064:遺跡





 彼女は二人を見て、声をかけてきた。
「――パント様のお弟子さん達かしら?」
「は、はい。あなたが…」
「ええ。私の名はイグレーヌ。このナバタに住まう者よ」
 言って彼女は自己紹介をしてくれた。
「よろしくお願いします、イグレーヌさん。私はセシリアです」
「俺はフェレスです」
 続いて二人も軽く自己紹介をする。
「では、案内するわ。ついて来て」
 と、イグレーヌの案内でオアシス内の岩場へと二人は歩みを進めた。
 その中でもいくつもの岩が折り重なって出来た大きな岩で、足を止める。
 彼女が岩の一つに触れる。押すと一部が中に押され、岩が動いた。
 ポッカリと穴が口を開ける。
「仕掛けか…」
 フェレスが感嘆するように呟く。が、さっさと先に行く二人。
「ちょっとフェレス、先に行ってしまうわよ」
「あ、待ってくれよ」
 と慌てて穴の中へと入っていく。
 入ると入口が閉まり始めた。
 その前にセシリアがトーチの杖を出して明かりをつける。そこで入り口は閉まった。
「すごい…」
 壁は一面の石造り。正確な寸法で切断された石を敷き詰めている。
 このような技術、現在なら各地でできるが一面の砂漠に覆われたこの地にそんな技術があったのか。
 古代遺跡だということがよくわかる。
「すげえ…」
「さあ、行きましょう」
 イグレーヌが先導し、次にセシリア。最後尾にフェレス。延々と続く通路を歩く。
 風景は何も変わらない。多少曲がりくねるが一本道。
「イグレーヌさん。秘密の通路…ですよね。この通路は」
 途中、フェレスが尋ねる。イグレーヌはうなずいて答えた。
「ええ。古代にあった王国の秘密通路らしいわ。速やかに脱出ができるようにと造られたみたい」
「古代でも同じなんですね」
 共通点に、少し親しみが湧く。
 基本的に秘密通路は速やかなる脱出を目的としているため迷ってはいけない。そのため一本道が多い。
「…これは…」
 セシリアの呟きに、フェレスが隣へと顔を乗り出す。
「どうした?」
「砂漠で見つけた魔道書を見ていたの。魔法文字で「ラグナロク」と書かれてる」
「は!? ラグナロクって、あの伝説の魔剣――「黄昏の剣」だろ!? どういうことだ?」
 黄昏の剣、ラグナロク。
 闇を斬るという魔剣。一節によれば強き理で闇すらも浄化するとも伝えられている。
「…二冊の魔道書は同じ。…もしかしてこれは、ラグナロクの力を映した魔道書ではないかしら」
「…あり得るな…」
 自分も持っている魔道書を見る。確かに、「ラグナロク」と書かれている。
「…この古代遺跡に、その魔剣があったらしいという噂があるわ。
 なら、その力を宿した魔道書があってもおかしくはない」
 その通りだな、と二人はうなずいた。


 時間を忘れるぐらい歩き、ようやく別の場所に出た。
 どこかの広間らしい。
「…何か…気配がする」
 入ってすぐ、セシリアが妙な気配に気付く。
 人間ではない、別のものの気配。
「…魔力か? これ」
「おそらく…。でも何…魂だけのような…」
 魔道の使い手である二人は、敏感に察知する。
 単なる気配ではなく、魔力と力そのものを。
「守護兵ね」
「?」
 イグレーヌの呟きに、二人は彼女を見た。
「古代の遺跡には亡霊となった守護兵がいることがあるの。ここの守護兵はあらかた倒したはずなのに…」
「わいて来た…。狙いは俺達かもな、セシル」
「ええ…。私達を試そうとしているんだわ、きっと」
 二人とも魔道書を構える。
「遺跡を崩さないように戦闘――開始かな」
「行きましょう」
 二人はそっと、広間を出た。
 通路に出たところで骨だけの兵士が襲いかかる。
 剣を振るうがひらりと回避する。
「エルファイアー!」
 火柱が亡霊兵士を燃やし尽くす。
「セシル、来るぞ!」
「わかっているわ。アイシクル!」
 セシリアは別の亡霊兵を氷で破壊する。
「あまり飛ばさない方が良いわ、フェレス」
「わかってる」
 二人は魔法を加減し、襲いかかって来る兵士たちをなぎ倒して行く。
 その光景を見たイグレーヌは、思った。
(やはり…あの二人はパント様の弟子…)
 かつてエトルリア魔道軍将で、大賢者の弟子であったパント。その彼が見出した人材。
(今回二人をここによこすのはきっかけだよ。この後次第で…話すかどうか決める。
 亡霊兵との戦いに、君は手出ししないでくれ)
 確かに強い。ただ心はどうなのか。それを測ろうとしているのだろう。
「――!」
 たまに来た亡霊兵を矢で破壊する。
 以前ここに来て兵士たちと戦ったからか自分には来ない。
 襲いかかっているのは、二人に対してだ。
「フェレス!」
「なっ!?」
 二人の声。見るとそこには、一際大きい兵士の姿。
 手に握られた剣は、細かな装飾が施されている。
「大将のお出ましか。…あの剣、魔剣だな」
「そのようね。すごい魔力」
 魔力に関しては判らないが、気配はわかる。とてつもない――力。
「行くぜ、セシル!」
「ええ、フェレス」
 二人は亡霊兵の大将に向かって行った。




 二人の戦いは長かった。
 魔剣の一撃を受ければひとたまりもないのがわかっているため、間合いを取らざるを得ない。
 しかし素早い動きで襲いかかって来る。自分たちのペースで戦えないのが、長引いている原因だった。
 魔剣が光を帯びる。続いて出された斬撃を、なんとか二人は回避する。
「危ねー。死ぬぞ、確実に…」
 凄まじい威力に、機会をうかがう。
「…一撃必殺ね、狙うとすれば」
「だ…な」
 うんとうなずくフェレス。
「…セシル、あれを試してみないか?」
「あれ…って、まさかラグナロク?」
「当たり。加減はするさ。そのぐらい強力な魔法でやらないと――こっちがやられる」
 状況を考える。
 使用できることはできるが、リスクが大きい。
 加減はするがどのぐらいの威力かわからない。
 下手をすれば遺跡も――。
 しかしこのままではやられてしまうことも事実。
(…賭け、よね。これって)
「わかったわ…フェレス、しばらく敵を引きつけられる?」
「ああ。任せとけ」
 二人は別々に行く。フェレスが魔法で敵を牽制し注意を引きつける。
 その間にセシリアは今までの戦いで消耗してしまった魔力を補い、
 最初の発動に必要な魔力を得るために魔方陣を引く。
 初めての魔法を使う時は通常時より魔力を多く消費してしまう。発動できないではいけない。
 補助のための手段。この増幅魔方陣を引くのには時間がかかる。だからフェレス一人が囮になっているのだ。
 魔道文字と図形が引かれていく。同時に詠唱が響く。

 ――精霊たちよ 汝らが望むのは終焉たりし黄昏か
   ならば我は認めよう 汝らの意志を

「…」
 力が集まるのがよくわかる。
 精霊たちの力と――溢れんばかりの魔力。
「来る――な」
 ニヤリと笑みを浮かべる

 ――あるべき大地のため 降臨せよ
   大地の守り手よ 黄昏の剣を振り下ろせ!!

「――!」
 フェレスが、一気に敵を離れる。
 直後、魔法詠唱が終結を迎えた。
「――ラグナロク!!」
 まさに剣のごとき鋭さで魔法が放たれた。一寸も違わず、亡霊兵士の大将を貫く。
 オォォォォンッ!!!
 地の底から響くような声を出し、崩れ落ちてゆく。
(…ヨク…チカラ…シメシタ…)
 声が頭の中に響いてくる。
(ワガ…タソガレノケン…モッテユクガヨイ…)
「我が黄昏の剣? …まさかこれが、黄昏の魔剣ラグナロク!?」
 フェレスが剣を指して言う。
(ソウダ…フサワシキモノニ…ワタセ…)
 どんどん、その声は力がなくなっていく。
(…オマエハ…)
「え?」
 兵の、骨だけの顔がセシリアに向けられる。
(…ヴァル…キュリア…)
「……」
 いくら待っても、声はこなかった。
 亡霊の兵士たちは、ここに全滅した。
「ヴァルキュリア…」
 セシリアは、最期の言葉を胸に刻んだ。
 何か――大切だと、感じたからだった。



 ラグナロクを回収し、三人はまた歩く。
 そうして一つの部屋にたどり着いた。
「――お連れしましたわ」
「やあ、お疲れ様」
 にこやかな笑顔で迎える。
『パント様!?』
 目の前には、二人の師がそこにいた。





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