絆と傷と償い
エレブ大陸の端、ミスル半島。
そこの古城に反クーデター派は追い込まれていた。
エトルリアクーデター派、ならびにベルン南方軍連合軍がナバタ方面から迫っている。
「……」
追い詰められている状況に、反クーデター派盟主『魔道軍将』セシリアは苦い顔をした。
完全に後手に回ってしまっている。
逃げ場はない。
もう、一月半は前になるか。
密偵によりクーデターの情報を手に入れたときはすでに遅く、暴挙を止めることができなかった。
それほど慎重に計画が練られたという証拠だ。
宰相位にあれど小物と言えるロアーツからすれば、相当の勝算と覚悟があったに違いない。
それは西方三島総督アルカルドにも言えることだろう。
クーデター派は王権強奪と共に、セシリアが秘密裏に擁護してきたベルン王妹ギネヴィアを捕えようとした。
安全を確保するためにも先だって王女を伴いアクレイアを脱出。
兵を招集して反クーデター派を組織し、戦ってきた。
しかしベルンの強大なる後ろ盾、しかも国王モルドレッドをおさえられたことにより、
残りの軍将――『大軍将』ダグラス、『騎士軍将』パーシバルがクーデター派についている。
それらによる劣勢は予想していた。
あの二人は王家に忠誠を誓った身。
国王のために仕方なくついているのだろう。
(あなた方、らしいですね…)
自分とて王家への忠誠は尋常ではない。だがそれ以上に国と民を案じての行動だ。
騎士は王国の僕。政治的判断は許されぬ立場ではない――が、それは一般の軍人ならであろう。
自分はエトルリアを守護する三軍将の一角を担う立場なのだ。
政治的見地からの軍事見解もなさねばならない。
(ベルンと大陸を二分すると宣言したけれど、各地への侵攻を果たしたベルンがこのままでいるとは思えない。
…リキアも支配しようとした。…エトルリアならば、内部を切り崩してから支配する方法が手っ取り早い…。
エトルリアは、このままではベルンに支配される)
そうして考えた末の結論でもあった。
国がなくなれば、王とて力を失う。
民あっての国。国あっての王。
彼女が真に守るべきと考えるのは、国そのものであり、そこに生きる民たちだった。
「――セシリア将軍」
「なにかしら?」
部下の声に振り返る。部下は跪いて白い書状を差し出した。
封をしている印はリキアのもの。誰からか――すぐに察しがついた。
「リキア同盟軍のロイ将軍から書状が来ております」
「分かりました」
部下から書状を受け取り、一読。
「……」
閉じると希望をどこかに見出した表情で、すぐに命令を下した。
「軍議を開きます。至急招集をかけなさい」
「はっ!」
敬礼を返し、部下は立ち去っていく。
「…感謝するわ、ロイ」
沈みがちだった彼女の顔に、少し笑顔が浮かんだ。
内容は、こうだった。
救援に参ります。
それまでどうか持ちこたえてください。
ロイ。
直後に開かれた軍議では、専守防衛に徹してリキア同盟軍の救援を待つという戦法になった。
一部不満のような声もあったがそれが生き延びる唯一の方法と皆が理解した。
この提案がなければ、全滅を待つだけしかないゆえに。
指揮を執るセシリアの、ふとしたことから紡がれた縁がもたらした幸運であった。
軍議を終え、彼女は城内のある一室へと足を運ぶ。
「…セシリア将軍…」
姿に答えたのは長いウェーブのかかった金の髪に美しい顔立ちの女性。
彼女こそベルン国王ゼフィールの妹、ギネヴィア王女だった。
「…やはり…ベルン軍が近づいているのですね」
「はい。――ギネヴィア姫、我々は専守防衛に徹してリキア同盟軍の救援を待ちます」
「リキア同盟軍…ロイ様が?」
ギネヴィアが驚いたように訊いてきて、セシリアはそれにうなずく。
「ええ。では、ギネヴィア姫。先にこちらを脱出して同盟軍に合流してください」
「なぜ…ですか?」
再び、驚きに尋ねた。彼女は冷静に答えた。
「救援前に我々が敗れるとも限りません。
その場合、確実にベルン軍に捕らえられるでしょう。ですから」
「いえ…私は、ここに残ります」
申し出にギネヴィアは首を振った。
「脱出したとしても、途中で捕らえられることもあるでしょう。
それに…私は、危険を犯してまで私を匿って下さったあなたを、見捨てるようなことをしたくありません」
「姫、ですが」
「私はこの戦いを見届けます。もし敗れたとしても…従います」
意志の強さを知って、セシリアはもう止めない。
「分かりました」
彼女は強く決意する。
(この戦い…王女のためにも持ちこたえる…)
そしてとうとうクーデター派、ベルン連合軍が眼前まで迫ってきた。
セシリアは直前、すべての将兵達を集めた。
「――あなた達には感謝します。私の考えに賛同し、共に戦ってくれたあなた達に」
凛として深い声で語りかける。
(本当に、あなたたちはよく私などについて来てくれた)
感謝を込め、彼らのためにも――セシリアは自分の覚悟を告げた。
「けれど、あなた達も大切なエトルリアの民。
――もし、私が敗れたり戦死した場合は直ちに降伏しなさい」
ザワザワと、動揺が走った。彼女は反応を目にしながら続けた。
「私のために命まで捨てなくていい。
あなた達のような志を持つ民がいれば、国はありつづけられる。
エトルリアのために生きるのです」
「しかし将軍!」
兵士の一人が、勇気を振り絞って声をあげた。
「あなたもエトルリアにとっては、なくてはならない存在です!
――生き残るのです…我ら全員で。リキア同盟軍が来るその時まで。
それまであなたを死なせはしません」
「その通りです!」
奮い立ち、兵士達から次々と同じような声があがった。
一気に場は「セシリア将軍」の声で震える。
「あなた達…」
自分を信じ、ついてきてくれる。このような自分を必要としてくれている。
とても嬉しかった。
思いをかみ締めて、しばし目を閉じ、それから――。
「…ありがとう、あなたたち。
では、専守防衛――リキア同盟軍が来るまでなんとしても持ちこたえるわよ!」
『はっ!』
「各自、持ち場について!」
号令に従い、兵士達が散らばる。
戦闘開始直前、セシリアは自分の部屋で、一冊の魔道書を見ていた。
「……」
これを使えば、救援まで持ちこたえることはたやすいだろう。
しかしこれは強すぎる力。
下手に使えばとんでもないことにもなりかねない。
表に出すべきものではないと、戒めた力。
「――っ!」
机にしまい、代わりに翠の宝玉を抱く魔道書を手に出た。
「ベルンの竜騎士部隊接近!」
「第一隊から第三隊まで風魔法で波状攻撃!」
連続して風の刃が竜騎士達に襲いかかる。
魔法――しかも風魔法に極端に弱い竜騎士達はほとんどがそれで翼を失い落ちてゆく。
刃の目を上手くかいくぐった者だけが、城壁に迫る。
しかしその瞬間。
幾重にもなった風の刃が竜の翼を切り裂き、無残にも地に落ちる。
その魔法を放ったのはセシリアだった。
「セシリア、将軍…」
「気を抜かないで。第四隊から第六隊までは地上へ攻撃。破城を阻止しなさい!」
その間にも、竜騎士の部隊が迫ってくる。
魔道書を開いて唱えた。
――風の理よ 翼を引きちぎる風となれ!
「…エイルカリバー!」
幾重もの風の刃は周りに広がり、竜騎士の一部隊をすべて地に落とす。
傍らにいた兵士は、さすがはエトルリアの魔道軍将だと、尊敬のまなざしで見つめていた。
しかし、ベルンは物量で押してきた。
防衛に徹しているとはいえ次第に押されてきている。
(…クーデター派がいないのはなぜ? ベルンの独断…?)
ふとセシリアは思う。
エトルリアの兵士が一向に来ない。
斥候の報告ではクーデター派とベルン軍は同時に進行して来た。
今回、クーデター派の軍を率いているのは騎士軍将パーシバル。
元同僚の軍とは言え、攻撃をためらうような人物ではないことを、よく承知している。
クーデター派とベルン軍の間で確執があるのだろうか。
このままでは終わらないだろうと予測した。
その予測はすぐに現実となる。
「!」
竜騎士が手槍を投げつける。後ろに跳んでかわすと反撃でエイルカリバーの魔法を放つ。
また一騎、竜騎士が地に落ちる。
しかしその瞬間、轟音と共に城門が破壊された。歩兵がなだれ込んで来る。
「…っ…」
「――久し振りだな」
上空から、声がする。
向けば一際豪華な鎧を纏った竜騎士の姿が。
ベルン三竜将の一人ナーシェンだった。
「この数でここまで戦ったことは誉めてやろう。しかしもう貴様はここで終わりだ」
「あら、あなた自身が戦うの? けれど、このまま終わるつもりはなくてよ」
不敵に微笑み、エイルカリバーの魔道書を構える。
「フン。貴様の相手は私ではない」
その刹那、悪寒にも似た気配を感じて跳んで振り向く。
そのすぐ横を、衝撃波が過ぎていった。
「ほう…かわしたか」
「…!」
その姿に、セシリアは驚愕した。
金細工が随所に施された鎧。槍にも似た武器を持つその姿…。
「貴様が『魔道軍将』セシリアだな」
「…ベルン国王、ゼフィール…!」
絞り出すような声でその名を呟いた。
ベルン王自らがここに来るとはさすがに予想していなかった。
しかしこれで判る事が一つ。
――ベルンは、エトルリアを乗っ取る気だ。
それは最初からだいたい判っていたことだが、御大将の登場で確信に変わる。
すぐ後ろに、ワインレッドのローブを纏った巫女らしき人物の姿が見える。
顔はよく見えないが、瞳の色が左右で違う。
「貴様の戦い振りに免じ、わし自ら相手してくれよう」
武器を掲げた。
すると、その形状がみるみるうちに変わる。
槍のような形状から、巨大な剣にそれは変わった。
セシリアはあれこそベルン王家に伝わっているという神将器の一つ――エッケザックスだと認識した。
(神将器まで…)
「……」
彼女から見ると、ゼフィールが巨大に見える。
単に体格差ではない。全身から放たれる途方もない威圧感がさらに大きく見せている。
歴然とした力の差がここまであるのかと恐れを感じる。
脂汗が、滴り落ちる。
気をもたせなければ、震えてしまう。
だがなんとか自分を奮い立たせた。
ここで倒す事が出来れば、動乱そのものが終結する。
逆に考えれば千載一遇のチャンスでもあるのだ。
師が、言っていた。
(危機は逆に考えれば、チャンスでもある。ものに出来るかは、意志次第)
そうだ。自分がやらねばならない。
今ここでそれが出来るのは、自分なのだ。
「陛下自ら戦われるとは…」
巫女が口を開く。低くて感情があまり篭っていないような声。
「構わん。下がっておれ」
そう言ってゼフィールは巫女を下がらせた。
緊張感が高まる。
気力を振り絞って、セシリアは口を開いた。
「…あなた自らここに来るとは…エトルリアも支配する気なのかしら?」
「世界を「解放」するためだ。わしが支配せねばならん」
(…「解放」?)
訝しげに眉を寄せる。
しかし、そんなことにかまっている余裕はない。
「――くっ!」
持って来るべきだったと僅かにセシリアは後悔しつつ、速攻勝負に出た。
自分を侮っている。
そこに突けこめば勝機はある。
あると思った。
(負けるわけにはいかない…!)
翠の宝玉を持つ魔道書を開き、詠唱に入った。
――疾風の理を司りしセチよ
我が呼び掛けに応えたまえ
天をも切り裂きし刃は汝らが示せし断罪
我は願う かの刃を 裁きを下す風を
断罪の風よ 剣となりて我らの敵を切り裂け!!
「ギガスカリバー――っ!!!」
巨大な風の刃が、ゼフィールに襲いかかった。
避けようとする気配はない。それ以前に狭い城壁の上ではこの魔法を避けることはほぼ不可能。
(直撃する…!)
しかし。
「ぬうんっ!」
ザンッ!!
なんと、ゼフィールはエッケザックスで魔法を斬った!
魔法は行き場を失い、上空へ逸れて竜騎士達に甚大な被害を及ぼしながら消える。
信じられない光景に一瞬我を忘れた瞬間、目の前にそのゼフィールが現れた。
あまりにも速い。対抗手段が間に合わない。
閃光が、煌く。
「―――っ!!!」
痛みを覚えた。
だが、それすら通り越して感覚を失い意識が遠のいていく。
肩当てを紙のようにいともたやすく切り裂き、エッケザックスが左肩に食いこみ、身体を斬る。
鮮血が舞い、視界が赤く染まる。
「…そん、な…っ」
膝を、付いた。
「…つよ…すぎる…」
口に出した言葉は、それが最後。
彼女は力なく倒れてしまう。
(…私は……死ぬの…?)
恐怖と共に今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。
家族。友人。師匠。主君。同僚。上司。部下。弟や妹のような存在。教え子達。
国を、大切な人達を置いて、死にたくはない。
しかし身体が言うことを聞かない。
倒れた中で微かに願う。
(…私が…倒れても…。あなたがいれば…エトルリアは…)
そして…。
(…あなたに…エトルリアの未来を…託します。――パーシバル…将軍…)
彼の顔が浮かんだと同時、意識は闇に飲まれる。
この瞬間反クーデター派は敗北。降伏した。
「…?」
呼ばれた――そんな気がして、エトルリア騎士軍将パーシバルは空を見上げた。
言い知れぬ不安が、胸に広がる。
(なんだ…この感覚は…)
その不安はすぐ理解することになる。
「パーシバル将軍!」
しばし経って部下が息を切らせてこちらに来た。部下の顔は青かった。
なにかあったのか――表情には出さずとも、察して不安がさらに広がる。
「…ベルン軍が、城を攻撃した?」
その報告に、パーシバルは顔をしかめた。
「…話が違う。包囲するだけで攻撃自体は我々がするはずだった。
エトルリア国内のことは我々で処理する取り決めのはずだ」
表情に変化が見られないものの、声音には怒りが篭っている。
実はベルン軍が先行して城を包囲、エトルリア軍が攻撃するという作戦だった。
それが破られたことに対し、怒りを表していた。
「…攻城指揮を執ったのは、ナーシェン将軍か?」
「いえ、ゼフィール国王御自らとのことです」
これには、パーシバルとて驚きを隠せない。
国王自らが介入する…それはベルンのみでエトルリアの問題を処理すること。
エトルリアを乗っ取ろうとする行為だとはっきり認識した。
(国王自ら…。私達に任せる気は最初からなかったということか)
「…反クーデター派はどうなっている」
「降伏しました。大多数は捕虜となっております」
「指揮を執っていたセシリアはどうした」
この答えに、間があった。
幾ばくか躊躇い――それでも事実を伝えなければと、部下は震える声で事実を告げた。
「……ゼフィール国王との戦闘で、敗北……。……生死、不明……です……」
「……!」
戦慄が、彼を襲った。
仮にもエトルリアの魔道軍将。やすやすやられるような女ではない。
しかし…生死不明…。
(そんな馬鹿な話があるわけ…)
可能性を、否定できなかった。
ベルン軍とクーデター派との間で条約を結ぶ際、パーシバルも国王ゼフィールの姿を見ている。
幾多の死線をくぐり抜けた自分でも、威圧感を感じていた。
凶刃に倒れた彼女の姿を想像して、さらに凍りつく。
不安の元は、これだったのだ。
また、大切なものを失うのか。
剣を捧げた王子はもういない。その上で理解者であった彼女も失うのか。
「…いかが致しましょう」
「…事実確認を急げ。しばらくは動かん」
「はっ」
敬礼して立ち去って行く部下。
「……」
パーシバルの中で渦巻くのはベルンに対する怒り、彼女を失うことに対する恐れ。
(これ以上……これ以上……何も私は失いたくない……)
首から隠してあった銀の首飾りを取り出して握り締め、無事を祈る。
(この仕打ちは私への……罰だ)
ギリッと、歯噛みする。
パーシバルも国王の身を案じてクーデター派についているが、心の内ではセシリアと同意見だった。
忠誠と正義、二つに挟まれて迷っていた。
それが今回のことを生み出したと思う。
(信義を見失った私への…罰)
形容しがたい戦慄。自分を支えていた何かが崩れようとする恐怖。
だが何とか自分を保った。僅かな可能性に縋り付いて。
それだけを、信じて。
(どうか…どうか彼女を)
この時の彼は、エトルリアの騎士軍将という立場ではなかった。
一人の男として彼女を案じていた。
だが、このままで彼女は許してくれるだろうか?
許しては、くれないだろう。
それ以前に、自分が許せない。
袂を分かったその時に覚悟はしていたはずなのに。
ならばすべきは一つ。
命に代えても守るべき――エトルリア王国を守ること。
それが彼女の願いでもあった。
(――済まない、セシリア。私は、自らの成すべきことを成す)
しばし時を経たせた後、パーシバルは撤退の指示を出した。
後に存命の報を聞いた。
二人は再会する。
決して失うものかと、彼は誓う。
今まで彼女と培った絆のために。
そして自らの罪を償うために。
<後書きと言う名の感慨>
終了しました。
…やっぱりこの話は外せないですよね、パーセシファンなら!!
悶えのC会話の発端ですよ!!(爆)
一万記念も込めて出しまして、原点へと。
あの一件があるから、パーシバルは本当に済まないと――罪の意識を持つ。
けれどセシリアは、立場もあったのだからと――それを許容する。
「そう言ってくれると助かる」とは言ったけれど、その言葉で本当に救われたのかは疑問。
互いに非は自分にあると思う二人。
だから、あの言葉。
そんな風に思ってしまいますね。
それではありがとうございました。
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