〜調和を紡ぐ者たち〜 第13話










「そなたは、エリウッドを脅かすだけだと言ったはずだ!」
 抗議する声が、一つ。老齢の貴族だ。
 しかし静かに相手は言った。
「事情が変わったのですよ。エリウッド殿はこれからの計画に邪魔な人物…。
 早めに消えてもらわねばならないゆえに」
 目深にかぶったフードで、顔はよくわからない。しかしその下から覗かせる目が、不気味に光っている。
 本気だと知覚して、激昂した。
「…もういい! わしはすべてをエリウッドに打ち明けて、詫びる。もう決めた。
 この城から消えよ! そなたにも「黒い牙」にもうんざりだ!」
「…ヘルマン殿。お気持ちに変わりはないと」
「そうじゃ! 早く出てゆけ!」
「…愚かな選択をしたものですね」
 ニヤリ――笑って、右手を向ける。
 直後放たれた閃光が、サンタルス侯へルマンを貫いた。






「あそこがサンタルス城だ」
 エリウッドの言葉に、顔を向ける。
 河があるため迂回せねばならないが、サンタルス城がそびえているのをイーリスは確認した。
 城はなかなかの大きさだ。城壁はぐるりと城を一周しており堅牢そうだ。
 ――しかし、おかしいとも思った。
「エリウッド様、変ですよ? 守備兵がいません」
 索敵用の望遠鏡を目から外して言う。
「なんだって? 見せてくれないか」
 イーリスから望遠鏡を貸してもらってエリウッドは覗いた。
 サンタルスの城がよく見える。確かに言う通り守備兵がいない…。
「おかしい。やっぱり何かあったんだ」
「だろうな。エリウッド、急ごうぜ」
 ヘクトルの言葉にエリウッドは彼女に望遠鏡を返しながらうなずいた。
 これはすぐに畳め携帯に便利で、精度もいい。彼女お気に入りの品。
 もう一度望遠鏡を覗いて見まわしてみる。
 すると城壁に備え付けられた発射台――シューターの辺りに人がいるのが見えた。
 シューターには、専用の矢――クォレルがもう据え付けられている。
「――離れて!」
 警告の言葉を発し全員が従ったその瞬間、こちらに矢が突き刺さった。
 間一髪、誰にも当たらなかった。
「みんな、大丈夫か?」
「おお。…なんかおかしいぞ? 一発だけか?」
 ヘクトルが疑問を言った。
 確かにそうだ。なぜ一発だけなのか。こちらを殺そうとするならば連続的な攻撃が必要となるのに。
 これはこちらを完璧に侮っている。
「…挑発…ですね。来れるものなら来いと」
「ほーう。だったら受けて立とうじゃねえか。エリウッド! 行くぞ!!」
「待て、ヘクトル!」
 一人で突撃しようとするヘクトルをエリウッドが止める。
(血気盛んな侯弟様ですこと。エリウッド様も大変だわ)
 イーリスは少々苦笑するのであった。
 それから進撃が始まった。
 先陣はマーカス、ロウエンの二人。続けてドルカス、バアトルの二人とヘクトル、オズイン。
 遊撃にエリウッドとマシュー。イーリス、レベッカは援護と同時にセーラの護衛を務める。
 が。
「ヘクトル様! バアトルさん!」
 途中であまりにも突撃してしまう二人をイーリスは急いで止めた。
 振り返る二人。
「はあっ。はあっ。はぁっ…」
 二人を追いかけるのに全速力を使ったイーリスはだいぶ息が切れている。
 が、体力を振り絞って言った。
「お願いです…。二人で突撃しないで下さい…」
「なんでだよ。立ち塞がる敵は倒す! そして進む! そんなもんだろう?」
「その通りだ! 悠長に強さを極めるのに回り道はできん!」
 戦術が崩れそうで頭が痛い。
 はあぁぁぁ……と特大のため息をついてから言った。
「でも、戦いは一人でするものではありません! 大勢で戦っている時は特にです!
 統制が崩れれば戦術は崩壊。すなわち自軍の崩壊に繋がります!!
 それが判らないと言うわけでもありませんでしょう!?」
 キッ、と二人を睨む。
 その剣幕にヘクトルも、バアトルも少したじろいだ。
「難しい話は頭が痛い…。だが、お前は他の者と共に戦えと言うのだな?」
「そうです。そして全体の動きに合わせて下さい。自分勝手に動きますと――死にますよ」
「その通りだ」
 言ったのは、ドルカスだ。バアトルが返した。
「なぜだ?」
「自分勝手に動くと目立つ。そうすれば敵の攻撃が集中する。大勢の敵に囲まれては実力があっても死ぬ可能性が高い」
「そう言うことです。強くなるために生き残りたくば――そのことも考えて下さい」
 同意するようにヘクトルがまず。続けてバアトルもうなずく。
「では、戦闘に戻りますよ。行きましょう!」
 指示を出すイーリス。
「……あいつ、なんだかエリウッドやオズインに性格似てるな……」
 と、ポツリ――ヘクトルは呟いた。





「そこの新入り! ヘマしたらクビだからな!」
「分かってる! やっとありつけた仕事を失いたくないからな!」
 答えたのは深緑の髪の少年だった。その髪は長く、三つ編みにしている。
 額にバンダナ。やや釣り目で特徴ある顔に青い独特の衣装。
 草原の民だと示していた。
「……しっかし変な奴らだな…関わり合いにならないのが一番なんだろうけど、
 キアランで行き倒れた時のことを思うと……」
 悪夢を思い出して、背筋が震えた。
「ちくしょー。ま、この仕事しっかりやらないとメシにもありつけないからな」
 腰に差した剣を抜いて、少し振りまわした。
「敵だーっ!」
「!!」
 襲来の知らせを受け、迎撃体勢に入る全員。
 敵はどこだ――周りを見ながら向かう。
「…こいつら、強い…!?」
 だが、着いた頃には敵は大半の人員を倒していた。
 なんという速攻か――。ゾクリと震える。
 すると。
「よお、ギィじゃんか。久し振りだな」
「!? あ、あ、あんた、マシュー!?」
 陽気に笑うマシューに少年剣士ギィは声を上ずらせた。
 実は、キアランで行き倒れた時助けてくれたのがマシューだったのだ。
 だがそれには相当のリスクを背負っていた。
「剣は上達したか?」
「…馴れ馴れしい口を聞くなよ! 今の俺とあんたは、敵同士だろう」
「俺とやるのか?」
「ああ。剣術も上達したんだ。あんたに負けないぜ!」
「そうかそうか。意気込みは結構。けどよ」
 ニヤリ――マシューは笑った。
 ギィはその笑いに不吉な予感がした。
「その前にあの時の借り、返してもらおうか?」
「うっ…!」
(やっぱり…!)
 ギィは心の中で叫んだ。
「俺の言うことなんでも聞くって約束だったよな?」
「き、汚いんだよ! 十日何も食ってない俺の前で肉なんか焼くから…!」
 キアランでマシューはギィの限界に達した食欲に目を付けて、
 食べさせてやる代わりに自分の命令に従えとの約束を取り交わしていたのだ。
「けど、食ったじゃんか」
 グサッ、と突き刺さる。
「それに、サカの民は嘘をつかないんだろう?」
「…ぐぐぐ」
 そう。サカの民の信条は嘘をつかず、同族を守り、義に報いる――。
 一応義理は受けたし、約束を取り交わしてしまった以上は守らなければならない。
 サカの民としての誇りを守るギィは、観念した。
「分かったよ! それでどうすりゃ良いんだ!?」
「俺達と一緒に来いよ。リーダー達には俺から紹介してやるからよ」
「くそっ、これでせっかく見つけた傭兵の仕事もパーだ!
 ちくしょー――っ!!」
 ギィの嘆きが、空に木霊した。
 しかしその時。
「どうしたの? マシュー」
 嘆きを聞きつけて、薄紫色の髪の少女がこちらにやってきた。
 可愛い、とギィは思った。
「おっ、イーリスさん。一人メンバー増えたんで紹介しますよ。こいつはギィ。
 サカの剣士でちょっとした俺の知り合いです」
「そう。戦力が少ないから歓迎するわ。私はイーリス。軍師を務めているわ。よろしくね」
 手を差し出され、ギィは手を握る。
 ほっそりとした手だなと思った。
「よろしくな。剣には自信があるぜ」
「そう。でも、さっきはどうしたの? すごく悲しい声だったけれど」
 話をもしかしたら聞いてくれるかもしれない――思ったギィはすぐさま彼女に打ち明けていた。
 聞いたイーリスは苦笑した。
「マシュー…いくらお腹が空いていたからってそれは無いでしょう」
「最終的に選択したのは奴ですよ? 俺はちゃんと選択する権利は与えましたよ」
「追い詰められていた状況を利用したのはあなたでしょう…。とりあえず、あなた――傭兵なのよね?」
「ああ」
「と言うことは、やっぱり報酬とか欲しいでしょう」
「ああ。今一ゴールドも無いし」
 次――イーリスが発した言葉は、ギィにとって救いの神だった。
「なら、私がエリウッド様に、あなたを傭兵として雇ってもらえるよう交渉するわ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。サカの民は嘘をつかないし嘘を嫌う。そうでしょう?
 サカの民を友人に持つ私の誇りにかけても」
「あ、ありがたい…! あんた、あんた…すごく良い人だ……!!」
 感動のあまり泣き出すギィ。
 見るイーリスは、
(マシュー…一体何をしたのよ…)
 と思った。




 ギィを加えた一行はサンタルス城を守る敵を倒し、突入した。
「ヘルマン様!」
 侯爵の部屋で、エリウッド達は血まみれになって横たわるサンタルス侯爵へルマンの姿を見つけた。
 まだ息はある。抱え起こすとヘルマンは反応した。
「…エリ…ウッド…か?」
「ヘルマン様、酷いお怪我を。すぐに、手当てを」
 しかし、いいと緩く――僅かに首を振る。
「わしが…悪かった…。わしを許してくれ…。わしが、エルバートに…ダーレンの企みを話したりせねば…」
「! それは、どう言う事ですか?」
「…ラウスへ向かうのじゃ…。すべては…ダーレンが知っている…」
 絶え絶えの声。
 命の灯火が尽きようとしているのが目に見えて分かった。
 だが、その最期の力で自分たちに伝えようとしてくれている。
「…黒い…牙…に……き、気を……つ…け……」
 身体の力が抜けた。
 サンタルス侯爵へルマンは、この瞬間息を引き取った。
「…ヘルマン様…」
 エリウッド、ヘクトルは瞑目して冥福を祈る。
 イーリスも冥福を祈るが一方で心の不安が大きくなっていくのを敏感に感じていた。
(黒い牙…あの人たち…。一体、何をしようとしているの。…こんなこと、止めないと…)
 ギュッと首飾りを握り締める。
 この暴挙を止める力を、イーリスは望んだ。





 サンタルス宰相に、これからどうするかを指示したあと、城を発った。
 すべてはラウス侯ダーレンが知っている…。
 真実を一刻も早く突きとめたいと、休憩もそこそこでラウスへ向かう。
 そうして迎えた夜は、サンタルスとラウス間、最短距離の合間にあるキアラン侯爵領の一部で過ごすことになった。
「夜になっちまったな」
「ラウスへは明日の朝一番で発とう。マーカス、宿の手配を頼む」
「はっ」
 命を受けてマーカスは馬を走らせていった。
「…ここは、キアラン領なんですね」
 地図を広げていたイーリスが、言う。リキアの領地はちょっとややこしいなと思っている。
「ああ。ハウゼンのじーさんには挨拶抜きでいいな?」
「領地の端を通過するだけだ。問題はないだろう。
 …リンディスがどうしているかは少し気になるが…イーリス、君もそう思わないか?」
「そうですね。リンやみんな…今頃どうしているのでしょうね」
 思い出に心を馳せるイーリスとは対照的に、ヘクトルは疑問をエリウッドにぶつけた。
「リンディス? 誰だ?」
「キアラン侯の孫娘だよ」
「ああ、去年のキアラン内乱の時の孫娘か。…で、どうなんだ?
 その孫娘ってのは、美人か?」
 なぜそんなことを尋ねるのか疑問に思ったがエリウッドは素直に答えた。
「え? …美人…なんだが…サカの血を引くからとても印象的だったよ」
「ふーん。今は会いに行っている暇はないぞ、色男」
「なっ…! リンディスとはそんな仲じゃない!」
「ははは、照れるなよ!」
 顔を髪の色のように赤くしたエリウッドはヘクトルに抗議の視線を向けるが、彼はからかうばかり。
「ヘクトル! 怒るぞ」
「からかいがいのある奴だな、相変わらず」
「…全く…」
 ふう、とエリウッドはため息をついた。
 心の中でイーリスも彼と同じ気持ちだった。
(全くもう。…本当に、貴族らしからぬ言動の人ですこと。…でも、ねぇ)
 と、少々苦笑した。
「お、お、お、お助けをーーーっ!!」
 そこで三人は悲鳴を聞いた。即座に反応する。
「悲鳴…」
「エリウッド、助けるか?」
「もちろん!」
 三人は急いで武器を手にして悲鳴の方向へと駆けて行った。
 彼らが見たのは、数人の暴漢に囲まれている商人風の男だった。
 荷物を守ろうと必死に抱えている。
「その手を離せ!」
 エリウッドが毅然と暴漢達に言った。
「? なんだ、テメエ!」
 ギラリ――敵意向きだしの目が向けられる。
「お前らに用はねえ。用があるのはそこのオッサンだな」
「なんだと! テメエどこの奴だ! 俺たちの稼ぎを横取りする気か!?」
「おい! なんで俺が賊扱いされなきゃならねえんだよ!」
 さっきの台詞に問題があったせいでは、とイーリスは心の中でヘクトルに突っ込みを入れる。
「…とにかく、危害を加えるなら僕達が相手だ!」
 レイピアを抜くエリウッド。それを見た暴漢達が各々の武器を構えた。
 自信たっぷりにリーダー格の男が言う。
「こっちは六人。相手はたった三人。しかも一人は女だ。どっちが勝てると思うんだ?」
「…だ、そうだぞ。軍師?」
「なめられたものですね…。大丈夫です。こっちが勝てます」
 イーリスが右手にソードオブイーリスを。左手にブリザーの魔道書を持って構える。
「そう言うこった。今ならまだ見逃してやっても良いぜ?」
「ちくしょう! やっちまえ!」
 襲いかかる暴漢達。しかし。
「ブリザー!」
 足元を狙った広範囲のブリザーが、敵半分の身動きを取れなくする。
 残り半分がそれぞれに襲いかかる。
 が、ヘクトルは重厚な鎧で阻み、エリウッドとイーリスは華麗に回避して反撃であっさり気絶させた。
 一気に半分に減った敵は逃げ出したかったが足を凍らされ身動きが取れない。
 イーリスは足元にファイアーを放って氷を溶かし、解放してやった。
 恐れをなした敵は仲間を救うことも忘れて逃げ出した。





「大丈夫ですか? 暴漢どもは追い払いました」
「へ? た、助かったのですな! なんとお礼をすればいいか…」
 男はペコペコ礼をする。
 愛嬌のある口髭に、後退した髪。ひょうきんな感じがする。
「いいって。こんなしょぼいオッサンから礼なんて期待してねえしよ」
「しょ、しょぼい?」
 愕然としたような声を出す男。エリウッドが諌める。
「ヘクトル、失礼だぞ」
「あ、わりい」
 平謝りするヘクトル。一方で男はゴホン、と咳払いをしてから自己紹介をした。
「わしは、マリナスと申す旅の商人でございます。これでもそれなりに裕福で…」
「へえ、オッサン商人なのか。人は見かけによらねえな」
「さっきから失礼ですよ」
 今度はイーリスが抑える。エリウッドがマリナスに謝った。
「済みません、マリナスさん。この者の言うことはどうか、お気になさらず」
「い、いや…気にしているわけではないのですが…。
 それよりも、ここで助けていただいたのもなにかのご縁。
 お三方はどうやら身分の高い方とお見受けしましたが、お名前だけでも教えていただけますかな」
 それなら、と三人は自己紹介することにした。
「僕はエリウッド。フェレ侯公子です」
「俺はヘクトル。オスティア侯弟だ」
「私はイーリス。軍師を務めています」
「おお…オスティアにフェレとは! リキアでも名門ではございませんか!
 いや、そんな方々にお助けいただくとは…本当に感謝しておりますぞ」
 崇めるように感謝を示すマリナス。おだてられて少し気をよくしたようで照れ隠しに頬を掻くヘクトル。
「そんな風に言われると、悪い気はしねーな。で、マリナスさんだったっけか?
 これからの予定はあるのか?」
 問われて、少々驚いたもののマリナスは答えた。
「はい、リキアを廻って商売をと思っておりましたが…ちと物騒ですし、難しいかと」
「だったら、俺達と来るか?」
 これには言った本人以外、目を丸くした。
「ヘクトル、一体何を考えているんだ?」
 尋ねられるとヘクトルは答えた。
「いやさ、仲間も持ち物もだいぶ増えてきてるだろう? 旅はまだまだ続きそうだし、
 持ち切れない分の荷物の整理や管理とかやってくれると大助かりなんだがな」
 確かに大勢が移動するのにはそれ相応の食糧や荷物がある。それを管理する人間は確かに必要。
 きちんと考えているのだなと、イーリスは感心していた。
「おお、それこそはわしのもっとも得意とする所ですぞ!」
「いいんですか? マリナスさん」
「はい。実は長年貴族の家に仕えるのが夢でした。その夢がこんな所で実現するとは…。
 このマリナス、感涙を禁じえませんぞ」
 うっうっうっ、と泣き出すマリナス。
 三人は感動屋だなとの印象を持った。
「それではマリナスさん、よろしくお願いします」
 こうして、ひょうきんな商人マリナスも一行に加わった。
 戻る途中で、マリナスはエリウッドに少し尋ねた。
「エリウッド様、少しお聞きしたいのですが」
「なんですか? マリナスさん」
「あの…軍師を務めておられるイーリス殿…ですか? あの方は一体どちらの貴族で…」
「いや、それはわかりません。アクレイアの出身としか知りませんから。
 …でも、どうしてマリナスさんは、彼女が貴族だと思うのですか?」
 逆に尋ねられて困った様子だった。しかし言葉を整理して答えてくれた。
「いや、雰囲気があなた方と似通っているものですから。
 それに商人ゆえ装飾品には敏感なのですが…イーリス殿が身に着けておられる装飾品はかなりの一品と思われますぞ」
「え?」
 エリウッドは思わず先にいる彼女を見た。
 両腕の腕輪。髪の左側を留める髪飾り。首から下げる首飾り。それにあの剣。
 所々、高価そうな品が見える。
 それに言われてみれば確かにと思ったが、彼女は毅然としたものを身のこなしに漂わせている。
 それ以外にも、思い当たる節はいくつかある。
(…一体、彼女は何者なんだ…?)
 エリウッドは知りたいと思った。
 けれど彼女自身が口を開くまでは待とう――とも思った。




 夜中、レベッカは声を聞いた。
 歌声。
 透き通るような、美しい歌声……。
 元々眠りの浅かった彼女は目を覚ました。
「…イーリスさん…?」
 歌は彼女が歌っているのだとすぐに分かった。
 手配した宿の相部屋で、ベランダへの窓が開いている。
 そこから声が聞こえていた。
「…レベッカ。どうしたの?」
 振り返った彼女は美しかった。
 月の光が天然のスポットライトになって。神秘的な輝きを受けて、女神に見えた。
「あ、ご、ごめんなさいっ。歌声が聞こえたから、つい…」
「こっちこそごめんなさい。起こしちゃって」
「大丈夫ですよ。セーラさん、まだ眠ってますし…」
 言ってもう一つのベッドを見る。
 セーラは「夜更かしはお肌の大敵なのよ!」と言ってさっさと眠ってしまっている。
 熟睡しているようでこの様子では朝まで起きそうにはない。
「イーリスさんって、歌――すごく上手ですね」
「ありがとう。歌は亡くなった大叔母に教わったの。私の家は、代々女は歌に長けているから。
 そのせいか家の人間は魔道への適性が高いみたい」
「そうなんですか。…イーリスさんって、不思議ですね」
「? 何が、かしら?」
 尋ねられるとレベッカは答えた。
「いろんな事を知っていますし、旅の人だけど、エリウッド様とかに近い感じがするんです。
 でも、私なんかにも気軽に話しかけてくれますし」
「…やだ、レベッカ。私は軍師よ? みんなと話すのは当たり前。
 どこの誰でも、仲間である以上は決して差別なんかしないわ」
 言い切った彼女は、毅然としていて。凛々しくて。
 こんな人になれたらいいな、とレベッカは思った。
「さあ、明日は早いからもう眠った方がいいわよ。私はまだいいわ」
「でも私…眠れないんで、もう少しイーリスさんの歌――聞かせてもらっていいですか??」
「…ええ、いいわ」
 ゆっくり、彼女が歌い始める。


 分かって欲しいと願う。
 あえて別れたその理由。
 でもあなたは理解しようとしない…。


 どうして君は離れたの?
 いないだけで心は張り裂けそうなのに。
 毎夜その身を案じるのに…。



 レベッカは、いなくなった兄と幼なじみを思い出した。
 どうしていなくなったの?
 どうでもいい人間なんでしょう? 私は。
 でも会いたい。
 大切な人たちに会いたい。
(……お兄ちゃん…ウィル…どこに、いるの…?)
 レベッカは空を見上げた。



 夜は更ける。
 いくつもの疑問を抱えて。






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