〜調和を紡ぐ者たち〜 第1話
風の強いサカ草原。
馬を走らせていた少女は、入口近くで倒れている姿を見つけた。
止めて馬から降り、その姿を確認する。
「…女の子?」
倒れていたのは自分と同い年ぐらいの少女だった。
薄紫色の襟足だけ長いショートカットの髪には銀製の髪飾り。
色白な肌でなかなか整った顔立ちだが、顔が青い。
「すごい熱…!」
少女は高熱を出していた。吐く息は荒く、短い。
彼女は茶色のハイネックに水色のベストとスカート。薄緑のマントを羽織っている。
腕に高価そうな銀製の腕輪。灰色のブーツ。
腰のベルトには華麗な装飾の施されている鞘に収められた一振りの剣。
少し普通の少女とは違う印象を与える。
けれど彼女はそんな事関係なく、行き倒れている少女を助けようと馬に乗せる。
近くにあった荷物も乗せ、自分も乗って馬を走らせた。
(私は私で、役に立ちたいのです!)
紡がれる、夢――。
そう。これは夢。
故郷を出る直前に交わした言葉。
家族は分かってくれなかった。
だから私は出る。
自由な世界へ。
自分を示すために。
私の大切な人たちのために――。
「気が付いた?」
目を開けると、天幕の天井のようなものが、視界に入ってきた。
声のした方を見ると、濃い緑色の髪をポニーテイルにした少女がいる。
特徴のある顔は草原の民特有。彼女はサカの民らしい。
手に持った濡れ手巾。どうやら自分を介抱してくれたらしい。
「…あなたは?」
まだ頭が完全にはっきりはしないものの、尋ねる。
少女はすぐに答えてくれた。
「私はリン。ロルカ族のリンよ。あなたは草原の入り口で倒れていたのよ」
「……」
そうだった。
サカ地方に行こうとしたのはいいものの、草原に来たところで高熱を出したのだ。
自分の不甲斐なさに、ため息をつく。
「どうしたの? あなた…。そうだわ。よかったらあなたの名前――教えてくれる?」
「あ、私は…」
逆に問いかけられて一瞬口篭もる。
けれどすぐに答えた。
「私の名前は、イーリスよ」
「イーリス…不思議な響き。いい名前ね」
「ありがとう、リンさん」
クスリとイーリスは笑みをこぼす。
細められた紫水晶のような瞳が、ランプに輝く。
「別に、リンで構わないわ。見たところ同い年みたいだし…私もイーリスって呼ぶから」
「ええ。いいわよ」
やっとイーリスは半身を起こす。
「あなた、旅人でしょう? サカには何の用で来たの?
よかったら話を聞かせてくれる?」
「…あ、それは…」
戸惑いながらも話そうと思った矢先、外が何か騒がしいことに二人とも気が付いた。
リンが剣を手にする。
「ちょっと、様子を見て来るわ」
言うが早いか、リンは外に出て様子をうかがう。
その間にイーリスも完全に起き上がって、傍にあった自分の剣を取った。
少し経って、リンが戻ってきた。
「どうだった?」
「山賊達が降りてきたわ! 近くの村を襲う気よ」
「! このままじゃ村の人たちが危ない…」
「ええ。私が行って追い払ってくるわ」
「――待って、リン!」
早速行こうとしたリンをイーリスは止めた。
その顔が、なにかに取り憑かれたように恐ろしかったから。
「どうしたの? もしかして、心配してくれているの?
大丈夫。剣の腕には自信があるの」
「でも敵が複数なら、一人では無理よ。私も行くわ」
これには、リンが驚いてしまう。
「行くって、戦えるの?」
「ええ。剣術は多少扱えるし、それに実は…私、軍師見習いなの」
「軍師見習い?」
オウム返しに尋ねたリンにイーリスはうなずく。
「そうよ。だから役に立たないことはないと思うけど」
「…そう、ね。分かったわ。じゃ、イーリス、行きましょう!」
「ええ!」
少女二人は、勢い良く飛び出した。
敵は四人だ。
一人ずつ相手にすればいい。しかしいきなり飛び出して行っても複数に気付かれる可能性がある。
自殺行為を避けるために、イーリスは一人ずつおびき出そうと提案した。
一対一…もしくは多対一ならば勝てるだろうと、確実な勝利を目指しての判断だ。
「じゃあ、おびき寄せる役目は私がやるわね」
「お願い」
リンが飛び出す。敵のうちの一人が彼女に気付き、向かってくる。
…自分が出る機会をイーリスはうかがう。
交戦し始めた…!
「…!」
素早くイーリスは飛び出して、リンの加勢に入る。
白銀の刃を引き出し、相手にとって左側から剣を振る。
その一撃が、致命傷になった。
憎しみのような瞳で睨みながら倒れていく。
「……」
「イーリス、次が来るわ!」
「!!」
仲間を一人殺されたからか、山賊二人が報復にと向かってくる。
意識を戻し、イーリスは冷静に状況を判断する。
「リン、最初に来た敵を。次は私が相手するわ」
「分かったわ」
指示の通りに最初に来た敵はリンが、次の敵はイーリスが相手をする。
賊の持っている斧は重さ故に扱いにくく、どうしても攻撃動作が鈍くなりがちだ。
その隙を突き、攻撃を受け流して反撃。
また、人を殺める。
「…あと、一人?」
状況を見れば、リンも山賊を切り伏せている。
敵はあと一人。どうやらリーダー格だ。
「あのゲル近くの奴ね」
「? ゲル?」
尋ねた彼女にリンは答える。
「サカの遊牧民が使う住居のこと。…来るわ!」
リーダー格の男が、リンに向かって攻撃をする。
――速い。
「――リン、よけてっ!」
「!?」
言われて反応し回避行動を取るが時は遅く、リンは左腕に傷を受けた。
反撃の剣を振るが避けられてしまう。
「強い…」
血が滴り落ちる。二人は剣を構えながら機をうかがう。
「…どうして…村を襲うの?」
ふと思ったイーリスは、男に問い掛けてみた。
すぐに男は答えた。
「決まってるだろう? でねえと、俺達は生きていけねえんだよ!」
「でも、そのために他人を不幸にすると? そんなの間違ってるわ」
「嬢ちゃん。世の中にはな、そうしねえと生きていけない奴がごまんといるんだぜ!
普通に暮らせる奴なんざ、そうはいねえ!」
「イーリス、こんな奴に何を言っても無駄よ!」
リンがそれ以上を止める。決死の形相をしながら。
激しい感情を込めながら。
「…」
彼も引けない。けれどこちらも引けない。
…なにをすべきなのだろう。
イーリスは迷っていた。
命は尊いのに。できるだけ殺めたくないのに。
――でも、生死を分かつのならば。
「…リン、行くわよ。あなたから見て右から攻撃して。…私が左から行くわ」
歯を食いしばり、イーリスが駆けた。
敵からみて右――武器を持つ方へと突きを出す。
それを敵は弾くがすぐにイーリスは切り返し再攻撃。右腕を掠める。
「ちぃ!」
体勢を整えようと一歩引いたその瞬間。
――反対側から攻めたリンの剣が、疾る!
息もつかせぬ連撃に、男は倒れた。
「ちく…しょう…」
「……」
せめてもの手向けに、イーリスは黙祷する。
「イーリス、やったわね」
終わってリンが呼び掛けた。
「うん……」
「もっと強くならないとね。私、まだまだだわ」
「…リン…」
暗い顔に不安がよぎる。が、次のリンは明るい顔だった。
「さあ、帰りましょう! 手当てもしないと」
「え、ええ」
うなずいてから、イーリスはリンの後を追った。
リンの手当てをし、それから道具を借りて遺体を埋葬する。
着替えをして夕食をご馳走になり二人で、夜を明かした。
そして朝。
「…イーリス、朝よ!」
「…ぅん…? …さま…?」
まだ寝ぼけ眼の彼女に、リンが笑う。
「やだ、寝ぼけてるの? ほら、いい天気よ!」
しゃっ、とリンが入口を開けた。
眩しい太陽の光が入ってくる。
やっとイーリスの意識がはっきりしてきた。毛布を剥がして起きあがる。
「…あ…おはよう…リン」
「昨日の戦いで疲れた?」
「…ちょっと、ね」
はあ、とため息をつくイーリス。
「私もちょっと疲れてる。でもそれでへこたれてちゃいけないわよね」
「そうね」
「あ、朝ご飯作るから待っててね」
リンが朝食を作ろうとしたのを見て、イーリスは言った。
「私も手伝うわ。私、これでも料理得意だし」
「そうなの? じゃ、一緒に作りましょう」
少女二人で朝食作り。
材料を炒め、調味料を加えていくが、リンとイーリスでは大きく違った。
リンは豪快な料理なのに対し、イーリスは細やかな料理。
出来あがるとサカ伝統の料理に普通の家庭料理よりちょっと豪華といった物ができた。
「イーリス、食べてみていい?」
「ええ、どうぞ。私もリンの方、食べさせてもらうね」
お互いの料理を食べる。口に入れた瞬間、二人は驚きの顔を顕わにした。
『美味しい…』
そこでお互いの顔を見合わせて、同時に笑う。
「やだ、リンったら。でもサカ料理って美味しいのね。初めて食べたけれど」
「私もこんな料理初めて食べたけれど美味しいわ。どこの料理?」
ちょっと、イーリスは答えに戸惑う。
けれど微笑んで答えた。
「エトルリアの料理よ。ちょっと豪華にしてみたのだけど」
「すごく美味しいわ。もっと食べていい?」
「どうぞ。私もリンの料理食べるから」
食の進んだ少女二人はあっという間に料理を平らげてしまう。
片付けを終え休憩した所で、リンがふと問い掛けた。
「ねえ、イーリスは軍師の見習いで、エレブ中を旅しているの?」
「…正確に言えば、これからする予定。初めにサカに来たところでリンに助けられたから…」
「そうなんだ。目標は、一人前の軍師?」
うなずくと、少時間があってからリンが口を開いた。
「…ねえ、私も一緒に旅をしていいかな」
これには、イーリスが驚いた。
「え…私は構わないけれど、リン…ご両親とかが心配しない?」
「大丈夫。…私にはもう…心配してくれる家族はいないの」
ハッ、と固まる。リンは、続けた。
「本当はロルカ族も、もう存在しないの。
半年前に山賊団に襲われて、生き残ったのは私を含めて十人にも満たなかった。
父さんも母さんも…私を助けて…」
だからなんだ、とイーリスは理解する。
彼女が山賊に対して激しい憎しみのような感情を見せていたのは。
父と母を殺されたから…。
「…リン…」
「私は、父さんが族長だったこの部族を守りたかったけれど…こんな子供、
しかも女に誰もついて来なかった…」
リンが、涙ぐんでいる。
「…ごめん。イーリス。泣かないって決めたのに…いいかな」
「良いわよ、リン」
「ありがとう…」
イーリスは自分の身体を貸した。貸して、泣かせた。
しばらくして、リンは離れた。
「…少し、すっきりした。だから、イーリス!」
リンがイーリスの手を取る。
「私、父さん達の仇を討てるように強くなりたいの!
昨日、一緒に戦ってみて分かった。一人でここにいても強くなれない。
あなたは一人前の軍師に…そして私は一人前の剣士に!
一緒に夢を追うの!」
その言葉に、イーリスは少し迷った。
復讐のために強くなる。それは自らを滅ぼすことにならないだろうか。
けれど、なにか目的を持っていた方がいいのではないだろうか…。
「…分かったわ。私も実を言うと、一人では心細かったの」
「本当!? ありがとう!!」
顔を輝かせて、リンは彼女の手を上下に揺さぶる。
「それじゃイーリス、これからよろしくね!」
「…ええ。よろしく、リン」
偶然を経て、少女剣士と見習い軍師少女のコンビが結成される。
…それは果たして本当に「偶然」なのだろうか。
大きな運命に導かれて、二人は出逢ったのではないだろうか。
まだ、誰もその大きな運命は知らない……。
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