包丁狂詩曲
その日、グレイル傭兵団は砦の大掃除をしていた。
何年手をつけていないのか判らないような場所も埃を払い、隅々まで綺麗にする。
なぜそうなったのか。それはつい先日厨房にネズミが入りこんだからだ。
食糧が荒らされており、これはまずいと団長グレイル、そして厨房の主オスカーの提案で決定されて現在に至る。
「なあ、この箱なんだと思う?」
厨房の掃除をしていて、ガトリーが厳重に封印された細長い箱を食堂に持ってきた。
「俺に聞くなよ」
そっけなくもその通りの答えをするアイク。
「厨房にあったんだよね? だったらオスカーさんに聞かないとわからないかも」
ミストが言った。
確かに、厨房にあるものは主に聞くのが一番。
しかしその主は現在食糧の買い出しに街へと出かけている。
「なにやってるんだ?」
と、そこに現れるのはボーレとヨファ。
「よおボーレ、ヨファ。この箱なんだか分かるか?」
「ねえ、あれってオスカーお兄ちゃんのだよね」
「確かそうだぜ」
尋ねられて二人は思いだし、答える。
「オスカーのか。じゃあどうするかは帰ってきてから聞いたほうがいいな」
アイクの意見に賛同する一同だが。
「それにしても、何でこんなに封がしてあるんだ?」
と、ガトリーが呟いた。
それで皆が疑問を持つ。
「俺らもわかんねえけど、兄貴言ってたぜ。『絶対に開けるな』って」
「うん」
とは兄弟二人。
だがしかし。
「でも、気にならないか? あいつ、案外恥ずかしいもの隠してたりして」
「そりゃ言えてるかもな」
と、ひょっこりシノンまで現れた。
「あいつ普段、なに考えてるかわかんねー顔してるからな」
それは言えている。なにせ糸目。表情が読めない。
読めないといえば参謀セネリオもそうなのだが、時々――主にアイク関連になると無表情が崩れる。
「よし、開けてみるか」
「ええっ!? 止めようよぉ。見つかったら怒られるよ?」
ミストが止めるがシノンとガトリーは止まらない。
「わからねーように戻しときゃいいんだよ」
「おい、兄貴が本気で怒ったら――」
「大丈夫大丈夫。そんじゃ開けるぞ」
制止も聞かずにシノンが封を解き箱を開けた。
『…包丁…?』
中にあったのは包丁だった。
研ぎ澄まされた刃を持ち、美しい。
だがその刃が妖しさを醸し出している。
「ただの包丁じゃないか。何でこんなものを封印してたんだか…」
ひょい、とガトリーが包丁を手にした。
そのとき――。
「わ、わわっ!」
ズパンッ!
テーブルが、真っ二つに割れた。
「身体が、勝手に!!」
ガトリーが叫んだ。
「ミスト!!」
ガトリーがミストに切りかかろうとしている。だが体当たりでアイクが止めた。
「アイク、逃げろ!」
ボーレの警告。
包丁に操られたガトリーが、アイクに向かって来ていた。
「アイク、避けろ!!」
ガトリーの必死な声。だが、体当たりの直後でアイクは体勢が整わない。
刺される――。
「ウインド!」
風が、ガトリーを再び吹き飛ばして壁に叩きつけた。
この傭兵団で魔法を使えるのは、ただ一人――。
「セネリオ!」
「何か騒がしいと思ったら…アイクを傷付けようとしましたね?」
冷徹な声と、冷たい目。
そうなのだ。セネリオはアイクに仇成す者は誰であろうと容赦しない。
本気でもう1度ウインドを唱えようとするがアイクに阻まれた。
「何をするんですか、アイク」
「今のガトリーはあの包丁に操られてるだけだ。あれを何とかすれば問題はないだろう」
「そうでしょうが…難しいと思います。手にした者を操るあれは…「鬼神包丁」…取り押さえるのですら至難の業」
セネリオが解説をすると全員顔が青ざめる。
「おいおい、なんでそんな危険なの持ってやがる、オスカーの奴…!」
シノンが恨み言を吐くが、
「あんたが開けたのがいけねえんだろう!」
グッサリとボーレの一言が突き刺さって沈黙。
「今は、どうするべきか…」
そのとき、声が聞こえた。
――皆殺しにしてやる。
『え…?』
包丁から――声。
ゆらりと、ガトリーの身体が起きあがる。しかし本人の意識はないもようで、まさに操られている。
――封じた奴共々、殺してやる…!
美しくも妖しい包丁の光が、全員に危機感を煽らせる。
「ボ、ボーレ…」
ヨファがボーレにしがみついてしゃくりあげる。
「ヨファ、泣くなよ…」
ミストとヨファ以外は身構え、何があっても対応出来るようにする。
緊張感が走る。
だが――。
「みんな、何をやって…」
「来るな! ティアマト!」
隙をついて、包丁がガトリーを操り偶然やってきたティアマトに向かう!
「くっ!」
幸いにも斧を持っていたのでそれで包丁を受けとめようとするが…。
ズパンッ!!
『!?』
斧が、斬れた。
ティアマトはなんとか体術を駆使して逃れる。
「ティアマトさん!」
一緒にいたキルロイが声をあげる。
「一体、なんなの!?」
「話は後だ…今は、この状況を斬りぬけることだ…!」
全員が、鬼神包丁を見据えた。
食材の買い出しを終え、砦への帰路につくオスカー。
(…もしかしてアレ…見つけられたかな?)
厨房の奥に封印して隠した『危険な物』。
処分しようにも出来なかったもの。
弟たちには決して開けるなと言い聞かせていたが、なにか、嫌な予感がする。
(早く帰ったほうがいいな…)
オスカーは馬を走らせた。
その予感が現実となっている砦へ。
全員が、鬼神包丁を警戒しながら見据える。
食堂だと言うのに異様な緊張感に包まれている。
ガトリーは操られているだけなので、包丁を壊せば方はつく。
だがはっきり言って、武器無しで近付くのは自殺行為。
しかも先ほどのを見る限り普通の武器ではそれごと切られる可能性が高い。
だとすれば、手だては1つ――。
「セネリオ!」
「ウインド!」
アイクの号令でセネリオがしかけた。
数枚の風の刃が包丁目掛けて飛ぶ。
だがしかし。
――甘い。
鬼神包丁の声。
同時になんとウインドの刃が切り刻まれた!
ありえないことに驚き唖然とする一同。
そして普段のガトリーからは考えられない早さでセネリオに向かって来る!
「!?」
咄嗟にアイクがセネリオの前に出る!
「アイク!」
「馬鹿!」
アイクに来る寸前、ボーレが渾身の体当たり!
なんとか攻撃を逸らすことに成功した。
「お前! 死ぬ気かよ!」
「だが、ああしなければセネリオがやられていた」
「アイク…すみません」
不甲斐ない自分に謝るセネリオ。
「みんな、油断しないで!」
そこで飛ぶティアマトの喝。
確かに、まだガトリーを操り鬼神包丁が起きあがる。
「ケッ、んな包丁柄をぶっ壊してやるよ!」
と、何時の間にかシノンが弓矢を持参。正確な狙いで包丁を持つ手と柄の辺りに矢を射る。
だが、あっさりと矢を捉えられ三枚に下ろされてしまった。
「マジか…」
八方塞の傭兵団。
問答無用に止められるのは団長グレイルだが用事で今日は不幸なことに出かけている。
「う…ひっく…おにいちゃん…」
ヨファが泣き出す。
「ヨファ…泣いちゃだめだよぉ…」
ミストも涙ぐんでいる。
――さて――そこの娘から、殺そうか?
鬼神包丁がミストにその刃を向けた。
「ミスト! 逃げろ!!」
しかし、足が竦んで逃げられない。
包丁の刃が――迫る。
ヒュン!!
寸前で、包丁は一本の手槍に止められた。
「嫌な予感的中か…」
「兄貴!」
「オスカーおにいちゃん!!」
三兄弟の長男にして、鬼神包丁を封印した者――オスカーが、帰ってきた。
「大丈夫かい? ミスト」
「う、うん」
槍を引き抜きながらオスカーが尋ねる。コクコクとミストはうなずいた。
――邪魔をするか。
鬼神包丁の声。しかしオスカーは動じない。
「傷つけるというのなら、いくらでも邪魔をしますよ」
至極冷静な声。しかし奥底に秘めたる感情が見え隠れする。
「…一体、誰が開けたんですか?」
尋ねる声にボーレが答えた。
「シノンだよ! で、ガトリーが持っちまって」
「なんて事をしてくれたんですか、シノン」
「お前なぁ! その前にそんな危険なもの置いとくなよ!」
「あんた忠告聞かずに開けただろ」
ボーレがツッコミ。シノンあえなく再び沈黙。
「あれは置いておかなければならなかったんです」
え、と全員がオスカーに注目する。
「話は後で。今はあれを押さえなければ」
「手はあるの?」
ティアマトの問いにオスカーはうなずいた。
「申し訳ありませんが、少し時間を稼いでください。そうすれば…」
目でオスカーは厨房の入口を指す。どうやら、その「手」がそこにあるらしい。
「分かったわ。みんな、行くわよ!」
ティアマトの号令と同時に、動く。
まずはシノンが牽制の矢を放つ。同時にセネリオもウインドを放った。
しかし先ほどと同じく鬼神包丁は薙ぎ払う。
――邪魔をするな!
だが、向かった先は厨房へ向けて駆けたオスカー。本当に脅威に思っているのは彼だと確信させる。
包丁を避けて体勢を整え、オスカーは駆けぬける。援護すべくティアマトが武器庫から持参した手斧を投げつけた。
これもまた鬼神包丁の前にあっさり短冊切りにされてしまう。
だが、それで彼が辿り着いた。勝機はある。
「さて――」
くるくる、手の中で回されるもの。
「私が相手になるよ」
全員が呆然とした。
その手には一振りの――包丁が握られていた。
――貴様…!
焦った声を鬼神包丁があげた。
オスカーの手に握られた包丁は研ぎ澄まされており、一点の曇りもなく神秘的な美しさがある。
鬼神包丁とは対極に位置するものと、誰もが理解した。
なんで対抗策が包丁なんだとツッコミをいれたくもあったが、見た瞬間に霧散して、これしか手がないと思わせる。
ヒュン!
高速で空を切る鬼神包丁。
キンッ!
だが…オスカーの持つ包丁は、それを受けとめた。
――腕を、上げたか?
「傭兵ですからね…」
拮抗状態が続く。しかし徐々にオスカーが押されてきた。
「身体がガトリーだけあって…力がありますね…。しかし…!」
一気にオスカーは力の流れを変えて相手の体勢を崩した。
そして一瞬の隙をついて、包丁の背でガトリーの手を思いっきり打ち据える。
離れた――。
刹那、切り返して鬼神包丁を宙に舞わせた。その速さは達人の域だ。
ヒュンヒュンと宙に舞い、鬼神包丁はテーブルに突き刺さる。ガトリーは支配を離れ、倒れた。
「…ふう」
と、息を吐いて軽く汗を拭う。
アイク以下全員…呆然と事を見ていた。
「す、すごいね…」
キルロイが呟く。
「おにいちゃんすごーい!」
ヨファが素直にはしゃいだ。
「さて、あとはあれをまた箱に――」
周りを見まわした、その時だった。
鬼神包丁から、妖気が吹き出していた。
そしてひとりでにテーブルから抜け出す。
「なっ!?」
これにはさすがのオスカーも驚いた。
――新たな、身体を…!
向かったのが一番近くにいた、ミスト。
「ミスト、避けるんだ!」
「え、あっ!」
時はすでに遅し。ミストの手に包丁は握られた。
「ミ、ミスト!」
だが操られる様子はない。それどころか、包丁が小刻みに震えている。
――この娘…一体……!!
断末魔の悲鳴。
聞こえなくなったあと、包丁からは何も妖気を感じられなくなった。
「…ミスト、大丈夫か?」
「う、うん。でも…どうしたんだろ…」
「勝手に浄化されてしまったな…」
疑問を残しながら、とりあえず騒動は落ちついた。
その後、鬼神包丁を手に入れたいきさつをオスカーが語った。
騎士隊を除隊した直後、一人の老人を助けたお礼にと二振りの包丁をもらったのだ。
老人は名うての料理人だったらしい。そして手に入れてしまった鬼神包丁。
他者を操る狂気に飲みこまれない者を探していて、オスカーに白羽の矢が立ってしまったのだ。
実際に暴れたあれを封じたのだ、その時に。
浄化する方法が、封印して長い間あるべき場所に置くこと。それで厨房にずっと置いたのだ。
ちなみに彼の使った包丁は対になる物だったそうだ。
危険物を置いておいた事でオスカーは五日。
忠告を聞かずに解いて混乱を引き起こしたガトリーとシノンは二十日の謹慎処分が帰ってきた団長グレイルから下った。
そして追加処分として、メチャクチャになった食堂の片付けと謹慎中の食事当番だった。
「なあ、なんでミストが持ったら浄化されたんだ?」
厨房を訪れたアイクが、オスカーに尋ねる。
「さあ…あればかりは私もわからないんだよ」
首を傾げる二人。言いつつもオスカーは素晴らしい包丁捌きで食材を切っていく。
「シノン、ガトリー。その辺りの食材切っておいてもらえますか?」
「い、いや…俺、しばらく包丁握れないな…」
「俺も」
今回の一件で懲りたのか、首を横に振るガトリーとシノン。
「仕方ないですね…。私が切りますから、炒めたりしておいてくださいね」
指示を出してから再び食材に向き直る。
包丁二本で細かく刻んでいく。
その包丁は、神秘的な輝きと浄化された真っ直ぐな輝きがあった。
<後書きと言う名のなにをやっている>
何を本当にやっているんだか…自分。
包丁持って戦う長男が書きたかったんだよ!!
ただそれだけなんだよ!!(おいおい)
長男の持っている包丁について。
威力15(ぇ 必殺30(は 装備で技早さ+5(待たんか――!!)
…冗談です。はい。
それではありがとうございました。
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