〜調和を紡ぐ者たち〜 第11話











 かつて、人と竜族が争った大陸、エレブ大陸。
 覇権をかけた「人竜戦役」は、『八神将』と呼ばれた八人の英雄たちの活躍もあり、
 人間側が勝利して竜はその姿を消した。



 ――だが、災厄は再びこの大陸に降りかかろうとしている。



 時は人竜戦役より約千年。人間が繁栄を築いていたエレブ新暦980年。
 大陸の存亡をかけた、けれど歴史に残らぬ戦い。
 リキアはフェレより、その戦いは始まりを告げる。




 コンコン。
 フェレ領とサンタルス領の境目にある小さな村。
 そこの村長宅で、暗くなった頃戸を叩く音がした。
「おや、こんな時間に誰だろうか」
「誰かしら。私見て来るね」
 村長の娘レベッカは料理の手を止めて戸に向かう。深緑の髪を二つのお下げに結った可愛らしい娘。
 外へ通ずる戸。誰だろうと思って、レベッカは問いかけてみた。
「どなたですか?」
 外から声が聞こえる。
「旅の者です。一人旅の夜道は危険なので一夜の宿を探しているのですが…。
 よろしければ今夜一晩そちらに泊めていただけませんか?」
 レベッカは驚いた。女性の声だ。
(なんで一人で旅をしているんだろう)
 そう思ったが、レベッカはお人好しだ。村長宅である自分の家が一番大きい家なので一人ぐらいは泊められる。
 今は三人暮らしだし…大丈夫だろう。
 戸を、レベッカは開けた。
「……」
 しばし、呆然としてしまった。
 目の前に立っていたのは綺麗な女性だったからだ。
 銀の髪飾りを身に着けた薄紫色の髪と、宝石のように煌く紫の瞳。
 旅装束だが、毅然とした印象を与える女性。
「…あの、すみませんが」
「あっ! す、すみません! 今、父に相談してみます」
 弾かれたように我に返ってレベッカは父と叔父の元へ行く。
「旅の人みたい。今日、ここに泊まりたいんだって」
「それはお困りだろう。わしは構わない」
「ああ、いいよ」
 父と叔父の許可を得て、レベッカは玄関に戻って女性を招き入れる。
 二人のいる場所へ彼女を連れていく。
「父と、叔父です」
「ほう…これは綺麗な娘さんで。わしがこの村の村長じゃ。隣にいるのが弟で、この子は娘のレベッカ」
「ご丁寧に紹介ありがとうございます。私は、イーリスと申します」
 礼をして彼女――イーリスは挨拶をした。
「宿のようにキレイな場所でないが、ゆっくりしていくといい」
「いえ、こちらこそ突然で。ありがとうございます」
「レベッカ、開いている部屋に娘さんを案内してやりなさい」
「はい。じゃ、イーリスさん…でしたよね。こっちです」
 レベッカに案内されて一つの部屋に案内される。
 客間らしく結構整っている。イーリスは部屋の隅に荷物を下ろすと一緒に戻った。
「あ。夕飯はまだですか? よければご馳走しますけど」
「そんな、構わなくても」
「いいですよ。久し振りのお客さんですから」
 ニッコリとレベッカは笑って料理を再開する。
 その間、イーリスは村長に弟と、三人で話をする。
「旅をされていると言うことですが。これからの予定は、リキアを廻る予定で?」
「ええ。そのつもりです」
 うなずくと村長は暗い顔をした。
「…ですが、今リキアは結構物騒ですからな。一人旅は厳しいと思いますぞ」
「…と、仰いますと?」
 尋ねると村長は答えた。
「…一月前より、このフェレを治めるエルバート侯爵様が行方知れずになってしまいましてな」
「…侯爵様が?」
 オウム返しに再び尋ねる。村長は答えた。
「ええ。侯爵の供をしたフェレの精鋭部隊の者も一緒に行方知れずだと。
 わしらは不安じゃ。名君であったエルバート様が行方知れずになるだと、何かあったのでは…」
「…確かに、その可能性は高いですね」
 名君が、行方不明。何かあると思う。
「それに、フェレだけではない。ラウスでも戦の準備が進んでいる」
「戦準備が、ですか?」
 思わぬことに目を見開き、尋ねる。村長は弟の方をちらりと見て言った。
「弟は元はラウスに住んでいたが、戦準備のための圧政に堪えかねて逃げ出したんじゃ。
 どうして戦の準備をせねばならんのか、わしらにはさっぱり分からん」
「……」
 イーリスは考える。
 リキアへの不穏な影…。ラウスの戦準備と、フェレ侯爵の失踪。
 何が、リキアに起ころうとしているの?
「出来ましたよー」
 そこにレベッカが夕食を作り終えて持ってきた。素朴な肉と野菜の炒め物。
 香草を練りこんだパンも出して、食事の準備を整える。そうしてから、夕食。
「…あら、美味しい」
 一口食べたイーリスの、感想第一声はそれだった。
 味付けは濃すぎず薄すぎず、炒め加減もちょうどいい。素朴な家庭料理。
「レベッカ…だったかしら。美味しいわ、この炒め物」
「そうですか!? ありがとうございます!」
 自分の料理を誉めてもらって、レベッカは笑顔でお礼を言う。
 これはいい所に泊めてもらったかな、とイーリスはちょっぴり嬉しかった。





 翌朝、イーリスはお礼にとレベッカの許可を得て朝食を作った。
 豪華な食事に村長たちはかえって驚いてしまっていた。
 イーリスは片付けを終えてから、少し外に出た。
 のどかな雰囲気を持つ村を見て廻りたいと思ったからだった。
「あ、イーリスさん」
「あら、レベッカ」
 一通り見て廻り、村の広場で読書していたイーリスにレベッカは声をかけた。
 彼女の手には弓矢がある。
「どうしたの? 弓矢を持って」
「近くの森に狩りに行くんです。日課なんですよ」
「そうなの」
 こういう小さな村では生活を支えるのが狩猟と農耕だ。日々畑を耕し、動物を狩る。そうして生を得ているのだ。
「…ねえ、レベッカ。私も少し手伝っていいかしら?」
「え!? そんな、お客さまに…」
 慌てるレベッカに、彼女は言う。
「いいのよ。今日の朝食で結構お肉とか使っちゃったから、埋め合わせしないと」
「…わかりました。じゃ、一緒に行きましょう」
「ええ」
 そう言うわけで、イーリスとレベッカは近くの森に狩りへ出る。
 罠を仕掛けてその場所まで追いこんだり、時には遠くから弓矢で仕留めようとする。
 けれど、ちょっと今日は不調だった。
 森の中で休憩中、レベッカはふと気になったことを尋ねてみた。
「あの、イーリスさんって、旅をしているんですよね」
「ええ。そうだけど」
 そこでレベッカは少し口篭もる。けれど、勇気を振り絞って、言った。
「お聞きしたいんですけれど、ダンって人、知りませんか?」
「ダン…? いいえ、知らないわ」
 記憶から情報を引き出す。が、覚えにない。首を横に振って答える。
 レベッカは肩を落とした。
「…大事な人?」
 様子から尋ねると彼女はうなずいて答えた。
「…私のお兄ちゃんなんです。五年前に幼なじみの友達と一緒に旅に出たっきり、帰って来なくて…。
 連絡も何もないから、心配なんです」
「…そう。でも、ごめんなさい。ダンって名前の人は聞いたことがないわ」
「いいです。あまり…期待してませんでしたから」
 兄に会いたい――。
 思いがにじみ出ているのが分かった。
(…兄、かぁ。…今頃どうしているのかしら…)
 自分も故郷の兄に思いを馳せる。義姉や両親共々、どうしているのやら…。
「…?」
 不意に、何か聞こえて、イーリスは森の入口――村の方へと目を向けた。
「どうし…え?」
 レベッカも何か聞こえたようで、瞳を瞬かせる。
「――村へ、戻りましょう!」
「はい!」
 不安な予感に、二人は村の方角へと急いだ。




『!!』
 遠くから、分かった。
 村が賊に襲われている。
「村が…! イーリスさん、どうしたら…」
 すがるようにレベッカは彼女を見る。イーリスは冷静に言った。
「様子を見ましょう。賊がどのぐらい村にいるのか、確認しないといけないわ」
 ごそごそと、取り出すのは望遠鏡。索敵にはちょうどいいと、前に買った代物だ。
「…十…十一…十二。多いわ。あの数を一気に相手には出来ないわね」
「そんな! それじゃ、父さんや叔父さんが…」
「レベッカ、何も私は村の人たちを助けないとは言っていないわ。
 お世話になったもの、助けるに決まっているでしょう」
「でも、どうするんですか?」
 尋ねるとイーリスは言った。
「救援を求めましょう。近くに砦でもあれば、そこの騎士たちに要請できるでしょうし」
「…でも、今、フェレは侯爵様が行方不明になった影響で兵隊さんたちも不足気味らしいんです。
 多分、それで村を襲ってきたんだと思います。前はすぐに兵隊さんたちが対処してくれましたから」
「え。…そうなると援軍はあてに出来ないわね…」
 考える。だが、そこで。
「へっへっへ。こんな所に女二人はっけーん」
 下卑た声に我に返る。賊たち、その数六人が二人を囲むようにしていた。
 不覚を取った、と自分を恥じる。
「大人しくしな。悪いようにはしないぜ」
「そう言って、悪いようにしなかった賊が、どこにいるのよ」
 言い返してイーリスが剣を抜く。
「おっ、やる気か?」
 賊たちが、斧を構える。
「…イーリスさん…」
「レベッカ、大丈夫。私の傍を離れないで」
 怯えるレベッカに、イーリスは言う。
 直後、先制攻撃とばかりに駆ける!
 一太刀で賊の一人が倒れる。それに怒りを覚え、全員が襲いかかる。
「レベッカ! こっちよ!」
「は、はいっ!」
 彼女の手を引いて、走る。間一髪で包囲網から抜け出すと、足止めにと氷の魔道書を開く。
「ブリザー!」
 足元を狙ったので山賊たちは身動きが取れなくなる。
 が、範囲から外れた二人が襲いかかる!
「くっ!」
 剣で攻撃を弾く。が、二人を一気に相手するのはある程度剣に自信があっても無理が来る。
 しかも、レベッカを庇いながらなので余計にだ。
 彼女は防戦傾向になった。徐々に追い詰められる。
「覚悟しろ!」
「!」
 一人の攻撃をかわしたが、もう一人の攻撃をかわせない。
 しまった――。
「イーリスさん、危ないっ!」
 ヒュン!
 レベッカの放った矢が敵の一人の腕に刺さった。
 敵の攻撃動作が遅れたため、なんとか回避に成功し、反撃で倒す。
「…レベッカ…」
「…大丈夫です。私、頑張ります!」
 意気込みにイーリスはうなずいて戦闘を続行した。
 とは言っても動きのとれなくなった賊達を倒すのは簡単だった。
 その後村から距離を取って考える。
「……」
 ふと、レベッカが震えているのに気が付いた。
 無理もない。人間同士が血を流す実戦だ。初めは自分もそうだった…。
「大丈夫よ。大丈夫だから」
「……はい……」
 なんとか、その言葉をレベッカは出した。
 直後、蹄の音が聞こえた。
『!?』
 剣を抜き、弓を構える二人。しかしその人物は攻撃などしてこなかった。
 ボサボサの緑髪。目は見えているのだろうか。こちらからではどんな目をしているのかわからない。
 鎧を身に着け、剣と槍を持つ。馬の後ろにはなぜか大きな袋を積んでいる。
 そんな男が二人の前にいた。
「…あなた、何者なの?」
 間を置いて尋ねる。すると彼ははきはきと答えた。
「はい。俺はフェレ騎士団に所属する、ロウエンと言います!」
 二人はやった、と思った。レベッカがまず言う。
「済みません! 近くにフェレの部隊なんかは駐留していませんか?
 山賊たちが近くの村を襲っているんです!」
 彼は驚いた後答えた。
「なんですって!? はい、そうですね。今は近くにエリウッド様とマーカス将軍が…」
「! エリウッド様がこの近くに!?」
「は、はい。…お知り合いで?」
 イーリスの驚きにロウエンは戸惑ったような声を出し、尋ねる。
 彼女はうなずいてから言った。
「以前に少し。――お願いがあります。私達をエリウッド様の所まで連れて行って下さいませんか!?」
「……わかりました。では、後ろにお二人とも乗ってください!」
 後ろにある袋を器用にどけてから乗るように促す。イーリスとロウエンの手を借りてまずレベッカが。
 そしてイーリスも乗る。
「飛ばします。つかまっててください!」
 三人を乗せた馬は駆けた。





「…エリウッド」
 フェレ公子エリウッドを不安げに見つめるのは、紫の髪を持つ妙齢の女性。
 彼女にエリウッドは申し訳なく思いながらも言った。
「母上。ご安心下さい。必ず父上を見つけ出し――フェレへ戻ります」
 言い聞かせる息子に、この意思は変えられないと悟り、言葉を紡ぐ。
「…わかりました。…かならず戻って来るのですよ」
「はい。必ず。――イサドラ。僕たちが留守にする間、母上のことを頼むよ」
「はっ。お任せ下さいエリウッド様。エレノア様は必ずお守りいたします」
 答えたのは青い髪の美女。
 白銀の甲冑を身に着けた女性聖騎士イサドラは、フェレ侯妃エレノアの近衛騎士。
 実力は皆が信頼している。
「それでは、母上」
「…身体に気をつけるのですよ」
 エリウッドがうなずいたのを見て、イサドラがエレノアに戻るように促す。
 見送ってから、エリウッドは側にいる聖騎士に言った。
「さてマーカス。しばらくは二人旅だな」
「いえ、直属の部下であるロウエンも供をします」
「ロウエンが? それは心強い」
 素直に言うエリウッド。
 彼はまだ正式な騎士叙勲はしていない従騎士だが努力家で実力は正騎士と何ら遜色無い。
「ロウエンに近くの村で腕に覚えのある者を数人、雇うようにと命じてあります。
 …本来なら一小隊も連れていきたいですが…エリウッド様のたっての願いでは」
「仕方が無い。父上の供をしたフェレの精鋭部隊も行方知れずだ。
 この状況下で兵力を割くことは出来ない。母上にもしものことがあってはいけないからな」
 母を思いやる心に、マーカスは深くうなずいた。
「…一刻も早く、父上たちを見つけよう。…気丈だがイサドラも、本当は辛いだろうしね」
「…そうですな」
 彼女――イサドラには、将来を誓った婚約者がいた。
 フェレ侯爵エルバートの供をした精鋭部隊の中に、その婚約者がいた。
 自分も捜しに行きたいだろうが、エリウッドの命に従いフェレへ残っている。
 その彼女のためにも、早く見つけるべきだと思った。
 と、そこで――。
「エリウッド様っ! マーカス将軍っ!」
 全速力で馬を走らせ、ロウエンが二人の元へ来た。一喝するマーカス。
「ええい何事か、ロウエン! 騎士たるものいかなる時にも落ちついて…」
「村に山賊が現れましたっ!」
『!?』
 驚きの表情を表す二人。
「詳しい話はこの二人から…」
 ばっ、と馬から飛び降りる二人。そのうちの一人に、エリウッドは驚きと懐かしさを素直に表した。
「イーリスじゃないか! 久し振りだな」
「お久し振りでございます、エリウッド様」
「エリウッド様、ご存知で?」
 問うたのはマーカス。うなずいてからエリウッドは答える。
「ああ。昨年のキアラン内乱でリンディスを助けた軍師殿だ。
 彼女がいなければ、リンディスは無事にたどり着けなかっただろう…。
 その君がどうしてここに?」
「諸事情によりまして、再びリキアへと参りましたが、そこで世話になった村が山賊に襲われてしまったのです」
「お願いします、エリウッド様! 村をどうか救ってください!」
 そこで、レベッカも言った。
「? 君は?」
「私、村長の娘のレベッカと言います。イーリスさんと一緒に狩りに出ていたところ、
 村が襲われてしまって…。他に頼れる方もいないんです。お願いします!」
 領民を守るのは貴族の義務――エリウッドはすぐに決断を出した。
「わかった。マーカス、ロウエン! 村を救うぞ!!」
『はっ!』
 二人は敬礼をして返した。
「レベッカ、だったね? 君はどこか安全な場所へ…」
「いえ、ご迷惑でなければ私も戦わせてください。弓なら毎日狩りをしているので少し自信があります。
 家族が大変な目にあっているのに何もしないのはいやなんです!」
 ――家族。
 誰も、思うは同じ。それは何も変わらない。
 イーリスは、思った。
「…わかった。だが、決して無理はしないでくれ」
「はい!」
 笑顔になってレベッカはうなずいた。
「よかったわね、レベッカ。――私もご一緒させていただけますでしょうか?」
「こちらこそ頼みたいところだったよ。軍師として指示をもらえるかな?」
「はい。お任せください!」
 張り切ってイーリスは軍師としての手腕を振るうことにした。





「おいおい、騎士の兄ちゃんが言ってたエリウッド様、とやらはまだ来ないのか?」
 一向に雇い主が来ないのに腹を立てる傭兵の斧戦士、一人。
 相方が答えた。
「前金はもらっている。来ないわけがないだろう。何か事情があるのかもしれん…」
 言ったそのとき、戦闘の声が聞こえてきた。
 それが気になった二人は村の外へ出る。
 二人が見たのは山賊と戦う貴公子然とした一人の青年。
 傍にいるのは薄紫色の髪を持つ少女。指示を出しているようだ。
「もしかして、あの兄ちゃんがエリウッド様か?」
「…ああ」
 彼は、エリウッドの姿を知っていた。
 一年前に雇われていた傭兵団で縁があったためだが、それより驚いたのは傍で戦う少女だ。
 その少女とも、彼は縁があった。彼女ともここで会うとは思わなかったのだ。
「山賊たちと戦うなんて、いいねえ! 弱きを助けてこそ男ってもんだ!」
「…いくぞ。どうやら少し状況は不利なようだ」
「おお!」
 二人は加勢に入った。
 斧を豪快に振り回す一人の男。加勢にエリウッドと少女軍師――イーリスは驚く。
 が、すぐにエリウッドから事情を聞いて納得した。
「君達が護衛に付いてくれるんだね? 勝手に戦闘に入って申し訳ないが、これからよろしく頼む」
「なあに、いいってことよ! 弱きを助けてこそ男だ! 気に入ったぜ!」
 鉢金をした男はどうやら人々を助けるエリウッドを気に入ったらしい。
 バンバンと彼の肩を叩く。ちょっと痛かったらしくエリウッドは少し咳き込んだ。
 続けて現れた姿に、イーリスは懐かしく声を上げた。
「ドルカスさん!」
「久し振りだな。また会うとは縁がある」
「本当です。あ、ナタリーさんはどうしているんですか?」
「あいつならゆっくり暮らしている。病も少しずつ良くなっている」
「そうですか、良かったです。…っと、世間話している場合じゃありませんね。
 進軍! マーカスさんとロウエンさんを先頭に突撃! ドルカスさんと…えっと…」
 そこでしまったと思った。もう一人の名前がわからない。
 気付いたか答えてくれた。
「俺の名はバアトルだ! お主の名はなんというのだ?」
「私はイーリス。軍師です」
「軍師? なんだ、それは」
「他の人たちに指示を出して、戦いを有利に進める人のことですよ。
 軍師が考えるのは戦術、戦略、編成に…」
「ええい! 難しい話をするな!」
 「え?」と、イーリスは思った。
「難しい話は頭痛がするのだ」
 今のが難しいのか? とイーリスは心の中で突っ込みをいれる。
 沈黙しているとバアトルは怒ったように言ってきた。
「む。貴様、今俺を馬鹿だと思ったな?」
 すぐに頭を振るが、心の中では「なんでわからないのよ」と突っ込みを再び。
「…まあ、とにかくよろしくお願いします。それでは改めて。騎兵先頭で突撃!
 続けてドルカスさんとバアトルさんで左翼から! エリウッド様と私が右翼! レベッカは援護を!!」
 気を取り直して指示を出すイーリス。
 山賊退治のために、全員は一丸となって戦った。





 実力が元々違い、指揮と統制が取れたエリウッド達には山賊など敵ではなかった。
 村の各所から突入し迅速に村人達を救出して、賊を蹴散らした。
 お礼を村の代表として村長――レベッカの父がエリウッドに言った。
「ありがとうございました。村を代表してお礼を申し上げます」
「いえ、僕達は当然の事をしたまでです」
「そんな事はありませんぞ。ラウスでは……」
 村長は昨夜イーリスに話したのと同じ事をエリウッドにも話した。
 聞いて彼の表情がみるみるうちに変わっていく。それからなにかマーカスと話をするのを見た。
「エリウッド様、どうかなされたのですか?」
 尋ねると彼は間を置いた。
「……そうだな。協力してもらった方がいい……」
 との呟きが聞こえた後、彼は言った。
「君は知っているかな? この一月、僕の父が行方不明になっていると言うことを…」
「エルバート侯爵様ですね。噂は聞いています」
「実は、僕は父を探すために旅に出るところなんだ。それで、よかったらでいいんだが、君の知恵を貸して欲しい。
 これからの予定は空いてるのかな? …あ、事情があるんだったね」
「いえ、大丈夫です」
 彼女の言葉にエリウッドは驚いた。
「しかし…」
「お役に立たせてください。もしかしたら…無関係ではないかもしれませんから」
「え?」
 それには答えずイーリスは続けた。
「エリウッド様には以前お世話になりましたし、私などの知恵で良ければどうかお使い下さい」
「…ありがとう。頼りにさせてもらうよ」
 エリウッドは笑顔で感謝した。心強い味方を得られたと感謝した。
 イーリスの勘は、警鐘を鳴らしていた。
 この、フェレ侯爵の失踪劇。そしてラウスの戦準備。
 これがリキアに起こる事だと。そして想像もつかないようなことが起こるのだと。
 真実を知るためにも同行するのがいいと結論を出したのだ。
「…これからの行き先はどういたします?」
「ああ、まずはラウスへ向かおう。何か手がかりが得られるかもしれない。あそこはリキア交通の要所だし」
「わかりました」
 うなずいた、その時だった。
「私もお供させて下さい!」
『レベッカ!?』
 驚いたイーリス、エリウッド、村長が驚きに声をあげる。
「…村を救ってもらった恩があります。私も弓矢でお手伝いさせて下さい。料理だって得意ですから!
 …それに、兄を探したいんです。行方不明の…」
「レベッカ…」
 兄が行方不明なのを知って、エリウッドは心が痛んだ。
 この子も同じなのだ。自分と同じく家族が行方不明で、その辛さは痛いほどわかる。
 意思を蹴ってはいけないと感じた。
「…分かった。村長さん、娘さんを――レベッカをお預かりします」
「はい。…死んだ母さんと同じく頑固だな…。こちらこそ娘をよろしくお願いします」
「ありがとう、父さん! 私、頑張るから」
「ああ、待っているからな」
「うん!」
 こうして、レベッカも加わって旅は始まりを告げた。
 しかし、これも運命だと、知らずに。
 後にリキア一の騎士と謳われる紅髪の公子エリウッドの旅の始まり。
 それは。




 調和を紡ぐ者たちによる、
 歴史に残らぬ戦いの始まりと、知らずに。







NEXT  BACK  戻る