012:砂漠の水
灼熱の太陽が照りつけ、熱を運ぶ風が吹く不毛の地、ナバタ砂漠。
そこの真っ只中を、二人の人影が歩いていた。
目深にフードつきマントをかぶっており、太陽と熱から身体を守っている。
「……熱い……」
ふと、呟く一つの影。
歩くペースはゆっくりであり、疲労が激しいことがよくわかる。
「…ちくしょー! 何でこんな所に行かなきゃいけないんだよー!!」
一向に目的地に着かないことに業を煮やし、魂の叫びとも言える大声を挙げた。
「…フェレス…」
「なあ、セシル! なんで俺達こんな所に来てるんだ?」
悲しげで、疲れたような瞳をセシル――セシリア――に向ける。
すぐに彼女は答えた。
「なぜって、それはパント様が来るようにと仰ったからでしょう?」
「でもよ、なんでよりによってこんな砂漠の、ど真ん中なんだよ!?」
必死になってセシリアに向かって叫ぶフェレス。
時は半月前のエトルリア。
二人の魔道の師、パントがナバタ砂漠に行くように二人に命じた。
すでに士官の身である二人だが、彼は軍にも許可を得ており、
ナバタ砂漠直前にある砦への任務が終わってから二人はこの砂漠に足を踏み入れていた。
「…パント様はこの砂漠の西にあるオアシスに行けば、迎えがくると仰っていらしたけれど…」
「一体、俺達に何をさせる気なんだ? 途中でいい魔道研究の材料になりそうなものが
見つかったのは良いことだけどよ」
袋の中からフェレスは杖やらを取り出す。
そのどれもが強い魔力を秘めた代物であり、研究心を湧かせる。
全部砂漠の中に埋まっていたものだ。
「この砂漠は人竜戦役以前の文明が遺跡として眠っているって話だけれど…」
「遺跡の研究助手になれってか? パント様らしいけれどさ、俺達れっきとした軍人だし
時間はそう取れないぞ?」
「そうよね…。パント様は一体、なにを私達に…」
考えるが、照りつける太陽の光と熱気に思考能力が鈍る。
汗は全身から滴り落ち、視界には陽炎が揺らめく。だが一度夜ともなれば気温は氷点下まで下がり、
旅人を凍えさせる。
不毛の地として人々に恐れられているのがよくわかる。
「セシル、水はあとどのぐらいある?」
「私は水筒三つ分ね。あなたは?」
「俺もそのぐらいだ。でもこの暑さじゃすぐになくなるぜ…。オアシスはどこだ〜!」
進めど進めど、見えて来ないオアシス。
見えたかと思うと蜃気楼。二人の神経もだいぶ擦り減っている。
けれど方角を確かめながら向かうしかなかった。
それでしばらく歩いていたら。
二人の目の前に、豊かな水をたたえるオアシスがようやく現実となって現れた。
近くには岩場もある。
「やっと着いたぜ! 水ー!」
オアシスの水をすくって喉に流しこむ。
生き返ったと歓喜の顔をセシリアに向ける。
「ようやく着いたわね…」
「えっと、迎えの人は…まだかな?」
周りを見まわすが、それらしき人影は見当たらない。
「そう言えばパント様、その人の特徴のこと、何も言っていなかったわね…」
「はい!? じゃ、どうするんだよ」
大声で言うフェレスに、セシリアは冷静に応えた。
「多分、向こうには私たちの事を伝えてあると思うわ。でないと迎えなんて出来ないし」
「そうだな」
ふんふんと、フェレスはうなずく。
「少し待ってみましょう。体も休めた方が良いし」
「賛成!」
オアシスで迎えを待つことしばらく。
大柄な男二人が、セシリアとフェレスの前に来た。
周りには大勢の武装した男達。
「おお、旅の人かな?」
「そのようだよ、マーガレット」
「は?」と二人は思う。
こんな男の名が…マーガレット?
「うん、そうだねアネモネ」
『……』
沈黙する二人。
花の名前の二人組…。怪しすぎる。
「君は砂漠の宝物をいっぱい持っているようだね」
「命だけは助けてあげるから、それを僕らにくれないかな?」
なるほど。どうやらこの砂漠を根城にする強盗団らしい。
はあ、と二人でため息をつく。
「そんな迫力のない脅しに誰が屈するかっての。それにこれをやる気はないぜ」
あっさりと言い切るフェレス。
「そうね。強盗団に屈していてはこれからの任務もおぼつかないわ」
セシリアも言い切る。
「おお、酷いよこの人達! 僕達の優しさを踏みにじるなんて!」
「そうだね! 僕達ブラザーズの恐ろしさを思い知らせてあげようよ、アネモネ!」
斧を構える二人組。
「何を言ってるんだか。エトルリア魔道軍の新鋭コンビに勝てる奴なんか、いないぜ!」
フェレスが炎の魔道書を構える。
「この砂漠の少しでも安全のためには、やるしかないわね」
セシリアは、風の魔道書。
「それじゃ、戦闘開始!」
散開して二人は敵の注意を逸らす。
「エルファイアー!」
「エイルカリバー!」
それぞれ持っていた魔法で、周りから切り崩す。
砂漠に移動し、敵の足が鈍った所でまた魔法を放つ。
「セシル! 例のアレ、いくぞ!」
「! いいの?」
「ちょっと数多いからな。行くしかないだろ」
「…わかったわ。行くわよ!」
二人が砂漠を駆ける。
剣や斧を持つ強盗団と違って二人は魔道士で軽装。
砂漠に足を取られることが少なく、動きやすい。
二人は砂漠を縦横無尽に動きまわり相手を翻弄しながら数を減らす。
やがて二人が合流した。
「やっと二人になったよ、アネモネ」
「そうだね、マーガレット。これで二人とも倒せるよ」
「何を言ってるんだか」
すっ、とフェレスが腕を上げる。にやりと――勝利を確信した瞳で、敵を見る。
「チェック・メイト…だよな?」
「ええ」
魔道書を開くセシリア。
風を嵐の如く舞わせ、一ヶ所に固まった強盗団の身動きを取れなくする。
「風と交わるは――ファーラの炎なり!」
炎の魔道書を開き、詠唱を始める。
烈火の理を司りしファーラよ!
我が呼び掛けに応えよ!
「炎は――セチの風にその力を増す!」
続けて詠唱をセシリアが引き継ぐ。
疾風の理を司りしセチよ!
烈火と交わりて灼熱の嵐を呼ばん!
――灼熱の嵐よ、我らに仇なすものを焼き払え!!
『ブレイジング・ストーム!!』
まさに灼熱の嵐。一ヶ所に固まった強盗団すべてを巻き込み焼き払う。
嵐が消えると、そこには焼かれた強盗団の遺体。
「…やりすぎた…かしら」
「…ちょっと、な。手加減したんだけどな…」
首を傾げる二人。するとあることに思い当たる。
「もしかしたら、この砂漠だから――じゃないかしら。
灼熱の大地と乾ききった風…ファーラとセチの力が強いのかもしれないわ」
「あ、なるほど。イリアは思いっきりニニスの力が強い土地だからなぁ。そういう土地柄の問題はあるな」
結論を得て、二人はオアシスに戻る。
渇いた喉に水を流しこみ、ほっと一息つく。
「まだ来てないのかな」
「焦らないで待ってみましょうよ。砂漠の発掘物を確かめてみましょうよ」
「そうだな。えっとまず…」
その時、影が二人の間に差す。
振り返った二人が見たのは、金色の長い髪に褐色の肌の弓を持つ女性だった。
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