調和を紡ぐ者たち 第3話
一行はリキアへ向かう前にと、ブルガルから南東に進んで四時間のところにある小さな神殿の近くにやってきた。
小さいが歴史を感じる造りで、存在感は抜群だ。
「ここが、寄りたい所?」
「ええ。ここには精霊が宿る剣が奉られていて、サカの民は長い旅に出るとき、ここで旅の無事を祈るの」
「なるほどね。…サカって、不思議な土地よね」
「?」
首を傾げるリンに、イーリスは言った。
「大陸で一番信仰されているのはエリミーヌ教だけど、ここは古代信仰が受け継がれているみたいだから。
エトルリアなんか行ったら、リンは逆に驚くかも」
「どうして驚く必要が?」
これには、ケントが答えた。
「エトルリア王都アクレイアに、エリミーヌ教団の本部があるのです。
王都の郊外にはまた、シンボルとも言える『聖女の塔』があり、日々巡礼者が訪れているそうです」
「聖女エリミーヌ様が使ったものも納められていると言いますからね。…ああ、一度は見てみたい!
美しき聖女様の持ち物!」
女性事になると出て来るのはセイン。三人ともため息をつく。
「…セインさん、罰が当たっても知りませんよ? とにかく、エトルリアは教会が多いの。
国にも影響力があるぐらいだし…」
「…なんだかすごいのね、エリミーヌ教って」
スケールの大きさにただただ、リンは感嘆のため息を漏らした。
その時であった。
神殿の方から、年配の女性が一人こちらに走ってきた。かなり慌てた様子だ。
「どうしたんですか?」
と、イーリスが尋ねる。
すると女性は慌てている故に口が回らなかったが、話をしてくれた。
「神殿がならず者に襲われているんだよ!」
『!!』
全員、顔を見合わせる。
「奉ってある剣を奪おうとしてるらしいんだよ。祭司様も閉じ込められているみたいだしどうしたらいいか…」
リンが、即座に言った。
「助けに行きましょう。そんな奴ら、許しておけないわ!」
三人ともうなずく。
「助けに行ってくれるんだね。ありがたい」
「ええ。行きましょう、みんな」
「あんたたち腕が立ちそうだし、頼んだよ!」
女性の声を受けながら、四人は神殿へ向かった。
神殿の前には、見張りとおぼしき敵が二人。おそらく中には同等かそれ以上の敵がいるだろう。
「正面突破は自殺行為ね。相手側に地の利があるから。どうにかして敵の不意が突ければいいんだけど」
作戦を考えて唸るイーリス。
神殿の壁に手を当てる。すると手触りに疑問を抱いた。
もしやと思って指で壁をなぞって、剣の柄で少しだけ叩いてみた。
ボロッ。
あまりにも古いせいか、神殿の壁は脆い。しかもヒビが入っているために、ここが一番崩れやすいようだ。
ピンと閃いた。
「リン、ここから突入しましょう」
それは三人とも驚いた。
「イーリス、この壁を壊して入っていくの?」
「それが最善だと思うわ。…まあ、伝統ある神殿を壊すことに気が引けるのはよくわかるけどね」
「…しかし、他に良い方法もないわね。司祭様には後で謝れば大丈夫よ」
リンも乗り気のようだ。
他に良い作戦も無いためこの作戦を採用することにした。
相手側はこの不意打ちを予想していなかったようで慌てふためく所にケントとセイン、そしてリンが突入。
イーリスも一拍遅れで突入する。最初の敵を倒した後ケントとセインが入口近くの敵を相手にする。
「リン、気をつけて! 敵の首領…できる!」
「わかっているわ」
お互い剣を前に対峙する。今までは斧を使う敵が相手だったので有利だったが今度の敵の獲物は同じく剣。
駆け引きと実力の勝負。
――リンが、疾風の如く駆ける。
最初の一撃は受け止められるが反撃も回避する。どうやら相手は力に優れたタイプ。対してリンは技と早さ。
対照的な二人の勝負だ。
リンの援護に入ろうかと思ったが、剣で下手に援護は出来ない。
(…魔法はまだ学び始めたばかり。実戦では使えない…。…待って?)
ブルガルで買った魔道書用のポーチからファイアーの魔道書を出す。
(攻撃魔法にならなくても良いわよね。要は気をそらせれば良いんだから。できるだけやってみましょうか)
彼らの言葉で、イーリスは炎の精霊ファーラに呼びかけた。
――烈火を司りしファーラよ…!
ボウッ!
イーリスの手の平に、炎の玉が生まれる。
「やあぁぁっ!」
なんとイーリスはそれを投げ付けた。炎の玉が敵に襲いかかる。命中し、燃え上がった所をリンは逃さずに斬る!
ドサリと相手は倒れた。
「ありがとう、イーリス。魔法が使えるようになったのね」
「でも…まだ不完全よ。もっと勉強しないと実戦では使えないわ」
とイーリスは苦笑する。
「そうね。あ、早く祭司様を助け出しましょう」
奥の扉向かって、リンが駆ける。イーリスはその後を追った。
老年の祭司は閉じ込められていたが怪我はなく、一同をホッとさせた。
「そなたはロルカ族の…」
「はい。族長ハサルの娘、リンです。剣は無事なのですか?」
「もちろんじゃ。ここにある」
祭司は美しい鞘に収められた剣を出して四人に見せた。
鞘に収められているというのに、美しい。全体のバランスと言うべきなのだろうか。
精霊が宿っているのもよくわかる。理の魔道を学んでいるからか、剣全体から力を感じる。
ただそれは月の光を思わせて、闇を見る。
「奪われなかったのですね」
「この剣はわしが封印を施しておる。封印を解くか、精霊に認められなければこの剣は抜けんよ」
「賊程度には使えないと言うわけですね」
「うむ。月の精霊が拒む」
「月の精霊…月にも精霊が…?」
イーリスが尋ねると祭司は答えた。
「この世界にはすべてに精霊が宿っている。大地はもちろん、星にも。太陽や月にも」
そんな考え方があるとは思わなかった。
理の魔道を学んでいる身だから四元の精霊については知っている。
もともと素質はあったようで幼い頃から精霊らしき姿を見たことはある。
しかし他にも精霊がいるとは。しかも光や闇の象徴である太陽と月に…。
目から鱗が落ちた気分だった。
「さてロルカのリンよ、助けてくれた礼じゃ。特別に【マーニ・カティ】に触れることを許そう。
柄に手を当て、旅の無事を祈るがよい」
祭壇に納め、祭司が言うとリンはおそるおそる手を伸ばした。
リンの指がマーニ・カティに触れる。
「…え?」
一同は、予想もしなかったことに目を見開いた。
剣が、ほのかに光を放っている。
精霊が喜んでいるような…そんな光。イーリスはそう思った。
「おお…これは…。リンよ、どうやらお主は精霊に認められたようじゃ…剣を抜いてみなさい」
「で、ですが…」
「さあ」
言われて柄をしっかりと握り、鞘を持って力を入れると――。
シャッ。
剣は、あっけなく抜けた。
鏡のように一点の曇りなく輝く片刃の刀身がその姿を見せた。
「…抜けた…」
「リンよ、それを持って行くが良い」
「ですが…」
「精霊がそれを望んでおる。この先どんなことがあろうとも、精霊の加護が得られるじゃろう。
その剣で運命に立ち向かいなさい」
……精霊が、この剣が、私とともに行くのを望んでいる。
ならば自分はどう応えるべきか――。
「わかりました、祭司様。このマーニ・カティで、どんなことも切り抜けていきます」
リンはマーニ・カティを鞘に収め、しっかりと受け取った。
「そうか。…わしは果報者じゃな、生きているうちにマーニ・カティ。
そしてシュタイフの使い手にめぐり合えるとは…」
「? シュタイフ…?」
首を傾げる一行。祭司は語ってくれた。
「この神殿に祭られていた風の魔道書じゃ。その風はまさに神が起こす風。神風の魔法」
言葉の端々から、その魔法がとんでもない魔法だということがわかる。
おそらくは最高位に位置するのではないだろうかとイーリスは思った。
「そんな魔法がこの神殿にあったのですか?」
「ああ。もう四年前になるかの。一組の男女がここを訪れて、持っていった。
女の方が精霊に認められたからじゃ。セチに愛された女じゃったよ」
顔を見合わせる、リンとイーリス。
「もう昔の話じゃ。今どこでどうしておるのかもわからん。
…さあ、行くが良い。マーニ・カティに認められし者よ」
神殿を出てからもリンは、しげしげとマーニ・カティを見ていた。
「…やっぱり、信じられない。この手にサカでも一、二を争う名剣があるなんて」
「武器が使い手を選ぶのは大陸中でよく耳にする話です。リンディス様の剣技は見ていて感じるものがありました。
あなたがそれに選ばれても、私は何ら不思議に思いません」
ケントの言葉に、まだ唸るリン。するとセインが気楽な感じで言った。
「なら、こう考えてはどうですか? 武器にも使いやすいとか、相性ってありますよね。
この剣はリンディス様の気によく合う剣…そんな風に考えればいいんじゃないですか?」
なるほど、とリンは手を叩いた。
「そうね。それならなんとなく分かるわ」
「これ、俺達じゃ使えないみたいですし、やっぱりリンディス様と相性がいいんですよ」
さっき、セインやケントが抜こうと試したがやっぱり抜けなかった。リンのみが扱えるようだ。
「…私だけの剣、かぁ…」
感慨深くなるリン。自分だけの、自分にしか使えない剣。
しかもサカで一、二を争う名剣【マーニ・カティ】。月の精霊の剣。
これから大切な武器になるのだ。大事にしようと固く決めた。
「――そういえば、イーリスさんの剣も、珍しいですよね」
ふとセインが、イーリスの持っている剣を示して言った。
確かに鞘は華麗で細かな装飾が施されているし、細身のフォルムを持つ柄。
刀身との連結部と柄頭には光の具合で色の変わる宝石がはめ込まれている。
「そうね…。剣にも魔道文字が彫られているし…」
「へえ…見せてくれる?」
求めに応じてイーリスは剣をベルトから外し、手渡す。それから抜こうと柄に手をかけて……。
「あ、あら?」
剣は、抜けなかった。いくら力を入れても、刀身が姿を見せることはない。
「抜けない…。もしかして、これも持ち主を選ぶの…?」
リンから返してもらってイーリスが柄に手をかける。少し引くと剣はあっさりと抜けて美しい白銀の刀身を見せた。
「持ち主を選ぶということは、それはよほどの名剣なのですね」
「え、でも…私適当に一本家から持ってきただけだし…」
ポツリと本音を漏らすと視線が一気にイーリスのもとに集まった。
「イーリスの家は、武器がいっぱいあるの?」
「え、ええ。それ以外にもたくさんあるわ」
「イーリスさんの家は商人なんですね。その中にそれほどの名剣があったとは」
セインが納得したようにうなずく。
「それでね、ここに魔道文字が彫られているでしょう? ――「調和の守り手・イーリス」そう書かれてる」
刀身に彫られた魔道文字を見せ、解説をする。
「偶然でしょう? 同じ名前なんて。…でも、イーリスという名前は理の女神の名前でもあるのよね。
それから来ているのかしら」
考えるも結論は出ない。推論の材料がないからだ。
「じゃあ、これは言えば「イーリスの剣」ってこと?」
「…まあ、そうね。でもそれじゃ面白くないから…女神様に敬意を表して「ソード・オブ・イーリス」。
これでどうかしら」
「いいわね! それの名前決まりね」
と何時の間にか名前が決まったのだった。
「それじゃ、行きましょう。リキアへ!」
「…ええ。母さんの故郷…そして、おじい様のいるリキアへ…!」
四人は、歩きだす。
山を越えたはるかな場所――リキアへと。
リキア、キアラン領――。
「なに? マデリンの娘がまだ生きているだと?」
「はい。娘はケント、セイン両名と行動をともにしているもようです。あと、素性不明の娘が一人…」
「運のいい小娘だ」
悪態をその人物はついた。
「いかがなさいますか?」
「監視だけつけろ。リキア国境の山々は山賊の横行する地。たった四人では超えられるわけもない。
…キアランはもうすぐわしのものになる…」
哄笑がキアランの城に響く。
この人物こそ、リンの大叔父にして黒幕のラングレンだった――。
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