あなたの運命の人
「ううーん、暇だねー」
潮風の香りを受けながら女剣士ワユは町中を歩いていた。
クリミア王国、海の玄関口トハ。
集合の時間まで自由行動を与えられているのだが、何をしたものかと思っていた。
天気もいいし、気温もほどほど。体を動かすには絶好の気候。
「大将でも誘って稽古しようかなー。あー、でも大将何かと忙しそうだよね…」
はあ、と思いついてから自分でまたため息をつく。
大将――グレイル傭兵団の若き団長アイクをワユは同じく剣の道を行く者として惚れこんでいる。
何度も手合わせをしたいとは思うが、団長である以上仕事もある。そうそう我儘を言えないのは事実だ。
言えば本人は快く承諾してくれるだろうが世話になっている身、
副長ティアマトと参謀セネリオの頭痛の種が増えそうなのはさすがにまずいと判断する。
どうしようか延々と悩んで、悩んで。
少し外れた通りの方にいつの間にか足を向けていた。
それでも気付かずにワユの足は止まらない。
「もし、そこのあなた」
声をかけられ、ようやっと足を止めて周りを見回す。
ここはどこだろうと内心焦りつつ顔を向けていくと、一人の娘の姿が目に入った。
フードと口元を覆う布でどんな顔かははっきりと判別はできないが、体つきは紛れもなく娘のもの。
どこか雰囲気が町の人たちとは違う。
と、零れる髪の色に目が行った。
――きれいな銀色。
ほとんど見ない髪の色にワユは驚きのため息を漏らした。
それと同時に、噂を思い出す。
大陸各地を巡り、すべてを見通すがごとく当てると言う、占い師。珍しい銀の髪の乙女であると。
評判の占い師がここにいる。
「…よろしければ、占いなどいかがですか?」
彼女の内心に気づいているのかは判別できないが、それでも娘は勧める声をかける。
道具類はないようだが、どう占うのだろう。
「え、あー…占い? どうしようかなー…」
「お代は2ゴールドです」
評判の占い師だが、どうしたものかと迷った彼女の心境を察するがごとく、代金を提示する。
食事一回分の代金ぐらいなら――軽いものかと思ったワユはポンと財布から2ゴールドを出して支払った。
「ありがとうございます。では手を出してもらえますか?」
「え、あ、うん」
いつもの利き腕を差し出すと、占い師の娘はその手を両手で包む。
しばらく何かの集中するかのように金茶の瞳を閉じた。
少時、沈黙が過ぎる。
やがて瞳を開くと娘は口を開いた。
「あなたは、努力を欠かさない人ですね。何にも負けないように常に上を目指す人」
「!!」
ずばりと言い当てられて驚くワユ。
そう、自分は性別での侮蔑を嫌い常に努力し負けないようにしてきた。
評判の占い師はそこまで言い当てることができるのかと、感嘆のため息が漏れる。
「…そうですね。近いうちに運命の相手に出逢うでしょう」
「え、ホント!?」
「人の意思は流れを引き寄せるもの。あなたが強く願えば、現実となっていきます」
「そっか…」
それを聞いたワユは心を躍らせる。
一体どんな相手が、自分の宿命のライバルになるのか。お互いを高め合う至高の存在――。
念じ、願いを強く持てば――現れる。
「ありがとう、占い師さん! あたし俄然やる気が出てきちゃった!!」
「それは何よりです」
「…あれ?」
ふと、ワユは占い師の娘がどこか優れない表情をしていることに気がついた。
思わず声をかけた。
「どうしたの?」
「え? あ……多くの人を占ったのか…疲れたのかもしれません」
「人気だもんねー、銀の髪の占い師は。でも、ちゃんと休まないとだめだよ?」
「そうですね…そうします」
弱く笑って、占い師の娘は会釈をし、その場を去っていく。
大丈夫かな、と思いながらもワユは占いの結果に満足し、大通りへと踵を返したのであった。
「…と、これがトハであったことなんだ」
「へえ…そんなことが」
時は流れ、場所はクリミア王宮。
庭園の長椅子にワユは座って話を聞かせていた。
彼女の隣に座っているのは白い法衣が目立つ男性――傭兵団の癒し手、司祭のキルロイだ。
長い戦役は終わり、クリミア王国は復興のさなか。
グレイル傭兵団は戦役の立役者であり、団長アイクがクリミアの将として復興の協力をしているため、
彼ら団員達も王宮に留まり協力しているのだ。なお、ワユも戦役終了後正式にグレイル傭兵団の一員となっている。
「だからそれで偶然通りかかった僕に「宿命のライバル」って言ったわけなんだね…」
苦笑いするしかないキルロイ。
トハで偶然ワユを見かけたときに彼女から声をかけられ――色々付き合う羽目になった。
最初は剣を持たされかけ、続けて特訓に付き合わされ…。
体が丈夫でない彼は熱を出してしまうこともあった。
「あの時は、ちょっと大変だったなあ…」
「もう、細かいことは気にしないでよ! でも本当に今思えばあの占い師さん、当たってたなあって思うんだよね」
「そう?」
「うん! やっぱりあたしの運命の相手はキルロイさんだって思うもの!!」
きっぱりと宣言するワユに赤面するしかないキルロイ。
このおおらかというか、あっけらかんとした性格こそ彼女だが、宣言される身としては恥ずかしい。
「だからワユさん、どうして僕なの」
「え?」
「だから、どうして僕を運命の相手って思うのか。単に占いで…ってわけじゃないよね?」
「細かい事気にしないでよー」
「大事なことだから気にするんだけど」
ワユの明るさはキルロイも元気を分け与えてくれた。
だからちょっと大変だけれども、彼女の傍にいるのは温かく心地よかった。
しかし――彼女がどうして、自分をそう定めたのか。単に占いの結果というわけではないはず。
大事なところだからこそ、聞いておきたかった。
キルロイの真剣な目を見て、ワユも腕を組んで考える。
「…ううーん。やっぱり……直感って言っちゃえばいいのかなあ。
キルロイさんなら、色々わかってくれそうだってあの時思ったんだよね。
ほら、あたし…女剣士じゃん? 女じゃ傭兵には向かないって色々言われてて…」
「確かに、そういう人多いね。僕も体が弱いって知らない人には言われたよ、剣士とかにならないのかって」
叔父が傭兵だったこともあり、キルロイは目指すならば剣士ではないのか、と言われたこともある。
しかし丈夫ではない身体を知ると、みな謝ってはいたのだが。
だが――ワユの場合にはもっと言われ続けていたのだろう。女が傭兵など…と。
「だよね! だからキルロイさんならわかってくれるって、あの時…思った…違うなあ、感じたんだよね」
「感じた…」
「直感って、大事だよね?」
へへ、と笑うワユにキルロイも笑みがこぼれた。
「そうだね。…僕も、ワユさんと初めて会った時思ったんだ。僕にないものを持ってる人だ、って。
僕もほとんど直感だったけど、思えば合ってたんだよね」
彼の言葉は、事実。
元気の塊とも呼べるほど、満ち溢れた活力――それをワユは持っていた。
初め羨ましいとも思えるほどだったのだ。しかしその嫉妬すら、ワユの明るさが吹き飛ばしていた。
太陽のように眩しい。
「うん! やっぱりキルロイさん大好き!!」
臆面もなく再びの宣言に、キルロイの顔がまた赤くなる。
「ありがとうワユさん。僕も、好きだよ」
いっぱいの愛情と元気を与えてくれる彼女に、精一杯キルロイは応える。
彼もまた応えてくれたことに、ワユは万年の笑みを浮かべる。
「あたし占い師さんにまた会いたいなあ。
占いどおりに、運命の相手に出会えましたって、報告するの!!」
「その占い師さん、今どこにいるんだろうね」
「わかんないけど、珍しい髪の色だからきっと見つかるよ! ねえキルロイさん、落ち着いたら一緒に探しに行こう!」
「…そうだね。ワユさんがそんなに感謝している人だものね。
でも、いつ落ち着くかは分からないよ?」
「あー、細かいことは気にしなーい!」
「それでいいの?」
二人はどちらともなく笑いあう。
幸せに包まれた、二人。運命の人に巡り合えたことに感謝をして。
だが後に二人は聞きつける。
件の占い師――銀の髪の乙女がデイン解放を成し遂げたと。
そして戦で、めぐり合う。
――終わり――
戻る