〜調和を紡ぐ者たち〜 第18話












 エリウッドたちが城内に突入したことを知り、ダーレンは自らの敗北を感じた。
「ダーレン侯、ここまでじゃ。すべてをエリウッドたちに打ち明けるがよい。
 わしもとりなすゆえ、オスティア侯も悪いようにはせんじゃろうて」
 言ったのは人質に取られているキアラン侯爵ハウゼン。
 エリウッドたちの進撃の早さ、戦力は予想以上だった。
 これでは勝てるわけがなかったか…と、負けを宣言した。
「…わしの…負け、か」
 だが、しかし。
 ドシュッ!
「…が…っ…ぐはっ…!」
 ドサッ。
 一陣の閃光がハウゼンを貫いた。
 玉座の間に、血がほとばしる。
「な、エフィデル!?」
 含み笑いを洩らしながら、彼――エフィデルが答えた。
「もう、後戻りは出来ないのですよ。ダーレン侯。何しろサンタルス侯に引き続いて…キアラン侯までも、
 その手に掛けられたのですから…」
「それは、お主がやったことだろう!?」
「ええ。私が…あなたのために」
 妖しげな笑みを称えながらエフィデルは続けた。
「あなたは世界の王となる方。多少の犠牲を気にしてなどいられぬはず。
 むしろ、安い犠牲でしょう…」
 言葉の魔力に囚われたダーレンは、正常な理解力、思考力を失っていた。
 元からその傾向はあったが、今はまさに自分の欲望のみを叶えようとする愚かな男になっていた。
 王。たった一つの言葉が、人を狂わせる。
「そうだな…わしは、王となるのだ…。ハハハ」
「さて、ここもそろそろ危うくなってきました。脱出し、『竜の門』へ参りましょう」
「! では、いよいよ例の儀式が!?」
 うなずいた後にエフィデルは答える。
「ええ。この前連れてきたあの男一人で儀式が行えるだろうと仰っておられました。
 一刻も早く。ラウスから連れてきた兵はすべてここで奴らへの足止めに使うのです」
「では、わしの身は誰が守るのだ?」
「私と『黒い牙』がいれば事足ります。私は二つ三つ指示を出してから追いつきます。
 お急ぎ下さい」
「うむ…任せるとしよう…」
 言いなりになっていることに気付かず、ダーレンは言われるままに脱出する。
 見届けたエフィデルは、嘲りの笑みを浮かべた。
「…欲深い人間ほど、扱いやすい…」
 不気味に、フードから覗く瞳が煌く。
「――レイラ」
「はっ、ここに」
 現れたのは、淡い赤髪の盗賊や暗殺者風の女。隙のない身のこなしで気配を感じさせず現れている。
 彼女にエフィデルは言った。
「お前に指示を与える。『黒い牙』に入ってから日は浅いが、働き振りはなかなかのものだ。
 期待しているぞ」
「はっ。では、ご指示を」
 エフィデルはレイラに指示を与える。
 表情を変えることなく、彼女は指示に耳を傾けていた。




「リン、他のキアラン騎士隊はどうしているの?」
「…奇襲を受けた時に、半数以上がいなくなったわ」
 この言葉が示すものは、捕虜になったと殺されたの二つだ。
 酷いものだと、イーリスは苦い表情を出した。
「基本作戦は、まだ捕虜になっているキアラン兵たちの救出と、ハウゼン侯の救出を同時進行で進めるのかい?」
「ええ。一刻を争うでしょう。キアランの民のためにも、リンのためにも」
「…ありがとう、イーリス」
 いいのよ、と彼女は微笑んで示した。
「だから速攻勝負。城内戦闘だから馬は使えない…歩兵中心。
 身軽なギィや、エリウッド様辺りが先頭になって進軍。援護にはエルクやウィル、レベッカとエリア。
 それに降りるしかありませんが、騎兵隊の皆さんで。
 後方はオズインさんとヘクトル様、ドルカスさんたちに守っていただきます。
 私やフロリーナ、セーラ、プリシラは中央に配置して両方に対応出来るようにします。
 マシューはいつも通り先行偵察を。ハウゼン侯の監禁場所を探り出して」
「了解!」
 指示を受けてマシューが潜入する。
「リンも前線でお願いね。では、今回は速攻勝負! 行くわよ!!」
『おおーっ!!』
 掛け声と共に全員、キアラン城内に突入した。




「敵が来たぞ。フェレ公子やオスティア侯弟が、来ているらしいぞ」
「なんだって?」
 兵士たちの動揺の声に、赤い髪の傭兵姿の男が耳を傾けた。
「……オスティア……」
 憎悪を込めた声が牢を震わせる。
「…レ、レイヴァン様?」
 不安げな声をあげたのは、女性と見まごう美貌を持った修道士の男性。
「なんだ、ルセア。…口出しするな」
「……」
 修道士ルセアはなにも言えずに口をつぐんだ。
「おい、今言ったのは本当か?」
 牢番に傭兵の男レイヴァンが声をかけた。
「な、なにがだ?」
「オスティア侯の弟がお前らの敵の中にいる…本当なんだろうな」
「…ああ、そうらしい」
「なら、俺を牢から出せ。手を貸してやる」
『!?』
 これには聞いていた全員が驚いた。
「レ、レイヴァン様!? キアラン侯を裏切るおつもりですか!?」
「黙れ。…俺はオスティアに恨みがある。悪い話ではないはずだ」
「だが、お前はキアランの傭兵…」
「出さないと言うなら、お前たちを倒して出るまでだ。人質に取ったルセアは今、こちら側にいるしな…」
 有無を言わさぬ圧力が牢番にかかる。
 髪と同じ赤い瞳は表しきれぬほどの憎悪に燃えていた。
 自分の危機を感じ、牢番は鍵を出した。
「よし…なら、出ろ」
 ガシャン。
 錠前が外れる音がして重い扉が開かれる。ゆっくりと牢から出たレイヴァンは剣を一振り受け取った。
 また牢の扉が閉まる。
「分かっていると思うが、下手なことをすればあいつの命はないぞ」
「ああ。その時は、お前の命もないだろうがな」
 凍りつくような視線に本気であることを察する。
 こいつに逆らってはいけないと、なにも返せない。
「レイヴァン様!」
 ルセアの声が、響いた。
「そこにいろ、ルセア。…すぐに戻る」
「…」
 コツ、コツ。
 戦場に向かうブーツの音が響く。
「…そんな…」
 ルセアはエリミーヌ教の祈りを捧げた。
(どうか神よ、レイヴァン様をお止め下さい)
 必死に、ルセアは祈りを捧げつづけた。
 そんなことは露知らずレイヴァンは自分の求める相手を探す。
(オスティアを滅ぼせ)
 幸福だったものが一気に崩れた。
 許すことなどできはしない。その元凶を滅ぼさねば、この憎しみは収まらない。
 狂気に半ばとらわれ、レイヴァンは戦場へと足を踏み入れる。
「…!?」
 レイヴァンは驚いた。
 指揮を取っているのがフェレの公子ではなく、オスティアの侯弟でもなく、一人の少女。
 薄紫色の髪の、魔道剣士。
(なぜ、あいつらが指揮していない…。何か理由があるというのか?)
 考えるもまずは敵を倒すべく、剣を構えて指揮している人間の元に突撃した。




 空を切る、気配。
「!?」
 間一髪でイーリスは初撃を回避した。
 赤い髪の傭兵。鋭く憎しみに満ち満ちた同じ色の瞳。
 背筋に寒気が走った。
(なんて目なの)
 こんなに濁ったような、狂気にも見える憎悪に支配された人間の目は見たことがない。
 欲に溺れて濁り、狂った人間は目にしたがそれとは違う。
 自分の敵は殺す。一つの感情が相手の原動力にも見えた。
(敵なら戦うしかない…!)
 雷の魔道書を開いた。
「サンダー!」
 イーリスは先制してサンダーを放つが回避される。
 相手は間合いを詰めて斬りかかる!
「!」
 ギリギリで回避に成功し、髪の毛が数本切れて宙に舞う。
 続けて繰り出された二撃目は剣で受け止めたが、重い。
(すごい重い…長くは受け止められられない)
 攻撃を受け流した後、距離を取って魔法で牽制しつつ戦うのがよいとすぐに判断し、
 ブリザーの魔法を唱えようとする。
 しかしその直前に、相手が攻撃!
(早いっ!)
 詠唱を止めて後方に跳び一撃からは逃れる。
 刹那、一本の矢がさっきまでいた場所に飛んで来た。
 敵の弓兵が射掛けたらしい。
 イーリスにとってはかなり不利だった。ただでさえ目の前の傭兵は強いのだ。
 その上矢の攻撃をかわし続けるなんて芸当など出来ない。
 誰かの援護をもらえれば状況は変わるのだが。
 だが泣き言も言っていられない。現在の状況を上手く利用して戦うしかない。
 それが自分だ。
「イーリス様!」
 自分を呼ぶ声が聞こえた。
 この声は――。
「プリシラっ! 来ちゃダメぇっ!!」
「え」
 彼女の姿に反応した弓兵が射掛けようとする。
 イーリスは全速力でプリシラの元へ駆けた。
「危なーーいっ!」
 バッ、と庇って跳ぶ。直後左肩に激痛が走った。
 左肩に矢が刺さったのだ。
「…つぅ!」
「イーリス様っ!」
 青ざめた顔のプリシラが悲鳴を上げる。弓兵が次の矢を番え、構えた。
 倒れて起き上がるも、痛みで剣を構えるのが困難になっている。
 魔法詠唱も集中できない。
(ここまでなの…? お父様…兄様…)
 最期を覚悟すると、家族の顔が浮かぶ。
 そして友人たちの顔も。
(リン……エリア……!)
 目を閉じた。
 だが。
「ぐわあっ!」
 悲鳴が聞こえて目を開ければ、信じられない光景があった。
 あの赤い髪の傭兵が、敵の弓兵を斬ったのだ。
「え…?」
「……どう…して…?」
 プリシラ、イーリスの両名は不思議に彼を見た。
「…久しいな、プリシラ」
「!」
 プリシラが、驚きの目を表す。そして震えるように、言葉を紡いだ。
「…もしかして……レイモンド、兄様?」
「!?」
 イーリスも驚きを隠せなかった。
(彼女の兄…!?)
 ならさっきの行動にも合点がいく。
 自分の妹が殺されようとしているのを、放っておく兄はいない。
「…大きくなったな」
「兄様…!」
 ポロポロと彼女が涙を流す。家族に会えた嬉しさで胸を一杯にしている。
 思いがけない兄との再会に、プリシラは心の底から喜んだ。
「…私、兄様たちに会いたくて…」
「そうか。はるばるエトルリアから…よくここまで…」
「エトルリアで親しくしていただきました方に相談しましたら、お弟子の魔道士さんを護衛に付けていただきました。
 そして、エリウッド様やヘクトル様たちと今は一緒に…」
「! 奴らと一緒なのか!?」
 そこで彼が声を荒げた。感情の変化にプリシラは戸惑う。
「は、はい。お二方には良くしていただいています。
 それにイーリス様がいらっしゃいますし、リキアに来て本当に良かったです」
 聞いて彼女が微笑む。が、痛みに顔を引きつらせる。
 すぐにプリシラが魔法で手当てに入った。
「…その女か」
「エトルリアに来たばかりの頃、家族を思って泣いていた私を励ましてくださいました。
 私にとってかけがえのない方です」
「そうか。…さっきは、悪かった」
「…」
 もういいとイーリスは首を緩く横に振る。
 過ぎたことを言っては始まらない。
「……プリシラ。俺もお前と共に行こう。妹を斬ることは出来ない」
「本当ですか!? 嬉しいです…。兄様と一緒にいられるなんて」
「…プリシラ…」
 喜びに目を輝かせる彼女。仕方がない、とイーリスは思った。
 彼女は幼い頃――甘えたい盛りの六歳の頃――に本当の家族と離れてしまったのだ。
 義理の両親とは上手くやっているのだが、それでも本当の家族を思って泣いている時があった。
 その度に、イーリスは彼女を励ましていたのを覚えている。
「…兄様。…こうして兄様にも会えましたもの。いつか…お父様たちにも、会えますよね?」
『!!』
 彼と、イーリスが目を見開いた。
 知らないのだ、彼女は。
 本当の両親がすでにこの世にいないことを。
 彼は逡巡した後に、口を開いた。
「…そう、だな。…プリシラ、二つだけ言っておく。お前にもだ。俺たちの素性を、極力内密にするんだ。
 誰にも言っていないだろう?」
「…はい。一部の方以外は」
「…その中にエリウッドとヘクトルは含まれているのか?」
「いいえ。お二方には申し訳ないと思っておりますが…」
「なら、それでいい」
 この質問にイーリスは思う。
(エリウッド様と、ヘクトル様に知られたくない…?)
 何か裏があるなと感じる。
 まあ、横領した貴族の息子などと知られたくないだけなのかもしれないが…。
「それと、もう一つ。俺の事はレイヴァンと呼べ。…レイモンドの名は、捨てた」
「…にい…さま。…わかりました。ご事情があるのでしたら」
 素直に兄の言葉にうなずくプリシラ。
 なんだかもう一つの自分の顔を見ているような気になってきた。
 自分も反発して家を出たのはいいが、兄を慕う少女だったからだ。
 とは言っても、兄とは十歳も歳が離れているのだが。
「じゃあ、これからよろしくね、レイヴァン」
 手当てが終わって痛みも引き、笑みで挨拶をする。
「ああ。…連れが一人いる。今から連れて来る」
 言ってさっさと彼――レイヴァンは踵を返した。
「良かったわね、プリシラ」
「はい。兄様に会えると思っていませんでしたから」
 喜ぶプリシラとは裏腹に、イーリスは不安なものを抱えているような気分だった。
 彼の赤い瞳。どんな経験をすればあんな風な、強すぎる憎悪を抱える人間になれるのだろうと。
 もしかしたらとんでもない人間を自分たちは抱えてしまったのかもしれない、と。





 その頃、一人先行偵察をしていたマシューは城の奥にいた。
「さてと、ハウゼン侯の居場所は…っと」
 だいたい奥のほうだろうと目星を付けている。
 しかし敵に見つからないように細心の注意を払っているために、進み具合は少し遅い。
「…!」
 人が歩く気配がしてマシューは咄嗟に近くへと身を隠した。
 影が見える。
 誰かを抱える人間の影。
 こちらへと近づいてきたが、途中で歩みが止まった。
「誰なの」
 静かに問いかける声は、女のもの。
 だがそれ以上にマシューは驚いた。
「! お前…!」
 バッ、と前に躍り出た。





「ルセア!?」
「お久しぶりです、イーリスさん」
 再会にルセアは笑顔で挨拶をした。
 本当に男に見えない容姿は変わらない。
 連れてきた人間とは、彼のことだった。
「あなたがここにいるとは思わなかったわ」
「…レイヴァン様と共にキアランへ傭兵として雇われていたのです」
「え? でも、リン…そんなこと全然言ってなかったわ」
 首を傾げるとルセアは答えた。
「レイヴァン様の命で、リンディス様には黙っていろと…」
 辛い顔をするルセアに、イーリスは尋ねた。
「ねえ。あなたはレイヴァンのことを良く知っているの?」
「え? はい。私は十年、コンウォル家に仕えておりましたから」
「…十年」
 ポツリ呟いたプリシラに、はてとルセアは彼女を見た。
「あなたは…」
「プリシラです。コンウォル家の」
「あなたが、レイヴァン様…いえ、レイモンド様の妹君で」
「はい」
 答えるが表情が固い。むしろ、どことなく羨望――嫉妬のようなものを浮かべていた。
 察したイーリスは負傷した面々の手当てを急いで欲しいと指示を出して、彼女を少し遠ざけさせた。
「…どうか、なされたのですか?」
「後で話すわ。で、わかる? レイヴァン――いえ、レイモンドがどうしてあんな瞳をしているのか」
「…それは…」
 迷った顔をするルセア。イーリスは彼の肩を掴んで、訴えた。
「お願い、ルセア。あの目は尋常じゃない。
 今の所プリシラは会えて喜んでいるけれど、あの瞳の感情を知ったら悲しむわ。
 あんな憎しみ…初めて見た。あのままではプリシラが辛くなってしまうわ。一体、どうしてなの?」
 訴えかける彼女の瞳。
 一年前に彼女を知っているルセアは、彼女なら信頼できるとわかっていた。
 もしかしたら――と、思った。
「…後で、お話しいたします。今は…」
「分かったわ。じゃあルセアも援護をお願い」
「はい」
 光の魔法で援護へとルセアが入っていった。
 その頃。
「さあ! 次の敵どこだ!」
 一人、また一人と愛用のヴォルフバイルで敵をなぎ倒すヘクトル。
 いつの間にやら前線へと突撃している。
 恐れをなして近付けない敵兵。
「おい、手応えなさ過ぎるぜ!? 向かって来る奴はいないのか!?
 かかって来い――」
 ヘクトルはそこで凄まじい殺気を感じた。
 今まで感じたことも無いような、憎悪を持つ殺気。
「…!」
 殺気を感じた方向には、赤い髪の傭兵が立っていた。
 どこか顔に見覚えがあるような気がするが、思い出せない。
 素早く敵へと突撃してなぎ倒していく。その強さにヘクトルはさっきの思いをほぼ忘れた。
「お前、何者だ?」
「…レイヴァン。キアラン侯に雇われていた傭兵だ」
 簡潔にレイヴァンは答える。
 キアラン側の人間だと知り、ヘクトルはすぐに味方と判断した。
「俺はヘクトルだ。それじゃよろしく頼むな」
「……」
 答えずに戦いに戻るレイヴァン。それに彼は少しむっとしたが、実力は確かなようだと思った。
 ただ、どこか心に引っかかる。
「ヘクトル!」
 そこで声をかけたのは、エリウッド。彼が尋ねた。
「彼は味方かい?」
「ああ。キアランに雇われた傭兵だと」
「……なあ、ヘクトル」
「?」
 尋ねるような声に、ヘクトルは首を傾げた。エリウッドの視線はレイヴァンに釘付けだ。
「彼…どこかで見たような気がする。彼の顔に覚えがあるような気がするんだが…」
「お前もか? 俺もどっかで見たような気がするんだが、思い出せねえ」
「…少し、注意した方がいいかもしれないな」
 そうして不安げな声を、エリウッドは洩らした。
 瞳に見える感情を察したからだった。
「確かにな。とんでもねえ殺気だったしな」
 同じくヘクトルも不安な声を洩らした。





「キアランを返しなさいっ!」
 リンのマーニ・カティが煌く。
 直後の素早い連撃に敵の大将は傷を受ける。
 上位の重騎士だが、マーニ・カティの持つ力の前では厚い鎧は意味を成さない。
 だが相手もなかなかの実力者。槍で間合いを上手く取る。
 それを援護するのは一年前にコンビを組んだイーリスだった。
「サンダー!」
 ほとばしる雷が鎧を無効化して怯ませる。隙ができ、逃さずにリンは畳みかける!
 いくつもの閃き。目にも止まらぬ早業。
「――終わりよ」
 ドサッ。
 宣言した瞬間敵の大将は倒れ、戦いは終わりを告げた。
 玉座の間に主要の五人が集まる。
「二人ともすごいな。さすが一年前一緒に旅をしていただけはあるんじゃないか?」
「ありがとう、エリウッド。そうね、イーリスとの連携は今までのことがあるから…ねっ」
「そうね、リン。エリウッド様、お褒めいただいて光栄です」
 少し微笑む。だが直後は軍師の顔で周りの面々に言った。
「ハウゼン侯は、どちらにいらっしゃるのでしょう。…マシュー、遅いわ」
「だな。あいつ何やってるんだか」
 ぼやくヘクトル。
「…?」
 ふとエリアザールが玉座周りに目を留めた。
 何かが周りに点々としている。指でそれをこすって取り、舐めて確かめる。
「来てくれ。血だ」
「!? 血ですって!?」
 過剰に反応したのはリンだ。
「本当なの!?」
「拭った形跡はありますが、間違いないでしょう。玉座にもわずかに血があります。
 おそらくは侯爵のものかと」
「そんな! おじい様…!」
「待つんだ、リンディス。怪我をされているだけかもしれない。絶望するのは早い」
「…ありがとう、エリウッド」
 最悪の状況を想像してしまったリンをエリウッドが落ちつかせる。
 少しホッとしてリンはうなずいた。
「…エリア、少しは言い方を考えてあげて。ハウゼン侯は、リンのたった一人の家族なのよ」
「……済まない。申し訳ありません、リンディス公女」
 考えを巡らせてから、イーリスに謝ってリンにも謝る。
 いい、とリンは首を横に振った。
「マシューが帰って来ない以上、全員で捜索する必要がありますよね…」
「済みません、遅くなりました!」
 と、噂をすれば影。
 マシューその人がどこからともなく現れた。
「遅いぞ! 何やってた!」
「若様〜そりゃないでしょう。ハウゼン侯を安全な所に運んで手当てしてたんですから」
「! マシュー、本当!? おじい様は無事なのね!?」
「まあ、一命は取り留めていますよ。なぁ、レイラ」
 声の直後に、気配が一人。
 彼と同じようにどこからともなく現れたのは、淡い赤毛の盗賊や暗殺者風の女性。
 姿にヘクトルが声をあげた。
「お前、レイラじゃねーか!」
「お久しぶりでございます、ヘクトル様」
 礼をして挨拶をする彼女。イーリスが確認のために尋ねた。
「ヘクトル様、この人はオスティア密偵のお一人で?」
「ああ。うちの密偵の中でも一、二を争う腕前だ」
「レイラと申します。以後お見知りお気を」
 他全員に対しても挨拶をするレイラ。その後ヘクトルが尋ねた。
「それにしてもお前、どうしてここに?」
「…別室でお話いたします。どうぞこちらへ」
 ここではまずいと思ったか、レイラは場所変えを提案。
 全員異論はなく、執務の会議室で話を切り出すことになった。
「まず、私はウーゼル様の命により単身ラウス侯の動きとフェレ侯の失踪について探っておりました」
「なんだよ、兄上しっかり手を打ってるんじゃねえか」
 全く、と思うヘクトル。ただ表ざたに出来なかったせいだろうと割り切っている。
「以前よりラウス侯の動きについては探っておりましたが、フェレ侯失踪の裏に関わっていると知り、
 そちらも命ぜられました。そうしてある程度は情報を入手しております」
「…レイラ、教えてくれないか? 父上は…生きて、いるのかい?」
 エリウッドが、覚悟をうかがえる声で尋ねた。
 レイラは事実を――述べた。


「結論から申し上げますと……エルバート侯爵様は、生きておられます」


 生きている。
 その言葉は、エリウッドを心底喜ばせた。
「やったな、エリウッド!」
「良かったじゃない!」
 ヘクトル、リンもその喜びを分かち合っている。
「エリウッド様、良かったですね!」
 イーリスもエリウッドを祝福している。ただエリアザール一人が、口にしない。
 彼が尋ねた。
「今、エルバート侯はどこにいるか分かるかい?」
「はい。…『竜の門』と呼ばれる場所に」
『??』
 これには全員が首を傾げる。レイラが説明した。
「南にあるヴァロール島にあるそうです。ここ数ヶ月私は暗殺集団『黒い牙』の一員になりすましております。
 そこで手に入れた情報ですのでほぼ間違いないかと」
 ――黒い牙。
 サンタルス侯爵の今わの言葉に出た単語。
 ラウス公子エリックが言った単語。
 そして――。
「…イーリス?」
 様子がどこか変だと思ったリンが尋ねる。大丈夫、と答えた。
「その『黒い牙』と言うのは?」
 エリウッドが質問するとレイラは答えた。
「十年ほど前にブレンダン=リーダスがベルンで結成した暗殺集団です。
 その思想は弱者を食いものにする貴族だけを狙うもので、民衆からは義賊集団として支持されていました。
 …しかし、一年前に首領がソーニャと言う後妻を迎えてから内容も変わってきました。
 高い金を積めばどのような暗殺も請け負うが、対象は無差別なものへと…」
「……」
 でも、違う。
 あの人たちは、違う。
 記憶の面々を引き出して、イーリスは思う。
「ソーニャの影には、ネルガルと言う謎の人物がいます。
 ラウス侯ダーレンを煽動したエフィデルという男も、その配下です」
「ネルガルに、エフィデル…そいつら、どんな奴らだ?」
 今度尋ねたのはヘクトル。いくらかの逡巡の後にレイラは答えた。
「…ネルガルはその姿を見たことがありませんが、エフィデルとは何度か言葉を交わしました。
 フードを目深にかぶっていて顔はよく見ることはできませんでしたが…はっきりと、見えるものがあるのです」
「??」
 戸惑いの色を露わにするレイラ。だが彼女はきちんと答えた。
「目が。金色の瞳だけが…別の生き物のように、はっきりと、見えるのです。恐ろしく…」
『!』
 イーリスと、エリアザールが反応した。
 エリウッドたちが二人を見る。
「どうしたんだ?」
「ラウスに潜入した時に、見たのです。金色の瞳を持つ男を。
 …漆黒の髪に、病的なまでの白い肌。真っ赤な唇。そして、金色の瞳。
 おそらく、あの男がエフィデルでしょう…」
 記憶から引き出すと、蘇る恐ろしさ。人間であって人間でないモノの存在。
「ダーレン侯は奴の存在を頼もしく思っていたようですが、
 エフィデル自体はダーレン侯をただ利用するだけの存在のように見ていましたね。
 推測ですが、そのネルガルのためにラウス侯を煽動したのでしょう」
 引き継いで話すエリアザール。
 そうだろうな、と全員がうなずいた。
「では、そのネルガルの目的は一体?」
「…いえ、そこまでは…申し訳ありません。何かの儀式を、竜の門で行おうとしているらしいのですが。
 私に分かるのはここまでです」
「十分だ。エリウッドの親父さんが生きてるって分かっただけでもな。レイラ、お前はこれからは?」
「もう少し内部で探ります。何か分かりましたらそのつどご報告します」
「分かった。気をつけろよ」
「はい。承知しております」
 主の気遣いに礼で答えるレイラ。
「怪しまれるといけませんので、私はこれで失礼いたします。
 リンディス様、ハウゼン侯のことはしばらくは亡くなったことにされるのが賢明かと」
「そうね。ありがとう、レイラ。必ずそうするわ」
「では」
 礼を最後に一度して、彼女は部屋を去った。





「よお、レイラ」
 陽気な声に彼女は足を止めた。
「マシュー…どうしたのよ」
「いや、お前さ…いつ、オスティアに戻れる?」
「フェレ侯救出が最終目的だから上手くいけば、あなたと同じぐらいかしら」
 その答えを聞くと、マシューは少し照れるような顔で、言った。
「だったらこれが終わったら、俺の故郷に来いよ」
「あなたの?」
「…俺の家族に、紹介する」
 唐突な言葉に、レイラは何も言えなかった。
 だが嫌なものでは、なかった。
「それじゃな! 任務頑張れよ!」
「マシュー!」
 答えも聞かないで立ち去るマシューに呆れる彼女だったが、その顔はほころんでいた。
「…全く、答えも聞かないで。……マシュー……」
 一瞬目を閉じた彼女は、密偵ではなく一人の女だった。





 次なる目的地は、ヴァロール島。
 渡るためには船がいる。そのためにここから一番近い港町バドンへと向かうことを決定した。
 だが相応の準備が必要なのでキアランに二、三日は滞在することになる。
「……改めて、久し振り、ね」
 事後処理などを終え、夜。
 キアラン城のリンの部屋で改めて二人は一年ぶりの再会を喜んだ。
「本当にありがとう、イーリス。あなたたちが来てくれなかったら、私きっと死んでいたわ」
「リン…。でも、こうして生きているじゃない。ね」
「そうね。…ねえ、イーリス。あなたどうして軍師になったの?」
「え?」
 瞳を瞬かせるとリンはさらに尋ねた。
「だって、エトルリアでも名門の貴族の姫でしょう? あなた。だったら、どうしてこんな危険な道を?」
「…危険な道を歩むと決めるほど、私は家族が好きだということよ」
 素直にイーリスは答えた。
「私の家ね。本家と分家の対立が今激しいの。
 それを解決する手伝いをしたいって言ったら、お父様も兄様も大反対。
 だから自分を磨こうって思って、家出したの。危険だって分かっていた。
 でも私、家族が大切なの。分家のおじ様も私にはすごく良くしてくれたから、
 あんなに対立しているなんて、信じられない。だからよ」
「…そうだったの。でもイーリスの家族って仲がいいのね…。私なんか…ああだったから」
 一年前を思い出して、リンはため息をついた。
 祖父と自分を憎む大叔父に命を狙われたことは忘れられない。
 欲望に身を堕とした人間の姿が、痛々しい。
「リンのことを聞いた時に、思ったの。なんだか、似ているって。どこも貴族の騒動って変わらないのかなって」
「聞いているとそんな気もするわね。…でも、これからイーリス…どうするの?」
「?」
 瞳を瞬かせると、リンが言った。
「彼…エリアザールに、会ったでしょう? エトルリアには戻るの?」
 すぐに彼女は、答えた。
「ううん。まだ戻らない。今はエリウッド様たちの助けになりたいの。
 それに途中で放り出すなんて私自身が許せない。彼も承知してくれたわ」
「…イーリスって、強いね」
「…リン…?」
 どこか、寂しげな顔。
 リンは答えた。
「家族のことがあるのに、一年前は私の手助けをしてくれた。今はエリウッドたちの手助けをしてる。
 辛いのに、そこまで出来るのがすごいって思ったの」
「私はリンみたいに家族を亡くしていないから、そう思えるだけよ」
「ううん。イーリスは強いって思う。心が」
「……」
 イーリスは、昔を思い出す。
 幼い頃の、嘆きの記憶を。
 あの一件があったから強くあろうと出来たのかもしれないと。
「…昔、大切な人を亡くしたから…ね」
「…え?」
「…ごめんなさい、リン。…今のは、聞かなかったことにして」
 辛さのうかがえる笑みに、リンはそれ以上の言葉を心の中に留めた。
「…でも、リン、いいの? このまま私達についていくなんて」
「いいのよ。またおじい様が危険な目に遭うかもしれないし…家族を奪おうとしてる奴は許せない」
 そう。レイラからの報告の後、リンもエリウッドに同行することを決めたのだ。
 かつての傭兵団メンバーで、今は彼女直属の面々も同様だ。
 確かにこれだけ関わって人任せには出来ないし、家族のことを考えればリンの行動は当たり前だった。
「リンらしいわ。…じゃあ、久々に傭兵団復活かしら?」
「そう言うことになるわね。イーリス、またよろしくね」
「私のほうこそ、またよろしくね」
 右手を差し出して、握手を交わす二人は友情を確認する。



 キアラン城の夜は、静かに更ける。



 しかし徐々にではあるが、外にも中にも暗雲が、立ち込める……。






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