〜調和を紡ぐ者たち〜 第5話
リンディス傭兵団は、リキアに向けて旅をする。
日も暮れてきて、寝床を探そうとウィルとセインの二人が先行していた。
その二人はしばらく進んで、小さな荒れ砦を見つける。
かなり荒れているが雨露はしのげそうだ。
「ここでいいんじゃないですか? 今夜の寝床」
「こんなところでしか寝る場所がないなんて、あんまりじゃないのか? ウィル」
「仕方ありませんよ。このあたりは山賊達が荒らしし尽くしていて、旅人をもてなす余裕は無いんですから」
旅をしていた人間ならではの台詞に、セインも唸る。
そうこうしているうちにリンたちが来た。
「今日はここで眠るの?」
「あ、はい! そうですね」
「リンディス様〜。もっと別の場所にしませんか? あんまりですよ」
「あら、私は風が感じられるぐらいがちょうどいいわ」
あっさり言うリン。
「私はリンと一緒ならどこでもいいわ」
と言うのはフロリーナ。
「私も、雨露さえしのげればいいと思うけれど」
止めの言葉はイーリス。セインの意見はあえなく却下された。
一行は砦の中に入り眠る場所を見繕う。二つの広い空間があり、そこで眠ることに決めた。
「私たち女性陣はこっちね」
「では、皆さんの安全のためにこのセインもお傍で…」
「お前は私と交代で寝ずの番だ」
即座にケントが却下。うなだれるセイン。
カラッ。
何かが転がる音。リンが即座にその方向を向く。
「誰!」
「…あ…ごめんなさい…」
そっと出てきたのは茶色の髪を前で二つに縛っている女性だった。
彼女はリンたちのほうへ来るが、その動きが鈍い。
「あなた、足が…」
「小さいころからの病なんです。もう…慣れました」
少しは動けるらしいがかなり鈍い。やっとリンたちの傍まで来る。
「私はリン、あなたは?」
「私はナタリーと言います。近くの村に住んでいます…」
軽く自己紹介。それからどうしてこんな所までその足で来たのか尋ねると、ナタリーはこう答えた。
「夫を捜しているんです」
ナタリーの夫の名はドルカス。彼女の病気を治すための資金を稼ぐと言ってもう何日も帰らないという。
お人好しだから何か厄介なことに巻き込まれていないかと、心配になって出てきたと言うのだ。
「これ…夫の似顔絵です。あまり上手くないかもしれませんけど…」
一枚の紙に描いた絵を見せてくれる。なかなか上手い絵で、特徴を掴んでいるように思える。
しかし一行はこんな男性は見たことがない。揃って首を横に振った。
「ごめんなさい、見たことのない人みたい」
「そうですか…。あの、もし夫に会ったら伝えてもらえますか? 「ナタリーが捜していた」と」
「わかったわ。必ず伝える」
リンがうなずいたその時、何か外が騒がしいことに一行は気がついた。
ケントが様子を見に行く。すぐに戻ってきた彼はこう報告した。
「リンディス様、敵襲です! おそらく先日の山賊団の一味かと」
「私達を追ってきたようね」
全員武器を構える。
「イーリス、ここで応戦しましょう」
「ええ。動けないナタリーさんが危ない。防衛していなくなるまでが勝負…」
直後イーリスはナタリーの方を向いた。
「ナタリーさんはここを動かないで下さい」
「は、はい…」
次も頭から見取りを引き出して策を考えていく。セインとケントで正面を固め、ウィルは援護。
砦には弓兵が壁の向こうを攻撃出来るように狭間がある。残っているので壁向こうに敵が来たら合わせて攻撃。
リンとフロリーナで東の入口を固める。ただし天馬は使えないので彼女はリンの援護という形になる。
そしてイーリスは指示を出すと共に最終防衛を務める。
全員が散開。剣戟の音が砦の中に響いてくる。
「……」
イーリスはナタリーが震えているのに気がついた。何とかしようと明るく話しかける。
「大丈夫ですよ。みんな強いですから。山賊たちなんかすぐ追い払えます」
「ありがとう…イーリスさん」
その心がわかったようで、ナタリーはわずかに微笑んだ。イーリスも微笑んで返し、それから剣を構え様子をうかがう。
敵が来る様子は…今の所ない。防衛が成功している証拠だ。
「……? 足音…?」
しかし、しばらく経つとコツコツと足音。リンたちかなと思うが、警戒をそこで解いてはいけない。
ファイアーの魔道書も持って身構える。日々の勉強の成果でなんとか使えるようになってきている。
やがて影が見えた。大柄な男の影だ。イーリスは飛び出した。
「誰!」
「! もしかしてあんたが…軍師の子か?」
「え?」
男の言葉に目を点にする。男は斧を持っており、茶色の髪に細い目。「あれ?」とイーリスは思った。
彼女の似顔絵に似ている…。
「もしかして…あなた、ドルカスさん…?」
「ああ、そうだ。ナタリーが世話になった」
やっぱり。ドルカスは申し訳なさそうにそれから彼女に小声で言った。
「あいつらに雇われていたんだが、リンって子に言われた。「そんな方法で金を稼いでも喜ばない」と。
…それで、目が覚めた」
どうやら彼は山賊に雇われていたらしい。妻のために金を稼ごうとそんな方法をとってしまっていたようだ。
リンは優しい。無益な争いを回避しようとしたのだろうと思うし、ナタリーのためにも説得したのだろう。
「ナタリーはここにいるんだな?」
「ええ。会ってあげてください」
ドルカスは奥の部屋に行く。ナタリーは彼の姿に驚いた。
「あなた…!」
「済まん、ナタリー。心配をかけたな」
「いいえ…良かった…無事で…」
夫婦、感動の再会。イーリスも目がほころぶ。やがてドルカスがこちらを向いた。
「俺はあんたたちの役に立てるか?」
「えっ…それって…」
「ナタリーを助けてくれた礼がしたい」
イーリスは状況を考え、すぐにこの申し出を受けることにした。
「はい。ではお願いします。…ナタリーさんは私が守ります。リンたちを助けてあげてください」
「わかった」
うなずいて向かうドルカス。途中で彼は振り返った。
「あんたたちは、何者なんだ?」
すぐにイーリスは答えた。
「小さな傭兵団――リンディス傭兵団です」
日が暮れ、山賊たちは諦めて撤退した。全員の奮闘の賜物である。
特に加わったドルカスは獅子奮迅の活躍を見せ、一同を驚かせた。
「ナタリーを村まで送って、朝――戻って来る」
ドルカスのこの言葉に、リンは不思議な顔をした。
「お別れなら別に…」
「いや…あんたたち、傭兵団なんだろう? そこの子から聞いたが」
彼はイーリスを目で指す。
「妻のために稼ぐなら…どうせ遠出しなきゃならん。もし、俺の力が必要なら雇ってくれないか?」
この提案に一同、顔を見合わせる。
「私からもお願いします。あなたたちなら信頼できますから。夫を…ドルカスをお願いします」
ナタリーも言う。しばし考えるが、この二人の言葉を断るわけにもいかない。リンが口を開いた。
「わかったわ。ドルカスさん、よろしくお願いします」
こうして傭兵団にドルカスという心強い人物が加わった。
ドルカス、ナタリー夫妻は村まで一旦帰る。ほかの一行はこの砦で一夜を明かすことになる。
「セイン、見張り任せるけど信用していい?」
凄みを見せながらリンは言う。セインは顔を少し引きつらせながら返した。
「や、やだなぁ〜! 俺は誇り高き騎士ですよ? そんなことするわけがないじゃないですか!」
しかし普段が普段なので信用できない。リンはマーニ・カティを抜いて言い切った。
「もし忍び込んできたら問答無用で斬るから」
「ファイアーで燃やします」
イーリスもファイアーの魔道書を見せて笑顔。…それが、怖い。
本当に止めにケントが言った。
「もし不審な行動をとれば即座に私が始末します」
「ケ、ケントぉ〜」
「ケントがそう言うなら安心ね。それじゃ、お休みなさい。イーリス、フロリーナ、行きましょう」
女三人は奥の部屋へと入って休むことにした。
挨拶をして毛布に包まる。
リンとフロリーナはすぐに眠りについた。
しかしイーリスは眠りにつけない。
あ、と気がついて彼女は明かりをつけ適当に平らな場所を探し、紙を広げてペンを走らせ始める。
彼女はこの前から戦闘後に戦術を振り返ることにしていた。どの部分が良かったか、反省すべき点はどこか。
紙にまとめておく。それを今後に活かすのだ。
「…ふう」
今回の戦闘についてをまとめると、荷物の中にしまって明かりを消す。
月の明かりが窓から入ってきていた。
「…ずいぶん、遠くに来たわね…エトルリアから…。今頃どうしているのかしら、みんな…」
ふと思い出す。故郷の友人たちはどうしているか。家族はどうしているか…。
月光の下に跪き、首飾りを手に祈りを捧げる。
「…イーリス…?」
ハッと我に返ると、リンが起きだしていた。
「ごめんなさい。起こしちゃったかしら」
「いいえ、起きたの。大丈夫。それよりどうしたの? 故郷のこと、考えていたの?」
「…ええ。実は私…家出したの」
「家出?」
オウム返しに尋ねるリンにイーリスはうなずく。
「女がそんな事をするなって親に言われて…反発しちゃったの。家族みんなわかってくれなかったから」
「…イーリスって、どこの出身?」
尋ねられると彼女は答えた。
「エトルリア。一応王都の出身。家族は父に母、兄に義姉と姪と甥が一人づつ」
「大家族じゃない…」
「そうね。私と兄は歳が離れているからもう結婚しているし。
…口論になって飛び出したはいいけれど、やっぱり私、心配なのかしら。家族のこと」
「家族を思わない人はいないと思う。私だって、まだお会いしたこともないけれど、おじい様のことが心配だし…」
確かに、とイーリスは思った。
やはり家族のことは誰しも心配…。今頃きっと家族は自分を捜しているだろう…。
ふう、とため息をついた。
「そうね。ありがとう、リン」
ニッコリとイーリスは微笑んだ。
と、リンが険しい顔になる。どうしたのかと小声で聞くと入口近くを示す。
なるほどと思って、ウインドの魔道書を取り出す。そして風の精霊セチに語りかける。
――風の理よ、吹きすさぶ風となれ
「ウインド」
風の刃が入り口に向かって飛ぶ。
「うわっ!」
悲鳴が聞こえた。そして影が消える。それでフロリーナも起き出してしまった。
「?? リン…イーリスさん…?」
寝ぼけ眼のフロリーナ。
「…やっぱり、来たわね」
「全くもう…」
と、両名は深くため息をついた。その後、本人は相方にこっぴどく絞られる。
ちなみにこの夜一番の役得は何もなく過ごしたウィルだった。
ドルカスを加え、リンディス傭兵団は山賊たちの追撃をかわしながら山を抜けた。
緑も多くなり、ここからがリキアだ。
「ここがリキア…ずいぶん遠くまで来たのね…」
リンが山の方向を振り返る。草原に思いを馳せているのか。
「もう、追ってこないよな」
「さすがに国境を越えてまでは追ってきませんよ」
ほっと、一同安堵のため息。
「やっとリキアか、長かったなぁ!」
心底安心した様子でセインが言った。彼が続ける。
「この分なら明日には名物のあぶり肉とタル酒が拝めるぞ。それに国境の宿の女将はリキアでも評判の美人だったな!
たらふく食べながら酌でもしてもらって…ああ、たまらん!」
「セイン! 我々は物見遊山の旅をしているのではないぞ! お前がそのつもりなら宿は別に取るぞ」
「おいケント! そりゃないだろ!?」
相変わらずのセインとケント。
くすくす笑ってからリンは言った。
「私たちはその宿で別に良いわ。イーリス、別にいいわよね」
「ええ。その評判の宿も見てみたいし、ここまで強行軍でしたからたまにはゆっくり休まないと。
ケントさん、私達は構いませんから」
「…そうですか。わかりました」
了解が得られ、セインは感動した声を素直に出した。
「あ、ありがとうございます! リンディス様、イーリスさん! あなたたちは女神様ですっ!!」
感動を拳で握り締めながらにんまりとした顔を見せるセイン。
しかし…。
「…これで、ゆっくり眠れるね」
その裏でフロリーナが呟く。
「毎晩毎晩忍び込もうとする根性は認めるけどね」
「懲りないものね…」
そう。彼は毎晩隙を見ては女性陣の天幕や場所に忍び込もうとしていたのだ。
その度にリンのマーニ・カティが振るわれ、イーリスの剣や魔法が飛び、ケントの説教があったにも関わらずである。
本当に懲りない。呆れるほどである。
「いたぞー!」
遥か後方から声。振り向けば山賊団。
「うわっ、まだ追ってきた!」
「お前達を逃がしたら俺たちの恥なんだよ!」
「そんなこと言われても私達は急いでいるの!」
「構うかっ! やっちまえ!」
わらわらと向かって来る山賊たち。
「リン、仕方ないわ。戦いましょう」
「…そうね。いくわよ、みんな!」
各々が、武器を取り始めた。
そしてそのころ。
「ちょっと、道に迷っちゃったじゃない!」
「…君が、こっちの道だと自信満々に言ったんだよ」
「なによぉ〜。エルクのくせに生意気よ! あんた本当に私の護衛なの!?」
森の中をギャイギャイ騒ぐ二人組。一人は修道女と言った格好のツインテールの少女。
もう一人はローブを着た魔道士風の少年。
「……オスティアの『か弱い』シスターが、オスティアに戻るための護衛を捜しているって…聞いた」
「あら、そうじゃない」
すると彼は眉をハの字に寄せた。
「か弱い? セーラが? そんな事ない。君の性格を知ればどんな悪者も逃げ出すよ。
お金返すから一人で戻ってくれないか?」
「イヤ」
キッパリと即答。
「エルクはせっっかく見つけた、むさくるしくない護衛なんだから!」
「護衛」にどんなイメージを持っているのか。「むさくるしくない」を強調する。
ただ、護衛などをやっている人間はえてして剣や斧を使う傭兵が圧倒的多数だから仕方ないのかもしれない。
「いいじゃないの。たっぷり料金払ってるんだし。性格はイマイチだけど顔はなかなか良いし」
「……」
だからと言ってこき使いすぎだ、と心の中で反論する。
どうしてこんな我侭な女の子が修道女なんだと思ってしまう。
「? ねえ、あっちが騒がしくない? 行ってみましょうよエルク」
「あっ、セーラ!」
さっさと行ってしまう彼女。後を追いながら彼はため息をつく。
「そしてすぐやっかい事に首を突っ込む性格…割増料金もらってもごめんだよ…」
早く契約を切りたい――彼は切実にそう思っていた。
「キャア―――っ!」
『!!』
一行は、悲鳴を聞いた。
「リンディス様、女性の悲鳴です!!」
すぐに反応したのはやはりと言うべきか――セイン。
「イーリス、行ってみましょう」
「ええ。…?」
向かおうとした所で、イーリスは感じた。
炎の精霊ファーラが動いた。魔法の気配だ。
「誰か、魔道士がいる…?」
リンとイーリスは森の中を先行する。
開けた場所に、修道女とおぼしき少女と魔道士風の少年。…いや、彼は魔道士だ。
魔道書を手に山賊たちと戦っている。
リンがすぐ加勢に入った。マーニ・カティが閃くと山賊一人が倒れる。
イーリスも続いて自らの名を冠する剣――ソードオブイーリスを振るう。
日々、戦術考察や魔道の勉強。そしてリンと剣術の稽古。
イーリスの剣術はそのへんの山賊たちでは敵わないほどになってきている。
瞬く間に山賊たちは倒された。
「大丈夫?」
「ありがとうございます」
魔道士の少年が礼を言う。しかし修道女の少女が言った。
「ちょっとどうしてくれるの!? 私たち、あなたたちの仲間と勘違いされたのよ!?」
「え?」
「済みません。彼女のせいです」
少年がすかさず言う。少女はキッ、と彼を睨みつけた。
「なによ、あんたまで!」
「君が野次馬根性を出さなければこうならなかったんだろう。もう少し考えて行動してくれ」
口論を始めてしまった二人。このままでは収拾がつかないと思ったイーリスは止めに入った。
「ケンカは後にしてもらえる? それより良かったら手を組まない?」
『え?』
三人がイーリスを見た。
「その方が早く済むでしょうから。悪い話ではないと思うけれど」
たしかに別々より、手を組む方が早い。リンは彼女の提案を理解する。
それは彼女も同様であったようだった。
「…そう、ね。エルク! 彼女たちと組むわよ」
「…わかった」
「あら、やけに素直ね」
「僕もそのほうがいいと思ったからだよ」
すぐに答える少年、エルク。癪に障ったらしいが、少女はこちらを向いた。
「…ま、いいわね。私はセーラ。オスティアの修道女よ。こっちがエルク。護衛の魔道士」
「私はリン。この傭兵団のリーダー。こっちが軍師のイーリス。こちらの指示に合わせて動いてもらっていい?」
「ええ、いいわよ! 怪我人がいたら私のライブで治してあげるから任せて!」
片目をつぶって、セーラは笑顔で言った。
エルクとセーラの加勢で山賊たちはあっけなく倒された。
お礼を言い合う。
「ありがとう、助かったわ」
「こちらこそ。役に立ったでしょう?」
ライブの杖魔法ですぐに治療できるのは大きく役に立った。前線復帰が早くなるためだ。
加えて魔道士エルクの魔法は山賊を蹴散らすのに効果的であり、敵の士気を低下させられていた。
「本当にありがとう。巻きこんでごめんなさい」
「もういいわよ。私気にしないし」
本当なのか、とエルクが心の中で突っ込む。
「あなたたちはこれからどうするの?」
「私達はオスティアに行くの。あなたたちは?」
「あ、私達はキアランに――」
そこで。
「おおっ! これはこれは野に咲く花か、はたまた蝶か!」
でた。いつものおだて口上。
セインである。
「あら。あなた、リンのお供?」
「はい。セ・イ・ンとお呼び下さい。キアラン家に仕える騎士です。あなたは確か――」
「セーラよ。オスティア家に仕えるシスターなの」
「ほう、オスティアの!」
「??」
リンが首を傾げる。イーリスが説明した。
オスティア。いくつもの小領地が盟約により一つの国と成しているリキア同盟で最大の領地を持つと共に、
同盟の盟主を務める家系。重騎士団を擁し、鉄壁の守りで難攻不落といわれている。
「…キアランって、リキア同盟の一つよね。と言うことは…リンって、キアランのお嬢様?」
「はい。侯爵の孫娘にあたられます」
女性に目がなく、ぺらぺら喋ってしまう。
止めようとするがこの二人は止められない。
「まあ。それがどうして傭兵団を?」
「相続問題がありましてね。侯弟ラングレン殿が刺客を放ってきたんです。それでお守りするために」
「それは大変! …ねえ、私の杖とエルクの魔法は役に立てるかしら?」
嫌な予感がするエルク。すぐにその予感は現実になった。
「リン…じゃなくて、リン様、いい人だから力になりたいの! いいかしら」
「それはそれは大歓迎です! 一人でも戦力は欲しいですから!
リンディス様! イーリスさん! いいでしょうか!!」
ビシッと手を挙げて言うセイン。
けれどいいのかなぁ、と二人は思う。
「まだオスティアに帰るまでには時間があるし、助けてもらった恩返しをしたいの」
「…それなら…。杖や魔法が使えるのは大きな戦力だし…リン、いいわよね」
「…そうね。大変だけど、いい?」
「ええ! じゃ、頑張りましょうねエルク」
やっぱり…。エルクは大きくうなだれる。
そしてエルクはセーラの本音を聞いてしまった。
「この先、権力ある人に恩を売っておくといいことあるかもね〜。バンバン恩を売るわよ〜」
クラリとめまいがした。
(気が遠くなりそうだ…)
「大丈夫? エルク」
そんな彼にイーリスは声を掛けた。エルクは彼女の姿に、しばし沈黙する。
「? どうしたの…?」
「あ、いえ…どこかで…あなたを見たような気がして…」
「私を?」
「気のせいだと思いますけど…」
言いつつもエルクはどこか気がかりであった。
そしてイーリスも、エルクに覚えがあるような――そんな気がしていた。
「何!? 小娘が国境を抜けただと!?」
「はい。アラフェンへと向かっております」
「ええい! どのような手段を使っても構わん! すぐに始末をしろ!」
「はっ!」
兵士の一人が下がって行く。
「…兄上といい小娘といい…しぶとい奴らめ…。だが、もう終わりだ。覚悟してもらおう…」
狂気に満ちたラングレンの目は、思い描く栄光を見ていた。
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