〜調和を紡ぐ者たち〜 第2話









 リンとイーリスの二人は、旅装を整えるためにサカ一番の都市、ブルガルへとやってきた。
 荷車や馬車が、露店がいくつもある通りを所狭しと行き交う。
 それは物資の流通が盛んである証拠であるし、栄えている場所であることを示していた。
「ブルガルは、交易都市なのね。ベルンやイリアの工芸品とかの店もあるし…」
「そう。ここなら旅に必要な物は何でもそろうわ。
 まずはいらない物を売って、それから必要な物を買い揃えましょう」
 二人は店を巡って不要な家財を売り払う。
 もし戦いになると邪魔になってしまうとの意見で馬も引き取ってもらうことにした。
 リンも、イーリスも、馬に乗って戦うなんてことは出来ないのだ。
 それから集まった資金で旅用の外套や保存食、水に手当用の傷薬を買い揃える。
 ふと、イーリスの目に本屋の看板が目にとまった。
「どうしたの? イーリス」
「あ、リン。ちょっと本を見ていいかしら」
「いいわよ。何を買うの?」
「軍師見習いなら、戦術書に決まってるでしょう?」
 にっこりと笑って、イーリスは本屋を覗いてみることにした。
 カラン、と扉を開く際に取り付けられた鈴が鳴る。
 中は薄暗いが、仕方がない。本は光に弱い。長い間晒されていると劣化して読めなくなってしまう。
 棚には無数の本が差し込まれている。だが、普通の本とは毛色が違う。
「いらっしゃい」
 店主らしき人物が声をかける。イーリスは軽く会釈をしたあと一冊本を手に取った。
 真っ赤な表紙に金の縁取りと装丁。
 中を開けば普通使わない文字と図形が出てきた。
 そしてこれが何であるのかイーリスは悟った。
 ――魔道書だ。
 魔道を行使する際の魔道文字がびっしり書かれている。
 どうやらこれは自然と精霊の力を借りる理魔法の炎系低位魔法――ファイアーだ。
 イーリスは魔道文字に対する知識を持っているので分かったのだ。
 それから周りを見渡すが、どうやらここは魔道書の専門店らしい。
 一人客が来るが、いかにも魔道士然とした人。
 戦術書の類はないのか、とちょっとだけ肩を落とす。
 だが、ふと思った。
(魔道書か…そういえば…)
 以前、知り合いの人から言われたことを思い出す。
(君は魔道の素質があるかもしれない。理魔法の素質がね)
 あの人に太鼓判を押されたということは素質があるのだろう。
 正直言えば、我流の剣術だけでは自分の身を守るのに心もとない。
 魔法が何かと便利だとは聞かされているし、基礎ならば教えてもらったことがあるのだが、
 独学で魔法を学んでもいいのだろうかと思う。
 しかしこれから二人で旅をするとき、剣が効かない敵が出てくる可能性があるので困る。
 よし、と思ってイーリスは低位魔法のファイアーとウインドの魔道書を買うことにした。
 それと、理魔法の理論書を一冊。
「お代は三冊で千八百ゴールドだよ」
 高くついたが、これも二人旅のためだと思って割り切る。
 店を出てリンと合流する。
「お帰りなさい。どうだった?」
「あそこ、魔道書の専門店だったわ。実は魔法の基礎なら教えてもらったことがあるから、
 魔法の勉強もしようかと思って買ってきちゃった」
 リンにファイアーとウインドの魔道書、そして理論書を見せる。
「剣と魔法を使える軍師になるってことね」
「そう。これから二人で旅をするでしょう? 剣が効かない相手も出てくるだろうし…」
「さすがイーリス。…でも、お金はどうしたの?」
 ふと思った疑問をリンは尋ねる。
 ちょっと苦笑いで、イーリスは答えた。
「サカに来る前にいらない物を売ってきたの。そのお金で買ったのよ。
 まだいっぱい残ってるわ」
 財布の中身を見せる彼女に、リンはギョッとした。
「お金持ちじゃない! どうしたらこんなに…」
「いらない物がいっぱいあったのと、交渉したらこんなに高く売れたのよ」
 不思議な軍師見習いに、リンは感嘆のため息。
「これも使えばしばらく路銀は持つわ。リン、これからの予定を決めない?」
「そうね。じゃ、そこのお店で話しましょうか」
 リンが指したのはカフェテラス。
「賛成!」
 と、イーリスも喜んで同意した。





 二人はテーブルに買った地図を広げ、予定を決めることにした。
「まずはサカ地方を巡る?」
「手始めにはそのほうがいいと思う。
 その前には、ちょっと寄りたい所があるからそこに行くとして、サカ地方を巡るのが一番いいと思うわ。
 それからベルンとかにも足を伸ばしてみましょう」
「じゃ、まず行き先はリンの寄りたい所ね。その後はその後で…かしら?」
「そうね。決まりだわ!」
 予定をひとまず決めた二人はブルガルの街を出ようと南の門へ足を向ける。
 イーリスは理論書を広げながら魔法の勉強をしつつ歩いていた。
「えっと…炎の精霊ファーラは気性の激しい精霊で…」
「……」
 その勉強熱心な姿にはリンも何も言えない。
 広場に来たところで、彼女は足を止めるようにイーリスに腕を取りながら言った。
「イーリス、本を読みながら歩くのはよしたほうがいいと思うわ。
 …今日はここに泊まる?」
「え!? あ、ごめんなさい、リン。集中すると聞こえなくて」
 すごい集中力だ。
 言葉だけでは聞こえなかっただろう。
「今日はここに泊まって、それから行きましょうか?」
「うーん…そうね…理論書を読んでおきたいし…。ごめんなさい、リン。我侭で」
「いいわよ。大事な相棒なんだから」
 ――相棒。
「…イーリス…どうしたの…?」
 何時の間にか零していた、涙。
 リンは慌てた。我に返ったイーリスは慌てて拭った。
「あ、だ、大丈夫。ごめんなさい。なんでもないから…」
「……」
 些細なことであっただろう、彼女には。
 しかしその言葉が、イーリスにはこの上なく嬉しかった。
 必要とされる。存在が、私自身が。
 たった一つの、力を持つ言葉。
 それに涙してしまったのだ。
「…それじゃ、今日泊まる所を見つけましょうよ」
「うん。そうしましょう」
 リンに案内され、イーリスは街を歩く。
(ありがとう、リン)
 心の中で、イーリスはリンに感謝していた。





 宿を取って次の日、二人はブルガルを出ようと街を歩いていた。
 昨日の広場にさしかかる。
「南門から出るのが良いわ。そのほうが行きたい所にも行けるし」
「サカは詳しくないからリン、お願いね」
「分かってるわ」
 そうして歩き出したその時。
「おおーっ! これはこれは、なんて華やかなんだ!」
 南門への方向から声が。
 声をした方を見ると、緑の鎧を身に着けた茶色の混じった緑の髪の若い男。
 馬も傍にいることからして、騎士のようだが。
 二人をまじまじと見ると、喜びのような顔を出す。
「そこのお嬢さん方! どちらへ行かれるのですか?」
「…ブルガルを出るのだけれど」
 ちょっと戸惑ったものの、リンが答える。
 すると男は表情を暗くした。
「急ぎの旅で? もしそうでないのなら、ちょっとお茶でもいかがですか?」
 どうやら、こちらを口説いているようだ。
 騎士のような人間なのに、いいのだろうかと思う。
 素直にイーリスが口を開いた。
「…あなた、騎士ですよね。どこの騎士ですか?」
「おお! よくぞ聞いてくれました!!」
 過剰な反応ではないかと思うぐらいの声で、男は答えた。
「俺は、リキアの者。もっとも情熱的な男が住むと言われる、キアラン地方の出身です!!」
 力説するように言うのだが…。
「…「もっともバカな男が」の間違いじゃないの?」
 ……シーン……。
 リンの痛いツッコミに、沈黙。ガックリと肩を落とすが、すぐに立ち直った。
「そんな冷たいあなたもステキだ。まま、そう言わずに」
「何をしている! セイン!!」
 懲りずに口説こうとした彼に、怒声が浴びせられた。
 彼の後ろより現れたのは紅い鎧の朱色の髪の騎士。
 生真面目な印象を与える。
「おお、わが相棒ケント! どうした?」
「どうした、ではないだろう!! 我々には「任務」がある!
 余計なことをしている暇はないのだぞ!」
「しかし、このように美しいお嬢さん方を前にして声を掛けないのは俺の主義に反する!」
「それが余計だと言っている!」
 口論を始める騎士二人。
 リンとイーリスは迷惑だったため、緑の騎士セインを止めている赤の騎士ケントの味方に入ることにした。
「馬が邪魔で通れないわ。早くこの人連れて行ってよ」
「ああ、済まない。すぐに…」
 と、ケントの視線がリンを見て止まった。
 何事かと、瞳を瞬かせる。ケントは口を開いてこう尋ねてきた。
「…済まないが…どこかで会ったような覚えはないかな」
「? いいえ」
 首を横に振るリン。
「あーっ、ずるいぞケント! 俺が先に声を掛けたのにー!」
「!!」
 リンの表情が、一変して怒りの表情に。
「…リキアの騎士には、ロクな奴がいないのね! イーリス、行きましょう!」
「あっ、リン! ちょ…!」
 イーリスを強引に引っ張っていき、二人を払いのけてリンは南門へと向かっていった。
 取り残された二人は……。
「…セイン! お前が悪い!」
「なんだよケント! お前だってなぁ」
「お前と一緒にするな! それより先ほどの二人を追うぞ。
 おそらく緑の髪の娘は…」
「ゲッ、まさか…俺たちの「任務」!?」
 セインの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「もう一人の方が「リン」と呼んだ。…おそらく間違いない。行くぞセイン!」
「ま、待てよっ!」
 後を追い出したケントのすぐ後を、セインは追っていった。





「あー、嫌だ。嫌になるわ」
 ブルガルを出てからぶつぶつ言うリンに、イーリスが言う。
「あの緑の人のほうが勘違いしたのではない? 紅い鎧の人は、そんな風には見えなかったし」
「そう? ま、とにかくこのまま南東に進みましょう」
 コクンとうなずいて、歩いて行く。
 やがて林に突き当たる。東側には川が流れていて、なかなか景色がいい。
 ふと、リンがイーリスの手を取ると、走り出した。
「リン!?」
「誰か追って来る!」
「さっきの騎士…ではないようね」
「ええ。殺気がすごいもの…!」
 途中で二人は剣を抜く。追いつかれないように懸命に走る。
『――!』
 開けた所に来て、賊らしき男達が前に立ち塞がった。
 待ち伏せされていた。
 瞬く間に二人は後ろから追ってきた賊たちと挟み撃ちになって包囲される。
 数は――八人。
「…何者!」
 リーダーらしき男は下卑た笑いをしながら言った。
「へっへっへっ。あんた――リンディスって言うんだろ?」
「!!」
 リンの表情が変わる。一方でイーリスは、疑問を抱いた。
(リンディス…? 「リン」は本名じゃない…?)
「もったいねーが…これも金のためだ。覚悟しなっ!」
 冷静にイーリスは状況を見た。
 林が後方に見える。
 ならば一点突破で林に逃げこみ、体勢を整えようと思いリンに指示を出そうとしたその時。
「あーっ! やっと見つけた!」
 蹄の音を響かせながら来たのは、さっきの騎士二人組だった。
「お二方、お怪我はありませんか?」
「え、ええ」
 直前だったので、無事だった。素直にリンはうなずく。
「こら! こんな大勢でか弱き女性達を襲うとは何事だ!」
 怒りを顕わにして言うのは緑の騎士、セイン。
「この二人に危害を加えようと言うのならば、我らがお相手する」
 剣を抜いて静かに赤の騎士ケントが言う。
 怯んだものの、リーダーの男は逃げようとはしなかった。
「くそ! やっちまえ!」
「ならば!」
 襲い掛かってきた敵一人をケントが切り捨てる。直後、セインが槍でもう一人を貫く。
 好機をイーリスは見逃さなかった。
「リン、一時後退よ! お二方、手助けお願いします!」
「承知しました。セイン!」
「分かってる!」
 林の中に逃げこむリンとイーリス。追おうとした敵をセインとケントが阻む。
 二人が行ったのを確認して、騎士二人は林の中へ入っていった。
「くそっ、探せ! 逃がすな!」





「まずは、助けてくれてありがとう」
「いえいえ、あなたがたのお役に立てれば何よりです!」
 嬉々として言うのはセインである。
「…それにしても…、私達を助けたのには…事情があるようですが?」
 と、イーリスは二人に視線を向ける。
 ケントがこれに答えた。
「確かにあなたの仰られる通り、事情はあります。
 ですが襲われている者を助けぬのは、騎士道に反します故」
 生真面目な答えに十分と思ったイーリスはうなずく。
「その「事情」は後でお伺いします。先に、賊を追い払うのに力を貸していただけますか?」
「! 嫌よ私は。なんでリキア騎士の力を借りなければいけないの?」
 抗議するリンに、彼女は正論で返した。
「リン、さっきのことは水に流して。二人ではあの数は無理よ」
「……」
 押し黙るリン。何も返せないとわかっているからだ。
「…自分の戦いだから、自分で何とかしたいのね?」
「ええ」
 静かな問いに、静かに返す。
 しばし考えていたケントが口を開いた。
「ならば、我々はあなたの指揮下に入り戦います」
 これには提案した本人以外が驚く。
「ケント、いいのか?」
「でなければ加勢を承知しないでしょう。それでよろしいですね?」
「…分かったわ。指揮は私とイーリスの二人で執るわ」
 渋々といった感で、リンは承知した。
「軽く自己紹介をいたします。私はリキアはキアラン騎士、ケント。連れの男はセインと申します」
「私は見習い軍師のイーリスです。で、こちらが…」
「ロルカ族のリンよ。よろしく」
 リンの自己紹介に、顔を見合わせる二人。「何かある」とやはりイーリスは思う。
「イーリス、奴らへの対策は?」
「大丈夫、任せておいて」
 と、バッチリといった目を三人に向ける。
「イーリスさんは軍師なんですね」
「まだ見習いですが」
「いえ、先程の判断は見事でした」
「ありがとうございます、ケントさん。では、作戦ですが……」
 イーリスは自分が組み立てた作戦を話し始めた。





 作戦は大成功だった。
 林の中では動きにくい騎士二人がその場で囮となる。来た所をリンとイーリスで挟み撃ちにする。
 また木の枝を放って音を出し、敵を撹乱。各個撃破する。
 リーダーもリンの剣が舞って倒された。
「…それで、事情を聞かせてくれるんだったわよね? お二人さん」
 リンがじーっと、二人を見る。
「ええ。我らはキアランより、人を訪ねて参りました」
「人…?」
「はい。ロルカ族の長と駆け落ちした、マデリン様への使者として」
「…え? 母さんに…?」
 イーリスが驚いた。
 リンの母にこの二人は用事があったのか。
 でも…駆け落ち…?
「ちょっと待って下さい。その、マデリンと言う方は何者なのですか?」
 だからこそイーリスは素直に疑問を出す。
 ケントは答えた。
「我らがキアラン侯爵のたった一人のご令嬢です」
『!!』
 二人が驚愕に止まった。
「…彼女は正当なキアランの公女なのですね?」
 いち早く冷静さを取り戻したイーリスが尋ねる。
 セインがこれに答えた。
「はい! 侯爵ハウゼン様の孫娘にあたるのです!」
「うそよ…私がリキア貴族の血を引いているなんて…」
 事実を対してリンは受けとめられない。
 しかし緩くケントが首を横に振る。それから二人は語ってくれた。
 十六年前、キアラン公女のマデリンはロルカ族の青年、ハサルと恋に落ちた。
 父ハウゼンの反対にあい、思い余った二人はサカへと駆け落ちする。
 娘を奪われたと侯爵は怒りと悲しみに満ちていたが、今年になって手紙が届いたという。
 「夫と子供、草原で三人幸せに暮らしている」と。
 文面を見る限り幸せに満ちている娘と孫の存在が怒りを解き、領地に大々的に発表した。
 その孫娘の名前が――「リンディス」。
 そしてキアランへ呼ぼうと二人が遣わされたが…。
「先日到着したブルガルで、手紙を出した直後マデリン様が亡くなられたと知りました。
 しかし娘は、リンディス様はご存命であるということも同時に知りました」
「…リンディス…。私の、部族での呼び名は「リン」。
 でも父さんと母さん、三人の時はいつも私を「リンディス」って呼んでいたわ…」
「その名は、ハウゼン様が早くに亡くされた奥方の名でもあったそうです。
 感銘を受けたのかもしれませんね」
「どうして私がリンディスだと分かったの?」
 リンが疑問を口にする。ケントが答えた。
「…母君によく似ておられるからです」
「母さんを知っていたの?」
「いえ、直接お目にかかったことはありませんが、キアラン城で絵姿を拝見したことはあります。
 侯爵は一日に何度も、その絵姿を見ておられました」
「…それほど、ハウゼン侯はマデリン様を大事になさっていたのですね」
 騎士二人はそれにうなずいた。
「…私、独りだと思ってた…」
 リンが、ポツリと呟く。
「でも…おじいちゃんが…いるんだ…」
「…リン…」
 家族がいる。それがリンに喜びをもたらしている。
 …少しだけ、イーリスは複雑な気持ちになった。
「ねえ、イーリス。会ったら私のこと――「リンディス」って呼んでくれるかな」
「当たり前じゃない。奥方の名前で、孫の名前なんだから」
「そうよね。…嬉しいな。もうその名前で呼ばれること…ないと思ってたから」
 そこで、イーリスは思い出す。
 ――違う、と。
「待って…。さっきの男、あいつもリンのことを「リンディス」って呼んだわ!」
 セインとケント、二人の表情が変わった。
「本当ですか、イーリス殿」
「おいケント。それって…ラングレン殿の手の者…だよな?」
「ああ…」
「ラングレン? 誰?」
 リンの問いにセインが答えた。
「侯爵の弟君…つまり、リンディス様の大叔父上ですね」
 その続きは、ケントが引き継いだ。
「マデリン様は戻らぬものと誰もが思っておりました。
 その場合、侯爵位はラングレン殿が引き継ぐはずでした」
「……リンの存在が、邪魔だと言うことですね?」
「!?」
 驚きに目を見開き、イーリスを見る。彼女はすぐに答えた。
「正当な公女であるならば、爵位の継承権はリンに移る。
 だとしたら引き継ぐはずだった相手は気分がよくないはずよね。
 セインさん、ケントさん。そのラングレンと言う人、どんな人ですか?」
「あー…あんまりいい人物じゃ、ないですね」
 予想通りね。
 思ったイーリスは言った。



「やっぱり。リンを暗殺しようとしているのね」



 リンが、固まった。
「そんな…私、爵位に興味なんかない!」
「でも話が通じる相手じゃないですよ。こんなことやっている時点で」
「……」
 リンの顔が、青ざめる。
「リンディス様、我らと共にキアランへおいで下さい。このままではあなたの身が危険です」
 しばし彼女は考えていたようだが、うなずいてから返事を出した。
「…確かにこのまま旅をしても狙われる…。分かったわ、キアランへ行くわ」
「そうですかそうですか! リンディス様、あなたはこの俺、セインがお守りいたします!
 さあ、すぐにでもキアラン向けて」
「その前に行きたいところがあるから行ってからでいいかしら。
 …イーリス、どうするの?」
「え、私?」
 自分に振られてイーリスは瞳を瞬かせる。
「本当ならあなたには関係ないわ。これからは危険な旅になると思う。
 いいのよ? ここで別れても」
 リンは自分を心配して、言ってくれている。
 しかしイーリスの心はもう決まっていた。
「何を言うの。ここまで事情を聞いたなら、もう無関係ではないわ。
 それに、相棒、でしょ?」
 ぱちりと片目を瞑るイーリス。
 嬉しさに顔をほころばせたリンは極上の笑顔になった。
「ありがとうイーリス。これからもよろしくね!」
 こうして、リンとイーリスの二人はキアラン騎士セインとケントと共に旅をすることになった。
(お家騒動…か。…やっぱりどこも似たようなものね。
 …でも、リンは私が絶対に助けるわ)
 決意を固めるイーリス。
 サカの風は、決意を促すように吹いていた。







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