白き聖夜





「なぜ、私がやらねばならないのですか」
 アクレイアの宿の一室で、珍しく騎士軍将が声を荒げている。
 しかも、相手は身分を隠しているものの自分の主君である。
 納得のいかない臣下に、エトルリア王子ミルディン――現在は吟遊詩人エルフィン――は、
 大きくため息をついた。
「他に頼める者もいなくてな。そう蹴るんじゃない。お前は夢見る子供の気持ちが分からないのか」
「……」
 端正な顔に、憮然とした感情がわずかに出る。
 迷いと見て取ったエルフィンは、こう付け足した。
「ま、お前一人では難しいと思っていたからな。一人手助けを呼んである」
「手助け…ですか?」
「そうだ。もうそろそろ来るはずだが…」
 言った時、扉を叩く音がした。
「――エルフィン殿、ご用事ということですが」
 普段からよく聞いている声がした。
 まさかと、勢いよくエルフィンのほうを見るパーシバル。
 不敵な笑みを、彼は返した。
 了承の返事を出すと、すぐに扉は開いた。
 そして入ってきたのはエトルリア三軍将の紅一点、魔道軍将セシリアであった。
「あら、将軍も呼ばれたのですか?」
「…ああ」
 パーシバルの姿に気がつき、微笑みかけるセシリア。
 しかし彼はこの先の事を知っているために、あまり気の無い返事。
 それに彼女は不思議な顔をする。
「よく来てくれた。パーシバルにはもう話をしたのだが、やってもらいたいことがある」
「何でしょうか」
「――聖夜のお伽話は知っているかな」
「…? 聖夜の夜に、子供に贈り物をしてくれる人の話ですか?」
「そう、それだ」
 幼い頃に母親から聞かされたお伽話。
 聖夜の夜、聖女からの使いが眠っている子供に贈り物をしてくれるというもの。
 本当に幼い頃はその存在を信じていたというのは、微笑ましい記憶。
「…実は、前にファにその話をしたら凄く喜んでいてね。本当に来ると信じてしまっているんだよ」
「……殿下、まさか私達にその聖女の使い役をやれと…?」
「その通りだ」
 ああ、とパーシバルが顔を手で押える。
 どうしてそんなことを軍将たる自分達に命じるのだと。
 だが、一方のセシリアは――。
「あら、素敵ですわ。夢見る子供の願いを叶えてあげようなんて」
「!?」
 予想もしなかった彼女の返答に、パーシバルは面食らった。
「よろしいではありませんか。ファはまだまだ子供なのですから」
 竜族だろう――と突っ込みを入れたくなったが、その中の子供だったと思い出して言うのをとどまる。
「ならば一人でやってくれ…。殿下、このようなこと、私は――」
「まあ。将軍、ご存知ないのですか?」
 何を、とセシリアを見る。彼女はすぐに微笑んで答えた。


「聖女の使いは、男の人なんですよ」


「……」
 パーシバルが、固まった。
「お前、知らなかったのか? 聖女の使いは男なんだ。
 私が行ってやってもいいが、もし起きて教えた本人がそれをしていたら夢が壊れるだろう?」
「……」
 絶対に謀られた。
 にやついたエルフィンの顔からパーシバルは確信したが、反論が何も出来ない。
「初めて里の外に出たあの子に、精一杯の贈り物をしてあげましょうよ」
 そしてセシリアから押しの一言。
 切なげな表情に、逆らうことが出来ず。
「……承知いたしました……」
 観念して、パーシバルはうなずいた。





 準備はエルフィンの手により整えられ、聖夜当日。
 夜も深い頃なのに、いまだアクレイアの街並みは所々に光が灯っている。
 星が出ていればよかったが、天気は曇り。しかも冷える。
「それでは、参りましょうか」
 嬉々としてセシリアが言うが、パーシバルは気が重い。
 それもそのはずで、着ている衣装が衣装だ。
 白の毛皮を所々に取り入れた真っ赤な服。ブーツは茶色でベルトは黒だが、
 パーシバルにとってはこのような鮮やかな衣装は恥ずかしい。
 しかもお揃いの帽子もかぶせられている。
 彼の手には持って歩くタイプの袋。その中には事前にエルフィンが調査して
 ファが欲しいと言っていたものが入っている。
「…なぜ、屋根の上伝いで行くんだ…?」
 途中、問いにセシリアが振り返る。
 彼女もお揃いの真っ赤な衣装に帽子。
 彼女の場合はまあ似合っているのだからいいが、似合うはずのない自分にまで着せるとは…
 相当なこだわりだ。
 この件をダシに自分をからかっているのではないだろうかとすら思えてくる。
 あれでなかなか他人をからかうのが好きなのだ、あの王子は。
「聖女の使いは、煙突から家の中に入るんだそうですよ。
 煙突から入るには、屋根の上から行くしかありませんわよね?」
 彼女はこの状況を楽しんでいるように見える。…いや、楽しんでいる。
 どうしてそんなに楽しめるんだと思える。
 その思いを素直に口に出した。
「楽しそうだな」
「…そうですね。普段…誰かを殺めるしかなくて…あんな子を慈しめる機会…ないですもの。
 殺伐とした中に、癒しを求めているのかもしれませんね」
 悲しげな顔で語るセシリア。
 軍に身を置く自分達は、誰かを殺め、奪うことしか戦場ではしない。
 それにクーデターもあり辛い立場の中戦ってきた。
 だから、か――。
「…済まない」
 と、一言。
 それにセシリアは瞳を瞬かせた。
「どうして将軍が謝られる必要があるのですか。後悔はしておりませんわ。
 私が選んだ道ですもの。…ですけど、ごめんなさい。心配を掛けてしまって」
「――いや、いい。…セシリア」
「…パーシバル将軍…」
 そっと、触れ合う手と手。通わせる、互いの温もり。
 しばし、時が過ぎる。
「…さ、参りましょう。早くしないと日付が変わってしまいますわ」
「…そうだな」
 微笑んでから、セシリアが先に行く。すぐ後を、パーシバルが追った。




「…よく眠っていますわ」
 窓のテラスからそっと様子をうかがい、屋根の上へと戻る。
 火の消えている煙突の傍へと二人は歩み寄る。
「どちらが先に行く?」
「どうぞお先に。荷物を落としてから参りますわ」
「分かった」
 まずパーシバルが、煙突の中へ入る。
 両手両足を上手く使って、出来るだけ音を立てないように降りていく。
「…っ」
 華麗な着地。
 竜族の少女――ファは、すやすやと無防備な寝顔を見せている。
 起きてこの恥ずかしい衣装を見られる前に済ませてしまおうと思って、
 光で上にいるセシリアに合図を送る。
 煙突の中に両手を出すと、荷物の入った袋が落ちてきた。
 しっかりと落とさないようにそれを受けとめる。
 袋を近くに置いて、また合図を送った。
 今度はブーツがかかる音。降り始めたようだ。
「…っと…よいしょ…」
 慎重に降りていくが、思ったより煙突が広いせいもあって足を掛けにくい。
「……っ……」
 そして、半分まで来たところで――。
「キャッ!」
 ズルリと足を滑らせる。バランスを崩し、真っ逆さまに落ちて行く。
「セシリア!」
 ドサッ。
 なんとかパーシバルが受け止めた。彼はしっかりと両腕で彼女を抱える。
「怪我はないか」
「…え、ええ。も、申し訳ありません…」
「無事ならそれでいい」
「は、はい…」
 失敗に顔を暗くしながらゆっくりと降りる。
 その時。
「…う…ぅん……だあれ……?」
 声にハッと振り向く。
 ファが、眠い目をこすりながらこちらを見ていた。




「…あれ…? セシリアお姉ちゃんに…パーシバルお兄ちゃん…?」
 ようやく意識がはっきりし始めたか、二人のことを呼ぶ。
(セシリア)
 まずい状況にパーシバルは小声で呼び掛ける。
 しかしセシリアは大丈夫と、微笑んでみせた。
(ご心配なく)
 そして彼女はファの元へとそっと近付く。
「こんばんわ。起こしてしまってごめんなさいね」
「どうしたの? お姉ちゃんたち。なんだかせーじょさまのおつかいの人みたい」
 真っ赤な服装を見て、ファは正直な感想を述べる。
 笑顔でセシリアは言った。
「フフ…。実はね、今日は私達、その使いになってやって来たのよ」
「えっ、ホント!?」
 キラキラと、ファが目を輝かせ始めた。
 笑みを崩さぬままに、セシリアは続ける。
「本当はね、お使いの人――ファの所にも行きたかったけれど、行けなくなってしまったんですって。
 でも、ファはいい子でしょう? 贈り物をしたいから、そこで私達が代わりに来たのよ」
「そうなんだ…ありがとう! お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
 万年の笑顔でファは二人に感謝する。
「ねえ、ファにはなにをくれるの?」
「見てびっくりするわよ」
 片目をつむってみせてから、目配せしてパーシバルに贈り物を渡すように頼む。
 視線の意味を理解して、恥ずかしいながらも彼は袋から取り出して、ファに手渡す。
 綺麗に包装された包みにファは目を輝かせながら首を傾げる。
「なにが入ってるの?」
「開けてみて」
「うん! …わあっ!」
 小さな手で包みを開けて中身を取り出す。
 それは、小さな子供用のハープだった。
「…これ…前にエルフィンに言ったよ! ファ、ハープがほしいって」
「良かったわね、ファ。神様が聞いてくれたのよ」
 本当はこちらで用意したものだが、子供の夢は壊せない。
「うん! かみさまありがとう!」
 万年の笑みが、ファに浮かぶ。
 無邪気で、すべてが叶うと信じている。
(子供は夢を見て生きる。これで…いいのかもしれんな)
 パーシバルも珍しく、そんなことを思った。
「では、私達はもう行くわね」
「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」
「じゃあ、ちょっとだけ目を閉じてて。十数えたら目を開けて。
 それから窓を見てごらんなさい。約束できる?」
 セシリアが、ちょっとした約束。ファはうんとうなずくと、両手で顔を押さえた。
「じゃ、十数えてね」
「うん! いーち、にーい……」
 数え始めたファを確認すると、セシリアは急いで袋の中から一本杖を取り出す。
 転移の杖だ。
(将軍、急いで)
 呼び掛けに、彼女の傍へ来るパーシバル。
「ごーお、ろーく……」
 杖を使って魔方陣を描く。
 光に、二人が包まれる。
「きゅーう、じゅーう!」
 数え終わった瞬間。
 二人は転移魔法で消えていた。
 目を開けたファは、不思議なことに首を傾げたが約束のため窓を見ようと起き出した。




「…初めから使えば良かったのではないか?」
 転移した場所は屋根の上。転移の杖にパーシバルは正直な意見を述べる。
「その辺りは、こだわりと仰ってくださいな。味気ないでしょう?」
「言えばそうだが…怪我をしていたのかもしれないのだぞ」
 怒りの見える鋭い目に捉えられ、セシリアはしゅんとした。
「申し訳ありません。これから気を付けますわ」
「全く…本当に気を付けてくれ」
「ええ。…心配してくれて、ありがとう」
 微笑んで感謝を述べるセシリア。
 そっとパーシバルは彼女を傍に寄せ、袋から持って来ていたマントを出して羽織り、すっぽり包まれる。
「…将軍…」
「…冷えるだろう?」
「…そうですね。だいぶ冷えてきましたわね」
 彼の思いやりに、顔がほころぶ。
「ならばやるべきことは、済ませましょうか」
 言うとセシリアは袋から一冊魔道書を取り出す。
 氷の魔道書だ。
「何をする気だ?」
「生まれてから絶対見たことないだろうと思うものを、見せてあげようかと思いまして。
 これが私からあの子への贈り物です」
 言って魔道書を開き、詠唱を始めようとしたその時。
「……?」
 ふわっ、と落ちてくるものがあることにパーシバルは気がついた。
 手を出して受け止めると冷たい感覚が一瞬して、消える。
 マントに白いものが着いたのでよくよく見ると、それは雪の結晶だった。
「…雪…か…?」
「まあ、本当ですわ。珍しいですわね」
 アクレイアで雪が降るのはどちらかといえば珍しい。降ったとしても少ししか積もらない。
 しかし、雪の聖夜は白き聖夜として、幸福を運ぶと伝えられている。
「どうやら私が考えていたこと、神様に先を越されてしまったようです」
 なるほど。氷の魔法で雪のようなものを作り、それを彼女に見せたかったらしい。
「だがいいだろう。本当の雪をこの目で見られるんだ」
「そうですわね。イリアでは吹雪だし、このぐらいが初めて見る雪にはちょうどいいですわ」
 雪は深々と降り注ぎ、アクレイアの街を白く染め上げていく。
 すぐ前に起きたクーデターの痛みを消してしまうように。
 その美しさに、二人はしばし夜景を眺める。
「…そろそろ、戻るか」
「ええ。…これから二人で少し飲みません?」
「? なぜだ?」
「白き聖夜を、もっと見たいですから。今度はいつ見られるか分かりませんし、
 見ることが出来るかもわかりませんから」
 意味を即座に理解する。
 これから遠征に赴く身。生きては帰れないかもしれない。
 しかし。
「セシリア。必ず生きて帰る。私達は帰るのだ」
「…そう…ですね」
 ゆっくりとセシリアはうなずく。
「だから、幸福があるように――もっと見ていたいのです」
「…ああ、そうだな。幸福があるように――」
 幸福があるようにと思う気持ちは同じ。
 今ある幸福を失わないように。
 そっと寄り添った彼女の唇に、自分の唇を重ねた。



「わぁー! キレイー!」
 初めての雪にはしゃぐファ。



 幸福を運ぶ白き聖夜は更けていく。
 ささやかな幸福をかみ締めながら――。








 <後書きと言う名のクリスマスと言い訳>

 終了いたしました。
 …この話のコンセプトはズバリ、
 サンタになるパーセシ(笑)
 どうすればそんなことが出来るかと考えた結果、ファと王子に出演頂きました。
 考えれば王子比率高いと思う今日この頃。
 閣下に何か無理矢理なことをやらせる時にはこの人が出ないと(爆)

 なかなかほのぼの&ラブになったと思いますが、いかがでしょうか。
 ありがとうございました。




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