〜調和を紡ぐ者たち〜 第4話









 サカからリキアまでは遠い。
 旅人はサカ・ベルン・リキア国境になっているタラビル山を超える必要がある。
 リンたち一行も山を超えてリキアに行くことにした。
 サカを出て、十日。
 この山での現実を目の当たりにすることになる。



 一行は山の途中にある村へと立ち寄った。しかし村は村と呼べる状態ではなかった。
 活気は無く、寂れている。農作業をしている様子も無い。さながらゴーストタウンのような状態だった。
「何なんですかね、この荒れようは。領主達は何やってるんですかね」
 セインが荒れ放題の状況に呆れ口調。
 ここは領地上はベルン王国であり、領主が何かをしなければならないのだがその様子がまったく無い。
 リンが答えた。
「このタラビル山には領主達も手出しできないような凶悪な山賊団が巣食ってるの。
 …山を越えた向こう側に私の住んでいた集落があったわ。けれど、夜襲を掛けられて…一晩でつぶされたわ。
 運良く生き残ったのは十人にも満たなかった…」
 一晩で。
 その話を聞いた面々の心が痛む。
「…ここから逃げるんじゃないわ。必ず強くなって…あいつらなんか歯牙にも掛けないほど強くなって…
 絶対みんなの仇を討ってやる……!」
 あらわになる憎しみの心。その形相には本当に心が痛んでしまう。
 すると、セインが言った。
「そのときは、俺も連れて行ってくださいよ」
「! セイン…」
「私もお忘れなきように」
 今度はケントが言った。
「ケント…」
 この二人は一体どのような心情で言ったのだろうか。
 ただ単にリンの復讐を助けるだけではないだろう。おそらく、リンの心を少しでも和らげたく――。
 ならば、とイーリスも――。
「…私も、ね。一緒に行くわ」
「イーリス、あなたも…!」
 三人の心遣いがリンには嬉しかった。
「ありがとう、みんな…」
 仲間がいてくれることにリンは感謝した。
「では、早くここを抜けましょう。山賊団に見つかると面倒だわ」
 イーリスの意見に皆賛成し、村を出ようと急ぐ。
 だが、出口近くで何か変わったことが起きていた。
「! お気をつけ下さい。何か騒ぎが起きているようです」
 ケントが注意を促す。
 向こうでは数人の山賊らしき男達が誰かを囲み、騒いでいる。体格の良い男に隠れているのでその相手はわからない。
 しかしろくに何も言い返せないらしい。男たちの声しか聞こえない。
 と、リンが目を見開いた。
「あれは…ペガサス!?」
 え、と三人も見る。
 相手の後ろには純白の翼を持った馬。イリア地方にしか生息しないペガサスだ。
 どうやら相手は天馬騎士――。
「その子に触らないでっ!」
 相手の大声が聞こえた。懸命に張り上げた声のようだ。
 天馬――ペガサス――に何かしようとしたようでそれを止める。
 リンが駆けだした。
「あ、リン!」
 三人が慌てて後を追う。
「フロリーナ!」
 声に天馬騎士の少女はリンの方を向いた。一瞬彼女は驚いた顔をしたが、喜びの顔になる。
「リン…リンなの?」
 彼女、フロリーナは助かったというような表情で傍に来たリンを見る。
 おどおどした雰囲気は大人しい性格のようだ。ウェーブのかかった薄紫色の長い髪と可愛らしい顔立ちとあいまって、
 可憐というイメージが来る。
「お知り合いですか?」
 ケントが尋ねるとリンは答えた。
「イリア天馬騎士見習いのフロリーナ。私の友達なの。
 ねえ、フロリーナ。何があったの? 聞かせて」
「…リンが…知らない人達と旅に出たって聞いて…追いかけてきたの…。
 それで…リンのこと聞こうと思って降りたら…この人達がいるのが見えなくて…その…」
「ペガサスで踏んづけちゃったの!?」
 コクリ――フロリーナはうなずく。
「ほら見ろ! その女が悪いんだよ。アニキを踏んづけやがったんだからな!」
 山賊の子分らしき背の低い男が言う。
「フロリーナ、ちゃんと謝った?」
「う、うん…。でも…この人達許してくれなくて…」
 おどおどしながらフロリーナは答える。リンは山賊たちに対し言った。
「謝ったならそれで良いじゃない。反省しているんだし、許してあげてよ」
「そうはいかねえ! もっと別のことで謝ってもらわねえとな」
 ヘッヘッヘッ、と下卑た笑い。嫌悪感をリンとイーリスは顕わにした。
「そうは行かないわよ」
 リンがマーニ・カティを抜く。
「力づくでやろうってのか? いいじゃねえか。ガヌロン山賊団の恐ろしさを思い知らせてやる。
 お前ら出て来い! 男は殺せ! 女は生かしておけ!」
 わらわらと村のあちこちから山賊たちが出てきた。
 三人とも武器を構える。
「リ、リン…」
「フロリーナ、あなたも天馬騎士のはしくれなら、戦えるわね?」
「う、うん…頑張る」
 コクリとうなずいて天馬にまたがり、細身の槍を構える。
「イーリス、村のためにも敵を全滅させるわ。指示をお願い」
「全滅って軽く言うわね…。やってみましょう」
 村様子を見る。塀で区切られている村で敵がどのぐらいいるのか少々わからない。
 しかしこの塀は戦術面で大きい。上手く使うのが勝利への近道。
「リン…この人は…?」
 フロリーナが訊いてくる。あ、とイーリスは思った。
「初めましてフロリーナ。私はイーリス、軍師見習いで一緒に旅をしているの」
「軍師…?」
「そうよ。いつも指示は的確だから信頼していいわ」
「ありがとう、リン」
 軽くリンのお褒めに答えるイーリス。
「イーリスさん…よろしくお願いします…」
「ではフロリーナ、最初の指示はあなたに出すわ。村全体の様子を偵察してほしいの。
 どのぐらい敵がいるのか調べるの。できる?」
「は、はい…頑張ります…!」
「高度は十分に保っておいて。狙われたらひとたまりもないから」
 コクリうなずくとフロリーナは天馬を飛びあがらせ始めた。
 飛兵の戦闘で重要なのは高さである。地上の兵は空中で襲われたらひとたまりもない。
 飛兵同士の戦闘でも高い位置にある方が有利だ。
「セインさんとケントさんは来る敵を迎え撃って! 進むのはフロリーナの偵察が終わってから!」
「了解しましたっ!」
 セインとケントは敵を迎え撃つ。烏合の衆である山賊程度、正規の騎士である二人では敵わない。
 続けて二人も加勢に入ってなぎ倒していく。
「リンーっ!」
 空中から、フロリーナの声。彼女が戻ってきた。
「ありがとう! 状況を――」
 ハッと、リンは気がついた。
 茂みの影から、弓矢が見える。その先は空中のフロリーナ。
「フロリーナ、危ない!」
「えっ!?」
 突然のことにパニック状態になる彼女。どうしたらいいかわからなくなる。
 リンが弓矢使いを倒そうとするが間に合わない――。
 イーリスも魔法詠唱に入るが間に合わ――。


 ヒュン!


 ドサッ。


 …一瞬何が起きたかわからなかった。
 だがすぐに一本の矢が敵の眉間を貫いたのだとわかった。
「……」
 ポーッとしながらフロリーナが降りてくる。
「大丈夫? フロリーナ」
「うん…怖かった…ふえぇ…」
 恐怖に泣き出すフロリーナ。仕方がない。
 飛兵の弱点は弓矢と風魔法。翼や柔らかい腹部を狙われたら致命的だ。
「ほら泣かないの、ね?」
「うん…」
 その間にイーリスは矢の飛んできた方向を見た。
「えっと、大丈夫か?」
 その先にいたのは赤茶色の髪の青年。弓矢を持っている。
 どうやら彼が矢を放って助けてくれたらしい。
「ええ。大丈夫よ、ありがとう」
「良かった。天馬騎士の子が狙われてたからつい助けないとって。君――大丈夫?」
 と言って彼は泣きじゃくるフロリーナのもとへ近づくが、ビクリとして彼女はリンの陰に隠れてしまう。
「え? え?」
「フロリーナ? 彼が助けてくれたのよ。どうしたの?」
 彼とイーリスは目を点にする。リンは苦笑いをして言った。
「ごめんなさい。この子男性恐怖症なのよ。しかもあなた、弓矢使いだから…」
 なるほど。恐怖症と天敵という相乗効果で怯えてしまっているようだ。
 納得したようで彼はうなずく。
「そっか。まあ、もう大丈夫だから。俺はウィル。君達は?」
「私はリン。旅の者よ。後ろの子がフロリーナでこっちはイーリス」
「女の子達ばっかりだな…」
 正直な感想を漏らすウィル。確かにフロリーナの加入で現在状況は男二人に女三人。
 女ばかりである。
「後二人いるけど、そっちは男の人だから。あなたも旅の人?」
「ああ。君達が山賊と戦っているのを見てこっちに来たんだ。
 村の人たちにはお世話になったから、守るために協力させてくれないか?」
「ええ。よろしく、ウィル」
 すぐに申し出を了承するリン。
 戦力は一人でも多いほうがいい。しかも弓矢を使える。これは大いに意義がある。
「よろしくね。あ、フロリーナ。敵はどんな風に村にいた?」
「え、あ、えっと…」
 やっと我に返ったフロリーナがしどろもどろになりながら偵察結果を報告する。
 それを聞いて頭の中で描いた村の地図と照らし合わせる。
「なるほどね…。よし、弓兵はもういないからフロリーナは高度を取って上空から撹乱。
 ウィルは塀の陰から援護射撃。リンはセインさんやケントさんと一緒に突撃よ!」
「わかったわ!」
 リンたちは村を守るために走り出した。





 烏合の衆であった山賊たちは統制の取れたリンたちの敵ではなかった。
 村を守りきり、村人から感謝された後広場で一息つく。
「ねえ、フロリーナ。どうしてあなた私を探していたの?」
「あのね…。私も旅に出るって事…リンに話しておこうと思って…」
「傭兵団探しの旅ね?」
 コクリとうなずくフロリーナ。
 イリア天馬騎士団には一人前になるための規則として他の傭兵団で修行を積むというものがある。
 彼女もそれにならって旅に出ると言うのだ。
「それでサカに行ったら、見慣れない人たちと旅に出たって…」
「そう…。心配してくれたのね。でもフロリーナこそ大丈夫なの?
 傭兵団って言ったら、普通男ばかりよ? その中でやっていける?」
「う、うん…私も…今日のことで自信なくしちゃった。
 天馬騎士は夢だったから頑張ればなんとかなるって思ったんだけど…」
「フロリーナ、泣かないで。ねっ」
 しゃくりあげ始めたフロリーナをなだめるリン。そこで…。
「そのとおりです! なんとかなります!!」
 ビシッと手を上げて大声を出すのは――例によって、セイン。
「俺に名案があります! 可憐なフロリーナさん!」
 「可憐な」という形容詞を強調して言うセイン。驚いたものの、言葉の続きを待った。
「あなたも俺たちと一緒に旅をすればいいのです! 今や我らはこのウィルを加えて立派な傭兵団も同然!」
「えっ、俺も!?」
 いきなり引き合いに出されて驚くウィル。
「セイン、お前…!」
「ささ、このリンディス傭兵団で修行を積もうではありませんか!」
 ケントの声も耳に入らず言い切ったセイン。彼の堪忍袋の緒が切れるのではと、イーリスはちょっと不安に思った。
「このお調子者が…!」
 だが、まだ平気な模様。それにはホッとする。
「…リンディス傭兵団…? ねえ、どういうことなの…?」
 不思議に思ったフロリーナは尋ねる。少しだけ苦笑いをしてリンは言った。
「おいおい話すわ。…確かにセインの言う通り、一緒に来る?」
「いいの? リンと一緒に旅ができるの?」
「ええ」
 するとフロリーナは大輪の笑顔になった。
「私、嬉しい! リンと一緒に旅ができるなんて」
「申し訳ありません、リンディス様。傭兵団などと…」
「私は賛成。フロリーナのこと、放っておけないもの。ごめんなさいねケント。よろしく頼んでもいい?」
「はい。リンディス様がそう仰られるなら」
 何とかケントの了解も得られて正式にフロリーナも一員になる。
「やったーっ!」
 大喜びのセインはフロリーナの手を取ろうとする。しかしビクリと反応してリンの後ろに隠れてしまった。
「…あ、あまり…近づかないで下さい…」
「ああ、なんて奥ゆかしいんだ! そこも素敵だ」
 もう大はしゃぎのセインに頭を抱えるケント。それを見てイーリスは苦笑いをする。
「あの〜…」
 と、そこにウィル。複雑な顔をしている。ハッと彼のほうを見た。
「俺も…一緒に行っていいのかな?」
「あ、ええ。危険な旅だけれどあなたがよければ」
「本当かい!? いや、実は旅の途中なのに金を盗まれて途方に暮れてたんだ。
 旅が危険なのは当たり前だし大丈夫! じゃあ俺も今日からリンディス傭兵団の一員って事でよろしくお願いします!」
 屈託の無い笑顔でウィルは言った。
「リンディス傭兵団か…にぎやかになってきたわね、イーリス」
「そうね。戦力もバランス取れてきているし…みんなで頑張りましょうね」
 かくして誕生した小さな傭兵団――リンディス傭兵団。
 リーダーはもちろんリン。参謀に軍師イーリス。騎兵戦力にケント、セインの二人(ケントは補佐役も兼任)。
 天馬騎士(見習い)フロリーナ。そして弓使いウィル。
 この六人で一路キアランを目指すことになる。
 しかし、旅に波乱が多いことをまだ皆は知らない…。









NEXT  BACK  戻る