〜調和を紡ぐ者たち〜 第21話











 エリウッド一行はキアラン城を発ち、ヴァロール島への船を探すべく港町バドンへやってきた。
 風に潮の香りがして活気もある気持ちのいい場所だ。
 地元の漁師たちに船を出してもらえるか尋ねていく。
 だが…。

「あんな所に誰が船を出すものか! 金を積まれても出さんよ!!」

 と、断られてしまっていた。
 あらかた尋ねたところで、一行は集まって相談する。
「どうするんだ? 誰も船を出しそうにねえぞ」
「…なんとか船を見つけ出さないことには始まらない。もう一度当たってみるしかないだろうな」
 エリウッドの意見に四人はうなずいた。
 だが、イーリスが不安を口にする。
「ですけど、ヴァロール島はそれほど危険な場所だということですね。
 『魔の島』の二つ名は、十分に恐れられていると言うこと…」
 地元の漁師たちは、ヴァロール島を『魔の島』と呼んでいる。
 その名がついたのはあの島に行って誰も帰って来ないからだと、言う。
 だが話を聞いてみるとごく最近、一人、小さな船で海を渡って行ったのだという。
 司祭らしき人間で、巡礼の旅に行くと言っていたそうだ。
「…漁師たちは知らないでしょうが、今は『黒い牙』もいます。
 果たして、船を出してくれるものでしょうか。
 最悪の場合は自分たちで船を調達しなければなりませんが、危険も大きすぎます」
 ふう、とエリアザールも懸念を口にした。
「そこまでの金もねーし、操船なんざ出来ないからな、俺達」
「その通りです。船に関することは専門家に任せるのが一番ですから」
「ただ、船を出してくれる人がいるのか…か」
 全員、ため息。
 そこに。
「あんたたち、船を探しているのかい?」
 地元の人が声をかけてきた。
「ええ、そうです。しかし皆断られてしまって…」
「どこに行く気なんだい?」
 代表してエリウッドが答えた。
「ヴァロール島に」
「!! それじゃ誰も出さないな…いや、当てはあるか」
「! 本当ですか!? 教えてください」
 求めるも、渋る地元の人。そうとう迷ったようだが答えてくれた。
「…海賊だよ。このバドンには海賊がいる。
 命知らずのあいつらなら金を出せば送り届けることぐらいはするだろう。
 普段は酒場に溜まっているからもし交渉する気があるなら行ってみな」
『……』
 五人顔を見合わせる。
 ヘクトルがまず口を開いた。
「しゃーねーか」
「行きましょう」
 エリアザールも賛同。しかしリンが反対した。
「どうして海賊なんかの力を借りなきゃいけないのよ!」
「だ、そうだが…エリウッド、どうする?」
 ヘクトルがエリウッドに答えを求める。
 彼はすぐに答えた。
「仕方がない。行こう」
 その答えにリンは激昂した。
「!! エリウッドまで…見損なったわ! イーリス、私達だけでも船を探しに行きましょう!」
「え、ちょっと、リン…!」
 彼女の答えも聞かずに、リンはイーリスを連れて離れて行ってしまう。
 イーリスはエリウッドたちの方を見ていた。
 エリアザールと視線が重なる。
 ――頼むよ。
 戸惑ったが意味を理解したイーリスはうなずいて、リンの方に顔を戻した。
「…ったくあいつは…」
「リンディスは両親や部族の人たちを賊に殺されているそうだ。
 山か海かの違いはあれど、無法者の存在が許せないんだろう」
 それを聞いたヘクトルは気まずそうに頬を掻く。
「そっか…。俺の所は病死だからな…訳が違うな」
「ですが、それは甘えでしょう」
 エリアザールが冷静に言い切る。
「今は手段を選んではいられないというのに。
 状況によっては感情を切り捨てることも重要なのですがね」
「お前みたいに構えられれば、わけねーだろうがな…」
 ぼやくヘクトルに、エリアザールは時間が惜しいように言った。
「とにかく、他に当てがない以上――海賊がいる酒場に行ってみましょう」
「ああ。今は手段を選べない」
 男三人は海賊の集う酒場へと足を向けた。




「ちょっと待って、リン」
 別行動を取ったリンとイーリス。港にほど近いところでイーリスはようやく言葉を出せた。
「イーリス、どうしたのよ」
「……私は……エリウッド様たちが正しいと思うわ」
「!! どうして!?」
 驚いてリンは尋ねる。躊躇したがイーリスは答えた。
「だって、今は…エルバート様を助けるのが最優先でしょう?
 急がないといけないのに、出発が遅れたら…最悪の事態になるかもしれない」
「レイラが言っていたじゃない! エルバート様は生きているって」
「今後の命の保証はないわ。エリウッド様はそれを解かっていらっしゃるのよ。
 エルバート様を助ける――その目的のためには、手段も選ばない覚悟で」
 リンが言葉に詰まった。
「…リンが、賊を許せないのは解かるわ。でも、リンの我侭で取り返しの付かないことになったら、どうするの?
 エリウッド様に、なんと仰るの? リンは何のために私達と一緒に行くと言ったの?」
「…!」
 痛い所を突かれ、リンの顔は苦渋に満ちた。
「それに、海賊なら腕は立つでしょう? 船を守るために人員を割く必要もないし…最良だと、私は思う」
「でも…でも!」
 リンが激情を爆発させた。
「あなたに解かるの!? 井戸に毒を投げられ、苦しむ中であいつらは部族のみんなを殺した!
 父さんが馬に乗せて、私を逃がしてくれた。朦朧とした意識の中、私は父さんの最期を見た。
 私を逃がした直後に……斧で……」
「…」
「近くの部族に助けられて、目を覚ましたのは十日後。すでに埋葬されて…最後の別れも言えなかった。
 そうして、ロルカ族は崩壊したわ。だから私はどうしようもなくあいつらが憎い!! そんな気持ちがあなたに――」
 パンッ!
 空に木霊する、平手打ちの音。
 イーリスが…リンの頬を叩いていた。
「…イー、リス」
「あなただけがそんな経験をしているわけではないわ!
 …私、だって……大切な人が…殺されて、いるもの……」
「え」
 苦しい記憶を引き出してイーリスは話し始めた。
「…十年前、ユリエラ家と親交の深かったクルセイド伯爵家の方々が、使用人も含め全員殺される事件があったわ。
 古文書が無くなっていることもあって、物盗りの賊による犯行と言われているけれど、犯人は見つかっていないの。
 …亡くなった方の中には、私が姉様のように慕っていた方――兄様の婚約者であった方もいたわ」
「!? え、イーリスのお兄さんって…結婚してるんじゃなかった?」
 かつて聞いた話を思い出してリンは言う。イーリスは答えた。
「…ええ…。義姉様とはその事件の後で知り合われて、結婚したの。それまではその方が兄様の婚約者で、
 私はその方が大好きだった。本当の姉様みたいに、慕っていたわ」
 ふう、と一息。そうして彼女は話す。
「当時まだ六つの私は、何が起きたのかよく解からなかった。だから好奇心で現場に向かう馬車に忍び込んだの。
 そうして見たのは――血の海に、血まみれの死体の数々」
 ゾクリ、とリンは寒気がした。
 イーリスの瞳はすごく遠く、ここではないどこか場所を見つめている。
 紫水晶の輝きを持つ瞳は感情を消し去ったように冷たかった。
「その先は全く憶えていない。葬儀の記憶は全くなかったわ。
 思い出したくもないのだからいいのだけれどね。その後しばらく私は心も身体も病んでいた。
 でも立ち直って、時は過ぎて、今になっているわ」
「…イーリスは、復讐したいとは思わないの?」
 それには、首を横に振った。
「当時六つの私に、そこまでの力は無かったわ。犯人もいまだにわからないのだし…。
 それよりは日々を懸命に生きようと思うの。死んでしまわれたクルセイド家の方々のためにも」
「……」
 彼女はなんて強いのだろうとリンは思う。
 こんな凄惨な経験をしていても、なんて強く生きているのだろう。
 十年も、そんな思いを抱えて……。
 だからリンは言った。
「…イーリス…分かったわ。でも――」
「まずは、探してみましょう。それで見つからなかったら海賊に…。
 多分エリウッド様たち、交渉に行ってるでしょうから」
 せめてもの妥協案。
 リンは感情を抑えられない。それが今後大きく障害になってしまう、そんな気がする。
 気付いて欲しい。
 復讐の後には何も残らない。意味などないのだと。
 強く生きて欲しいと。
「行きましょう」
 リンについて、港から交渉を開始する。
 その後漁業組合に赴いて交渉もした。
 だが――返事は一つだった。


「魔の島に、船は出せぬ。皆、命が惜しいのだから」


「…駄目、だったわね」
 近くのカフェテラスで、休憩。
 紅茶をすすりながらため息をつく。
「そんなに危険なの? ヴァロール島って」
「私はリキア出身じゃないからわからないわ。でも…相当らしいわね。
 気を引き締めてかからないと、全滅する可能性もあるわ…」
 イーリスは顔をうつむかせる。
 軍師として、今後が正念場。いかに生き残り、目的を達成させるか。
 すべては自分の双肩にかかっている。
「…ヴァロール島、かぁ」
 リンが天を仰ぐ。
 イライラする。思い通りにいかない。
 何か、嫌だ。
 誰もいなくなってしまいそうで。
「魔の島ヴァロール…『竜の門』…一体、何があるのかしらね」
 イーリスが呟いた、その時だった。
「あの、ちょっと…いいかな?」
 二人に声をかけたのは、紫色の髪で右目に片眼鏡をかけた男性だった。
 黒のマントとローブに、手には本。穏やかで優しそうな雰囲気の人だ。
 しかし、イーリスは一瞬寒気がした。
 冷たいような、何か不安に駆られるような、そんな――魔力。
「あ…はい」
「君たち、ヴァロール島に渡るつもりなのかな?」
 このタイミングで聞いてくるのは怪しいとイーリスは思ったが、リンが答えた。
「そうですけど」
「じゃあ、もしかして渡る当てって、あるのかな?」
「今、仲間が交渉中です。成立すれば海賊船に乗せてもらうことになりますが…」
 答えを聞いて、男性の顔が輝いた。
「本当かい? ならお願いがあるんだけれど、僕も一緒に乗せてもらえないかな?」
『ええっ!?』
 リンとイーリス、二人は同時に驚いた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。ヴァロール島は危険だと聞きますけど、分かってます?」
「それは承知の上だよ。それでも研究がしたくてね」
「…学者さん…ですか?」
 言うと彼はうなずいた。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕はカナスって言う、学者…くずれだね。
 ヴァロール島に渡ろうと思ったら、みんな船を断られてしまって途方に暮れていたんだよ」
「研究のためにですか?」
「そう。あそこには古代の遺跡が眠っていると言う話だし、是非自分の目で見て研究したいと思ったんだ」
 なんという度胸の持ち主か。
 しかし今あそこは話以上に危険なのだ。
 リンが言った。
「ですけど、今ヴァロール島は噂以上に危険なんです。
 戦いも起きますし、あなたのような人を守れる余裕はありません」
「ああ、それなら大丈夫」
 カナスは笑って言った。
「僕はこれでも古代魔法…俗に言う闇魔法なら少しは使えるんだ。
 自分の面倒は自分で見られるし、なにかあったらお手伝いもするから…一つ頼むよ」
 道理で、とイーリスは思った。
 さっき感じた冷気にも似た魔力は、闇魔道士特有の魔力。
 人間の深淵に潜む力を扱う者の証。
「…どうするの?」
「う〜ん…」
 イーリスは考える。
 闇魔道士は今、部隊にはいない。
 ここで加入してくれると言うのならそれは大きい。
 しかし関係ない人間を巻き込むことも出来ない。
(エリアなら何と言うかしら)
 そうして今頃どうしているのやら――と思った。




 昼なお酒の臭いがたちこめる酒場に、いかにもな連中。
 その中にエリウッド、ヘクトル、エリアザールは入った。
「海賊のリーダーの方に会いにきました」
 毅然と言い切るエリウッド。
 その言葉を受けて酒場の奥にいた男が顔を上げた。
 屈強な体格とふんぞり返っている様子は歴戦の戦士と同時に統率者としての雰囲気を匂わせる。
「俺達に会いに来た、か。ずいぶんと優男だな。その剣はもしかして飾りか?」
「おい、てめえっ」
「ヘクトル」
 侮辱する発言が出て怒るヘクトルをエリウッドは抑え、気にせず返した。
「それよりも、あなたが海賊のリーダーですか?」
「…良い所の坊ちゃんの割に、度胸はあるようだな。
 俺がファーガス海賊団の頭、ファーガスだ。お前ら、名前は?」
「僕は、エリウッドと言います」
「俺はヘクトルだ」
「…エリアザールです」
 求められて三人は名を名乗った。
「で、俺達に何の用だ?」
「…その前に、あなたのことをどう呼べばいいでしょうか? 倣って「頭」とでも呼べばいいでしょうか」
「別にお前らは海賊じゃねえ。どう呼んでもいいだろう」
「では、ファーガスさん。頼みがあります。僕達をヴァロール島まで乗せて欲しいのです」
 この発言にザワザワと海賊たちが騒ぎ出す。嘲笑も含んだ声が飛び交う。
「おめえら、黙ってろ!」
 ファーガスが一喝。すると酒場は途端に静まりかえる。
「ヴァロール島が『魔の島』と呼ばれていることを承知でか?」
「はい」
 エリウッドは臆せず返した。
 少しの間、ファーガスとエリウッドの間で視線の戦いが繰り広げられた。
 見定める目と、確固たる意思の目が。
 ファーガスが視線を外して呆れたように言った。
「相当のバカが来たな、こりゃ。まあ金を出してくれれば乗せてやってもいいが」
「相場がわかりません。そちらの言い値を聞かせてください」
「十万ゴールドだ」
『!?』
 これにはさすがに三人驚く。
「おい、いくらなんでも十万ゴールドは高すぎるだろう!?」
「完全に足元を見ているな…」
 反論するヘクトルに、冷静に分析するエリアザール。
 少し考えてからエリウッドは答えた。
「わかりました。今はありませんので金額を揃えて戻ってきます」
 今度はエリウッドの発言に二人は驚く。
「二人とも、行こう」
 エリウッドに続いて、二人は酒場を後にした。
 少し歩いて、ヘクトルが言った。
「おい、お前十万ゴールドなんて当てがあるのかよ」
「この町には、闘技場がある。そこで稼ぐしかないだろう」
 バドンは、大勢の人と海賊のいる町ゆえか腕に自信のある者たちが競い合い金を得る場所、闘技場がある。
 そこで自分の腕を使って稼ぐしかないだろうと思ったのだ。
「闘技場か…なるほどな。でも元手はどうする?」
「手持ちの資金でやるしかないだろう。いざとなれば装飾品なども売ってしまえばいい」
「そうだな。…じゃ、一回大急ぎでオスティアに戻るか…」
 はて、とエリウッドは思った。が、すぐに思い当たった。
「ウーゼル様に資金援助を頼むのかい?」
「誰があの石頭に頭下げるか!」
 すぐにヘクトルは否定し、続きを話した。
「俺の部屋にある服や装飾品、武器に鎧、書物。全部持ってきて売るんだよ。
 そうすりゃ結構いい金になるだろ」
「そういうことか。なら僕も一回フェレに戻ったほうがいいかな。
 あ、エリアザールは何か売れそうな物はあるかい?」
 彼は、首を横に振った。
「いえ。宝玉を持ってはいたのですが、物入りになった時に渡してしまったんですよ」
 ため息を一つ。
(高かったな、あれは…)
「じゃあ無理か。よし、今からオズインに言って――」
「ちょっと待てよ、あんたら」
 そこで声をかけたのは屈強な身体に、バンダナを巻いた男。海賊の一人のようだ。
「なんだ? 金はまだないぞ」
「分かってるよ! それより、お頭からの伝言がある」
 海賊の男が三人に内容を伝えた。
『…は?』
 三人はそれに唖然となった。




 イーリスとリンは、考えていた。
 目の前にいるカナスについてどうするべきか考えていたのだ。
 いい人だから、巻き込むことなど出来はしない。
 実際問題としては、闇魔道士が欲しい。
 その二つに挟まれている。
「イーリス、どうするのよ」
「どうすると言われても…」
 カナスは彼女の返事を心待ちにしている様子。
 しかし、今しがたの会話で何か考えるような顔になった。
「…イー…リス…? あれ…どこかで聞いた名前だなぁ」
『え?』
 二人は顔を見合わせた。
 イーリス、と言う名は虹と理の女神の名。
 人名に使われていることもあるだろうが…。
「…ああ、思い出した! 君、エリアザールって人、知ってる?」
「!?」
 彼の名が出てきてさすがにイーリスは驚いた。
「え、どうしてエリアのこと、知っているんですか!?」
「前に、ベルンの方で山賊退治を手伝ったことがあってね。その時に知り合ったんだよ」
「そうだったんですか…」
 エリアザールが言っていたタラビル山賊団退治の協力者――。
 それがこの人だったのかと理解する。
「その時に聞いたんだ。「探している姫君がいる」って。彼には会ったかい?」
「…ええ、今は一緒にいますけど…って!」
 なんで話すんだ、とイーリスは心の中でエリアザールを責めた。
 今はだいぶ素性を明かしがちだが、隠して旅をしているというのに。
「…あの、カナスさん――でしたよね。私のことは内緒にしてもらいたいのですけど」
「事情があるんだっけ?」
「はい…」
「わかった。で、船に乗せてもらう話だけど――」
 その時、三人は何か慌ただしい雰囲気に気がついた。
 町がざわついている。
「イーリス、なんだかおかしいわ」
「ええ。一体何が起こったのかしら」
 リンはマーニ・カティに、イーリスは魔道書に手をかけていつでも対応出来るようにする。
「イーリス! リンディス公女!」
 走ってくる音と声。自分達を見つけたエリアザールが走って来ていた。
「エリア!」
「二人とも、ここに…」
「エリアザール君! 久し振りだね」
 笑いかけたカナスに、エリアザールは心底驚いた。
「カナス殿!? どうしてこちらに」
「いや、研究のためにヴァロール島に渡ろうと思ったんだけど、船がなくて足留めされちゃって」
「研究…。遺跡の研究はどうなされたのですか?」
「あ〜それがねぇ、重要な部分、やっぱり破壊されててさっぱりだったよ…」
 悔しそうに肩を落とすカナス。
「で、どうして彼女達とご一緒に?」
「ヴァロール島に渡りたいから、一緒に船に乗せて欲しいって」
 これにはイーリスが答えた。
 エリアザールは再び驚きの顔を向ける。
「! 今ヴァロール島は、危険です。それを承知の上でですか?」
「それは私達が言ったわ。でもこの人…本当に渡りたいらしくて」
 リンがため息をつきながら首を横に振る。
「頼むよ。本当に」
 両手をパン、と合わせて頼みこむカナス。
 悩む三人。
 しかしその思考はいきなり切り離された。
「いたぞ! あの男、頭の所に行った奴だ! 周りも仲間だ!」
 海賊とおぼしき連中がこちらに向かって来る。
「!! しまった、三人とも逃げるぞ!」
「え、あの、エリア、一体これはどう言うこと?」
「奴らを撒いてから話す! 今は逃げるのが先だ!」
「分かったわ!」
 とりあえず、全速力で四人は逃げる。
 エリアザール、イーリス、リンは身が軽いので足も速いがカナスが少し遅い。
 それでもなんとか海賊を撒くことには成功した。
「…一体、どう言うことなの?」
 裏路地に身を隠し、落ち着いたころイーリスが尋ねた。
「船に乗せてもらう条件なんだ。海賊たちに捕まらないように、港にいる頭のもとに辿り着く――
 そうすれば船に乗せてもらえる」
「…無理難題吹っかけられているんじゃない?」
 リンが言うが、違うだろうとエリアザールは答えた。
「十万ゴールドを用意しろよりは簡単ですよ。敵を欺き、身を隠しながら港に行けばいい」
 ごもっともな意見だ。リンはそうかとうなずく。
 その後、エリアザールはカナスを見てため息をついた。
「しかし…今のでカナス殿も僕たちの仲間と思われてしまいましたね…。
 危険な旅路でしょう。覚悟は――ありますか」
「もちろん」
 即座に答えたカナス。
 それを見てエリアザールは、うなずいた。
「わかりました。では、歓迎します」
 イーリスとリンが驚いた。
「いいの?」
「カナス殿の魔道の腕前は僕が保証する。それに…今の状況を乗り切るためには手を組むしかない」
「…そうね。では、よろしくお願いします、カナスさん」
「こちらこそよろしく」
 イーリスが手を差し出し、カナスと握手する。
 続けてリンとも握手した。
「これからどうするの?」
「海賊を撒きつつ港に向かわなければならないけれど、絶対防衛線が敷かれているでしょうね」
「どこかに穴があればいいんだが可能性は薄いな」
 考え込む四人。
「リンディス様!」
 蹄の音に聴き慣れた声。ケントの声だ。
「ケント!」
「こちらにおりましたか。イーリス殿にエリアザール殿もご無事でなによりです」
「私達は平気です。それより、なにか?」
「…いえ、それが先ほどからセインの姿が見えなくなりまして…」
『……』
 リン、イーリス、エリアザールは黙る。
 彼の性格のことだから、もしかすれば。
「…エリア、酒場に女の人っていた?」
「…いたな」
 記憶を引き出して答えるエリアザール。この答えで確信は持てた。
「酒場に行ってみる?」
「ええ。少しは情報も聞き出せるかもしれないし」
 と、五人は酒場に行ってみることにした。




「いやー、こんなにお綺麗な人がいるとは!」
「ふふ…誉めてもなにも出ないわよ〜?」
 酒場のカウンターに肘をついているのはセイン。酒場の従業員は赤いポニーテイルの女性。
 軽口を叩き合っている。
「いえいえ。このセイン、嘘は言いません!」
「ありがとう。でもいいの? こんな所で油売ってて」
「いいんですよ〜あいつといると肩凝るし。それよりはあなたのような女性と時間を過ごす方が有益…」
「何をしている、セイン!」
 あら、と思うセイン。振り返れば相方ケントが。
 そして。
「何をしているのよ、セイン!」
「ゲッ、リンディス様!」
 主君リンに軍師二人もそこにいる。さあっ、と顔が青くなる。
「やっぱり…」
 呆れ顔で呟くイーリス。
「行くぞセイン! 船に乗るために港に向かうぞ!」
「そんなぁ〜」
 ズルズルとケントに引っ張られ、セインの口説きは失敗。
 手を振って四人は見送る。
「全く…」
「あら、あなた…さっきファーガスさんと話をしてた人じゃない?」
 赤いポニーテイルの女性がエリアザールを見て話しかけてきた。
 彼はうなずいて答える。
「ええ、そうですが」
「ってことは、今ファーガス海賊団と追いかけっこね! だったら良いこと教えて上げる」
 四人が顔を見合わせる。
 この機会を逃すかとイーリス、エリアザールは目を合わせてからうなずいた。
「…お願いします」
「ええ。この酒場の横から続いてる道は、港への裏道になっているの。
 そこは手薄になっているから一気に近付けるわよ」
「なるほど…ありがとうございます」
「いいのよ」
 ふふ、と女性は答えた。
「でも、どうしてそんなことを知っているんですか?」
 その問いに彼女は答える。
「海賊団に私の彼氏がいるの。ジェイクって優しい人。もし会ったらアンナが心配していたって伝えてくれる?」
「ジェイクさんですね。わかりました、アンナさん。必ず伝えます」
「ありがとう。頑張ってね」
 アンナの声援を受けて四人は酒場を出た。
「ここの裏道から行けば手薄と言うことだけど、全体の状況が知りたいわ」
「今、エリウッド公子たちがどうしているか…か」
「そう。フロリーナがどこにいるかも判らないからちょっと厳しいわね…」
 さてどうしたものか。
 このままくすぶっても海賊に見つかる。
 上から自分が状況を見られればいいのだが…。
「あ」
 そうか、とイーリスは手を叩いた。
「屋根の上に行けばいいのよ。簡単なことだわ」
「屋根伝いに行くの?」
 ええ、とイーリスはうなずいた。
 人というものは自分より上には注意が向きにくい。
 これなら敵に見つかる心配もないし、上からなら町の様子も見えやすい。
「なるほど。いう通りだ」
「でしょう?」
 ふふ、とイーリスは微笑んだ。
「近くから登れる?」
「あそこから登れると思うわ。裏道近くの屋根が一番安全だと思うし」
 彼女が近くを指し、それにうなずいてから屋根の上に登った。
 身軽なリン、訓練を積んでいるエリアザールは難なく。イーリスも普通に登る。
 カナスが苦労したがなんとか全員登れた。
「町の様子も見えるわ。これなら」
 愛用の望遠鏡で様子をうかがう。その途中、ある一点でイーリスは動きを止める。
「イーリス?」
 エリアザールが疑問に思い、望遠鏡を求める。気がついて彼女は彼に渡し、覗き込む。
「……」
 なるほど――と、理解する。
 遥か先で、ヘクトルとバアトルの二人が派手に暴れている。
 オズインやドルカスがフォローしているようだが、それでも猛進する二人。
 だが幸いにこれで注意があちらに向いている。
「今の内に港まで接近しよう」
「ええ」
 屋根の上を伝って港まで進む。出来る限り海賊の死角になるように身をかがめながら。
 裏道の方を通っているおかげもあり、誰にも気付かれずに近辺まで接近できた。
「問題はここからね。ここから港までは障害物が少ないし、海賊も多いわ。
 一点突破はこっちに人数がもう少しいれば出来るかもしれないけれど無謀過ぎるし…。
 とりあえずケントさんに言伝はしておいてもらったけれど」
 実はさっき酒場に行く直前に、ケントに少し言伝をしておいてもらった。
 それが功を奏せばいいのだが。
「とりあえず、敵の注意を引き付けないことには始まらないな。その役目は僕がやろう」
「エリア…大丈夫なの?」
「ディナスの嫡子を、甘く見ないで欲しいね」
 エリアザールの不敵な笑みに、そうだったとイーリスは苦笑した。
「そうね。エリアなら大丈夫ね。危険だけれど、お願いできる?」
「ああ。じゃあ先行する。三人は後から」
 言いながら彼は飛び降り、一人で海賊たちを引き付ける行動に入る。
 すぐに反応した海賊たちは彼に狙いを定め向かって来る。
「…さて、こっちは今のうちに…っと」
 イーリスは再び望遠鏡で様子を見る。
「…?」
 何かおかしいことにイーリスは気付いた。騎馬が五騎ほど、この港方面に向かって来ている。
 海賊ではない。一様に黒い衣を纏っている。しかも全員が武装している。
「…もしかして…」
 これはまずい――。
「どうしたの、イーリス?」
 リンの尋ねる声に彼女は答えた。
「…『黒い牙』…」
「!!」
「え? 黒い牙って?」
 驚愕するリンに首を傾げるカナス。イーリスが答えた。
「ベルンの暗殺集団です。そして私たちの…敵です」
「……」
 さすがに呆然とするカナス。
「イーリス、敵がこっちに来るのよね」
「ええ。エリアが危ない…!」
 二人はすぐさま行動を決定した。
 すぐに屋根から飛び降りる。
「カナスさんも早く!」
「う、うん」
 かなり迷ったようだが意を決してカナスも飛び降りた。なんとか無事に着地する。
「行きましょう!」
 三人は港へと駆け出した。




 エリアザールの目の前には、一人の海賊。
 こちらに伝言をした男だった。
「このファーガス海賊団特攻隊長、ダーツ様の目が黒いうちは、ここは通さねーぜ!」
 エリアザールは冷静に、見据える。
「勝たねば目的は達成できない。どいてもらおう」
 接近戦用に、ダガーを抜く。海賊ダーツは斧を構えた。
「どりゃぁぁぁっ!」
 斧を振り回すダーツ。しかしエリアザールは素早い身のこなしで回避する。
「てめぇ、ちょこまか動くなよ…!」
「当たり前の行動だろう」
 横に大きく薙いだ斧を跳んで回避。
 空中で身を捻り、ダーツのすぐ後ろに着地してダガーを喉元に突き付けた。
「!」
「君の負けだ。武器を手放してもらおう」
「…くそっ」
 舌打ちした瞬間、二人の視界が陰った。
 見れば一騎、騎馬が二人の前にいる。
 相手はこちらに向かって剣を振り下ろしてきた。
「くっ」
 危険を悟りダガーを引いて離れる。ダーツもなんとか回避した。
「てめえ、何者だ!?」
 斧を構えてダーツが問う。しかし相手は答えない。
「……『黒い牙』か」
 海賊ではなく、この状況で自分たちを襲う者はそれしか考えられない。
 エリアザールはため息をついた。
「一時休戦だ。こいつを倒さねば船に乗るための賭けも続けられない」
「なるほど。お前たちにとっても敵ってわけか?」
「その通りだ」
 ダガーを収め、クレセントと矢を構える。
「だったら一時休戦だな!」
 二人が向き直った。ダーツがまず突撃し、斧を振りまわす。馬を操り回避する黒い牙の男。
 しかしその隙をエリアザールが突く!
 矢の三連射で牽制と本命の攻撃を同時に行う。命中はしたが急所は避けられてしまった。
 だが――。
「エルファイアー!」
 大きな火球が敵に向かう。これに危険を感じた男は馬で回避した。
 火球は着弾した地点で火柱を立てて燃え上がる。
「エリア、大丈夫?」
「イーリス…!」
「私達もいるわよ!」
 イーリスに続き、少々遅れてリンとカナスも到着。体力をかなり使ったか、カナスは息が上がっている。
「はあっ!」
 リンがマーニ・カティで斬りかかる。手傷は与えたものの馬術で致命傷とまではいかない。
「今のは、中位の魔法かい」
「練習はしてたの。理論は覚えきっていたからバドンに向かう途中で。
 成功して何よりだけど、当たらないと意味がないわ…」
 相手を見据えながらイーリスは言った。
「ならば、足止めすればいいか。公女、敵の足を止めます」
「…わかったわ」
 リンはエリアザールに対して良い感情を持っていないが、戦い方に関しては同年代のはずなのに精通している。
 それに親友とも言えるイーリスが絶対的な信頼を持っている。
 これが正しいのだと言い聞かせて、うなずいた。
「あとはそこの海賊――ダーツ、だったか? 君も手伝ってくれ」
「お頭以外に指図されるのは癪だが、仕方ねえな」
 斧を構えるダーツ。
「それじゃあ行くわよ!」
 リンが先陣を切った。素早くマーニ・カティを閃かせる。ダーツも斧を振り回し攻撃を仕掛ける。
 それを見届けてからイーリスも詠唱に入ろうとする。
「…え…?」
 クラリと、一瞬視界が歪む。眩暈で詠唱が中断してしまった。
「大丈夫かい?」
 傍にいたカナスがふらついた身体を支えてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
「慣れない魔法だったから思った以上に魔力を消耗している。無理はしない方がいいよ」
「ですけど…」
「僕がやるよ。これでもいろいろ魔法には詳しいから」
 イーリスは、カナスの実力の程を知らない。学者で闇魔道士ならば、確かに知識は豊富だろう。
 だが問題は今の自分のように実力が伴わない場合は危険が大きすぎる。
「カナスさん、ですけど」
「大丈夫」
 その瞬間。

(大丈夫)

 なぜか故郷の兄を彷彿とさせる。優しく、自分を可愛がってくれた兄を。
(兄様…?)
 優しい笑みは不安を消してくれた。
「じゃあ、行くよ」
 カナスが魔道書を開いた瞬間、背筋に寒気が走る。
 闇魔法の魔力が放たれ始めていた。
「――ミィル!」
 黒い球体が、沈む。そして相手の影から浮上して傷を負わせる。
 その隙を逃さないのがエリアザール。素早く弓矢で相手の急所を射貫いて絶命させた。
 落馬して、敵は倒れる。
「……『黒い牙』自らが動き出したということは、本腰を入れ始めていると言うことだな」
「私達が邪魔だと言うこと?」
「それ以外に、理由はないと思われますが」
 聞き返したリンにエリアザールはあっさりと答える。
 また不機嫌になったがイーリスがなだめた。
「エリアに悪気はないから…。それより、追いかけっこの続き」
「そう言うことだ。邪魔が入ったが、行くぜ!」
「あ、無理よ」
 ニッコリ言ったイーリスに、ダーツは呆気に取られる。
「なんだって?」
「だってもう私たちの勝ちよ」
 指差した先は、海賊船の前にいるファーガスと――エリウッド。
 無事に辿り付いたのだ。
「確かに、僕たちの勝ちだな」
「……一本取られたぜ」
 イーリスは、ケントを通してエリウッドへの言伝をしていた。
 その内容は「港で騒ぎが起きたらいかなることがあっても到達に全力を注いで欲しい」というものだった。
 『黒い牙』の急襲という予定外のことがあったがそれをうまく利用することに成功。
 彼女の読みが勝利を掴んだのだった。
「だからこれ以上の戦いは無意味よ。さて、行きましょう」
 まだ多少ふらつくものの、笑顔でイーリスは駆け出した。リン、エリアザール、カナスが後に続く。
 光景を見てダーツは。
「なかなかやるじゃねーか、あいつら…」
 と呟いた。




 見事海賊たちとの勝負に勝った一行は出航を前に準備を整える。
 そして夜、宴を楽しんでいた。
 まれに見る度胸の持ち主たち、と言うことで歓迎されたのだ。
 酒を酌み交わし、言葉を交わす各々。一部ではかなり盛り上がっている。
「…どうかなさいましたか?」
 だがその中で宵闇で黒く映る海を眺めるエリウッドに、イーリスは尋ねた。
 彼は弱くも答えた。
「いや…父のことを考えていてね」
「エルバート侯ですね。ご無事だとよろしいのですが」
「ああ。……イーリス、僕達は生きて帰れるだろうか」
 不安を口にしたエリウッド。
 しばし考えてから彼女は答えた。
「……私達には帰りを待つ方々がいらっしゃいます。ですから、死ぬわけにはまいりません。
 必ず皆が生きて帰るように――私は軍師として尽力致します」
 誰かを失う悲しみを繰り返させてはならない。そのために力を出し尽くす。
 この言葉には強い決意が込められていた。
「…ありがとう。これからもよろしく頼むよ」
「はい、エリウッド様」
 少し笑って応え、彼女も海を見た。
 深淵の闇を表しているように、見えた。
 そしてそれは見えてこない未来を表しているかのようにも。






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