〜調和を紡ぐ者たち〜 第6話









 リキア同盟の一つ、アラフェン――。
「すごく大きくて賑やかな街ね…」
 リンは華やかな街並みに驚いていた。街の人や旅人、商人たちがごったがえす街は平和で賑やかだ。
 ブルガルよりも大きいのではないだろうか…そう思う。
「オスティアに次ぐ大きさの街なんですよ」
「リキアで二番目…。だから、こんなに賑やかなのね」
 キョロキョロと見まわす。呼びこみをする人の声、芸を披露する者たち。活気のある街は久し振りだ。
 一行は城下町の広場に来た。しかしそこで。
「そこのお嬢ちゃん…サカの子かい?」
「え、ええ」
 リンの姿を見た女性が声を掛けた。女性は戸惑いがちにこう言った。
「その顔隠した方がいいよ。ここの侯爵様は大のサカ嫌いでね、兵士たちに見つかったら追い出されるよ」
「! そんな…どうして」
「聞く所によるとね、昔好きだったキアランのご令嬢がサカの人と駆け落ちしたかららしいよ」
「……」
 父と、母だ。
 リンは確信した。
「それ以来サカの人間を憎むようになっているんだよ。でも傭兵隊にサカの人がいたのを見たねぇ。
 とにかくお嬢ちゃん、その顔を隠しておきなよ」
 と女性は去って行った。
「……」
「リンが気にすることではないわ。どうせ横恋慕でしょう。リンはリンで堂々としていればいいの」
 憤った様子でイーリスは言う。疑問に思ったリンは聞いた。
「イーリス…どうしたの?」
「…選民思想の人間が嫌いなだけよ。他者や他民族を排しようとする考えは嫌いなの」
 そういうイーリスは、物悲しい瞳だった。
「大多数の貴族はそうよ。自分が偉いから、他人を見下すことしかしない。身分が下だから劣っていると考える。
 そんな風に奢りたかぶっている人間なんて大嫌い」
「……」
 イーリスの言葉にそう言えばとリンは思う。
 祖父はどんな人なのだろう…全然人となりを聞いていない。
「ねえ、セイン。おじい様ってどんな人?」
「お優しい方ですよ。領民にも慕われておりますし…ラングレン殿とは正反対の性格です」
「そう…」
 優しい祖父…会いたい。一刻も早く会いたい。リンはキアランがある方向に顔を向けた。
「セインさん、ケントさんは?」
 イーリスがセインに尋ねる。
 ケントは街に入った時に先に目的があるようで先行してしまっている。
 気になって尋ねてみたのだ。
「? ケントの奴なら先に城へ行くって言ってましたけど」
「そう…ならしばらく別行動にしない? 疲れも溜まっているし、武器や傷薬も補充しないと」
「それはいい考えですね」
「賛成! 私買い物に行きたいわ!」
 ウィルが賛同し、セーラが手を挙げて同意。リンも異存はなく別行動が決定する。
 リンも適当に店を回るそうだ。傍にはフロリーナとセイン。彼はケントが戻って来るまでリンの護衛を務める。
 ドルカスとウィルで武器屋へ。武器をみくつろう。
 イーリス、エルク、セーラの三人で道具屋へ。ライブの杖や魔道書、傷薬の補充に行く。
「じゃ、二時間したらこの広場集合ね。行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
 リンは五人を見送る。その後歩き出すが。
(…イーリスって、何者なのかしら。さっきの怒りよう…なにかあったのかしら…)
 と疑問を浮かべていた。





「セーラ、ライブの杖は予備に三本あればいいかしら」
「十分よ」
「ライブ三本…と。エルクは魔道書の予備どのぐらいいる?」
「僕はファイアーとサンダーを二冊ずつで」
 エルクの言葉にいいのかなと思うイーリス。
「いいの? ウインドとブリザーはいらない?」
「いいです。あまり持っていてもかさばりますし、僕…風魔法は少々苦手なので…」
 それに「?」と疑問符を浮かべる。
「エルク、風魔法は苦手なの?」
「はい。僕の属性の問題で。なので逆に雷魔法は得意ですよ」
 属性…以前魔法の基礎を教えてもらったときにそんな話を聞いた気はするが思い出せない。
 気になったので尋ねることにした。
「属性って…その人が生まれながらにして持っている七属性のことよね」
「はい。炎、氷、風、雷、光、闇、そして理の七属性。理魔道士は生まれながらにして持っている属性で、
 修得できる魔法に差が生まれるんです。例えば炎属性の人は炎魔法が得意だけれど、逆に氷魔法は苦手…」
「なるほどね。エルクは雷の属性なのかしら? 雷魔法が得意だと言うなら」
「そうです。調べたらそういう結果が出ましたから」
 考えたことがなかった。
 ただなんとなくファイアーとウインドの魔法を覚えた。イーリスは使いやすさをどちらも同等と感じている。
 使いにくい魔法もあるというなら、そのこともこれから考慮に入れないといけないなと思う。
 それにはまず、自分の属性を把握しなければならない。エルクに尋ねた。
「占い師に調べてもらうという方法もありますけど、これで手軽に調べられますよ」
 エルクが出したのは魔道文字と図形が彫られた金属盤。
 どうやってそれで属性を調べるのかと首を傾げると彼が説明してくれた。
「中央に手を置いて、精神を集中させます。そうしたら文字や図形が光りますからその色で属性を判別するんです」
「エルク! 私やってみてもいい?」
 セーラが元気よく手を上げる。
「君が? いいよ、やってみても」
 金属盤の中央にセーラは手を置く。杖を使うときの要領で精神を集中させる。
 すると、エルクの言う通りに文字と図形が光り始めた。その色は黄色である。
 エルクが真っ青な顔をした。
 …まさか…。
「これは…もしかして、エルクと同じ、雷?」
 ――コクリ。ゆっくりと彼はうなずいた。
「そうなの? あんた運がいいじゃない。私と同じ属性なんて」
「…最悪だよ。よりによって君と同じなんて」
「何よ! 気に入らないって言うの!?」
「セーラ、抑えて。ここお店の中なんだから」
 まあまあとイーリスがなだめる。とりあえずセーラはそれで引き下がる。
「黄色が雷…。では、私もやってみていいかしら」
「はい。どうぞ」
 イーリスは自分の手を金属盤に置いた。続けて精神を集中する。魔法を使うときのように。
 心の奥底、魂から力を引き出すように。
 文字と図形が光を帯び始めた。けれどセーラの時とは違う。光の色が絶えず変化している。虹色の光を帯びている。
「…イーリスさんは…理の加護を受けているんですね」
 そこで集中を止め、エルクを見る。
「理? その場合理魔法の修得はどうなるの?」
 すぐにエルクは答えた。
「理はすべての属性が得意です。炎、氷、風、雷の四つを統括する属性ですから不得意なものはないです」
 エリミーヌ教の教えで聞いたことがある。七つの属性でこの世界は調和を保っている。
 特にその柱となるのが太陽に象徴される光。月に象徴される闇。そして大地に象徴される理。
 その大地から生まれたのが炎、氷、風、雷…。
「なら、私はどの属性を覚えても問題はないのね?」
「はい。…イーリスさんって、魔法使えるんですか?」
「少しだけなら。でも実戦ではまだ使えないから…」
「…なら、理論書を僕も少しは持っていますからお貸ししましょうか?」
「いいの? ありがとう、エルク」
 笑顔でイーリスはエルクに感謝した。
 その様子をセーラは気に入らなかった。そう言うわけで…。
「何デレデレしてるのよエルク! ほら、ここでの買い物終わったら私の買い物に付き合いなさいよ!」
「デレデレなんかしてない。どうしたんだよ君は」
「イーリスと少しばかり仲良くなったからって、私という美少女がいるのに!」
「はぁ? 何を言っているんだか…」
「ほら、エルクもセーラも抑えて! ねっ」
 と二人をなだめるのにイーリスは四苦八苦した。





 二時間後、全員が広場に集合した。
 ドルカスとウィルは予備の武器を買ってきている。イーリスたちも傷薬や杖、魔道書の補充をしている。
 魔道書のバリエーションを増やすためにイーリスは自腹でサンダーとブリザーの魔道書も買った。
「お疲れ様、ドルカスさん、ウィル」
「一通り、予備を買ってきた」
 今の内にと思い予備の武器を配分し、それぞれの荷物に納める。
 しかしケントはまだ戻ってこない。
「遅いわね、ケント。どうしたのかしら…」
「どっかで道草しているわけじゃないですからね、あいつは」
「あなたと違ってね」
 すかさず飛んだ突っ込みにカクリとうなだれるセイン。
「…!」
 と、セーラがキョロキョロと周りを見回し始めた。
「どうかしたの? セーラ」
「…感じるんです! 私に向けての熱い視線を!」
『!?』
 一同も周りを見回し始める。
「もしかして 敵!?」
「…でも、姿は見えませんし…」
「でも、感じるんですよ! もしかして私の信奉者かも!」
 それは絶対にない、とエルクが心の中で突っ込む。しかしセーラの暴走は止まらない。
「私に恋する哀れな男の視線…。
 でも、私が可愛すぎて出て来れないのかもしれないわ。ああ〜私ってば罪な女」
 ……。
 自分に酔いしれて浸っているセーラに声をかけることのできない一行。
 本当に修道女なのかと、疑問を抱く。
 そこに救いのようにケントが戻ってきた。
「ケント! お前遅いぞ!」
「済まない。時間がかかってしまったからな。――リンディス様、城へ参りましょう」
「城へ?」
 リンは目を瞬かせる。
「はい。アラフェン侯にキアランまでの道中援助を取りつけてまいりました」
「助けてくださるの?」
 サカ嫌いという侯爵がなぜ、サカの血を引く自分を助けるのか…思っているとケントは言った。
「ここアラフェンは昔からキアランと親交の深い土地。事情をお話したところ、協力を約束してくださいました」
「…」
 リンはなんとなく理由を察する。昔から親交が深いというなら協力をむげに断ることはできないのだと。
「ありがとう、ケント。あなたは本当に有能ね」
「ケントは?」
「え、ああ、もちろんセインもね」
「それはそうでしょうとも!」
 相方だけ誉められたのが気に入らなかったか。リンの補足に満足そうにセインはうなずいた。
「それでは城へ――」
「た、大変だあっ! 城が燃えているそ!」
『!?』
 全員が顔を見合わせる。
「何があったの?」
 と、リンが逃げて来る街の人に尋ねた。
「い、いきなり城から火の手が上がったんだ。なんかおかしな奴もいるし逃げた方がいいよ」
 街の人は一通り状況を話すと逃げて行く。
「…狙いは、私達ね。リン」
「…まさか…ラングレンの刺客?」
「おそらくはね。…まず城下にいる敵を一掃するわ! 二人一組で散開! フロリーナは上空から援護および索敵!
 ――エルクはセーラの護衛、お願いね」
 ピキッ、とエルクが止まる。
「…一応、雇われている身でしょう? セーラが離さないだろうし…ねっ」
「…わかりました」
 リンディス傭兵団は城下に散開し、敵を倒すことに専念する。
 襲いかかって来るのは賊。なので統制はあまり取れていない。信頼により結ばれているこの傭兵団の敵ではない。
 また一人、リンがマーニ・カティで斬る。
「イーリス、そっちはどう!?」
「大丈夫。リンの方こそ―――。!?」
 イーリスはリンの危機を察した。彼女の後ろから敵が一人襲いかかろうとしている。
 気配に気づいて振り返るが遅い。敵の剣先は彼女を捉えていた。
 急いで魔法詠唱に入って助けようとする。
「! ファイ――」
 ヒュン!
 空を切る音。続けて倒れる音。敵は一本の矢に貫かれていた。
「…弓矢…?」
 ウィルかと思ったが、何か違うと思ってリンは矢の方向を向く。
「…あなたは…?」
 普通より足が太くしっかりした馬にまたがる青年がいた。
 リンと同じように黒に近い深緑の髪が赤いバンダナから覗かせる。手には馬上でも使えるようにした短弓。
 特徴のある顔と服装は彼が草原の人間だということを示していた。
「……」
 しかし、彼は答えない。
「リン!」
「リンディス様!」
 イーリスが駆け寄ると同時に、ケントとセインが戻って来る。
「ご無事ですか?」
「ええ。彼が…助けてくれた」
 リンは目線で彼を指す。その青年は馬首を巡らして去ろうとする。
「待って!」
 咄嗟に彼女は彼を止めた。声に応え、彼は馬を止める。
「どうして、私を助けてくれたの?」
 間を置いて答えてくれた。
「…サカの民が襲われているように見えた…だが、違ったようだな」
 イーリスやセイン、ケントの存在でそう思ったのだろう。
 しかしリンははっきりと言った。
「いいえ、違わない! 私はサカの者。ロルカ族長の娘、リンよ!!」
 はっきりとリンが自分を示す。サカの人間であることを。
 サカの人間は誇り高き民族。自分の血に誇りを持っている。草原を、風を愛する民としての。
 リンはその誇りをきちんと持っている。そう、イーリスは感じた。
 青年はリンの言葉に驚きに似た言葉を紡いだ。
「ロルカ…? 生き残りがいたのか。…早く避難しろ。城を中心として火の手が上がっているし、賊も城下にいる」
「あなた、城の関係者?」
 うなずくと彼は答えた。
「アラフェン侯に雇われている傭兵隊長だ。俺は人質に捕らわれている侯爵を助け出さないといけない。
 …助かった命を、無駄にするな」
 彼の言葉は完全にリン一人に対して向けられていた。
 低くとも、優しさがうかがえる言葉。彼はロルカ族が壊滅した事を知っているようだ。
 生き残った彼女への思いやりもあるのだろう。
「私達にも手伝わせて」
「なに…?」
 彼が再び驚きの声を発する。
「この件は私に関係があるの。他人に任せるなんてできない!
 私のせいで人質に取られているのなら、私が助けないと!」
「…そうか。わかった。ならば俺も手伝おう」
「ありがとう!」
 リンが笑顔を見せた。同胞の協力に対する喜びを称えて。
「俺はクトラ族のラスだ。よろしく頼む…リン」
「ええ。あなたに母なる大地の恵みがありますように!」
「そして、敵に父なる天の怒りを…!」
 サカ出身の二人が、城に視線を向けた。





 城下の敵をすべて倒し、ラスからアラフェン城の見取りを教えてもらった。
 しかし敵の配置から考えても、正面突破はまず間違いなく無理なので他の方法を考える。
「侯爵さえ助け出せれば俺の傭兵隊が動かせる。そうすれば敵を追い出せる。…隠し通路を使うか」
「隠し通路?」
 首を傾げるリン。イーリスが答えた。
「貴族の城には緊急用の隠し通路があるの。アラフェンも例に及ばずあるということよ」
「そうだ。兵舎の仕掛けを解くことで玉座の間への地下通路が現れる。侯爵は玉座の間に捕らわれている」
「それで奇襲をかけるのが一番ね。問題はその仕掛けだけれど…兵舎の中なのよね?」
「ああ。しかも扉が閉じられていて、鍵が掛けられている。あいにく鍵は中に捕らわれている人間が持っている」
 問題発生。扉を開けられないと仕掛けにすら辿りつけない。壊してもいいがそれでは奇襲の意味がない。
「…こんな時、鍵開けできる人間がいればいいのだけれど…ねえ、セーラ。杖魔法にアンロックってなかったかしら」
「あるけど私持ってないわよ」
 万事休すか…と思った時だった。
「そこの皆さん、お困りのようで」
「!? 誰!」
 リンがマーニ・カティを向ける。
 一行の背後には飄々とした態度の男がいた。
 淡い栗色の髪で、口元まで隠す赤いマントを羽織り、短刀を持つ盗賊風の男。
 警戒を解かないリン。それもそのはず言葉が聞こえるまで気配を感じなかったからだ。
「まあまあ、そんな物騒なもの向けないでくれよ。俺はマシュー、ケチな盗賊さ」
「盗賊に用はないわ、消えて」
 憎しみの見える形相でリンは言い放つ。賊という無法者の存在が許せないのだ。
 この態度は納得がいった。しかし彼、マシューは気を悪くした様子もなく言う。
「そんな事言わずにさ、兵舎の扉、開けたいんだろう?」
「! どうしてそれを!」
「さっきあんた達話してたろう?」
 確かにそれはそうだ。どうやら話しかける機会をうかがっていたらしいが、どうもイーリスは引っかかる。
 このタイミング、都合が良すぎる…。
「それはそうだけど…」
「悪いことは言わないぜ! 俺を雇いなって。今なら格安料金にしとくからさ」
「…」
 リンは渋っている。この状況では彼の加入は大きいが、心理上賊と手を組むのが許せないらしい。
 迷った末、リンは口を開いた。
「…イーリス、あなたが決めて」
「リン…」
「今の私じゃ、判断を下せそうにないから…お願い」
「…わかったわ」
 心と心の責めぎあいに耐えられなくなったのか…。心情を理解したイーリスは判断を下した。
「それでは、お願いするわ。よろしくねマシュー」
「腕には自信があるから期待しておいていいぜ!」
 はしゃぐようなマシュー。その明るい姿は他の人間に笑みを零させる。
「…リン、彼は盗賊だけど悪い人じゃないわ。ねっ」
 それになんとか整理をつけられたようで、リンがうなずく。彼女が言う。
「一つ聞いていい? どうしてあなた、私たちの味方を?」
「へ? 見ててあんたらのほうが面白かったからさ」
「…変な奴」
 確かに彼女の言う通り、悪い人間ではないな――リンは思った。
「それじゃ、お仕事行きますか!」
 首を鳴らしてマシューが兵舎の扉へ向かう。
「…? どうしたのセーラ」
「え? なんでもないですよ〜?」
 ふとにんまり笑みを浮かべているセーラが気になったイーリスは尋ねるがあっさり答えられてしまう。
 疑問を感じながら、イーリスは軍師として扉へ向かった。
 マシューの腕前は言った通りなかなかのものですぐに兵舎の扉を開けてしまった。
 中に敵はいたが油断している。忍びより、気配を殺してラスが矢を射掛ける。
「ひぇ〜…すごいなぁ…」
 まじまじと見て感心するのは弓使いのウィルだ。
「すごいですね、ラスさん。俺じゃここまで上手くできませんよ」
「…サカの獣は足が速く気配に敏感だからな…」
「俺も狩りは故郷でよくやってましたけど、切株の上にウサギが寝転んでたこともあったし。
 弓には自信あるけど、今度ラスさんみたく気配察知の訓練でもやってみようかな…」
「ウィル、話はそこまで。行くわよ」
「あ、はい、イーリスさん」
 敵を速やかに倒すために、気配を最大限殺して兵舎の中へ入っていった。
 慎重に気付かれない様に神経をすり減らしながらなので敵は全く気が付かずに倒されてしまった。
 仕掛けを解いて、秘密通路にラスが駆けて行く。アラフェン侯爵も彼の弓矢により無傷で解放された。
 後はもうラスの傭兵隊の出番。瞬く間に敵は追い出され、アラフェンはようやく静けさを取り戻した。





「おお、ラス! このたびの働き見事だったぞ!」
 時間が幾ばくか過ぎて。落ちついたころリン達はラスに連れられてアラフェン侯爵との謁見に望んだ。
 メンバーは他にセイン、ケント。それにイーリス。他の面々は宿屋で待機中だ。
 アラフェン侯は功労者に労いの言葉を掛ける。
「…侯爵、礼ならばこの者達に…」
 すっ、とラスは下がり、リン達を前に出す。
「誰だ?」
 まるで品定めをしているような瞳に、嫌なものを感じるがリンは自分の名を名乗った。
「…初めまして、リンディスと申します」
「? …そうか、そなたがキアラン侯の…」
 自分を見る視線が強くなる。しかもどこか嫌な感じだ。
 他人に見られて不快だと思ったことはあるが、これ以上はない。
 やっと、アラフェン侯は視線を他に移した。セイン…ケント…そして、イーリスに。
「…そこの娘、名はなんと言う?」
「…イーリスと申します。お初にお目にかかります、アラフェン侯爵様」
 恭しく礼をして自己紹介をする。丁寧な仕草にどうやら好印象を少し持ったようだ。
 視線の嫌なものが少し消える。
 それから侯爵は視線をラスに移した。
「ラス、わしはこの者達に話がある。下がっておれ」
 一礼をするとラスは玉座の間を出る。
 改めて話は切り出された。
「…さて、リンディス殿。このたびの騒ぎを起こした者の正体を知っておられるか?」
「…祖父の弟、ラングレンの手の者かと…」
「つまり、わしらはキアラン領の相続争いのとばっちりを受けたと言うことだ」
「す、済みません…」
 これに関してはリンはただ謝るしかない。無関係な人間を巻き込んでしまった事。
 それについての非難を浴びるのは仕方ないと思っている。
 しかしイーリスはアラフェン侯の物言いに嫌なものを感じていた。貴族によくある自己中心主義かと思う。
 すぐそれは言葉に出た。
「…マデリン殿の娘御が難儀しておると聞いて、力を貸してやろうかと思ったが…悪いがわしは手を引かせてもらう」
「! アラフェン侯爵様! それではお約束が…っ!!」
 ケントが真っ先に抗議する。
「…ケントと言ったか? そなた、わしに大事な事を言わなかったではないか!」
「…と、仰られますと…?」
 ケントも、他全員も不思議がる。
 彼の性格からすれば嘘なんかつかないだろうし、協力を取り付けるのだからすべてを話さないといけないはずだ。
 なのになぜと思うとアラフェン侯は言った。
「この娘、確かにマデリン殿に似てはいるが、まさかここまでサカの血が濃く出ておるとはな…」
『!!』
 全員が、驚愕にアラフェン侯を見る。
 口調ははっきりと、彼女を卑下するものだった。他民族を排除する選民思想の現れだった。
 それを一番感じただろうリン。イーリスは横目で彼女を見る。
 動かない。けれど、サカの血を侮辱されたことへの怒りが彼女の全身から見える。
「サカ部族の孫娘などに戻られてはハウゼン殿にもさぞや迷惑ではないか?」
 続けて言った侯爵の言葉はセインの血を昇らせた。
「なっ!?」
 怒りを顕わにしてセインが飛び出そうとする。だがケントが即座にそれを止めた。
「止せ、セイン! 申し訳ありません、侯爵様!」
「…フン、躾がなっておらんな」
 他人を侮辱してそれはないだろうと、イーリスは心の中で憤る気持ちを口にする。
 会ってみてはっきりとわかった。この男は人の上に立つ器ではない――。
「アラフェン侯爵様! どうか、どうかお力添え頂きたく…」
 ケントが進み出て、跪くようにして懇願する。
 確かにケントの行動はリンを守る上で正しい。妨害がリキアに入って激しくなった。
 これからキアランに近付くほど激しくなるだろうから、この人数で彼女を守りとおすのは難しくなる。
 リンを守る為に奮闘するケントにはさすがと思うがイーリスは同時に哀れにも思った。
(この侯爵に…言っても無駄ですよ…ケントさん…)
 イーリスの心の声は当たった。
「…ハウゼン殿は病に倒れたと聞く。その娘が戻られるまではたして保たれるかどうか…。
 だとすれば侯爵位を継がれるのはラングレン殿。…わしは面倒はごめんだ」
 それが本音かとイーリスは思う。
(貴族は得てして保守的な人種…。それに選民思想…性根が腐っているわ…)
 思いを代弁するかのようにまたセインが憤る。
「この…っ!」
「セイン!」
 また止めるケント。しかし――。
「……わかりました。セイン、ケント、イーリス、もういいわ」
 凛とした声が響く。その場の全員がリンを見る。
「…私は自分の中に流れるサカの血に誇りを持っている。それを侮辱する人の力なんて絶対に借りたくないわ!」
 毅然と言い切ったリンに、イーリスは思った。
 さすがはサカ民族。自分のプライドを捨ててまでの協力は耐えられないらしい。
 状況的にはまずいが、イーリスはこれでいいと思っていた。
 人間誰しも誇りがある。その誇りを傷つけられて心穏やかな人間などいない。
 彼女の方こそ人の上に立つ人間ではないか――そう思った。
 リンの言葉に刺激され、彼女も口を開いた。
「――アラフェン侯」
「なんだ?」
「あなたに人の上に立つ資格はありません。
 他人を見下して、他人の誇りを傷つけるようなことしかしない人間には!」
「なんだと!?」
 怒りの目でアラフェン侯はイーリスを見るが彼女は怯まず――逆に睨みつけた。
「あなたが今した事はサカの民すべてを侮辱しています。
 それは貴族として――いえ、人間としてしてはいけないこと。
 いくらお慕いしていた姫がサカの青年と駆け落ちしたからと言っても、それは単なる逆恨みでしょう?」
「ええい、無礼者!」
「無礼なのはそちらでしょう!」
 すかさずイーリスは切り返した。
「あなたはリンディスをマデリン様の娘ではなく、サカの娘として見た。
 確かに彼女はサカの血を引いている。だからと言ってキアランの姫であることにも変わりはない!
 ハウゼン侯もそれを承知でリンディスをお呼びしています!
 なのに一度は約束した援助も平気で反古にする…結局あなたは自分のことしか考えていない!」
「何が言いたい!」
「私達には、誇りがあります。だから、自分のことしか考えない、心の卑しい人間の力は絶対に借りませんわ」
 毅然とイーリスも言い切る。今度はリン達が彼女を見る番だった。
「――行きましょう」
 そう言うと、イーリスは踵を返した。リンも続けて。
 セイン、ケントもその後を追った。





「…フン、強がりを言いおって。泣きつけば力を貸してやらんでもなかったのに…」
 苦々しく呟くアラフェン侯。
「サカの小娘が、リキア貴族のわしに意見しおって…! あの娘も己が分をわきまえずに…」
 吐き捨てるアラフェン侯。だが、それは一番聞かせてはいけない人物に聞かれてしまった。
「…それが、貴様の本音か?」
 低くも強い声に、ビクリと肩を震わせる。
「お、おお! いたのか、ラスよ。いや、お前はいいのだ。お前はわしの自慢の傭兵隊長だ…」
「…使用人であれば、何者でも問わない…か。大した思い上がりだ」
 ラスの声音には、はっきりと怒りがあった。
「なにが不満なのだ! お前にはよくしてやっただろう! 給金が足りぬならもっとお前の望み通りに――」
 言葉は最後まで言えなかった。
 ラスの、隼のような――まさしく草原の獣のような目が、アラフェン侯を捉えていた。
「貴様には一生解からない。…俺は、ここを辞める」
 彼の言った通りであろう。
 サカの民の生き方や誇りなど知らず、ただただ憎み理解を示そうともしない侯爵には一生わからない。
 背を向け、ラスは去っていく。
 アラフェン侯の引きとめる声も無視して。
 そしてそのころ。
「ああ〜すっきりした〜! あの侯爵、なんって嫌な奴なんだ!」
 イライラを発散させるように宿でセインが言う。
「大丈夫です! リンディス様には我々がおります!!」
 明るいセイン。しかし反対にケントは暗い。
「…申し訳ありません、リンディス様。あなたのお心をお察しせず…」
 彼が謝る。だがリンは首を横に振った。
「いいのよ、ケント。あなたは私を守ろうとしてでしょう? よくわかるわ。
 だからあなたはあなたで堂々としていればいい」
「…リンディス様」
 彼女こそ正当なキアランの後継者――。
 優しく誇り高いその姿は人の上に立つ者にふさわしい。彼女に仕えるべきだとケントは思った。
 だが同時に思った。
 お仕えするべき人の傍にいる軍師は、何者なのか。
 先ほどの毅然とした姿といい、口調といい、彼女も人の上に立つべき人間の資質を備えている。
 それに前々から思っていたが容姿や仕草にはどこか気品が感じられる。
「いや〜イーリスさんも素晴らしかったですよ! あの侯爵相手にあそこまで言うなんて」
「許せなかっただけです。人間の誇りを傷つける言い方をする侯爵が。
 自分が一番偉いと思いこんでいて…あのように奢りたかぶっている貴族は大嫌いです」
 髪飾りのついていない方――右側の髪をさっ、と後ろにやる。
 その仕草にもどこか見える気品。
「私も同じ考えよ。あんな貴族…大嫌い」
「そうね。ハウゼン侯は違うらしいからリンは安心していいと思うけど」
「ええ。……おじい様は、病気だと言っていた……早くキアランへ行かないと……」
 事の真偽を確かめなければいけない。そのためには一刻も早くキアランへ行く必要がある。
 ケントもひとまずイーリスの正体について考えるのはよして、リンを送り届ける事を考えようと思った。
 アラフェンの宿に泊まる気は起きず、また早く行くためにも一行は宿を後にしてアラフェンを出る。
 空はすでに茜色。
 門をくぐって少し進んだ所、リン達は道に立つ馬上の影を見た。
「――ラス!」
 どうして…と不思議に思ったリンに、彼は言う。
「…俺は、あそこを辞めた。城主との話を聞いていた」
「!」
 あのやりとりを外で聞いていたようだ。なら辞めたという行動も納得がいく。
 彼も誇り高きサカの民なのだから、すべてを否定する侯爵に怒りを覚えるのは当然……。
「……ロルカ族のリン……誇り高き草原の民よ……同胞として、俺はお前に力を貸そう……」
「本当!?」
「…ああ。すべては風の導きに、母なる大地と父なる天の示しのままに」
 ラスは、草原の民としての誇りを失わなかった彼女に力を貸したいと心から思っていた。
 リンはそれがよくわかる。彼の好意に心から感謝した。
 そして同じように草原を愛する彼と逢わせてくれたことに……。






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