〜調和を紡ぐ者たち〜 第16話











「エリア、聞きたいのだけれど」
 ラウス城の一室で、イーリスはエリアザールに尋ねた。
「? なんだい?」
「どうして、あなたはラウスに? 私を探すために旅をしていたのは分かるけれど」
 彼はすぐに答えた。
「ラウスはリキア交通の要所だ。人を探す上ではそのような交通要所や人の行き交う場所を押さえた方が早い」
「そうね。だからラウスに?」
「ああ。その前にキアランで君の事をいろいろ聞いたよ」
「!?」
 懐かしい単語に懐かしさと驚きを同時に出した。
「キアランに!? 確かにラウスとキアランは接しているけれど…でも、キアランにはどうして?」
「…実は、リキアに来る前ベルンのタラビル山を通っていたんだ。
 そこでキアランの重騎士の方にお会いした」
「え、それって…ワレスさん?」
 エリアザールはうなずいた。
「ああ。それで縁あって山賊退治を手伝ったんだ。その時に、君の話を聞いてね。
 山賊退治を終えた後に紹介状を書いてもらってキアラン城に行ったよ」
 沈黙がしばし。
「…リンに、私のこと…話したの?」
 おそるおそる尋ねると、しばし逡巡してから彼はうなずいて肯定した。
「リンディス公女とハウゼン侯。そしてレーゼマン宰相には君の素性を明かした。…驚いていたよ、公女」
「でしょうね…。よりにもよって、エトルリア名門貴族のご令嬢、ですもの」
「済まない。君自身で話すべきことだったのに」
 イーリスは首を横に振った。
「いいわ。済んでしまったことだもの。それより今は――」
 コンコン。
 扉を叩く音。誰かと尋ねたら。
「イーリスさん。すみませんが、お話があります。よろしいですか?」
 エルクの声だ。了承の返事を出すと、扉を開きエルクが入ってきた。
「どうしたの? エルク」
「いえ。先ほどはあまり挨拶も出来ず改めてと。それとイーリスさんにお会いしたい方がいらっしゃいまして」
「私に?」
 瞳を瞬かせると、エルクはうなずいて後ろに視線を送った。
 ブーツの音が響いて、もう一人中に入ってきた。
「…!」
「イーリス様!!」
 赤い髪を肩の辺りで綺麗に切り揃えた貴族の少女――プリシラが、名を呼んだ。
「…あなた…」
「イーリス様、私です。カルレオン伯爵家のプリシラでございます。
 このような所でお会いできるとは思っておりませんでした」
「…私もよ…。久し振りね、プリシラ」
 わずかに微笑んで、イーリスは彼女に挨拶をした。
「はい。お久し振りでございます。イーリス様が国を御出奔なされてからですから…一年ぶりです。
 髪を、お切りになられたのですか?」
「え? ええ。…決意も込めてね」
 迷ったけれど、素直にイーリスは答えた。
「そうなのですか…。お綺麗な髪でしたのに」
 以前――家出する前、彼女の髪は長かった。しかし出る際に決意を込めて、ザックリと切ったのだ。
 そうして今の髪形になっている。
「そんな事はないわ。私からすれば、あなたの髪の方が綺麗よ」
「そうですか?」
「…済まないが」
 そこで、話を修正しようとエリアザールが口を出した。
 プリシラは彼の姿に驚いた。
「! エリアザール様…」
「久方振り、と言うべきかな?」
「ええ。お久し振りでございます」
 お互い、挨拶を交わす。
 それからイーリスがまた尋ねて主導権を得た。
「ねえ、プリシラ。どうしてあなたがリキアに? 大人しいあなたが…」
 プリシラは、初めて隠していた本当のことを語った。
「…私の生まれた家が、取り潰しになったと聞きました。家族も行方知れずで…それで…」
「…そうだったわね。あなた、リキア出身ですものね…」
 プリシラはエトルリア貴族とは言っても、カルレオン家の本当の娘ではなく養女だ。
 本当はリキアのコンウォル侯爵家の生まれだということを、イーリスは知っていた。
「で、ラウスに来たのね?」
「はい。そこで侯爵様のお目に止まってしまって……」
 なんて好色な親子だ…。
 はあ、とため息をつく。
「でも、確かコンウォル家って取り潰しになったのは二年前じゃなかったかしら?」
 その問いにはエリアザールが答えた。
「ああ。二年前にリキア同盟資金の横領で諸侯会議にかけられ、爵位を剥奪されたはずだ。…確か…」
 そこで、エリアザールは言いよどんだ。
 様子にただ事ではないものを察したイーリスは、即座に話題を少し変えた。
「ねえ。それでエルクはどうして?」
「僕は、先生からプリシラ様の護衛を命じられたんです。プリシラ様が先生にご相談なさったそうで」
 先生?
 イーリスは、はてと思った。
 プリシラの護衛を命じるエルクの先生。
 彼女とも面識ある人物であるからエトルリアの貴族である可能性が非常に高い。
 でもって、エルクは魔道士…。
 記憶が蘇った。そして合点が行った。
「……エルクの先生って……パント様?」
 確認の問いだった。そしてエルクは、うなずいた。
「やっぱり…! どうりでエルクを見たことがあると思ったわけだわ…」
 どうして思い出せなかったのだ、自分。不甲斐ないと思う。
「僕も先生に聞いて、イーリスさんのことを思い出したんです。先生のご友人である、アーヴェ様の妹君だと」
「…まあ、兄様とパント様…士官学校以来の付き合いだし…。
 私もよく小さい頃からリグレ家のお屋敷には行っていたから、そこでエルクと会っていたのね」
「そうですね。アーヴェ様のすぐ傍に、同じぐらいの女の子がいたのを覚えています。
 …まさか、イーリスさんだとは思いもしませんでしたが…」
「髪も切ったし――軍師なんて職業やっているとは思えなかったのでしょう?
 いいわよ、エルク。気にしないで」
 そこで彼女は微笑んだ。エルクは曖昧にうなずいて、はあ、と言った。
「で、エルク。お願いがあるの。プリシラも。――私のことは、まだ黙っていて欲しいの。
 …今の私は軍師イーリス。それ以上でも――以下でもないから」
「わかりました」
「はい。分かっております。イーリス様ご自身が話されるまで、私も話しません。
 …あ…」
 ハッとなったプリシラに、イーリスは疑問符を浮かべた。
「プリシラ? どうしたの」
「……あの…オズイン様に…少しだけ…お話してしまったんです…」
「! どこまで?」
「…私がイーリス様を知っているということだけ…。ですが…」
 そこまで言うと、考えを巡らせ始めるイーリス。
「オズインさんのことでしょうから、予想は大方つけてあるでしょうね…。
 考えればウーゼル侯の側近だから、私の正体を知っていても不思議ではないわね」
「…そうなのですか…」
 今度は、プリシラが考え始めた。やがて、彼女は礼をして、部屋の扉へ向かった。
 エルクも追って向かう。
「では、これで失礼いたします。これからもよろしくお願いいたします」
「一緒に行くのね。ええ、こちらこそよろしくね」
 笑顔で二人を見送る。パタン、と扉が閉められるとイーリスはエリアザールに向き直った。





 彼は言葉を発しなかった。
「どうしたの? エリア」
「…捕まった姫君は、プリシラだったか…」
 それはどう言うことか尋ねたら、エリアザールは答えた。
「探し人の情報を教える、という名目でラウス侯爵親子は僕をここに引きとめていた。
 …どうやら、彼女のことだと思ったようだね、あの親子は」
「なるほどね。本当は私ですものねぇ…。で、もう一つ、聞きたいのだけど」
「なんだい?」
「…コンウォル侯爵による、リキア同盟資金横領事件の話で、言いよどんだでしょう?
 一体あれはどう言うことなの?」
 彼は答えない。イーリスは詰め寄った。
「ねえ! ただ事ではないのでしょう? プリシラには話さないわ。お願い、教えて!」
「…君がそうしない保証がない」
「! 私自身の名誉にかけて誓う!! お願い、エリア!」
 懇願されるような瞳には、エリアザールは逆らえなかった。
 観念したように顔を押さえ、口を開いた。


「……コンウォル侯爵ご夫妻は、爵位剥奪が決定した直後に、自害されている……」


「!!!」
 残酷な言葉に、イーリスは目を見開いて手で口を押さえた。
「…嘘…」
「本当だ。ディナス伯爵家の情報収集能力を甘く見ないでくれ。
 カルレオン伯爵からのご依頼で、調査した結果だ…」
「じゃあ、カルレオン伯ご夫妻はこのことを知っているのね。
 …プリシラのことを考えて、話さなかったのね……。でも、プリシラが…可哀想だわ…」
 探している本当の家族は、もうこの世にはいない。
 それを知ったとき、彼女はどうなってしまうのだろうか。
 幼い頃――彼女が養女に来た時から知っている。
 本当の家族を想って泣いているプリシラを慰め、励まして。時には慰められ、励まされ。
 そうしてお互いを支えてきた存在だ。今の彼女の心のよりどころは、壊せない…。
「…近年、コンウォル家の財政は緊迫していたらしい。恐らくそれで横領などと…」
「でも…どうして、自害なんかなされたの? 生きていれば、再起することだって出来たわ!
 それにプリシラが話してくれたわ。本当の家族は優しい、いい家族だったと…。
 横領なんて犯罪に手を染めるようなことをするのかしら」
「……確かに。調査結果の報告書に目を通しただけだから、僕も詳しいことはわからないが自害はおかしい。
 現に、嫡男――公子レイモンドだけが行方知れずなんだ」
 イーリスはハッとなった。
「プリシラのお兄様だけが、行方不明?」
「ああ。と、なると生きている可能性が高い」
「…変だわ。絶望したのなら、一家心中でしょうに」
 これは、詳しく調査する必要があるのでは――と思った。
「ねえ、エリア。お願いがあるの」
「もしかして、横領事件の再調査かい?」
「ええ。…おかしいもの。陰謀の可能性もあるわ…」
「…分かった。父上に手紙を送って打診してみよう。それとユリエラ公爵家のことだけど――」
 ピクン、とイーリスは反応した。家のことだからだ。
「なにかあったの?」
「いや、本家と分家は今、膠着状態だ。ノイアス様もアーヴェ様も公務と同時進行だから日々お忙しい。
 君のことは表向きは病気による長期療養のために国を離れている、としている」
「そうなの? …まあ、妥当な線ね」
 迷惑をかけているとは分かっている。でも、家族を助けたいからこうしている。
 どうしているのだろうか――思っていると様子から察したエリアザールは言った。
「分家の裏を調査するようにも依頼されているから、その経過報告も持ってきて欲しいと頼んでみるよ」
「本当!? ありがとう、エリア」
 輝かしいほどの笑顔を、イーリスが見せた。
 見たエリアザールの顔も、少しほころんでいた。





 色々やることを終わらせると時間はあっという間に過ぎて、夜になった。
 イーリスはプリシラとの相部屋になった。
 彼女は負傷者の手当てをずっと行っていたのか、夜着に着替えてよく眠っている。
 自分も疲れていないわけではないのだが、戦術を振り返って反省する――その作業を終えるまでは眠れない。
 戦術書とにらめっこをしながら、一心不乱に紙にペンを走らせる。
「やっと終わった…!」
 ようやく作業が終了し、イーリスは全身を大きく伸ばした。
 紙を紐に括って、一まとめにする。かなりの量になってきている。
 何しろ軍師になって一年。やっぱり量は半端ではない。
「我ながら、よくやったものね…。
 …今頃、お父様、お母様にお兄様、お義姉様たち、どうしているのかしら」
 故郷の家族を思い出す。
 心配をかけていることは分かっている。でも、その家族のためにこの道を選んだ。
 今は大きい問題に関わっているため帰れないが、いつかは帰るつもりだ。
「…?」
 ふとイーリスは、外が慌ただしいことに気付く。何かあったのかと、プリシラを急いで起こした。
「…? イーリス…様…?」
 寝ぼけ眼なのには悪いが急いで着替えるように言う。
 自分も急いでいつものベストとマントを羽織って魔道書と剣を持つ。
 ドンドン。
 扉を叩く音がした。
「イーリス! プリシラ!」
 エリアザールの声だ。扉を開けると彼は銀色の胸当てに肩当て、篭手と具足を身に着けていた。
 腰のベルトには矢筒を下げ、手には銀色の弓と武装している。何事か彼に尋ねた。
「敵襲だ」
 プリシラは驚くが、イーリスは冷静に返した。
「ずいぶんと早く城の奪還に来たわね。状況は?」
「気配からすれば、もう城の中に入りこまれているだろう。エリウッド公子達の所へ行こう」
「ええ。プリシラも急いで」
「はい」
 急いで着替えてライブの杖を持ち、プリシラも後を追う。
「エリウッド様、ヘクトル様」
「お、来たな」
 玉座の間にエリウッド、ヘクトル、オズインが。
 状況を急いで報告する。
「オズインからの報告と一緒だな。数は分かるか?」
「…おそらく、二十前後…ですね。非常に手際がいいです」
「ラウスの連中にそんな事が出来るか? 一体どこの誰だ」
 考え込んだ後、エリウッドが答えた。
「…父上から、話を聞いたことがある。ラウス侯に忠誠を誓う傭兵騎士団がいると。
 隊長は『荒鷲』と異名を取るユバンズという男。一撃離脱と奇襲に長けた者たちだと…」
「厄介な相手ですね…。ですが、奇襲戦法を得意とするならば長期戦に持ちこめば勝機はありますね」
「そうだね。奇襲は短期決戦が前提だ。長引けば意味を成さなくなり、向こうが不利になる」
 全くだ――と他全員がエリアザールの言葉に頷く。
「なら、城の象徴とも言えるこの玉座を守備しましょう。こちらの人員を考えれば最小限の守備になるから、
 要所で防衛に徹しましょう」
「だったら、防衛しつつも遠距離からの攻撃で先手を打って手数を減らす方が効果的だ。
 もちろん前線を守る人員は必要だけど」
 的を得た彼の意見に、イーリスも賛成した。
「そうね。ならば分かれて防衛に徹しましょう。
 前線守備に、後方攻撃。そして治療のバランスを考えて編成しますね」
 メンバー構成を考えて、すぐに通達した。
 右手側の方には、防衛線で本領を発揮する重騎士オズインに、ドルカス。
 後方攻撃はレベッカで、治療役はプリシラ。
 左手側はヘクトルに、バアトル。そしてエルクとセーラ。
「…? イーリス。僕やギィ、マシューは?」
 エリウッドが質問をする。彼女は答えた。
「もしかしたら、隠し通路を使って直接この玉座の間に来る可能性があります。
 エリウッド様とギィにはそこの警戒と防衛をお願いします。マリナスさんは安全な場所に。
 マシューは両側の連携のための伝令役を。私とエリアも、この玉座の間で警戒と防衛――そして、指揮をします。
 あと、エリック公子の軟禁場所を変えておいてもらっていいですか? 取り戻そうとする可能性もありますので」
 すぐ面々は了解した。配置が決まって、全員が従う。準備もすぐに整える。
 接触直前。
「イーリス殿」
 彼女の元へとやってきたのは、オズインだった。近くには誰もいない。
「オズインさん」
「…一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何か」
 短く尋ねる。オズインは彼女の反応をうかがいながら口を開いた。
「あなたはまさかユリエラ家の――」
「私は、この部隊全員の命を預かる軍師です」
 すぐに彼女は答えた。しかし質問を否定するものではなかった。
「…」
「プリシラから、聞きました。ですが今の私は、貴族の姫ではありません。ただイーリスと言う名の女軍師。
 それをご理解下さい。そしてお願いがあります。エリウッド様やヘクトル様方には――」
「ご事情があるのでしょう。わかりました」
 騎士の礼で、オズインは応えた。ありがとう、とイーリスは感謝した。





「エルサンダー!」
 雷が、敵を貫く。
「ほらエルク、ちゃっちゃと敵倒しなさいよ!」
「セーラ、あまり声を出さないでくれ。詠唱に集中できない」
 むっとした表情で答えたエルクに、セーラも顔を膨らませる。
「何よ! ヘクトル様〜っ! エルクがひどいこと言います〜!」
 ブーブー言いながらヘクトルに抗議しようとする彼女。しかしヘクトルは。
「お前、もう少し状況考えろ! こいつの魔法が攻撃の要なんだぞ!」
 と、一蹴。セーラはさらに不機嫌になった。
「ヘクトル様までひっど〜い!」
 ギャイギャイ言う彼女を無視して、ヘクトルとエルクは防衛に集中する。
「…お前さ、一年前――あいつの護衛してたんだって?」
「…ええ」
 忌まわしい記憶が蘇り、躊躇したがエルクはうなずく。
「…大変だったろ」
「はい」
 心の中で涙しながら、エルクは答える。
「オスティアでも、あいつには手を焼いててな…。よく長い間一緒にいられたな」
「…奇跡ですよ、ええ」
 あそこでかつての傭兵団の面々に会わなければ、きっと耐えられなかったと思う。
 本当に奇跡だと思った。
 その頃バアトルは。
「誰か俺を熱くさせる敵はいないのかっ! さあ、敵どもよ、かかって来るがよい!!」
 と、猛進して暴走寸前だった。
 防衛戦なのでさすがにヘクトルも今回はこれを止める。
 頭の痛い、ヘクトルとエルクだった。
 そして、右側の面々はオズインとドルカスが前線の壁となって敵を食いとめていた。
 その後ろから、レベッカが矢を射掛けて敵を倒す。
「君は、いい身体をしているな」
 オズインが、ドルカスの大きな体躯を見て言った。
「重騎士にふさわしい体つきをしている。どうかな? 我が重騎士団に入団してみては」
「…騎士は、身分の高い者じゃないと無理じゃないのか?」
 ドルカスが疑問をぶつけた。
 確かに一般的に「騎士」と呼ばれる人間はそれなりに裕福だったり、身分が高かったりする者がほとんど。
 下級の兵士たちは平民だ。だが、平民であっても武勲を挙げて騎士となる人間はいる。
「大丈夫だ。オスティアは実力主義。私も現に平民出の叩き上げだ。どうかな?
 人々を守るための騎士となっては」
「……考えさせてくれ」
 口数少ないが、何かを思ったらしいドルカス。
 その答えで、オズインも満足したらしい。
「では、敵を蹴散らそう!」
「ああ」
 槍と斧が、敵を薙ぎ払った。




 予想通りに、隠し通路からも敵が来た。
 しかしエリウッドのレイピア。ギィのキルソードが振るわれる。
 その間に後方から放たれるイーリスの魔法とエリアザールの矢が敵を確実に減らす。
「数が多いわね。他のみんなは今の所大丈夫らしいけれど…」
「数で押し切られたらまずいぞ」
 それは十分に分かっている。しかし戦いが始まってから結構な時間が経っている。
 制圧を目的とするならばそろそろ指揮官が動きを見せていいはず…。
「イーリスさん! また敵だっ!」
「! ギィ、蹴散らしちゃって!!」
「おう!」
 ギィは早さで敵を撹乱する。
 その内に姿がブレながらも二人、三人に増える。
 サカの剣士秘伝の分身必殺が唸る!
 一気に複数の敵を倒した。
「はあっ!」
 エリウッドも確実にレイピアで敵を貫き、倒していく。
「あら。私達も負けてはいられないわね。――ウインド!」
 横に広がる風の刃で、敵を薙ぎ払う。
 しかしその直後――。
「イーリス!」
 ドンッ。
 エリアザールが彼女を突き飛ばす。刹那、彼女のいた場所に一本、矢が飛来した。
 すぐに彼は矢を矢筒から引き出して、飛んできた方向に向けて放つ。
「…私はここで応戦する。他の者は敵を倒し制圧しろ」
 抑揚のない声で言ったのは、他兵とは違う少し豪華な軽装鎧に身を包んだ男。
 頬に傷が付いている。どうやら先ほどの矢が掠めたようだ。
 命令していることもあり、どうやら奴が指揮官のようだ。
 指揮官の命に従って、敵が襲いかかる。
「エリア!」
 弓を持つ彼に、直接攻撃で敵が来る。だが彼は怯むことはない。
「!」
 敵の剣をかわすと、懐に飛びこんで回し蹴り!
 急所に入ったらしく倒れて動かなくなる。
「体術上手いのね…」
「武術の基本は、体術だ。自分の身を守る術は一通り心得ている」
 さすがはディナス伯爵家…イーリスはつくづく思った。
「イーリス。敵の指揮官は僕が相手する。他を掃討してくれ」
「…勝算は?」
「ある」
 はっきりと、即答で答えた彼にイーリスは疑いを全く向けなかった。
 口調や、声の音。すべてが、思わせる。
 本当に彼なら一人で大丈夫。無意識に彼女は結論を出していた。
「分かったわ」
 二人は別行動をとった。イーリスはエリウッド、ギィと共に他の敵兵掃討。
 エリアザールは敵将との対決。
「…弓矢で、戦いを挑むか。愚かだ」
 敵将が矢を放った。
 スピードがあり、間一髪でエリアザールは回避した。
(早いな。威力もある。だが…)
「甘いっ!」
 数本手に矢を持って連続で射掛ける。それをかわすと反撃で敵将も矢を放つ。
 回避しながら、エリアザールは敵将との距離を開ける。
(この距離なら…いけるな)
 矢筒から一本、矢を取り出す。
「その距離から狙う気か? 愚かだな」
 背負っていたもう一つの弓を構えて対峙する。通常の弓より長射程で力のある長弓だ。
 だがエリアザールは――不敵に笑った。
「悪いが――僕の勝ちだ」
 素早く矢を番え、引き絞る。敵も同時に引き絞る。
 銀色の弓が、白い光を帯びる。
「エリア…その弓…」
 光に気付いたイーリスが呟く。
 横から弓を引き絞る姿を見る。白く柔らかな光を帯び、矢を引いているためしなる弓。
 それはまるで三日月。
 月が弓となり、矢を放とうとしているように見えた。


 ヒュンッ!


 相手が放つ前にエリアザールの放った矢が、敵を貫いた。
 早さも威力も申し分ない、正確な狙い。
 喉元を貫いて、敵将は倒れた。
「…」
「敵将は倒れた! まだ戦うか!」
 エリアザールが残った敵に撤退・降伏勧告。
 敵はすぐに撤退し始めた。
 撤退命令の笛が鳴り響く。
「…エリア…その弓は…?」
「これ? 父からいただいた弓だ。クレセント――月と闇の魔力を秘めているらしいけれど」
 クレセント。どこかで聞いた名。
 けれど思い出せない。しかし威力などもすごいがもっとすごいのは。
「あの距離から、正確に狙うなんて。エリア…弓の腕、すごいのね」
「僕の得意分野は遠射ちだ。遠距離狙撃なら誰にも負けない。士官学校でも僕には誰も勝てなかった」
 あれだけの腕前。普通では誰も勝てない。
 だが。
「…本気を出せたのは、最近の、たった一度だけだ」
「え?」
「ちょっと、最近弓で手合わせをしてね。その時に」
 へえ、と思った。
 会って二日しか経っていないが、彼の弓の腕前が相当なものであることはよく分かる。
 その彼に匹敵する人物がいる。一体、誰だと思ったが今は聞くべきではないと思った。
「それより、深追いは禁物だ。合流して状況を確認したほうがいい」
「そうね。エリウッド様、ギィ。みんなと合流しましょう」
 二人はうなずいた。




 敵が、撤退し始めた。
 その様子をプリシラは負傷者の手当てにいそしみながら見ていた。
「撤退だ! 命を無駄にすることはない!」
 退却する兵士達に指示をする声が聞こえた。
 見やると通路の先に、白が混じった緑の髪をもつ騎士らしい人間の姿を見た。
「…あの方は…」
 まさか、と思った。だがすぐに姿は見えなくなり確認は出来なくなる。
「プリシラ!」
「イーリス様」
 声に彼女は振り返る。
「みんな大丈夫?」
 それに全員、うなずいた。
「じゃあ、他のみんなとも合流しましょう。ちょっと急いでね」
 全員が合流するために玉座の間へと向かう。
 しかし行く直前に、プリシラは振り返った。
「プリシラ?」
「あ、申し訳ありません、イーリス様」
 彼女もそうして向かうが、心の中にもやもやしたものがあった。
 もう一方の面々とも合流。全員、負傷はしていたものの無事でひとまず安心。
 しかしこれからの対策を練らねばならない。
「…さて、これからだがどうする?」
 エリウッドが尋ねる。すぐに答えたのはヘクトルだった。
「決まってるだろう! ダーレンの奴を見つけ出す!」
「それが一番ですね」
 そうだそうだ――全員うなずく。
「オスティアの情報網を使えばすぐに見つけ出せるはずだ。オズイン、手配頼むぞ」
「かしこまりました」
 命を了承するオズイン。
「しばらくはラウス城を拠点にして情報集めだね。その間に他にやることもあるだろうし」
「ええ。武器の補充とか、色々準備を整えなきゃ。それに少しはみんなを休ませたいし…」
 意見をまたまた交わし始めるイーリスとエリアザール。
 様子を見ていたヘクトルが言った。
「お前ら、仲いいな〜」
『!?』
 二人は驚いた。そしてあのことを思い出してしまった。
「へ、ヘクトル様っ!!」
「…!」
 顔を真っ赤にする二人。
 あの時のように混乱しそうになる。
「いや、お前らよく話してるじゃんか。今みたいにこれからのこととかさ」
「ええ。結構話が合いますし…彼も状況をよく見ていますし…。そうだわ」
 気持ちを落ちつけながら話していると、閃いた。
 そうしてエリアザールに向き直る。
「ねえ、士官学生なら戦術とかも習っているわよね」
「ああ」
「だったら、お願いがあるのよ。私が一応この部隊の軍師だけど、あなたにもそれをお願いしたいの。
 私の補佐という形になるけれど、至らない所があれば、遠慮なく言って欲しいわ。
 そして私にもしものことがあった場合とか、部隊を分ける場合とかには代わりに指揮をして欲しいの。
 エリア、いいかしら」
 その言葉は、自分のパートナーになって欲しい、と言うもの。
 彼には断る理由がない。
 むしろそれは光栄だと思っていた。
「分かった。僕でいいのなら補佐に入ろう」
「ありがとう。これから改めてよろしくお願いするわ」
 ニッコリ微笑んだ彼女は、眩しかった。
 この表情にエリアザールは嬉しさを感じていた。
「では、ラウス侯爵の行方探しに全力を尽くそう。そして真実を突き止めるんだ!」
 エリウッドの言葉に、全員がうなずいた。






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