Fortune
  〜Side N〜






 これは、神が私に与えた罰なのでしょうか。


 この出逢いは、運命。


 私は、ずっと二人で逃げていた。
 二ルスと二人でネルガルの手から。
 呼びかけに応えてしまい私達は禁忌を犯してしまった。
 門を開けてこちらの世界へ来てしまった。
 このまま仲間を危機に晒すわけにはいかないから逃げまわった。
 でも、私は捕まってしまった。
「いやです…やめてください…!」
 私は懸命にもがくけれど、人の姿をした私では振りほどくことは出来なかった。
「大人しくネルガル様の元へ戻るんだ」
「いやです…!」
「大人しくしろ!」
 あまりに私が抵抗するから、私を引っ張っていた男は、首を打ち据えた。
 意識が遠のいていった。



 私は、願った。
(ニルス…どうかあなただけでも無事で…)



 でも、暗闇をさまよう私に、突然光が見えた気がした。
 とても、温かい感覚がする。
 決して私を捕えようとした人達のものではない、心地よい感覚。
 安らぎを与えてくれる声も聞こえる。
 私を救ってくれたのは、誰?



 あなたは、誰ですか?



「ニニアン!」
 目が覚めると、ニルスがそこにいた。
「ニルス…」
「良かった…ニニアンが無事で…」
 目を覚ました私が周りを見ると、二人の女性とその後ろに二人の騎士。
 自己紹介をしてくれたリン様とイーリス様たちが、
 ニルスと一緒に私を助けに来てくれたのだと聞いた。
 足を挫いてしまった私は、リン様達と一緒にしばらく旅をすることにした。
 私やニルスの持つ危機を察知する力があればご恩返しをすることが出来るから。
 でも、話をして私は気付いた。
 私を助け出してくれたのは、この人達ではないと。
 もっと別の人だと。



 数日後、私はニルスと一緒に宿で話をしていた。
「ねえ、ニルス」
「どうかしたの? ニニアン」
 二ルスは目を瞬かせて聞いてきた。
「…リン様たちは、いい人ね」
「うん。みんないい人達ばかりだ。ウィルさんなんかよく話し相手になってくれるし、
 リン様、イーリスさんも僕たちのこと気遣ってくれるし…。
 …でも、僕らは、違うんだよね」
「…そうね」
 弟の言葉に私はうなずく。
 そう。私達は人ならざるもの。
 決して相容れることの無い存在で――。
「――大丈夫かい?」
 そう思っていると、私に対して声が掛けられた。
 炎のような紅い髪と、海よりも深い青い瞳の、男の人。
 私は瞳を瞬かせて尋ねた。
「…あなたは…?」
「あ、すまない。僕はエリウッド。フェレ侯公子だ」
 謝ってから自己紹介をしたこの人の声に、私は何かを感じた。
「エリウッド、様…」
 だから私は口に出して繰り返した。
 それから私は自分の名を名乗る。
「私は、ニニアンと申します」
 そうしたら、少しエリウッド様が…笑ったような気がした。
 決して冷やかす、ではなくて素直な感動のような。
「で、君はニルスだったね」
「うん」
 ニルスが尋ねられてうなずく。エリウッド様はそれから私のほうを向いた。
「リンディスから聞いたけれど、君達二人は旅芸人なんだって?」
「はい、そうです。ニルスは笛を。私は踊りを…」
「へえ。とても綺麗だろうな、ニニアンの舞いは」
 エリウッド様の声には、お世辞とかいう声色が全く無かった。
 私の舞いを想像してその感想を素直に述べている。
 思わずわずかに顔を赤らめた。
「い、いえ。そんな…ありがとうございます…。
 でも、今は足を痛めてしまって」
「足を? ああ、本当だ」
 少し衣装から足を出す。足首に包帯が巻いてある。
 まだ完全には治っていないから無理は出来ない。
「大丈夫かい? 無理をしないで治さないと」
「あ、はい…」
 しばしエリウッド様は包帯を巻いた私の足を見ていた。
 それからこう提案した。
「包帯、巻き直そうか?」
「え? あ、あの、大丈夫です…。エリウッド様に、そんな」
「いや、きちんと巻かないと治りも遅いよ。足、見せて」
「…はい」
 エリウッド様の真摯な瞳に負けて、足を見せる。
 すぐにかがんで包帯を直し始めた。
 しっかりと、また動きやすいように巻いてくれる。
 すごく温かい人…。
「…これでいいかな。ニニアン、足は動く?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます、エリウッド様」
 私は深くお辞儀をしてエリウッド様に感謝を示した。
 でも、ここまでしてもらうのは本当に気が引ける。
 表情も暗くなる。
 私は人間ではないのです。
「良かったね、ニニアン」
「ええ」
 ニルスの言葉には私はうなずく。
「ねえ、ニルスーっ」
 と、宿の二階からリン様が降りてきた。
「あ、リン様、どうしたの?」
「今から買い物に行くから付き合ってくれる?
 包帯とか買わなきゃいけないし、結構荷物多くなりそうだから」
「え、他の人は?」
「セインとケントは武器屋。フロリーナは付近の偵察。ウィルとラスは訓練。
 ドルカスさんは日雇いの仕事で資金稼ぎ。マシューはどこ行ったか判らないし、
 セーラがエルクを連れて買い物。ルセアは教会に行ってるし…」
 皆さん、用事があるようでいないのね。
「あれ、イーリスさんは?」
「イーリスは一緒よ。ねぇ、イーリス」
「そうそう、忘れないでよね」
 イーリス様が階段から降りて来た。会釈をしてエリウッド様に挨拶をする。
 …少しだけ…心がちくりとした。
「でも、ニニアンは――」
「いいよ、僕が一緒にいるから行っておいで」
 エリウッド様が提案した。
 ニルスは迷ったようだけれど、うんとうなずいた。
「じゃ、ニニアン。僕行って来るね」
「行ってらっしゃい、ニルス」
「それじゃ、行ってくるわね。エリウッド様、済みませんが、ニニアンのことお願いします」
「分かっています」
 私とエリウッド様で三人を見送る。
 二人だけになって、話が出来なくなって沈黙してしまう。
 エリウッド様は迷った顔をしていたけれど、閃いたようで椅子に座って明るく話し掛けてくれた。
「ニニアン、君は旅をしているんだよね」
「はい」
「なら、フェレに来たことはあるかな」
「…いいえ…」
 緩く、私は首を横に振った。
 エリウッド様は続けて明るく話し続ける。
「機会があれば、来るといい。フェレの城からは海が見えるし…森も山もある。いい所だよ」
「まあ」
「父上の努力で治安も安定しているし、きっと気に入ると思うよ」
「…そうですね。行ってみたいです」
「いつでも来るといい。あ、城に来てもいいよ。歓迎するから。母上は歌や踊りが好きだし」
「……」
 私の心は暗くなった。
 エリウッド様は私のことを気遣って話をしている。
 こんなに温かい人。
 でも私は人間ではないから。
 そんなことは一切出来ないから。
「…ニニアン…?」
 心配そうにエリウッド様は近付く。
 そんな顔をしないで欲しいと、心の声が聞こえてくるようで。
 私は悲しくなった。
「…エリウッド様…ごめんなさい。私のために…お話してくださっているのに…」
 私は申し訳なくて、涙を流す。するとエリウッド様が手巾を出して、涙を拭ってくれた。
「…私…こんなに温かくしてもらったの…初めてで…。
 今まで、ずっと辛いことばかりだったから…」
「…ニニアン…」
 そう。私は追われる立場。
 禁忌を犯した私に幸はないのです。
 ならばどうしてこんなに温かい人に、巡り逢わせたのでしょうか。
「辛かったんだね、とても。でも、ニニアン。一人で抱え込まないで。
 何か困ったことがあったらいつでもフェレに来るといい。
 僕にできることなら力になるから」
 その優しい言葉は、私にまた涙を流させた。
「…エリウッド様…。エリ…ウッド…様…」
「ニニアン、泣かなくていい。大丈夫だから」
 また泣いた私に、エリウッド様は涙を拭ってくれた。
「さあ、笑って。泣いたら心も暗くなるよ」
 …私は、ハッと思った。
 この人の、声。もしかしたらと。
 確信は無いけれど、でもとても安心する声に、私はわずかに笑った。
「…はい…」




 それで、エリウッド様とは別れた。けれどあれは本当だった。
 あの後リン様が本当のことを話してくれた。


 私を助けてくれたのは、エリウッド様。


 あの人だったのだと。
 でも十分なお礼は出来ない。私達は追われる立場。
 あなたの元へは行けません。
 もう二度と、あなたには逢えないのですから。



 けれど運命は、廻っていた。



「……」
 私とニルスは、とうとうネルガルに捕まり『竜の門』へと捕らえられてしまった。
 充分な量のエーギルが集まり次第儀式を行い、この大陸に竜を呼び寄せると私達二人にはっきりと宣言した。
 この事態を打開するためはにどうすればいいか、私達は考えた。
 好奇心と故郷に憧れる気持ちから犯した禁忌。
 ならば私達は、責任を取らなければならない。
 …逃げても、また追われ、捕われる。
 ならば、いっそのこと命を絶てばいいのではないだろうか。
 いつしか私達は絶望の中でその結論に達した。
 私達がいなければ、門は開かないのだ。
 そう決心した頃だった。
「ぐっ…」
 私達姉弟が捕らえられている牢に、一人の壮年の男性が入れられた。
 炎のような紅い髪に、海よりも深い青い瞳。
「あ…」
 思わず、私は声をあげた。
 それでその男の人は私に顔を向ける。
 …似ている。
 私は、エリウッド様のことを思い出してしまった。
 あの優しく、温かったあの方を。
「あの…大丈夫ですか…?」
 私は声を掛けていた。
「ああ、なんとかな。君達は…?」
 求められて私とニルスは自分の名を名乗る。
 それから男性が名乗ってくれた。
「私はフェレのエルバートだ」
 名乗ってくれたあの人が、やはりあの人に似ていて。
 私の胸が痛くなる。
「ニニアン?」
 ニルスが声を掛けるけれど、私の心には届かなかった。
「…フェレ…」
「? どうしたんだい?」
「あ、いえ…」
 ハッと我に返って、私は首を横に振った。
 けれど、私の心は震えだしていた。



 エルバート様は、ネルガルへの生贄として連れて来られた。
 そして私達が人ならざる者と知ってしまった。
 けれど、エルバート様はそんなことを気にせず、事情を知っても責めたりしなかった。
 逆に、私達を元気付けてくれた。
「フェレはいい所だ。海、山、森。城からすべて見える。二人とも気に入るぞ。
 それに二人なら妻と息子も歓迎してくれるだろう」
「おじさんの奥さんと、息子さんって、どんな人?」
 ニルスが尋ねると、エルバートおじ様は笑って答えた。
「妻はエレノア。とても美人なんだが気も強くて少々困る時もある。だがいい妻だ。
 彼女は歌や踊りが好きだから君の踊りを見せてほしいとせがむかもしれん」
「まあ」
 どんな人だろうと想像したら、少しだけ笑みがこぼれる。
「私は彼女を妻に娶れて幸せ者だよ」
「へえ…一度でいいから、会ってみたいな…」
 ふとニルスが呟く。
 こんなにいい人の奥様…どんな人なのだろうと思っているのでしょうね。
「で、息子なんだが剣術の才能はあるのに戦うことが嫌いでな。
 優しすぎて、自分が傷つくことを選んでしまう。不器用だが、そこがいい所だと思う」
「その、息子さんの名前は?」
 あの子が尋ねる。エルバートおじ様は、すぐに答えた。

「息子の名前は、エリウッドだ」

 涙が、零れた。
「どうしたんだ、君」
「ニニアン?」
「…エリウッド…様…」
 ここであの人の名を聞くとは、思わなかった。
 私を助けてくれた、あの方――。
「…もしかして、エリウッドの事を知っているのか?」
 私は、ごくごくゆっくりうなずいた。
「はい……。一年前、私を助けて下さったんです…」
「…そうか。あの時あいつが言っていたのは、君だったのか」
「…?」
 私が首を傾げると、エルバートおじ様は話してくれた。
 フェレでエリウッド様はおじ様とエレノア様に私のことを話したようで、私たちのことをご存知だった。
 おじ様は仰った。
「なら、なおさら歓迎してくれるだろう。二人とも、生きるんだ。
 生きていればきっと幸せもある。だから絶望に負けるな」
「うん。おじさんの息子さん…エリウッド様に、また会いたい」
「…はい…」
 ひらめき…よりも、微かだった。
 エリウッド様なら私達を救ってくれる。そんな気がした。
 それに私自身、あの方にもう一度会いたいと願っていた。




 私達はおじ様の助けで逃げることができた。
 小舟で海に出た。
「ニニアン、陸に着いたらどうする?」
「そうね…おじ様の言う通りに、フェレへ行きましょう」
「うん」
 おじ様は私達を逃がす際に仰った。
 「フェレへ行け。きっと息子が助けてくれる」
 私も思っていた。エリウッド様なら私達を助けてくれると…。
 けれど。
「わあっ!」
「!? ニルス!」
 突然の大波。舟が揺らぐ。ニルスが海に投げ出される。
「ニルスっ!」
「ニニアン…!」
 引き上げようと手を伸ばすけれど、また大波で体のバランスを崩し、縁に打ちつけられる。
 どうすればいいの? どうすれば、いいの?
 二ルス…。
 たす…けて…。


 エリウッド様…。


 そこで、私の意識は途切れた。
 けれど最後の願いが届いたのか…私は、またあの方と出逢った。








 <後書きと言う名のエリニニその2>

 はい、ニニアンサイドです。かなり遅くなってごめんなさい(謝)
 エリウッドサイドより長いのは、エルバートおじ様を書きたかったから(笑)
 親子そっくりですよね、この二人。そして息子もまたそっくり…。
 ニニアン唯一の、ED変化キャラですからね〜エリウッド。
 そして支援状況早すぎ。燃えあがったら止められない恋愛。
 ストーリー考えてもこの二人の恋愛はいいです。泣けてくるけど…。
 もうこの時から私のニニアンはエリウッド一筋。優しいエリウッドに心惹かれています。
 運命的な出会い。恋愛。
 この二人を彩る言葉は「運命」に尽きると思います。

 それではありがとうございました。




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