019:後継者
「どうやってここまで来たんですか? 俺達より先回りして」
「屋敷から直通で転移の魔方陣を引いているんだ。そうすれば発掘にも時間をかけられるしね」
『……』
唖然とする二人。
初めからそれを使って連れてくればいいものを…と思うが、それだけではないものを二人とも感じる。
自分達は試されたのだろう。
この遺跡に辿りつく資格があるかどうかを。
「パント様、そろそろご説明願えませんか?
私達を試したのでしょうけれど、どうしてそうしなければならなかったのか」
その言葉にさすがと思いながらパントは口を開く。
「君たちを試すような事をしてしまったのは悪いと思っている。
けれど、この遺跡には人竜戦役当時やそれ以上昔の文明が眠っている。
私は前々からこの遺跡や関連する魔道の研究をしていてね、それを二人にも知ってもらいたかった」
「なら、守護兵と戦わないようにするって手もあったんじゃないですか?」
フェレスが言うと、パントは返した。
「この世界には謎がある。その謎をこの目で見せたかった。そして十分に戦える力があるか見極めたかったんだ」
それでも釈然としないものを感じる二人。まだ何か隠している気が。
「あとお聞きしたいのですが、どうしてイグレーヌさんを案内人に?」
「彼女は私の友人の娘でね。たびたび手伝ってもらっているんだよ」
調査にかこつけては結構各地を巡っている彼の言葉なので違和感はない。
実際、事実である。
「パント様とルイーズ様にはずいぶんお世話になっているの。弓を使うのはその影響。父は斧で戦う人だから」
なるほどと思う。一方で、この人の父はどんな人なのだろうと思う。
「質問はそのぐらいでいいかな? それじゃ、話をしよう。
この遺跡は人竜戦役以前の文明の遺跡で、数々の魔道アイテムが眠っている」
「ラグナロクとか、ですね」
「? 見つけたのかい?」
「魔道書二冊に、冠した剣を」
「それはすごいな。後でゆっくり見せてくれ」
好奇心を示すパントに続きを話すように促すセシリアとフェレス。受けて続ける。
「人竜戦役後、大賢者アトス様はこのナバタ砂漠に隠遁したが、一方でこの世界の謎に挑戦し続けていた。
この世の謎をすべて解き明かそうとね。…その前に亡くなられたが。しかし求める者は何人もいる。
私もその一人だ。だからこそ魔道研究に力を注いでいるんだよ」
「…噂をお聞きしましたけど、研究に専念するために軍将位を退いたと…」
「ああ、そうだよ」
あまりにもあっさり答えられ、沈黙する二人。
実の所今現在、エトルリア最高軍事を司る三軍将の内『魔道軍将』が空席なのだ。
パントが退いた後、何人かが候補に挙がっていたがそのすべてが断り、
また王国最高の賢者である彼に匹敵する人材がいないことから、現在までその状態が保たれている。
「…魔道軍、困っているんですが…」
「大丈夫さ。ダグラス殿やアーサー殿がなんとかやってくれているから」
言いながらパントはじっと二人を見つめる。
(それに、君達は将来を嘱望されている。知らないだろうが、二人とも未来の軍将候補なんだよ)
今でも軍に関することは入ってくるし、才能溢れる二人を師事し、見守ってきたからわかる。
二人のうちどちらかが、自分が冠した『魔道軍将』の地位に将来つくだろう。
戦術眼や判断力、直感力に優れ、同年代の魔道軍士官を遥かに凌ぐ魔力と技術。
軍の上層部ではもう話し合われているのではないだろうか。この二人のどちらかに軍将位を与えるか。
ただ、二人とも堅物の上層部に懸念される事項も抱えている。
セシリアは女性である。女が軍将になったことは長いエトルリアの歴史でも事例は一度もない。
フェレスは男であるが、母親が平民でそのことから蔑まれている。
もしかしたら選ばないかもしれないが、そんなことで軍の要たる軍将をこのまま空席にはしないだろう。
現在の『大軍将』ダグラスは実力を見る人物。この二人に注目しないはずがない。
『騎士軍将』アーサーはそろそろ引退するのではと囁かれているが後釜になる人物はもう決まっているし、
彼は厳しく私情を交えない。
「…さて、話の続きといこうか。君達にはいずれ私の魔道知識を継承してもらうことになるだろう。
そのためにはたまにでいいから調査を手伝って欲しい。直に触れなければ解からないこともたくさんある」
「確かに…このようなものがあるとは思いもよりませんでしたし、守護兵も」
途中見つけた数々のアイテムを見る二人。その中にはあの「黄昏の魔剣」もあるのだから。
それに古代の亡霊…守護兵の存在も知らなかった。発見はやはり自分の目で見なければならない。
「だろう? エルクにもたまに手伝ってもらっているが、その度に新しい発見ができると喜んでいる」
エルクは今独立して魔道研究に力を注いでいる。
しかしセシリアとフェレスにとって兄弟子である彼のことは、二人もよく知っている。
「エルク様もここに?」
「ああ。そうして謎に触れるたびに、謎を紐解くたびに、新たなものを私達は得る」
――謎。
この世界に眠る無数の謎。それを紐解こうとするのが師の役目か。
役目も継承することになるのだろうか。
「…すごい…」
フェレスが呟いた。
「俺、時間見つけてパント様の手伝いをしますよ! 色々なことを知りたい。
そうして俺、強くなりたい。今よりもっと、もっと強くなりたい」
「フェレス…」
彼が強さを求める理由を、パントとセシリアは知っている。
生まれが生まれだから。周りに認められるようにするためには力が必要なのだと。
だがそれは危うい感情。ともすれば自分を破滅させる感情。
「…私も、時々で良ければ手伝いますわ。魔道の研究が進めばもっと役に立てるでしょうから」
「…セシル」
そしてセシリアが力を求める理由を、フェレスとパントは知っている。
女性で士官の道を歩んだ。女でも戦える。軍の――国の役に立てるのだと証明したい。
そのために力を求めている。守るための力を。
「…わかった。それでは、帰ろうか。イグレーヌ、ありがとう。ホークアイによろしく伝えてくれ」
「いえ、こちらこそ」
「ありがとうございました、イグレーヌさん」
「どうもありがとうございました」
微笑を称えるイグレーヌ。セシリア、フェレスはパントに連れられ彼女の見送りを受けながら帰路へとついた。
魔方陣を引いた部屋に入る。
「二人とも、ラグナロクを見せてくれないか?」
「あ、はい。どうぞ」
パントに魔道書と剣を見せる。彼はしげしげと眺めた後、ふむふむとうなずいた。
「なるほど…これはすごいな。二人とも、これに関する研究をやってみる気はないか?」
「え? よろしいのですか?」
「構わないよ。君達が見つけたんだ。権利がある」
「やった! セシル、頑張ろうぜ」
はしゃぐフェレスにクスリと笑みを零すセシリア。
「それより、どうしましょう。この…魔剣のラグナロク」
「ああ、「ふさわしき者に渡せ」だっけ? …こんなの使えそうなの俺達一人しか知らないぜ?
いいお土産になるんじゃないか?」
「お土産…ねぇ。とんでもないお土産じゃない…」
今度は苦笑するセシリア。どんな反応をするのだろう、これを渡したら…。
「そうだそうだ、セシリア」
「はい、パント様」
「セレトには今回の件、まだ秘密にしておいてくれ。時が来たら君達と同じようにして話す」
「あ…はい。わかりました」
戸惑ったが、うなずく。確かにまだ士官学校をも卒業していない弟には、重いことだろう。
それを理解したからだ。
「あ、あとパント様。守護兵の首領格が…私を見て、「ヴァルキュリア」と呼んだのですが…
どう言う意味かわかりますか? 女性魔道騎士のことではない…ですよね」
「…」
彼の表情がわずかに変化する。その意味を、知っているのだろうか。
「パント様〜っ。セシル〜っ。帰りましょうよ」
フェレスが早く早くと手招きする。急かさないように、と注意しながら二人は魔方陣に入る。
彼も続けて入る。
帰路へつくため安堵の表情を見せる二人だったが、パントの心は少し感慨深い。
(ヴァルキュリア…か。争えないのかもしれない…)
二人の未来を描くパント。二人に感じる何かに飲みこまれないように、幸福を願いながら。
(…頑張ってくれよ、二人とも。…後継者達)
魔方陣は光を放ち、遺跡よりの帰路へついた。