〜調和を紡ぐ者たち〜 第17話












 はあ、はあ、はあ。
 息を切らせながら、森の中を駆ける姿が見える。
 黒に近い深緑の髪をポニーテイルにした娘。特徴のある顔立ちと服装。そして腰に下げた片刃の剣。
 東方はサカの人間だと示している。
 しかしその彼女の傍には二人の騎士と一人の弓兵。
 一度、足を止めて来た方向を振り返る。
 はるか先に見える城には、本来上るべきものとは別の旗が立てられている。
「リンディス様っ!」
 バサバサと上から羽ばたく音。天馬にまたがった少女が名を呼びながら降りてきた。
「フロリーナ! あなたも無事だったのね。良かった…」
「でも…ハウゼン様達は…まだ…」
「…おじい様…」
 ぎゅっと拳を握り締める。
「リンディス様。ハウゼン侯はご無事です。それを信じるのです」
「そうですよ! ハウゼン様に何かあったらキアランの人間全員が許しちゃおきませんよ」
 側近二人の言葉に少し励まされ、キアラン公女リンディス――リンはそうだとうなずいた。
「そうね。ありがとうケント、セイン」
「で、どうします? これから」
「…森の出口で様子を見ましょう。ケント、セイン、ウィル。周辺の警戒をお願い」
『はっ!』
 命に従って動く三人。
「…おじい様…どうか無事でいて…」
 母なる大地、父なる天に祈りを捧げるリン。
 その一方でかつての相棒に、リンは助けを求めずにはいられなかった。
(ねえ、イーリス。あなたは今どこにいるの?
 もしリキアにいるなら…近くにいるなら…力を貸して…!)





 一方、ラウス城――。
「くそっ! ラウス侯め、どこに行きやがった!」
 憤って焦りを口にするヘクトル。
「…あれから五日だ。なんの手がかりも得られないとなると…リキアを出た可能性がある」
 可能性を口にするのはエリウッド。
 ラウス侯爵捜索を命じてから五日。彼らはなんの手がかりも得られずラウス城を拠点としくすぶっていた。
 それにヘクトルが苛立ったのだ。
 オスティアの情報網を駆使しても見つからない。何らかの理由があるのだろうとエリウッドは思っている。
「もしくは、完全に見つからないようにしているか…だな。おい、二人はどう思う――って」
 軍師と補佐の二人に話を振ろうとして、止まった。
 テーブルの真ん中に置かれたチェス盤。白と黒の駒。そしてにらめっこする二人。
 二人はチェスに熱中していた。
 エリアザールが、駒を動かす。しばし考えてイーリスも動かしていく。
 だが、しばし経ってエリアザールがチェックをかけて勝負がついた。
「また負けちゃったわ。エリア、強いのね」
「いや。やるたびに君は手強くなっている。飲みこみが早いんだよ。
 元々、軍師が戦略を練るのに使った駒から生まれたゲームだ。現役軍師の君が強くないわけないさ。
 現に今日初めてチェスはしたんだろう?」
「ええ。でもよく――」
 そこでヘクトルとエリウッドの視線に気付いてイーリスは顔を向けた。
「あら。エリウッド様、ヘクトル様」
「お前らなぁ。のんきに遊んでるんじゃねえよ!」
「あら。チェスは戦略と戦術のゲームですわ。勉強にもなってます」
 言い返されて反論する気が失せるヘクトル。本題に入る。
「で、ラウス侯の行方が一行にわからねえ。二人はどう思う?」
「…リキアを出たか、どこかに潜伏しているか、でしょうね」
「僕も同意見です」
 同じ意見にはあ、とヘクトルがため息をついた。
「そう考えるしかねえか。けど、オスティアの情報網をかいくぐるなんてあいつに出来るか?」
「…相当の者たちが背後に付いていると考えるしかないでしょう。あの侯爵は、詰めが甘いですし」
 エリアザールの意見に、そうだなと三人うなずく。
(…黒い牙の力なら…不可能ではないわ…。でも、何かしら。…もっと、別のものが…)
 イーリスは何か嫌な感覚を覚えていた。
 その後、エリウッドがふと気になったことをヘクトルに尋ねた。
「…そう言えば、ウーゼル様はなぜ動かれないんだ?」
「兄上のことだから、考えがあるんだろう。それに動けない事情もあるしな…」
「? それは?」
 再び尋ねると、ヘクトルは答えた。
「ベルン王国だ。近年リキアに対して不穏な動きを見せている。現国王デズモンドは野心家で有名だ。
 リキア同盟が隙を見せたら最後。すぐに攻め込んで来る」
「だから、表向きだけでも平穏を装う必要があるのか」
「オスティアには各国の密偵がうじゃうじゃ来ているからな。不審な動きを見せたら、すぐにお国に報告さ」
 そこで、ヘクトルはエリアザールを見る。はあ、とため息一つしてから言った。
「…仕切っているのは父ですよ。僕にそこで振らないで下さい」
「悪い悪い。それに、まあ、これは内部騒動だけどよ。なんでもエトルリア宰相の娘が行方知れずらしい」
 それには、イーリスが反応した。気付かずにエリウッドがまたまた尋ねる。
「エトルリア宰相の? 確か、今の宰相は…」
「ノイアス=ユリエラ。名門ユリエラ公爵家の先代当主です」
 答えたのは、エリアザールだった。
「エリアザール…。そうか、君なら知っているね」
「ええ。詳しくは存じ上げませんが。…現公爵アーヴェ様の妹君で、ノイアス宰相のご息女は、
 一年前突如としてアクレイアの屋敷から姿を消したそうです。
 宰相方やディナス伯爵家も、捜索に当たっておりますが今だに見つかっておりません」
 途中までは本当。しかし「今だに見つかっていない」は嘘。
(…申し訳ないですわね。お二方の目の前に、その娘がここにいますから)
 そう。ノイアス=ユリエラは彼女の父。アーヴェは歳の離れた兄。
 でもエリウッドとヘクトルはそのことを知らない。
 エリアザールは自分との約束のために、嘘をついて話をしている。
「エトルリアに関しては、他国侵略などを考えるような人物はあまりおりませんし、心配無用だと思います」
「お前が言うなら、信憑性高いな」
 もっともだ。彼はエトルリアの密偵を仕切るディナス伯爵家の人間だ。
 裏情報に精通している彼だから、信用できる。
「だから当面はベルンに集中するとしても、兄上がおいそれとは動けねえってわけだな」
「…この大事な時期に、侯爵の弟が傍にいないのは「不審な動き」に入らないのか?」
 心配そうにエリウッドが言うと、ヘクトルは笑って言った。
「侯弟は変わり者だと有名だから心配ねえよ。こういうときこそ、普段の行いがものを言うんだぜ?」
「そこは、自慢することじゃないだろう?」
「ちげえねぇ」
 ハハハ、とヘクトルとエリウッドが笑う。イーリスもつられて笑っていた。
 そこで――。
「エリウッド様! ヘクトル様!」
 バン、と中に入ってきたのはマーカス。どうしたのかエリウッドが尋ねると驚愕の事実を報告した。
「…キアラン城が、ラウス軍の襲撃を受けて陥落したとのことです」
『!!』
 四人が驚きで、目を見開いた。
「やってくれだぜ、ラウス侯の奴…」
「…リンは!? ハウゼン様と、リンは!?」
 イーリスがマーカスに急いで尋ねる。
「リン…リンディス公女のことで?」
「はい」
「残念ながらハウゼン侯爵と孫娘のリンディス公女の生死は不明です…」
「……」
 そんな――。
 最悪の可能性を否定して、イーリスはかけがえのない時を過ごした友人の無事を、祈った。
「…イーリス」
 大丈夫だよ。蒼い瞳でそう語りかけるように、エリアザールは彼女の紫の瞳を見つめた。
 優しい眼差しが、少し心を安らがせてくれた。
 ありがとう――イーリスはうなずいて感謝を示した。
「…エリウッド様、いかがなさいますか」
「言うまでもない。キアランへ向かうぞ! 準備をすぐに整えるんだ!!」
「はっ!」
 敬礼してマーカスはすぐに命に従った。
 エリウッドが、彼女に向き直る。
「…イーリス、大丈夫だ。ハウゼン侯も、リンディスも、きっと無事だ」
「…ええ。リンなら…きっと無事です。そう信じます」
 ぎゅっと首飾りを握り締めて、祈った。
(待っていて、リン。私――今行くから)





「ケント、戻りました! 報告します」
 偵察から戻ってきたケントが、子細を報告した。
「森の入口から城まで、至る所に兵が配置されております。その数、約五十!」
「…リンディス様、本気ですか? ハウゼン侯を助けに行くって」
 セインが主君リンの様子をうかがう。彼女は決然とした表情で答えた。
「一度はおじい様の言うまま逃れたけれど、心配だわ。だからなんとしても助け出す…!」
「…しかし、この人数ではハウゼン様を助け出すのは難しいですね」
 ウィルがもっともな意見を言った。
 メンバーはリン、ケント、セイン、そしてフロリーナ。
 たった五人でラウス兵のいる森を抜けて辿りつき、城へ潜入して助け出す。無理な話だ。
「どっからか援軍でもわいて来れば良いんですけどねぇ…」
 希望的観測を口にするセイン。すると、ケントが希望を現実とさせる言葉を口にした。
「ラウス兵が話していたのを盗み聞きしたのですが、どうやらラウスに攻め入ったのはエリウッド公子たちのようです」
「! エリウッドなら、キアランを助けに来てくれるかもしれない…。誰か、ラウスまで伝令に行けないかしら」
「だったら、俺が行きましょうか?」
 立候補したのはウィル。リンは考えを口にする。
「そうね…。敵は騎兵が中心だし、ウィルなら森でも動きやすいし…時間はかかるけれど…」
「リンディス様、私が行きます! 空を飛んで越えられるから、一番早くラウスに着けるはずです」
 勇気を振り絞って、フロリーナも立候補した。
 キアランの家臣となったので、フロリーナはけじめを付けて「リンディス様」と彼女を呼んでいる。
 すべては彼女のためにと考えていたからだった。
「フロリーナ、無理はしないでいいのよ?」
 しかし彼女は首を横に振る。
「私、リンディス様のために強くなるって、決めました。だから少しでもお役に立ちたいんです。
 男性恐怖症もだいぶマシになってきましたし…エリウッド様にはお会いしたこともあるから、大丈夫です」
 決意を口にするフロリーナには、リンも意見できなかった。
「わかったわ。でも無理はしないでね」
「はい!」
 フロリーナは天馬を飛びあがらせ、伝令に走る。
「ああ、気弱なフロリーナちゃんが精一杯強気の発言! …ステキだ」
 頑張るフロリーナに感激するセイン。
「リンディス様のためになんて、健気じゃないですか!」
「もう、一人前の天馬騎士ですね」
 リンに立派になったなと言う二人。だがリンは。
「草原にいた頃は、ずっと私が守ってたの。…寂しい、って言ったらおかしいわよね」
「……リンディス様……」
 寂しげな姿に、誰も何も、言えなかった。
(イーリス、あなたなら何って言ったかしら。きっと成長を喜ぶわよね。…ダメね、私…)
 ふう、とため息を一つついた。
 そしてフロリーナは。
「えっと、ラウスに向かうには…」
 方角を確認しながら、飛んで行こうとする。
 しばらく飛んだところで、向かって来る一団を発見した。
 どこの部隊か識別する旗はない。しかし先頭の人間で、分かった。
「エリウッド様だわ! 良かった…キアランを助けに来てくださったんだわ」
 バサバサと、フロリーナはエリウッドのもとへと天馬を向けた。




「なんだ? 敵の奴ら、弓隊をえらく前面に出してるぞ。上を狙ってるな」
 ヘクトルが遥か先に見える敵の様子を見て言った。
 不可解なほどに弓兵隊を前面に出している。そしてかなり上を狙っていた。
「上…? あれは…ペガサス!」
 言われて上を見たエリウッドが、驚きを交えて言った。
「ペガサス…フロリーナ!?」
 イーリスが正体に気付く。が、それ以上に最悪の事態にも気付く。
「エリウッド様ぁっ!」
 上空からフロリーナの叫ぶ声。エリウッドとイーリスも彼女に向かって叫んだ。
「フロリーナっ!!」
「下ーーっ!!」
「えっ? キャアァッ!」
 弓兵からフロリーナ目掛けて矢が放たれる。
 間一髪で回避したが、手綱を放してしまい、天馬、本人共にバランスを崩す!
「キャアァァァァァッ!!」
「フロリーナ!」
「ゲッ!」
 天馬からまっ逆さまに落ちるフロリーナ。その下には――ヘクトル!
「ヘクトル!」
「――くそっ!」
 ドサァッ!
 間一髪、ヘクトルがなんとか落ちて来たフロリーナを受けとめた。
 だがしかし!
「ヘクトル様、上っ!」
「は? だあぁぁぁっ!?」
 なんと、バランスを崩した天馬までもヘクトル目掛けて落下して来る!
「何で俺の所に来るんだよっ!!」
 半ばヤケでフロリーナをエリウッドとイーリスに渡すと、その天馬までも渾身の力を持って迎える!
 華奢な少女ではない。羽を持つ天馬が相手。
 普通落ちて来た天馬を受けとめるなど常人には無理である。
 しかし、ヘクトルの常人離れした力と体格は可能にした。
 受けとめて体勢を崩し倒れてしまうものの、素晴らしいまでにヘクトルは妙技を――奇跡を披露した。
「…ヘ、ヘクトル様…?」
 大丈夫ですか――イーリスが声をかける。
「大丈夫じゃねえっ! 早くどけ! この羽馬!!」
 天馬をどかすと立ち上がる。かすり傷程度で済んだのは、ヘクトルだからだろう。
「…う…ん?」
 そこでショックで気を失っていたフロリーナが目を覚ました。
「大丈夫? フロリーナ」
「ふぇ? …イーリス…さん?」
 イーリスの姿に驚いたものの、安心したフロリーナはすぐに尋ねた。
「どうして…? 私、ペガサスから、落ちて…」
「ヘクトル様にお礼を言ってね。フロリーナを助けてくれたのよ」
「俺の真上に落ちて来たんだろうが!」
 抗議の視線を向けるヘクトル。
 ヘクトルの体格と怒りの視線にフロリーナは縮こまってしまいイーリスの後ろに隠れた。
「え、あ、あの…ごめんな、さい…」
「大丈夫よ。ヘクトル様〜。フロリーナ、男性恐怖症なんですからもう少し優しくしてあげて下さい」
「あのな、この羽馬まで俺の上に落ちてきたんだぞ!? どうしてくれるんだ!?」
「えっ、ペ、ペガサスまで!? …な、なんと、お詫びすれば…」
 無礼なことをしてしまったと、フロリーナはさらに縮こまる。
 ヘクトルを諌めて、エリウッドが尋ねた。
「まあまあ、ヘクトル。そういえばフロリーナ。君はどうしてここに?」
「あっ、そ、そうでした! リンディス様が向こうの森の出口で城へ攻め込む機会をうかがっているんです!」
「何だって?」
「リ、リンらしい…」
 唖然とするエリウッドとイーリス。彼女らしいとも同時に思う。
「イーリス、どうする?」
「リンたちと合流して、キアラン城へ行くしかありませんね。フロリーナ。リンたちはどこにいるの?」
 すぐにキアラン近辺の地図を出してフロリーナに尋ねる。
 地図の一点を彼女は示した。
「わかったわ。じゃあ、あとフロリーナとリン以外には誰がいるの?」
「えっと、ケントさんに、セインさん。ウィルさんの三人です」
「傭兵団初期メンバーってわけね…。そうね…」
 地図とにらめっこしながらイーリスは戦術を組み立てていく。
 現在位置はキアラン城を東に見ることの出来る丘。
 直線距離からすれば近いが山と崖があるので大回りして森を抜けるしかない。
 リンたちの居場所はその森の、東側の出口。
 キアラン城から森の出口までラウス兵がいたる場所にいるという。
「リンたちとの合流と、ラウス兵を迎撃するのを同時に行いたいから…うん。フロリーナ!」
「あ、はい」
「リンたちに伝令をお願い。「ラウス兵を引きつけながら、西側の森の出口へ行って」と。
 あとウィルをこっちに連れて来て欲しいのよ」
「えっ、ウィルさんを、ですか?」
 驚きを表すフロリーナに、イーリスは彼女をなだめながら言う。
「男性恐怖症なのは分かっているわ。でも、お願い。今回の作戦には、ウィルの力が必要なのよ」
「…大丈夫です。私…だいぶ男性恐怖症、マシになってきましたから…」
 力強く言ったフロリーナに、イーリスは安心した。
 成長したなぁ、と。
「では、進軍! 森の西側を目的地に速攻! 到着次第陣形を整えるわ!!」
 彼女の指示に従って、進軍を始めた。
 フロリーナはリンたちの元へ飛んでいく。本隊は騎兵二人を先頭に速攻で進む。





 進軍は順調で、所定の配置に全員着いた。
「あ、そうだわ。到着したらそっちの二人に紹介しないといけないわね」
 作戦のため一緒にいたエリアザールとレベッカに、イーリスはそうだと思って言った。
「? 誰を、ですか?」
「去年、私やリンたちと一緒に旅をしていた人。今回の作戦はあなたたちが要だし、
 弓が上手いから連れて来てもらうんだけど…」
「…もしかして赤茶髪で、ちょっとツンツンした感じの頭の彼かい?」
 エリアザールが、彼の特徴を言い当ててイーリスは驚いた。
「え。エリア、ウィルのこと知ってるの?」
「…ああ。キアランにいたって言っただろう? その時に弓で手合わせしたんだ。
 確かに、彼の弓はいい戦力だな」
「あ。もしかして本気を出したのって…」
「そう。彼相手さ。結果は勝ったけれど予想以上にいい腕前をしていたよ」
 へぇ〜、とイーリスは感心した。
 ウィルがあのエリアザールとほぼ同等の実力を持っているだなんて。
 別れた時を考えると、元からいい腕をしていたがどうやらこの一年でかなり実力を上げたらしい。
「……あの、イーリスさん、エリアザールさん」
 そこで、レベッカが声をかけた。
「レベッカ…?」
 彼女の顔は、戸惑いと期待と疑問と――様々なものが混じっていた。
「あの、そのウィルって――」
 バサッ。バサッ。
 会話は途切れた。フロリーナが戻ってきたのだ。
「お疲れさま! フロリーナ」
「あ、いえ…」
「じゃあ、索敵お願いね」
 バサバサ、後ろの人間を降ろしてフロリーナは飛んで行く。
「あー! イーリスさん!」
 懐かしい明るい声。
 赤茶色の、ちょっとツンツンした髪の弓使いの青年――ウィルが懐かしさに笑顔を浮かべていた。
「お久し振りです! いや〜、フロリーナちゃんから聞いて驚きましたけど、本当にいたんですね」
「相変わらずね、ウィル」
「いやいや、イーリスさんも。あれ? えっと、たしか…エリア…」
「エリアザール」
 なかなか名前を言わないウィルに、エリアザールは改めて名を言う。
「あ、そうでしたね。あなたも一緒にここに来てくれたんですね」
「…縁があってね」
「だったら今度また手合わせしましょうよ! 今度は負けませんからね!」
「…」
 答えないエリアザール。それにウィルが首を傾げていると――。
「ウィル!」
 エリアザールとイーリスの後ろから、声。
 振り向けばレベッカが驚きと怒りと懐かしさと、複雑な感情を交えた顔でウィルをじっと見ている。
「あれ? レベッカじゃん! 懐かしいな〜元気だったか?」
 それには気付かずウィルは明るい声。レベッカの怒りに触れて、激情に任せた声で返した。
「…「懐かしいな」じゃないわよ! 五年も何の連絡もよこさないで一体何してたのよ!!」
「え、何してたって言ってもな。旅してて、去年リン様たちと知り合ってキアランに仕官して…」
「士官!? ウィルが!?」
 これには驚いて返すと、ウィルはうなずいた。
「ああ。今はリン様…あっと、いけね。リンディス様だった。で、リンディス様の直属なんだ」
「……」
 レベッカは言葉をなくす。うつむいて何も返さない。
「それにしても、五年も経つと大きくなるな〜。背もずいぶん伸びたんじゃないか?
 …あれ、レベッカ? どうした? 腹でも痛いのか?」
 さすがにウィルはうつむいた彼女の元に近付く。
 そうすると。
「……カっ」
「??」


「ウィルのバカー――――っっ!!」


 ドガシッ!!
『!?』
 二人とも、唖然とした。
 レベッカ渾身の蹴りが、ウィルの腹に直撃!
 悶絶してウィルは倒れる。
「バカっ、ウィルのバカぁっ!」
 レベッカは泣き叫んで駆け出していってしまう。
「あっ、レベッカ! ああもう、衛生兵〜! セーラ〜!」
「はいは〜い」
「手当てお願い〜!」
 セーラが倒れているウィルにライブをかける。だが、一回では無理だったらしくもう一回。
「どうするんだ?」
「この状況…ああもう! エリア、作戦準備お願い! 私レベッカの所行くわ」
「…分かった。任せてくれ」
「お願いね!」
 エリアザールに感謝しながらイーリスはレベッカの後を追った。




「…っく、バカ…っ」
「レベッカ」
 外れでうずくまっているレベッカにイーリスは優しく呼びかけた。
「…イーリスさん…」
「…前に言っていた幼なじみって、ウィルのことだったのね。ごめんなさいね、私が気付いていれば…」
「イーリスさんは、悪くないです。…悪いの、ウィルです。私の気持ちも知らないで…」
 また泣きじゃくるレベッカを、イーリスは優しく背中を叩いて落ち着かせる。
「…お兄ちゃん、いなくて…ウィルもいなくて…独りぼっちだったのに…平然としてるんですもん…」
「…まあ、あれは確かにウィルが悪いわね…。…ねえ、でも一ついいかしら」
「??」
 レベッカが瞳を瞬かせると、イーリスは言った。
「あなたのお兄さんは、一体どこにいるのかしら」
「…あ…」
 ハッとする。確かに、兄は今どこにいる?
「一年前に私、ウィルと出会っているけれどその時、彼は一人で旅をしていたわ」
「え、じゃあ…お兄ちゃんは?」
「判らないわ。一緒に旅に出たのでしょう? でもあなたのお兄さんになにかあれば連絡しないわけないでしょう。
 …ウィル自身に事情を聞くしかないわ。そして、それが出来るのはあなただけよ、レベッカ」
「……」
「レベッカ、気持ちはわかるけれど今は作戦に集中して欲しいの。事情は後で聞けるわ。
 今は彼を許せないかもしれないだろうけど…」
 彼女は、首を横に振った。
「ありがとうございます、イーリスさん。…私、ウィルの事情全然考えてませんでした…。
 ごめんなさい。私――頑張ります」
「そう。じゃあ急ぎましょう。急がないとリンたちが来るかもしれないわ」
「はい!」
 手を取り合って、二人は戦場へと戻っていった。





「ケント! 森の出口はそろそろ!?」
「はい、もうすぐです」
 森の中を駆けながらリンはケントに尋ねた。
「リンディス様、敵来てますよ!」
「分かっているわ、セイン!」
 三人は最低限の戦闘だけをして、ラウス兵を引き付けながら逃げていた。
 結構な数の兵が後を追尾してくる。
「しかし、イーリスさんがエリウッド公子の所にいるなんて驚きでしたね」
「ええ。…奇跡だわ本当に」
 フロリーナからの言伝を聞いたとき、リンたちは最初信じられなかった。
 しかし本当に彼女がいたという話を聞いて信じた。
 来てくれた。祈りが通じた。
 リンは母なる大地、父なる天に感謝した。
「――リンディス様! 出口です!」
 ケントが先を示した。木々が途切れ光量が一気に増える。
「!」
 森を出た三人を待っていたのは騎兵・歩兵混在の部隊。
 前線にリンたちは懐かしい顔を見つけた。
「イーリス!!」
「リン! 後ろに回って!」
 彼女の指示にすぐに従う。
「準備はいい? みんな!」
「問題ない」
 彼女の傍にいた蒼い髪の青年が完了を知らせる。
 彼には見覚えがあった。
 ガサガサッ!
 ラウス兵が自分たちを追って森から飛び出してきた。
 だが――。
「攻撃!」
 イーリス号令の元、ウィルを含む弓使い三人が一斉に射掛け、他手槍や手斧などで出てきたラウス兵に先制攻撃。
 大部分が倒れ、敵の士気が下がる。だが敵はまだ来る。
「次行くわよ! エルク!」
「はい!」
 エルクが雷魔法の魔道書を開く。
 同時にイーリスも風魔法の魔道書を開いた。
 ――トォルの雷よ!
 ――セチの風よ!
「エルサンダー!」
「ウインド!」
 雷の魔法と、風の魔法二つがラウス兵に向かっていく。
 だが、途中で驚くべきことが起きた。
 二つの魔法が交わり合い、雷を帯びる烈風がラウス兵たちを襲った。
 凄まじい威力を得て広範囲に行き渡り、ほとんど全滅する。
「…エルク…すごいことになっちゃったわね…」
「ええ…」
 どうやら本人たちも予想していなかったらしく、呆然とした声。
 そこでリンが彼女に、声を掛けた。
「イーリス!」
「リン…!」
 二人を再会を喜び合って、お互いをひし、と抱き締めた。
「良かった、リンが無事で。私…リンにもしものことがあったらと思ったら…」
「ありがとう。私、祈ったの。来てくれるようにって。でも本当に来てくれるなんて思わなかった。
 母なる大地と、父なる天に感謝するわ…」
 この言葉を聞いて、変わらないなぁと思った。
 やっぱり、リンはサカの人間だな、と。
「ああ、イーリスさん! 相変わらず――いや、さらにお美しくなって!
 お久し振りです、セインでございます」
「セインさん、お久し振りです。ケントさんも」
「お久し振りです」
 再会を喜び合う、キアランの面々。
 一年前に戻ったような感覚を覚える。
 イーリスはそれをさらに促した。
「そうだわ。ドルカスさんに、エルク――。マシューとセーラも来ているの。まるで傭兵団再結成ね」
「…みんな…」
 懐かしい面々の姿が。あの頃は大叔父に命を狙われていたが、仲間たちとの絆が自分を強くしてくれた時。
 リンは顔をほころばせた。
「リンディス!」
「! エリウッド…来てくれたのね! ありがとう…」
「いや、僕の責任だ。ラウス侯を追い詰めたせいでこうなったからには、僕の責任で城を取り戻す」
「…エリウッド」
 真摯な意思を持つ瞳には、リンは何も口を出せず、彼に従ってうなずいた。
「おい、エリウッド! これからどうする!?」
 エリウッドに呼びかける姿に、リンは首を傾げた。
 斧を持つ体格のいい青い髪の青年。その青は、トリアの公子に似ているとリンも思った。
「そうだそうだ。リンディス、紹介するよ。僕の親友の、ヘクトルだ」
「ふーん。お前がキアラン侯の孫娘か」
 じろじろ見るヘクトルに、リンは怒ったような口調で返した。
「何よ、文句でもあるの!?」
「おい、なんだよその言い方!」
「あなたのせいでしょう!? 私はサカの娘だけれど、キアラン侯の孫娘よ!
 それに文句をつける奴は私、許さない!」
「だから何も言ってねえだろう!」
 口論を始めてしまったヘクトルとリンを、エリウッドとイーリスが止める。
「ヘクトル!」
「リンっ!」
 二人に止められて口論は収まるが、どうして…と思う。
「大丈夫だよ。ヘクトルは決して見下したりなんかしない。僕が保証する」
「…まあ、エリウッドが言うなら信頼出来るわね」
「俺は信用ねえのかよ!」
 即座に突っ込みを入れるも、リンは何も言わない。
「まあまあ、リンってば。ヘクトル様はオスティア侯弟。大丈夫よ」
「え!? オスティアの!?」
 さすがに驚いてリンは目を見開く。そうだそうだとヘクトルはうなずく。
 しばししてリンは。
「…信じられない」
「なんだとぉーっ!」
「ヘクトルっ!」
 エリウッドが引き続き抑えるものの、力で負けるので止まらない。
「…本当にあなた、貴族? 雰囲気とか全然見えない」
「悪かったな!」
 会った早々にケンカする二人に疑問を抱きつつも、このままではいけないと思ったイーリスは、
 魔道書を取り出した。
「サンダーっ!」
 ピシャーンッ!
 雷に全員、呆気に取られる。イーリスが怒り口調で言った。
「リンもヘクトル様も今の状況わかってます!? 一刻も早くハウゼン様をお助けしないといけないのに!」
 怒った軍師に、誰もが言葉を失う。
「…イーリス」
「全員、隊列を組むわよ! 森の中の進軍だからドルカスさんとバアトルさん、ギィ。
 エリウッド様にヘクトル様が前線! 援護にエリア、レベッカ、ウィルにエルク!
 騎兵隊とオズインさんは後方支援員及び輸送隊の警護!」
 てきぱき指示を出すイーリス。
「リン。あなたも、前線で戦える?」
「ええ。…ありがとう、頭が冷めてきたわ」
「どうしてケンカになるのやら…ヘクトル様のこと、印象よくなかった?」
「うん。なんか…イライラしちゃって。どうしてかしら」
 疑問を浮かべるリンだったが、なんだか分かる気がした。
(…気性、似ているのね…)
 似た者同士は馬が合うか、犬猿の仲になるかどちらか。どうやらこの二人は後者らしい…。
「じゃあ、リンも前線へ! 行くわよ!」
 号令に従って、全員が進軍を開始した。




 途中の森での攻防は、フェレ出身のウィルとレベッカの独壇場になった。
「よっと!」
 動きにくいはずなのに軽やかな動きで敵を翻弄し、正確に矢を放って敵を射貫く。
「ウィル、そっち敵!」
「うわっ!」
 騎兵は森では相当動きにくいし、攻撃も当てにくい。
 ウィルは回避すると距離を取って素早く攻撃して倒す。
「…レベッカ…まだ怒ってるか…?」
 おそるおそるウィルが尋ねる。レベッカは間を置いて答えた。
「…後で、話あるから」
 まだ怒ってる――ウィルはそう思った。
 が、理由が思い当たらなかった。
 その様子を、エリアザールは見ていた。
(…あんな風に人と関われる…僕には、できないな)
 直後気配を察知して雑念を払い、エリアザールは敵を倒すことに集中した。
 二人の活躍もあり、全員一丸ということもあって、キアラン城外の敵はすべて倒された。
 城門は閉まっていたが、マシューを潜入させたので開くのは時間の問題だろう。
「…ねえ、イーリス」
「?」
 城門が開くのを待つ間、リンが声をかけた。
「どうしたの? リン」
「…あなたのこと…彼から聞いたわ」
 うつむきがちで言うリンに、イーリスはうなずいた。
「ええ。エリアがリンに話したって聞いたわ。…驚いたでしょう」
「…ええ。まさかエトルリアの、名門貴族の姫だなんて思わなかった。
 でも…わかる。あなたは誇り高かった。アラフェンでも、キアランでも…」
 思い出すのは傭兵団としてキアランに向かっていた時のこと。
 毅然として、アラフェン侯爵に意見した時。
 静かにラングレンに対し怒りを見せた時。
 彼女は貴族を民を守る存在と捉えていた。だからあの二人が許せなかった。
 同じ、貴族として…。
「…ごめんなさい、リン。あなたに何も言わなくて…」
「いいの。でもちょっとだけ嬉しいの」
「?」
 瞳を瞬かせると、リンは答えた。
「あなたを、知ることが出来たから。私たち、相棒だもんね」
「…ええ、そうね。私たちは、いつまでも相棒よ」
 変わらない。ありがたい――。
 イーリスはリンに感謝した。
「城門が開いたぞぉっ!!」
 開門の知らせが飛び込んできた。
「イーリス!」
 愛剣マーニ・カティを持ち、リンは呼びかけた。
「ええ。行きましょう、リン!」
 彼女も愛剣ソードオブイーリスを持って、キアラン城内へ突入すべく駆けた。






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