信念の牙 後編
「ねえ、父さん、母さん! 誰かあそこにいるよ!?」
少女の声に「父さん」と呼ばれた人物は顔を向けた。
河辺に流れ着いているのは薄紫色の髪の少女。
「…死体じゃないの?」
「母さん」と呼ばれた女性は一方で吐き捨てる。
しかし少女や父が見たところ彼女は息がある。
「上流で落ちたようだな。よし、引き揚げよう」
少女の父は華奢な身体を引き揚げる。
「だいぶ水を飲んでいるな。吐かせてやってくれ」
「うん」
身体を横に向け、背中を叩いて水を吐かせる。
「治療してやってくれ」
「…分かったわ」
しぶしぶ、といった感で女性はライブの杖を手に取った。
夢を、見ていた。
(イーリス、お前は関わらなくていい)
(だから、どうしてですか!?)
父に掴みかかるイーリス。
(私だって、家族なのよ!? なのに、どうして!? 困っているのを、見過ごすなんて出来ないのに!)
(止さないか、イーリス)
兄がそれを止める。彼女は兄を睨みつけた。
(…!)
(…お前の気持ちはわかる。だがこの件は――)
(どうせ任せろ、でしょう? でも、私だけ取り残されているなんて嫌だわ!)
(…イーリス…)
母や義姉が心配そうに自分を見る。
イーリスは、言った。
(私は私で、役に立ちたいのです!)
…夢。
なぜ分かってくれないの?
私は、私で、助けになりたいだけなのに。
ただ見ているだけなんて嫌なのに…!
大切な人が、いなくなる。傷付く。
そんなの、私嫌なのに。
だから家を出たのに。
お願いだから、私を認めて。
私を、今の私を認めて。
みんなのために私は、この道を選んだのだから。
身体は、動かない。
だが意識は覚醒してきた。
(私…生きてる?)
分かる。自分は生きている。
でも身体は金縛りにあったように動かない。
目も開かない。
「――準備はどうかしら?」
しばらくして、声が聞こえた。女性の声。ただどこか恐ろしい。
「はい。向こうでも準備は着々と整っています」
答えた声も、女性だ。
(…なにかしら。聞き覚えがあるような声…)
確かめたいけれど目が開かない。身体が動かない。
焦りが生まれる。
「そう。…じきにリキアは大変なことになる。そうすればあの方の望みが叶う」
(え、リキア?)
声にイーリスは意識を会話に集中させる。決して目覚めたことを悟られるないように細心の注意を払いながら。
「私たちの望みは勝者となること」
「そうよ。負け犬になんかなってはダメよ。私達は選ばれた人間なんだから」
「はい。ソーニャ様」
恐ろしさがうかがえる声の主の名は、ソーニャと言うらしい。
その一方でイーリスは焦る。
(一体、リキアで何を起こそうというの? …リン…)
リキアはキアランの友人を案じる。
全体でことが起きるなら彼女も巻き込まれるはず。
助けになってあげたいと友を案じる。
「…その少女は?」
(!!)
相手が自分のことを聞いてきた。目覚めたことを悟られまいと、緊張が高まる。
「ああ、あの子が見つけたのよ。死んでいると思ったけれど生きていたわ。
…全く首領と言い、あの子と言い、どうしてお人好しなのかしら」
「…『牙』の首領はそれを魅力としています。…ニノも、他人の役に立ちたいとしているのです」
(『牙』って…『黒い牙』? だとすれば、私を助けたのってあの人たちの首領…!?)
偶然に血の気が引く。
黒い牙の面々を束ねる人間が自分を助けたとは…。
「まあ、その分やりやすいわね。…どうかしたの?」
「……いえ。なんでもありません」
沈黙の後の答え。なんだろうと思ったが表情もわからないので判断のしようがない。
「私はこれで失礼いたします」
と、相手は去って行ったようだ。ソーニャと言う女性の気配も離れていって、心の中で安堵する。
(なんとかバレなかったみたいね。でも…リキアで何を起こす気なの? 彼らは)
この一件が終わり次第、リキアに急いで向かう必要があるとイーリスは判断する。
(とにかく起きなきゃ…)
目を開けようとした。
――今度はきちんと開いた。
「…」
身体もようやく動くようになってきた。
半身を起こして周りを見まわす。
殺風景な天幕。自分の装備は傍に置いてあった。しかしポーチを開いてみると魔道書が水に濡れてしまっている。
(…使えなくなってるわよね、これ…)
と、唸る。
「あ!」
天幕の入口で声がした。明るい緑の髪と瞳の少女がそこにいる。
水桶と手巾を持っている
「気が付いたんだ! 良かったぁ…」
「ええ。あなたは?」
「あたしニノ! お姉さんの名前は?」
「私はイーリス。初めまして。そしてありがとう」
自己紹介をして礼を言う。ニノはそれから天幕の外に向かって呼びかけた。
「父さん、母さん! 目が覚めたよ!」
少し時間が経ってから、呼ばれた二人が中に入ってきた。
「父さん」は、筋骨逞しい大男。「歴戦の戦士」と言う言葉がよく似合う人物。
そして、あの二人に似ている。
(…似てるわね…)
「目が覚めたか。大丈夫か?」
「あ、はい。助けていただいてありがとうございます」
礼をするイーリス。しかし…。
「感謝してちょうだい? 命を永らえたのだから」
冷たい言葉に水をさされ、それどころか怒りに似たような感覚すら覚える。
声の主の方へ顔を向けると――。
「……!」
背筋が凍りついた。
漆黒の長い髪に色白の肌。真っ赤な唇。完璧な顔立ちと身体で妖艶な魅力を持つ女性。
…だが、怖い。
あまりにも完璧過ぎる。人間というものはどこか完璧ではない。
しかし目の前の女性は完璧な美を持つ。違和感を感じてしまう。
それに、怖さを感じるのは――瞳。
普通は有り得ない、金色の瞳。
それだけが他の生き物のように見えてしまう。
すべてを貫いてしまうような目が、怖かった。
「……」
「ソーニャ。そういう風に言わなくてもいいだろう。目が覚めたばかりなのだし」
「…分かったわ」
不機嫌そうにソーニャはそっぽを向いた。
「済まんな。上流から流れてきたあんたを娘が見つけたんだ。助かってなによりだ」
「いえ。こちらこそ。私、イーリスと言います。よろしければお名前を…」
「わしはブレンダン。彼女は妻のソーニャ。そして娘のニノだ」
あっさり自己紹介するブレンダン。
(…黒い牙の首領なの? 本当に…)
ちょっと疑問を抱く。が、そんな事おくびにも出さずに言葉を紡ぐ。
「ブレンダンさんに、ソーニャさん。そしてニノですね。本当に、ありがとうございます。
私、もう行かないと。みんなが心配していますから」
立ち上がって傍にあった荷物と剣を取る。
「しかし起き上がりだ。身体は完全でもないだろうに」
「それでもです。…許せない連中を、倒さないと…」
そうだ。罪のない人たちを無慈悲に殺める連中を一刻も早く倒さねば。
彼らは今頃どうしているのか。早く合流しないと。
礼をしてから天幕を出る。
だがその時。
「イーリスじゃねえか!」
「…え?」
声に向けば、そこにいたのはライナスとウハイの二人だった。
「ライナスさん! ウハイさん!」
驚きの声をイーリスは素直に出した。
「下流に流されてるかもしれねえって捜したら大当たりだな。大丈夫か?」
「はい。助けてくれた人たちがいましたから…」
「――あ! ライナス兄ちゃん!?」
と、そこにニノが天幕から姿を現す。ライナスの姿を認めると大はしゃぎで抱きついた。
「おいニノ! よせって」
「ライナス!」
続けて出てきたのはブレンダン。これにはライナスも驚きの表情を浮かべる。
「親父! ってことは…」
「私もいるわよ」
そしてソーニャまで。外に出てきた人数が一気に増える。
(…親父…? ということは…)
「…ライナスさんの、お父さん…?」
ブレンダンとライナスを交互に見て尋ねる。確かに顔は似ている。
(じゃ、ロイドさんもそうね…。首領の息子だったんだ…)
「ああ、そうだ。わしの息子だ。あんた、知り合いか?」
「ええ。ちょっと一緒に盗賊団退治を」
素直に答えるイーリス。隠しても仕方ないし、隠すものでもない。
「でもよ、崖から落ちたんでウハイと二人で捜してた所だったんだ。
ちょうど良かったぜ、親父に報告しないといけなかったからな」
それはそうだ。組織に属しているのだからいかに首領の息子といえど報告を怠ってはいけない。
「今俺達、盗賊団退治をしている。兄貴とラガルトも一緒だ。だから悪いが戻るのは後になるぜ」
「分かった。裁きを下して来い」
親指を立ててそれに答えるライナス。『裁き』という言葉を使っているのはやはり首領だなと思う。
「兄ちゃんにウハイさん、お仕事なの?」
「悪いな。終わったら遊んでやるからよ」
「うん! 悪者退治頑張ってね」
笑顔で答えるニノ。純真な心を持つ稀有な存在だなと思った。
だがこんな子が暗殺者集団にいるとは…。
「そういや親父たちはどうしてこんな所にいるんだ?」
「たまにはニノに遠いところを見せてやろうと思ってな。ソーニャも一緒に行った方がニノも喜ぶし」
その割には、ソーニャ自身は楽しくなさそうな顔をしているのはなぜだろうか。
心の中にだけ留めておく。
「そう言うことか。じゃ、俺たちは行くぜ」
クルリと向く三人。
「…乗るといい」
「あ、済みません」
ウハイの勧めで、イーリスは彼の馬に乗る。
「ライナス兄ちゃん! ウハイさん! イーリスさん! 頑張ってね!」
ニノの声援を受ける三人。
「兄貴達によろしく言っておくか?」
「うん!」
手を振るニノ。受けながら三人は後にした。
やがて、見えなくなって。ライナスが口を開く。
「驚いたぜ。親父達に助けられてたのかよ」
「そう言われても…私だって驚きですよ」
本当に驚きである。まさか、彼の父とは思わなかったのだし。
だが、一つ疑問を抱く。
彼らは、リキアで何か事を起こそうとするのを知っているのだろうか…。
尋ねてみてもいいが自分が危険になる可能性が高い。なので止めておく。
話題を逸らすことにした。
「ニノって、ライナスさんのことすごく好きなんですね。結構歳は離れてるようですけど」
「…まあ、な。…ニノは本当の妹じゃねえんだ」
「…え?」
瞳を瞬かせる。ライナスは答えた。
「俺と兄貴の母親が死んで、ソーニャは去年来た後妻。ニノは連れ子で血は繋がっていない」
「…そうだったんですか。ごめんなさい、立ち入った事…」
「ま、いいさ。けど俺達が家族なのには変わりねえし」
家族を思う感情が表われているのがよく分かった。
…ずいぶんと上が家族のような状態の暗殺集団だな、と思う。
しかしそれにしてもなにかどこか不穏な気がするのはなぜか。
立ち入ったことにはあまり関わらない方がいいだろうと思って、口には出さないが。
「それでは、行きましょうか? 状況もその間に聞かせてくださいね」
「おお」
ライナス、ウハイの二人から聞いた状況は以下の通り。
彼女が崖から落ちた後、四人はまず襲ってきた敵を全滅させた。
その後二手に分かれライナスとウハイで捜索。ロイドとラガルトである程度の掃討をすることにしたそうだ。
「今頃親玉以外は倒してるんじゃねえのか? 兄貴とラガルトの事だし」
とあっさりライナスは言った。それだけ信用している証拠か。
山に再び登り始めた。崖崩れで道が道でなくなっているが、なんとか見つけながら歩く。
「お、兄貴! ラガルト」
「無事だったか」
「まあ、なんとか…」
苦笑するイーリス。
「心配していたぞ。大丈夫か?」
「ええ。済みません。心配かけてしまって」
申し訳なく謝る彼女。しかし無事ならそれでいいと二人は言った。
…信頼しているのか。迷惑を掛けてしまっているのに。
でもそれが、この人たちか。そう思った。
「そうだ、ニノの奴がよろしくだと」
「? 会ったのか」
「まあな」
と、言伝を伝えるライナス。それからイーリスが尋ねた。
「状況はどうなっていますか?」
「あらかた倒したが、まだ少し手練の連中が残ってる」
「アジト内に立てこもっているんですね? …なら、罠を仕掛けている可能性がありますね」
作戦を考えて尋ねる。
「誰か罠解除とかって出来ます?」
「俺がいけるぜ。お手のものさ」
「では、ラガルトさん、先頭で索敵と罠の警戒を。次がそうですね…ウハイさんで。弓矢援護が出来ますから。
中央は私で指示を前後にします。魔法も…あ」
しまった、と思った。
「…魔道書が使いものにならなくなったんだったわ」
水で濡れてしまって、書いてあった文字と図形はかなり消えている。
まずい。使えない。
「ま、大丈夫だろう。指示を出してくれれば俺達で何とかする」
「済みません…本当に」
ペコリと頭を下げた。
「…それではその後ろがロイドさんで、しんがりはライナスさん。ライナスさんには後方の警戒もお願いしますね」
「分かったぜ」
五人は進み始める。イーリスの予測通り、各所には侵入者防止用の罠が仕掛けられていた。
しかしそれは解除に長けているラガルトであっさりと外される。
やがて、敵がこちらに気付き始めた。その場合は先頭をロイドに変え、交戦。
「何者だっ!」
「…弱者を食い者にする連中を許せない人間たちだ!」
敵をなぎ倒す。ロイドがあまりにも強いので多少の援護だけで十分だったりするが。
なんだか自分、いなくてもいいんじゃないか? とも思ってしまう。
…多分、そうだろうけど心意気を買ってくれているのかもしれないと思った。
「何ボーッとしてるんだ?」
広い空間に出たところ。ラガルトの声で、我に返った。
「そんな風に呆けてると、ヤバイぜ? 少し気を抜く程度にしておきな」
「あ…。はい」
集中しつつも気は張り詰めすぎるな。そうだなと思いつつイーリスは軽く目を閉じる。
しかしその瞬間――魔法の気配を感じた。
「――伏せてっ!!」
全員、大声に従って伏せる。直後にとんでもない力を持つ雷が頭上を通りすぎた。
「…もしかして、雷の高位魔法…トロン?」
感じたトォルの力と魔力から導き出される言葉。
相当の術者がいる。
と、わらわらと敵が襲い掛かってきた。広い空間にいたので全員が交戦する。
イーリスは魔法を使えない状況になっていたので剣で戦っていた。
実は旅をしている間ロイドに少し剣の手ほどきを受けたので剣術の腕は上がっている。
また一人を斬り捨てる。だが雷が自分の身体を貫いた。
「…っ!」
身体全体を走る電流。魔法に対する耐性があるためまだ助かった。とは言ってもこの威力では後一、二撃耐えられるか。
放った魔道士に向かってイーリスは突進した。魔道を使う相手なら接近戦に持ちこんだ方が有利だからだ。
しかし――。
ガキンッ!
剣にそれは、阻まれてしまった。
「魔道剣士…」
本来武術と魔道はあまり相容れないとされているが、故郷エトルリアの魔道軍に属する騎士たちは剣術も多少扱える。
よって魔道剣士という存在は稀有――と言うわけではないが、
どちらかに普通は偏っているので魔道士、剣士と別に分けられてしまっているのだ。
しかし目の前の敵は魔道、剣術どちらにも長けている。
魔道剣士と呼んでふさわしい。
「…お前も、魔道と剣術を使う身か?」
「…ええ」
うなずくイーリス。しかし今は魔道書が使いものにならなくて魔法が使えない。
剣術だけでどう対処すべきか。
(…アレに頼るわけにもいかないし)
忘れもしない戦いで発揮された力は、発動条件など一切わからないので頼れない。
相手がエルファイアーの魔法を放った。
かろうじてイーリスは魔道書がなくても使える魔法――マジックシールドによる防護壁で身を守る。
他の面々は今だ数多い敵と戦闘中。自分だけでやるしかない。
意識を集中する。
相手は魔法を次々と放った。
かわしながらイーリスは隙をうかがうが間に来る敵の剣戟にも対処せねばならず、掴めない。
(このままじゃ、追い詰められる…!)
どうすればいいか必死に考えた。
(魔法が使えれば…)
使えれば情況はある程度好転する。イーリスはいちかばちか、魔道書を開いた。
「ブリザー!」
冷気は、出たことは出たがかなり威力は低い。ダメだ、と思った。
しかし一つの事をイーリスは思い出した。
意識を心の奥底に向ける。
するとわかる。一つの力。
自分の魂が、表に出ようとしているのか。
感じる力。魔力ではない、別の力。
炎のように熱く、氷のように冷たく、風のように穏やかで、雷のように荒々しい。
全身に来る力。それを左手に集中させる。
炎のような熱い力を。
「――!!」
左手を突き出すと火球が生まれた。それを放つイーリス。
相手は驚き、魔法を放った。マジックシールドで防ぐ。
「魔道書なしで、魔法だと!?」
違う。
これは魔法じゃない。魂の力。加護を受けた力。
今度は氷のように冷たい力を集中させた。
思った通り、突き出した左手から氷の粒が放たれる。
理魔法のように魔力は使わず精霊達の力も借りないが、近いことは出来る。
以前の戦闘で実は魔道書を切らしたことがあって、その時に編み出したのだ。
敵は、これに混乱した。そこに撹乱をしながらたたみ掛ける。
力を集中させる。それを――剣に。
剣が揺らめく。
彼女が駆けた。相手は魔法で牽制するが避けた後剣を相手に向かって振るった。
風の刃が敵を傷付ける。そして一瞬の隙を付いて致命傷となる一撃を負わせた。
「バカ…な…」
戦闘はそこで終了した。
他の面々も、すべての敵を倒していた。
その後敵の首領を討ちとって、今回の一件はひとまず終了した。
これからどうするか、話し合う。
「ま、貴族の連中に圧力かけておくか。もしそれでもダメなようなら――『牙の裁き』だな」
ロイドの言葉にうなずく四人。
「さて、今までありがとうな」
「え、ですけど、私のほうが迷惑かけてしまいましたし」
「いいんだ。…たしかに君は頭がいい。それに優しい。それなのにこんな裏の世界を見せてしまった」
「…ロイドさん」
優しい人だな、と本当に思う。
「いいんですよ。裏を見るのは覚悟していましたし。…そうしなければ私も、これから助けられませんから」
ふふ、と微笑んだ。
「そうだな。頑張れよ」
「ありがとうございます」
応援にイーリスは感謝した。
「これから、おまえはどうするんだ? 後は俺達の仕事だしよ」
「え、…あ、そうですね…」
意味はわかる。これから先は暗殺者達の仕事。自分が関わっていいものではない。
考えた後、答えを出した。
「ベルンを廻りたいと思います。修行もしたいですし」
「そうか。頑張りなよ」
「…頑張るのだぞ。草原の民を友人に持つ娘よ」
「…はい」
ラガルトやウハイの応援も受けて、イーリスは四人と分かれることにした。
途中、街道が二つに分かれている。
一方はそのままベルンで、もう一方はリキア――フェレ方面への街道。
迷うことなくイーリスは歩き出した。
(リン、待ってて。私、行くから)
選んだのは、リキアへの街道。
彼らの手前ああ言ったが、リキアへ行く事に決めていた。
一体なにが起きようとしているのか。彼女に振りかかりはしないか。
すべてを確かめ、助けになろうと。
友人達のために。
「…いい人たちだったわね。……信念を持つ人たちばかり……」
暗殺者には向いていないような性格の人たちばかりだった。
でも、本当にいい人たちだった。
「……また、会えるといいですね」
呟いてから、イーリスは足を速めた。
――後に、どのような運命が待っているか知らずに、邂逅は果たされる。
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