇魔法は自らの内側に闇を取り入れて使う魔法。ただ…取り込まれればとんでもないことが待っているという。
自然の力では敵わず、理魔法には強い。しかし反対に神の奇跡である光魔法には弱いのだ。
別名「神聖魔法」の光魔法は闇を払う力がある。
だからこそ闇には強いが、逆に理魔法には弱いという性質がある。
今回の戦い、闇魔道を行使する者シャーマンが多い。理魔道士のエルクでは不利だ。
だからこそ修道士のルセアを出す。ここで加入してくれたのはありがたかった。
イーリスも理魔法の使い手であるが、魔法同士で戦わなければいいだけのこと。
剣を使えば問題ない。
指示を出しながらイーリスは戦場を駆けて行った。
「遅くなりました。調べてきましたよ。敵はあの古城にいるようですよ」
「ありがとう、マシュー」
情報収集を終え、報告を受ける。リンたちは敵の首領がいるとおぼしき古城へさしかかった。
「ニニアン…」
二ルスが不安そうな顔をする。けれど大丈夫、とリンは彼を励ました。
「行きましょう。時間がかかってしまったから急がないと」
イーリスの言葉に全員がうなずいた。
敵は今までと大違いで統制が取れていた。
それに対抗する戦術をすぐさま考え出して指示は出していたが、思ったより時間がかかってしまった。
「――時間がないわ。一気に行きましょう」
「ええ。行くわよ、みんな」
傭兵団全員が駆ける。
古城で待ち構えていたのはシャーマンたちだった。
闇魔法ミィルをかわしながら、また傷ついても手当てを受けながらニルスの姉ニニアンを助けるために戦う。
家族を奪うような人間を許さない――特にリンは思いながら戦う。
その様子をイーリスは思う。
(…家族は…大切なもの…か。そうだけど私は…)
妙に感慨深く思う。
「よくここまで来たな。だが…全員死んでもらう」
声に思考は消される。直後敵から放たれたミィルを受けてしまい、不覚を取ったと膝をつく。
「イーリス!」
「大丈夫…深い傷じゃないから」
イーリスは敵を見る。
今までの敵とは違う。どうやら敵の首領格のようだ。ならばこいつを倒せばいい。
集団戦闘では指揮官を討てば大抵の場合戦況が片付く。なぜなら指揮がなくなるからであり、支障が出るからだ。
「…ルセア、援護を。私が行く」
「イーリス! そんな、あなたが行かなくても…」
言う彼女にリンは反対する。しかしイーリスは緩く首を横に振る。
「私は他の人より魔法に対する抵抗力があるわ。だからまだ少しは耐えられる。
…大丈夫よリン。私はやられないわ。後、言伝をお願い」
「え…?」
耳打ちして彼女にそれを伝える。リンは少ししてうなずいた。
「――ルセア、行くわよ」
「はい。――ライトニング!」
ルセアがライトニングの魔法を放つ。魔法を受けた敵はルセアに向かいミィルを放つ。
それをギリギリで避ける。その間にイーリスは敵の眼前まで迫り、素早い剣を振るう。
だが寸前で避けられる。そんな攻防が少し続く。
「…そろそろ良いわね」
頃合いだと思ったイーリスは後ろに下がる。それを狙ってミィルを放つ。彼女はあえて受ける。
その瞬間。
ヒュン!
矢が敵めがけて向かって来る。不意打ちに避ける事ができなかったが、腕でかばう。
「あー、惜しい!」
ウィルだった。敵が反撃にミィルを唱えようとする。しかし。
ドスッ。
背中から一本の矢が敵を貫いた。そのまま敵は倒れる。
「どうも、ラスさん」
「…なかなかの作戦だな」
ウィルからちょうど直線上にラスがいる。
彼女の立てた作戦だった。
ルセアとイーリスの二人で囮になり敵の注意を引きつける。
上手く逸れたところで離れ、別の地点に待機したウィルが矢を射掛ける。それで倒せれば良し。
もしできなくとも敵の注意が彼に向くので背後になる位置――すなわちウィルと直線上に反対側からラスが攻撃。
二段構えの作戦に見事に敵は引っかかったと言うわけだ。
「これで…敵はいないが…誰の気配もないぞ」
「え?」
ラスの言葉にニルスが不安を顔に出す。
「そんな…じゃあ、ニニアンは!?」
「一応、中を捜しましょう。それとセインさん、ケントさん。周囲で聞きこみをしてください…」
イーリスの指示に二人はうなずいてすぐに行動に移る。
痛みに彼女は腕を押さえる。
「痛っ…」
「イーリス、無茶をしないで。あなたは軍師なんだから…戦いはできるだけ私達に任せてよ」
リンが座りこんだ彼女を支える。
「…ごめんなさい、リン。でも…私もリンディス傭兵団の一員だし…。守られるだけでは…嫌なの」
「…イーリス」
「はいは〜い。ちゃっちゃとライブかけるからね〜」
と、セーラが彼女にライブの魔法をかけてくれる。温かい光が痛みを消してくれる。
「ありがとう、セーラ」
「いいのよ。大事な軍師なんだから」
片目を瞑って、セーラは言う。それにイーリスも笑顔で応えた。
「さあ、ニルスのお姉さんを捜しましょう」
なんとか立ちあがったイーリスは古城の中へとニルスの姉を捜しに行った。
しかし、城は本当にもぬけの空だった。いくら捜しても誰もいない。
「ニニアン! ニニアンっ!」
二ルスが叫ぶが声も空しく響くだけ。顔の不安が大きくなる。
「リンディス様! イーリスさん!」
そこにセインとケントが戻って来る。二人は報告に入った。
「だいぶ前に周辺の村人が、南へ行く一団を目撃しております。おそらく奴らの仲間かと」
「そんな…」
遅かった――。
こちらが行動に入ってすぐにどうやら彼の姉は連れ去られたようである。
その迅速な行動にやはり只者ではないと察する。
「今からじゃ間に合わないよ! どうしよう!」
ニルスのすがる目。リンも、イーリスも、いい考えが浮かばない。
だが、天の神はニルスを見捨てなかった。
「……君たちが捜しているのは、この女性かい?」
声は近くの階段からした。
その方向を向くと、一人の女性を抱えている青年がこちらに向かって来ていた。
炎のように紅い髪。海よりも深い青い瞳。腰には貴族の使う装飾入りのレイピア。
颯爽とした身のこなしや上等な布を使った服からも彼が身分の高い人間だと示している。
「ニニアンっ!」
二ルスが駆け寄って声をかけるが、抱えられた女性はなんの反応も示さない。
不安に青年を見るが優しく彼は答えた。
「大丈夫。気を失っているだけだよ」
それでニルスは心底安堵した。気が抜けたのかへたり込む。青年は彼にニニアンを返した。
「暴漢どもがいやがる彼女を連れて行こうとしたのを見てね。
思わず助けに入ったんだが…これで良かったのかな」
「ええ。本当にありがとう。あなたは?」
青年は答えた。
「僕はフェレ侯公子エリウッド」
「!? フェレの…!?」
イーリスが驚きを顕わにした。
「フェレ…って、リキア貴族の一つ?」
彼女はリンの問いにうなずく。
「フェレはリキア同盟の貴族内でも名門よ。代々オスティアとの親交もあるし」
「よく知っているね。その通りだ」
エリウッドは感心してイーリスに笑みかける。会釈して彼女は返す。
リンは偶然に驚いていた。こんな所でリキア諸侯の子息に出会うとは。
でも今までの貴族(と言ってもアラフェン侯爵にしか会ったことがないのだが)とは全く違うと思う。
優しい瞳だ。
「君たちは? 良かったら名前を聞かせて欲しいんだが」
少し迷ったがリンは名乗ることにした。
「私は…リンディス。サカから来た…キアラン侯の…孫娘」
「え? キアラン侯の…」
「…ええ。実は…」
リンは事情を簡潔にエリウッドに話した。
自分がサカの青年と駆け落ちしたキアラン侯公女の娘とは、とても信じてもらえないかもしれないが。
そして今、侯弟ラングレンに命を狙われているとは。
「…なるほど」
「…信じてもらえないかもしれないけれど…本当なの」
「いや、僕は信じる」
思わぬことに二人は顔を見合わせた。エリウッドが続ける。
「君の目はキアラン侯によく似ている」
「おじい様を知っているの!?」
「ああ。ハウゼン殿は父のいい友人でね。
他の人は君をただサカの人だなって見てしまうだろうが、よく見れば目元とかが似ているよ。
それにサカの民は誇り高く、嘘などつかないと聞く」
「…」
嬉しかった。自分を見下したりせず対等に扱い、信じると言ってくれた彼の心が嬉しい。
サカの民でもある自分を認めてくれた事が嬉しい。
「ありがとう…リキア貴族の人に、そう言ってもらえるとは思わなかった…」
「リンディス…」
疑問を抱くエリウッドにイーリスが説明する。
「…アラフェン侯爵にこの前お会いしたのですが、侯爵はリンを見下して…援助の約束も反古にして…」
「…それは酷いな…」
苦々しい表情で、エリウッドは呟く。
「そう言えば、君の名前は?」
「あ、申し遅れました。私は軍師を務めておりますイーリスと申します」
礼をしてイーリスは自己紹介。
「軍師?」
「はい。修行の旅に出たところリンと出会いまして、道中の手助けをしております」
なるほど、とうなずく。
「…かなり危険な道中らしいね。僕に協力できることはあるかい?」
それには、リンが首を横に振った。
「ありがとう。でもこれはキアランの問題だから私たちでやってみるわ」
「…そうか」
(…リン)
リキア同盟の各領地は問題が起こっても、原則としてその領地内で対処する。
エリウッドはもちろんそれを知っているから、あっさり引き下がる。
けれどリンはそういうことは知らないはず…。彼女の優しさがうかがえる。
しかしエリウッドも負けじと優しかった。
「何か困ったことがあればいつでも言ってくれ。出来るだけ力になるよ。僕はもう少しカートレーにいるから」
「? 何かご用事が?」
「ああ。二月に一度オスティアの親友と手合わせをしていてね。今回もそのために来たんだ。
お互い遠いから、このカートレーが会うのにちょうどいい場所なんだ」
「そうなのですか。お心遣いありがとうございます」
「ありがとう、エリウッド」
二人が感謝の言葉を述べる。
「君たちも気をつけて。それじゃ」
すこし笑みを浮かべて、エリウッドは去って行った。
「う…んっ」
エリウッドが去ってからしばし。別の部屋に寝かせていた彼女が目を覚ました。
「ニニアン!」
真っ先にニルスが声をかける。
「…ニルス?」
状況を掴もうとしているようだ。二ルスを見た後、周りを見まわす。
「…私、助かったの?」
「うん。リン様たちが助けてくれたんだ」
「よかったわね、ニルス」
リンが微笑みかけた。二ルスはそれに万年の笑みで応える。
「あなたが…リン様…。私はニニアンと申します。
見ず知らずの私達を助けていただいて…ありがとうございます」
「いいのよ。家族を奪う奴を許せなかっただけ」
憤りが少しうかがえる。リンの精神の根底にあるのだなと思う。
「それでもありがとうございます。弟のニルスと二人、芸を見せながら旅をしています」
「旅芸人? 二ルスは吟遊詩人…笛を吹くみたいだけど、あなたは?」
疑問にニニアンは答えた。
「私は、踊りを…」
「お、お、おっ、踊り子さんですかぁー――っ!!」
「…セイン、後にして」
「セインさん、後にしてください」
興奮したセインをリンとイーリスが睨みつける。言葉こそなかったものの、相方の視線も痛い。
「…でも、衣装とか…そうは見えないけど」
リンの疑問はもっともである。
肩や腕は露わで、身体の美しい曲線は出ているが露出の少ない服。
長く、淡い青緑の髪にニルスと同じ赤い瞳。雪の様に白い肌、華奢な身体。神秘的な美少女だ。
身に着けている装飾などを見ても踊り子ではなく、巫女に見える。
二ルスが答えた。
「ニニアンはね、元々神に捧げる舞いの踊り手なんだ」
「神に? 特別なものなの?」
「はい。人々にお見せするのは普通の踊りですが。
…リン様たちに何かお礼をしたいのですが、捕まった時に足を挫いてしまい、今は踊りも…」
「いいのよ。別に」
少しニニアンの表情が暗い。チラリ、セインが残念そうにしている。
するとニルスが表情を明るくして言った。
「ねえ、僕たちもリン様たちについて行っちゃだめかな」
それにはリンたちが驚く。すぐにリンは首を横に振った。
「だめ! 私たち、刺客に狙われてるの。いつ襲われるかもわからないわ。そんな危険な旅にあなたたちを…」
言い終わる前にニルスがまた言う。
「それなら僕たちすごく力になれるよ! ねっ、ニニアン」
「そうね。私たちの「特別な力」でご恩返しが出来るかもしれない…」
「…特別な、力?」
イーリスが疑問を口にする。ニニアンが答えた。
「私たち…自分に起きるキケンを少し前に察する事が出来るんです」
「それって…予知能力?」
「近い…かも知れません」
考えてニニアンは言う。二ルスが今度は引き継ぐ。
「わかったところで防ぐ力がないとどうしようもないんだけど、リン様たちなら大丈夫だよね」
考える。あんな集団に何かの目的で襲われているのだ。そんな力があってもおかしくはない。
この姉弟が嘘をついているようには思えない。
「それなら私たちといたほうが、安全かもしれないわね…。ケント、あなたはどう思う?」
リンがケントに尋ねる。やや間があって彼は答えた。
「…そうですね。このまま我らに同行した方が彼らの危険も少ないように思われますが」
「…イーリス、あなたは?」
意見を求められてイーリスは言った。
「私も同感よ。二人ともまた襲われるだろうし、危険を察知する能力があれば対処もしやすいし」
「ありがとう。セインは…聞かなくてもいいわね」
聞いたところでどうせ返答はわかる。勢いよく首を振ってうなずいている。
他のメンバーにも異存はないか尋ねる。
「いいですよ。仲間が増えるのは嬉しいですから」
「リーダーに異存無〜し」
明るく返答するのはウィルとセーラ。
「僕も構いませんよ」
「俺も構わん」
「いいっすよ」
普通に答えるのはエルク、ドルカス、マシュー。
「…お前が、それを望むなら…」
「リンがいいなら、私もいいわ」
彼女の決定に従うのはラスとフロリーナ。
「私も構いません」
そしてルセア。皆異存はない。
「ありがとうございます、皆さん」
「ありがとう、リン様!」
こうして傭兵団にまた新たな仲間が加わった。
「指輪が…ない」
ニニアンが呟く。
「えっ、もしかして…ニニスの守護?」
それはなにかと尋ねると彼女は答えた。
「亡くなった母の形見で…氷の精霊ニニスの加護を受けた指輪なんです」
「…もしかして、神に捧げる舞いをするときに使ったりするの?」
「ええ…」
「奴らに奪われたのかしら…なら、取り返さないと」
二ルスがしかし、と言う。
「でも、それって、奴らのアジトに行くようなものだよ? もっと強い奴らがいるんだよ?」
「…構いません。リン様…」
暗い表情のニニアン。それにしばし考え事をしながら姉弟のところを離れる。
「イーリス、いい?」
「? どうしたの?」
戦術のポイントをまとめている所リンが訪ねて来たので、イーリスは手をしばし止める。
事情を一通りリンから聞く。
「私は取り返してあげたいんだけど、敵も強いでしょうから…あなたの意見を聞きたいの」
「なるほど…」
イーリスは考える。母親の形見なら大事なものだろう。
それを取り戻してあげたいと考えるのは普通。しかし敵は奴らより強いはず。
奴らは普通の賊ではない。動きに見られた統制からもどこかの組織に属しているだろう。
なら、組織一般のシステムから考えて…奴らを率いるのはもう少し強い人間。
アジトに乗り込むなら地形は狭い。地の利は向こうにあるが利用も出来る。
「――いいわ。勝算がないわけではないから、やりましょう」
「わかったわ。セイン! ケント! 奴らの消息を追って!!」
「はっ!」
命令を受けて二人がすぐ行動に移る。この貫禄は人の上に立つ人間だな、と思った。
一行はそれから報告を受け、
ニニアンの指輪を取り戻すべく奴らの消えたもう一つの古城へと向かった。
中は暗くてよく見えないが気配でラスが大体の数を察してくれた。
「二十から、三十だな」
「ありがとう、ラス」
「…リン様、本当にいいんです。私たちのためにそこまで…」
「そうだよ、リン様」
ニニアンとニルスがいいと言うが、リンは返す。
「…私も本当なら無理するつもりはなかったわ。でも、イーリスは勝算があるって言った。
彼女は私たちの命を預かる軍師よ。間違いはないって信じてる」
「リン」
信頼がこそばゆい。けど嬉しく思いイーリスは微笑む。
「おそらく接近には気付かれてると思う。…殺気が、すごいから」
冷や汗に近いものを感じるリン。それはこちらに向けられている殺気だ。
「ええ。なら、完全に体勢を整えられる前に攻め込むわ。速攻勝負で行くわ」
一同はうなずく。
室内戦にのため馬はあまり使えない。前線はリンとドルカス。降りたセインとケントが補佐。
ウィル、ルセア、エルク、ラスは各々の援護。マシューで撹乱、フロリーナがセーラたちの護衛を務める。
「みんな、行くわよ!」
一丸となってリンディス傭兵団は敵地に乗り込んだ。
「刻限は明日の夜明けまで。それまでに姉弟を取り戻せなかった時は…私が「牙の制裁」を下します」
「はっ」
影が、消える。男は覚悟を決める。
(失敗は死…やらねばならんか)
男は周りに指示を出す。しかし心には、黒い雲が立ち込めていた。
リンの剣が、敵リーダーの剣を弾き飛ばした。
マーニ・カティを突き付ける。
「さあ、指輪を返して! 命までは取らないわ」
しかし、男は素早くなにかを含む。
「失敗には、死を…」
ガクリと男から力が抜ける。
「! 自害…!?」
「……申し訳…ありません……ウルスラ……様……」
最期の言葉は力なく、誰かの名を呼んだ。察するに上の人間の名だろう。
「…明らかに彼らは訓練を受けた組織です。それがなぜあの二人を…」
「わからない。でも…簡単に命を捨てるなんて…」
探って見つけたニニアンの指輪。手にしながらリンは呟く。
「イーリス、あなたはどう思う?」
「……」
「…? どうしたの?」
「えっ? あ、ごめんなさい…」
手を取られてようやく我に返る。いつもの彼女らしくないと思う。
「イーリス、疲れているんじゃない? 少し休んだ方がいいわ」
「…そうね。ごめんなさい、リン」
苦笑いで答えたあと、イーリスはその場を離れる。
「…ウルスラ…」
さっき男が呼んだ名を繰り返す。
「きっと、思い違いよね…」
しかしイーリスの中にはどこか期待するような感情があった。
複雑な思いに、どうすればいいのだろう…と。
誰も、答えてはくれない。
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