愛されず
一目見た時、その目は自分に似ていると思った。
「セネリオ」
オスカーは、経費の計算中だったか書き物をしているセネリオに声をかけた。
「何か…用でしょうか」
「食材の買い出しに行くから、経費の方もらえないかな。アイクから頼まれてね」
「わかりました」
セネリオは表情を変えず、いくつもあるゴールドの入った袋から食費用の袋を出して渡した。
「出来るだけ、節約でお願いします」
「わかってるよ」
あっさり言ったセネリオに、オスカーも軽く応える。
そしてオスカーは買い出しにと出かけた。
値切り交渉をしながら食材を買っていく。昔からの経験で値切りは上手いのだ。
(しかし、セネリオは無反応だな…)
食事をしていても、話をしていてもセネリオがその表情を変えることはあまりない。
例外はただ一つ、アイクの傍にいるときだけ。
絶大な信頼を寄せているのか彼にだけは愛想もいいのだ。
まるで、アイクの存在が自分の生きる理由のように。
ただそれは時に諸刃の剣なのだということをセネリオは知っているのだろうか。
ふとオスカーは昔を思い出す。
幼い頃に自分の母親が死んだ。
幼すぎて母の記憶はほとんど残っていない。
ただ物静かで…優しい人であったことだけは、記憶にある。
それから数年で別の女性が来て、ボーレが生まれて。
その女性が亡くなり、また別の女性が来て。そしてヨファが生まれて数年で出ていった。
二人の継母とは上手くいっていなかった。
我侭は一切言わず「良い子」で過ごしていたが、直接血の繋がりがない子供は愛せなかったのか。
そして父も子供にはあまり構ってくれなかった。
だから親に愛されることを知らずに育った。
家族の温もりを知ったのはこの傭兵団に来てからで、本当に感謝している。
でもセネリオを初めて見た時、妙に気にかかった。
温かい傭兵団において、自分から距離を置いている。
冷たいようなその瞳は愛情を知らずに育った証。
辛い過去があるようだが、誰にも話さない。彼は黙して語らない。
(話してみるべき、かな…)
自分は傭兵団に救われた。
だから彼も救ってやりたいと、心から思う。
お節介なのかもしれないけれど。
あの孤独の目を、消してやりたいと。
「ただいま」
帰ってきたオスカーは、セネリオのもとにやってきた。
買ってきた食材を報告して、残金を返す。
「…予想以上に残りましたね」
「節約してくれって言ったからね」
「そうでしたね」
あっさりとした言葉。しかしこれが彼なのだ。
「ああそうだ。今日の夕食、何か希望はあるかい?」
「いえ、別に」
即返すセネリオ。オスカーは苦笑しながら続ける。
「そんなこと言わないで。どんな料理がいいか言ってごらんよ」
「なんでも構いません。僕なんかに構うより、アイクに肉料理でも作ってやってください」
来た。アイク発言。
本当にセネリオは自分よりアイクを大切にしている。自分の存在意義のように。
彼なくして自分もありえないと。
「……セネリオ、君は……何かにつけて、アイクのことを出すね。
君は、アイクに依存しすぎているんじゃないかい?」
「…僕にとってアイクは特別なんです。あなたに言われる筋合いはありません」
明らかに怒りの見える口調と顔でセネリオは言う。
しかしオスカーは冷静に返した。
「でも、たった一人だけをよりどころにしていてはいつか壊れてしまうよ。
例えば、アイクが死んだ時」
「なぜそういう不吉なことを口に出すんです。アイクは死にません、死なせません」
「いつもの君らしくないね、その発言は。いつもの君は最悪の事態を常に想定しているのに」
「…っ」
指摘されてセネリオは黙る。
少し落ち付こう、と言ってからオスカーは続ける。
「傭兵は常に最悪の事態を想定して動くのが鉄則。少々の油断が命取りになる。
だけれども戦闘以外でも病や、不慮の事故などで人が死ぬことはあり得る。
そうしてもしもアイクが死んだ場合、君は間違いなく後追い自殺しそうだよ。
まあそれはアイク自身が許しはしないだろうけどね…」
「なら、いいではないですか」
完全に声音には彼に対する怒りが見えていた。しかしオスカーは想定済みで、冷静だ。
「私が言いたいのは、もう少し他の人たちも信じてやりなよ、ということだよ。
それは誰でも構わない。君自身が決めればいい。
他の誰かを信ずるに足る人物だと認められるようにすることが、今の君には一番必要なんじゃないかな」
「そんな甘いことを…! そんなことを言うから、不穏分子を野放しにしているんじゃないですか」
セネリオは立ちあがって、そこで軍の現状を出した。
この軍に間者がいた。
自分たちをベグニオンに運んでくれ、その後も同行してくれたラグズのナーシル。
デインの間者であったことは軍を動揺させた。
だからセネリオはより周りを警戒している。
だが……。
「私が言っているのは君自身の問題だよ。軍の問題じゃない」
「同じです」
「同じではないよ」
二人の問答が続く。セネリオが頑固過ぎて平行線のまま。
埒があかないとオスカーはため息をついた。
「セネリオ、君は本当にアイク以外を信用しないね…」
「先ほども言いましたが、僕にとってアイクは特別な存在なんです」
言ったセネリオの目は不安をわずかに抱えていた。
自分とアイクの関係を否定しないで欲しい、と訴えているような目だった。
オスカーは、視線をセネリオに合わせた。
「…初めて君を見た時、私は君の目が、気になった。
君の目は、愛されることを知らずに育った者の目だ」
「…それが、どうしたというんですか?」
「昔の私と同じだと思ったんだよ」
その言葉には、セネリオも呆気にとられた。
彼が知る限りのオスカーは、団員や弟たちに慕われ、また自らも優しくしている。
馬鹿な、と思った。
「今のあなたからは考えられない言葉です」
「そうかもしれないね。でも、事実だよ。
私は物心つく前に母を亡くし、父は他の女性と関係を持ち、子が生まれても構いはしなかった。
こんな環境で、愛情は得られると思うかい?」
「……」
押し黙るセネリオ。
「幼い頃の私の願いはただ一つだった。
「親に愛されたい、普通の子供と同じように暮らしたい」とね。
笑うかもしれないけれど、必死な願いだったんだ」
「……」
ゆっくりと、オスカーはセネリオの両肩に手を乗せる。
彼は抵抗しなかった。
「私は、君がどんな過去を持っているか知らない。アイクと何があったのかも知らない。
君の痛みを完全に理解することはできないだろう。でも私はこの傭兵団に救われた。
みんなのおかげで愛されること、家族というものを知ることが出来たんだ。
だから今まで辛い思いをしてきたであろう君を、救いたいんだ。
私にとって傭兵団のみんなは、家族だから」
優しい視線に耐え切れなかったのかセネリオは目を伏せる。
敢えて構わずオスカーは続けた。
「君も、誰かを信じようとすることは出来るはずだよ。アイクを絶対的に信頼しているんだから。
……じゃあ、私の話はここまでにしようか。それじゃ」
視線を戻し、手も戻し、オスカーは食事準備のために部屋を後にする。
彼はうつむいたまま立ち尽くしていた。
(少し言いすぎたかな…少しは考えてくれれば良いけれど)
やっぱりお節介だったかなと思いながら、オスカーは扉を閉めた。
オスカーの食事は、旨いと評判だった。
軍になってからは手伝いが主だったりするが買出し含め、食事の総指揮は半分自分が執っている。
今日もミストたちに指示を出したりしながら食事を完成させた。
和気藹々とした食事は殺伐とした「戦争」のなかでも憩いの時間だ。
「…?」
食事も終わり、片付けをしていたところにセネリオが食事の盆を持ってやって来た。
「わざわざ持ってきてくれたのか。済まないね。そこに置いてくれればあとは全部やるよ」
「いえ。少し話がありましたので」
「話?」
問い返すと、セネリオは言った。
「あなたは、皆を裏切るような真似はしませんね?」
真剣な目だった。
だからオスカーも真剣に答えた。
「もちろん。私は自分の「家族」を売るような真似はしないよ」
「…わかりました。話はそれだけです」
食事の盆を置いて、立ち去ろうとするセネリオ。だが途中で立ち止まった。
そして――かなり躊躇したようだが、言った。
「あと…食事、美味しかったです」
「……」
オスカーは驚いた。
あのセネリオが感想を言ってくれた。いつも無反応で黙々としか食べなかった彼が。
「ありがとう。そう言ってくれると作った側としてとても嬉しいよ」
オスカーは笑顔でセネリオに応えた。
すると彼は珍しく照れたような顔をして、その場を後にした。
(効果はあったみたいだな)
彼が救われてくれればいいと思う。
どんなに辛い過去があったとしても、今彼はここにいる。
もう少しだけ近付いて、優しさに触れて欲しい。
自分がそうして救われたから。
家族がここにいるのだから。
<後書きと言う名のセネリオ論…?>
某所用に書いた長男&セネリオなSSです。
セネリオの愛されない辛さ、痛みを理解してあげられるのは傭兵団の中ではオスカーだけだろうなと思って書いた一品です。
なにせアイクは最近まで父親が生きていたし、妹やティアマト姉さんがいるから、愛されない辛さというものは絶対に理解出来ないと思うのですよ。
本人が鈍感過ぎると言うのもありますが……。
オスカー兄さんは超が付くほど複雑な家庭環境で育った人だから苦労や痛み、辛さというものは身にしみて理解しています。
昔の心の支えは弟二人だけだったでしょうが、傭兵団に来て「家族」の温かさを知って。
みんなを信頼して、「家族」と認めて、救われたわけです。
だから一人孤立しているセネリオを救いたい…そんな風になったわけなのですが。
傭兵団のみんなは「家族」ですからね。
それではありがとうございました。
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