Fortune
  〜Side E〜






 僕が彼女に出逢った時のことは、決して忘れられない。


 そう、これは運命だったのだ。


 その日、僕はヘクトルと二月に一度の手合わせのために、カートレー侯爵領へ来ていた。
 少し予定より遅れてしまった。怒るだろうな、ヘクトル。
 ヘクトル、自分は時間に遅れるくせに、他人が遅れるのは許さないんだよな。
 どうしたものかと思いながら僕は待ち合わせの宿へと向かう。
「いやです…やめてください…!」
 と、北に館が見えるところで、僕は声を聞いた。
 暴漢たちが嫌がる一人の少女を引っ張っている。
「大人しくネルガル様の元へ戻るんだ」
「いやです…!」
「大人しくしろ!」
 暴漢の一人が少女を打ち据えて気絶させた。
 これは大変だと思って、僕はレイピアを抜いて奴らの元へ向かい、立ち塞がった。
「その子を放せ」
「なんだお前は」
「お前達のようなものに名乗る名は無い!」
 僕はレイピアを一閃させる。
 これで奴らは僕を完全に敵と認識して、襲い掛かって来た。
(落ちつけ。一対一で戦うんだ)
 訓練はしているものの、実戦経験はほとんどない。
 だから僕は周囲の木々などを利用して大勢でかかられないようにした。
 結果、なんとか僕は全員を追い払うことに成功した。
 僕は気を失っている少女を抱えた。

「…綺麗だ…」

 その言葉しか、出て来なかった。
 薄い青緑の長い髪。雪のように真っ白な肌。小さくて整った鼻や口。
 そして巫女のような装束に包まれた、均整のとれた華奢な身体。
 まるで物語に出て来る氷の精霊ニニスそのものだ。
 初めてだった。こんな人に出逢ったのは。
 ふと、風が吹いて我に返る。
 さてどうしよう。
 どこに彼女を連れて行けばいいか。
 めぼしい建物は、北の館だ。
 僕は彼女を抱えて館へと足を向けた。




 館では彼女の弟ニルスと、協力したキアラン侯の孫娘、リンディス。
 それと見習い軍師のイーリス殿に出逢った。
 僕はニルスに彼女を返し、リンディスとイーリス殿、二人から事情を聞いた。
 今リンディスはハウゼン殿の弟、ラングレンからキアランへの道中の妨害を受けているらしい。
 確かに聞いた話では侯はご病気だと言われているが怪しいものだ。
 それは軍師のイーリス殿も同様に感じているらしく、ラングレンの陰謀だろうと言っていた。
 僕はリンディスに協力を約束し、ヘクトルとの待ち合わせ場所である宿へと向かう。
 予想通り。ヘクトルは、待ちくたびれた様子で僕を見た。
「遅えぞエリウッド!」
「済まない、ヘクトル。人助けをしていたから」
「は? 人助け?」
「実は…」
 簡潔に僕は先ほどあったことをヘクトルに話す。それで彼は時間に遅れたことを納得してくれた。
「へえー、キアラン候の孫娘に会ったのか」
「ああ。妨害を受けつつもキアラン城を目指しているそうだ」
「そっか。で、お前が助けた子ってどんな奴だったんだ?」
「どうと言われても…」
 僕は口篭もる。どう表そうか本当に悩んだからだ。
 やっと言葉を見つけて僕はヘクトルに言った。
「…触れていても解けて消えてしまいそうなほど…綺麗だった」
 そのときの僕はヘクトルに言わせれば「おかしい」だったそうだが、分からなかった。
「とにかくエリウッド。二月に一度の手合わせなんだ、本気で行くからな」
「分かっているよ、ヘクトル」




 手合わせは、またまた引き分け。互角の勝負をしている。
 ヘクトルはウーゼル様からきつく言われているのか、すぐにオスティアへと帰っていった。
 一方僕は、まだカートレーにいた。
 昔から風光明媚な場所として知られているここの景色が僕は好きだし、
 リンディスたちに言った手前もあった。
 それに…もしかしたら、と思ったから。
 もしかしたら、また彼女に会えるかもしれない。そんな風に思っていたから。
 だから、嬉しかった。



 また、彼女に会えるなんて。



 数日後、リンディスは僕に、キアラン近隣の諸侯へのとりなしを依頼した。
 ラングレンが彼女を偽者として振れまわし、近隣諸侯への協力を要請したため、
 孤立を避けるために僕を頼ってカートレーへ戻ってきたそうだ。
 軍師のイーリス殿は、僕に不干渉をとりなしてくれと頼んだ。
 「ラングレンの言い分が不確かである以上、どちらにも干渉しないのが得策であろう」
 と言えば大丈夫だ。そう彼女は言った。すぐに僕は書状をしたためて隣接する領地五つに出した。
 返事を僕は待つ。
「――大丈夫かい?」
 僕は、宿の中で弟ニルスと一緒にいる彼女を見つけて話し掛けた。
 彼女は紅い瞳を瞬かせた。
「…あなたは…?」
「あ、すまない。僕はエリウッド。フェレ候公子だ」
 そういえば彼女の前で名乗っていなかった。軽く自己紹介する。
「エリウッド、様…」
 僕の名を繰り返す。それから彼女は名乗ってくれた。
「私は、ニニアンと申します」
 ニニアン。
 いい、名前だ。本当にニニスのようだ。
 声も綺麗だ。
「で、君はニルスだったね」
「うん」
 淡緑の髪の少年は、そうだよとうなずいた。
「リンディスから聞いたけれど、君達二人は旅芸人なんだって?」
「はい、そうです。ニルスは笛を。私は踊りを…」
「へえ。とても綺麗だろうな、ニニアンの舞いは」
 僕は素直に口に出す。
 ニニアンは少しだけ、顔を赤らめた…気がした。
「い、いえ。そんな…ありがとうございます…。
 でも、今は足を痛めてしまって」
「足を? ああ、本当だ」
 衣装の長い裾から覗かせた白い足首には、包帯が巻いてあった。
「大丈夫かい? 無理をしないで治さないと」
「あ、はい…」
 ふと、僕は包帯の巻き方に疑問を持った。
 誰が巻いたのは判らないけれど、少々いびつなのだ。
 思った僕は言った。
「包帯、巻き直そうか?」
「え? あ、あの、大丈夫です…。エリウッド様に、そんな」
「いや、きちんと巻かないと治りも遅いよ。足、見せて」
「…はい」
 ニニアンは裾を少し上げて包帯を巻いた足を見せる。
 僕はしゃがんで包帯を外し、巻き直し始めた。
 しっかりと、また動きやすいように巻く。
「…これでいいかな。ニニアン、足は動く?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます、エリウッド様」
 ニニアンは深くお辞儀をして僕に感謝を示した。
 でも、僕は不思議に思う。
 暗い顔だなと。
 どこか悲しい顔をしているのはなぜだろう。
「良かったね、ニニアン」
「ええ」
 ニルスの言葉に彼女はうなずく。
「ねえ、ニルスーっ」
 と、宿の二階からリンディスが降りてきた。
「あ、リン様、どうしたの?」
「今から買い物に行くから付き合ってくれる?
 包帯とか買わなきゃいけないし、結構荷物多くなりそうだから」
「え、他の人は?」
「セインとケントは武器屋。フロリーナは付近の偵察。ウィルとラスは訓練。
 ドルカスさんは日雇いの仕事で資金稼ぎ。マシューはどこ行ったか判らないし、
 セーラがエルクを連れて買い物。ルセアは教会に行ってるし…」
 すごいな、と僕は思う。みんなして用事か…。
「あれ、イーリスさんは?」
「イーリスは一緒よ。ねぇ、イーリス」
「そうそう、忘れないでよね」
 イーリス殿が階段から降りて来る。会釈をして僕に挨拶する。
「でも、ニニアンは――」
「いいよ、僕が一緒にいるから行っておいで」
 即座に僕は提案していた。
 ニルスは迷ったようだけど、うんとうなずいた。
「じゃ、ニニアン。僕行って来るね」
「行ってらっしゃい、ニルス」
「それじゃ、行ってくるわね。エリウッド様、済みませんが、ニニアンのことお願いします」
「分かっています」
 僕とニニアンは三人を見送った。
 二人だけになって、沈黙してしまう。
 何か、話さないといけないな。
 どうしようかと思ってから、閃いて僕は椅子に座って話し掛けた。
「ニニアン、君は旅をしているんだよね」
「はい」
「なら、フェレに来たことはあるかな」
「…いいえ…」
 緩く、ニニアンは首を横に振った。
「機会があれば、来るといい。フェレの城からは海が見えるし…森も山もある。いい所だよ」
「まあ」
「父上の努力で治安も安定しているし、きっと気に入ると思うよ」
「…そうですね。行ってみたいです」
「いつでも来るといい。あ、城に来てもいいよ。歓迎するから。母上は歌や踊りが好きだし」
「……」
 僕は、不安になった。
 ニニアンの顔は僕が話し続けているうちに、さらに暗くなっていたのだ。
 どうしたんだろう。少しでも心を和ませたくて話をしたのに。
「…ニニアン…?」
 僕は、彼女に近付いた。
 お願いだから、そんなに暗い顔をしないで欲しい。
 笑った顔を、見せて――。
「…エリウッド様…ごめんなさい。私のために…お話してくださっているのに…」
 ポロポロとニニアンが涙を流す。僕は手巾を出して、その涙を拭った。
「…私…こんなに温かくしてもらったの…初めてで…。
 今まで、ずっと辛いことばかりだったから…」
「…ニニアン…」
 なんということか。
 今までの旅の中、辛いことばかりを経験していると言う。
 神は残酷だと僕は感じた。
 どうして彼女に幸を与えないのだろう。
 幸せを彼女に与えて欲しいと、願った。
「辛かったんだね、とても。でも、ニニアン。一人で抱え込まないで。
 何か困ったことがあったらいつでもフェレに来るといい。
 僕にできることなら力になるから」
「…エリウッド様…。エリ…ウッド…様…」
「ニニアン、泣かなくていい。大丈夫だから」
 またポロポロ泣いたニニアン。僕はそっとその涙を拭った。
「さあ、笑って。泣いたら心も暗くなるよ」
「…はい…」
 わずかだったけれど、笑ってくれた。
 僕は嬉しかった。
 ああ、と幸せな気分になった。



 僕は、それで彼女と別れた。
 いつかまた逢えたら良いなと思った。



 あの時はまだ分からなかった。
 でも、運命だったから。



「…まさか、こんな所で逢うなんて」
 僕と、ニニアンはまた出逢う―――。








<後書きと言う名のエリニニ>

 わー、エリニニ〜。
 カプ語りでもあるけれど、私は「主人公×ヒロイン」カップルで一番好きなのがこの二人…。
 二人の出会い編を書いてみました。少しは話をしただろうと思ったので。
 この二人を表す言葉は「運命」ですね、きっと。
 これはエリウッドサイドなのでニニアンサイドも今度また。

 それではありがとうございました。




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