女神に祈りを
ベグニオン帝国、帝都シエネ。
歳の瀬も近いこの時期には国最大の行事が行われる。
女神アスタルテを奉る聖誕祭だ。
神使による一年の祝辞。その後鐘が鳴らされ人々は祈りを捧げる。
そうしてから安らかに、賑わいを見せつつ人は時を過ごすのだ。
だが、そうそう安らいでもいられない者たちもいる。
神使サナキを守る親衛隊だ。
気が緩みがちなこの時期、万一があってならないと警戒を強化している。
「配備にぬかりはないな?」
「はい、副長」
部下に確認させるのは親衛隊副長タニス。一番この時期ピリピリしている人物だ。
「万一があっては困るからな……配備に穴をあけるなよ」
「はい」
部下は下がっていく。それから彼女は深くため息をついた。
本来なら楽しむはずのこの聖誕祭。走りまわらなければならないのは、どうしてか。
「タニス、大丈夫?」
廊下を歩いていて声を掛けられる。声の主は親衛隊長シグルーンだった。
「隊長! 神使様のお傍を離れては…」
「今は大丈夫よ。グレイル傭兵団の方々も一緒ですもの」
今回の聖誕祭、先のクリミア・デイン戦争の功労者アイク率いるグレイル傭兵団が
神使のはからいで招待されている。とは言っても、戦後の正式な挨拶も兼ねているのだが。
今はそんなわけで団長アイクが傍にいる。これなら今は大丈夫か。
「今年は何事もなく終わると良いわね」
「全くです。……我等の身にもなっていただきたい」
共に廊下を歩きながら、タニスは再びため息をつく。
彼女等の懸案事項とは、実は神使その人である。
ベグニオンの頂点に立つ立場であるが、まだまだ年端もいかない少女のサナキは好奇心が旺盛。
聖誕祭の時は毎年祝辞の後、大神殿を抜け出してシエネの街に出てしまうのだ。
その度に親衛隊は総出で捜索に走るので、いたちごっこが続いている。
こっちの迷惑を考えて欲しい、とタニスは切に願う。
その内に神使とグレイル傭兵団の面々が会食を行っている大食堂の方に着いた。
扉を開く。
『……?』
グレイル傭兵団の面々は、いる。
しかし肝心の神使がいない。さらに言えば、宰相セフェランも――。
「……アイク殿!」
「どうした?」
窮屈そうにしながらも、アイクは答えた。
「神使様と、セフェラン宰相はどちらに!」
「さっき、二人で出ていったが…」
まさか――と、二人は思った。
「シグルーン隊長!」
そこで部下の一人が、息を切らせながら来る。何事――と問うと、部下は答える。
「…申し訳ございません! 先程お会いしたので宰相様にお尋ねしたところ、御一人で部屋に戻られたとか…」
『謀られた!!』
ああ、と親衛隊の二人は頭を抱えた。
それにどうしたのかと、アイクが尋ねた。
「…お恥ずかしい限りですが…神使様はこの日を毎年楽しみにされておりまして…。
御一人で大神殿を抜け出すことがありますの……」
「申し訳ないが、グレイル傭兵団の方々にも、捜索に助力を願いたい。
万一のことあれば、ベグニオン全体の危機である」
「わかった。俺たちも協力しよう。いいな?」
「アイクがそう言うのであれば」
「もちろん!」
傭兵団全員、快くうなずきシグルーンとタニスはそれに深く感謝した。
傭兵団はシエネの各地に散って、サナキの捜索に当たることにした。
なお、年少のミストとヨファだけは兄のアイクやボーレと一緒に行動している。
「本当に大変そうだったな…」
そんな中、傭兵団の一人オスカーはシエネの商店街のあたりを探しまわっていた。
今日は露店がたくさん並んでいるため、珍しいなと見に来るのではと踏んだのだ。
彼はシグルーンとタニスが本当に苦労しているのを、察する。
「…?」
露店の一つに、小さな姿が。
マントとフードを目深にかぶっているために、よく顔はわからないが菓子類を買おうとしているらしい。
もしやと思って、近づいてみる。
「お父さんお母さんは?」
「い、いない…」
フードの子供はそう答えた。結構無理をしたしゃべり方をしている感じがする。
「一人で子供が来るのは危ないよ? お金持ってるのかい? 1ゴールドだけど」
「1ゴールド…あっ!」
探してみるが――どうやら、ない。しまった…というように、うなだれた。
「ないのか……じゃあ売れないよ? お父さんお母さんが来てくれれば」
「わ、私は――!」
そう言おうとしたときだった。
「店主さん、私が払いますよ」
『……』
驚きに顔をあげる子供。
オスカーが、自分の財布から1ゴールドを出していた。
「お代がもらえればこっちはいいけど……しかし、いいのかい?」
「構いませんよ。食べたそうにしているようだし…」
なら、と店主はすぐさま調理に取りかかって、焼きりんごを作った。
バターでりんごを焼き、シナモンシュガーで味をつけたものだ。
「はい」
「あ……そなた…」
受け取った子供は、まずい、と言わんばかりの反応をする。
焼きりんごを受け取るも、そのまま逃げようとする。しかし傭兵のオスカーは、すぐに反応した。
ひょい、と抱えあげる。
「それでは」
「な、なにするのじゃ!」
慌てる子供に彼は一言。
(静かにしてください。このまま皆さまのところに突き出しますよ?)
「!!」
と小声で。そうして、大人しくなる。
少し路地裏まで来て、オスカーは子供を下ろす。フードを取った下には、紫の髪があった。
「…」
バツの悪そうな顔をする彼女――サナキ。
やれやれ、と思いながらまずは焼きりんごを召し上がりましょう、とオスカーは言う。
小腹が空いていたのか、サナキはすぐに熱々の焼きりんごを食べ始める。
思わぬ熱さに、舌を少し火傷したのか。一口食べた後必死に舌を出しながら呼吸する。
「あ、熱いの、じゃ!」
「勢いよく召し上がるからですよ」
仕草が、本当に年相応の子供のように見えた。
ベグニオンを統べる神使、その本質はまだ――十歳の子供でしかないと、思わせる。
「…お主、アイクの傭兵団の者であろう?」
「ええ。親衛隊の方々のご依頼で、あなた様を捜索しておりました」
「……連れ戻すのか?」
上目で尋ねると、そうですね――と、オスカーは答える。
サナキはそれに反論した。
「私は嫌じゃ! 今日ぐらいは……私も、自由でいたいのじゃ!
この女神アスタルテの聖誕祭の日、ぐらいは……普通の子供のように、なってみたいのじゃ」
「……」
オスカーは、彼女の姿を昔の自分に重ね合わせてしまった。
子供であれど、子供でいられない――昔の自分もそうだった。
二人の継母との生活。父親とも仲が良いとは言えず。二人の幼い弟のためには、早く大人になるしかなかった。
サナキも生まれながらに『神使』となることを決められた故に、政治の世界に否が応でも担ぎ出される。
陰謀の渦巻く世界に放り出されれば、子供ではいられない。
国を統べる者として、あまりにも重すぎる責任を負っているのだ。その重圧には耐えきれるものではない。
少しの間は息抜きも必要――。
「……わかりました。それならば、私があなたの御供となりましょう。
さすがにお一人では、危険ですから」
「なんじゃと?」
思わぬ言葉に、サナキ自身が驚いて、目を丸くする。
「あなた様のお気持ちは…私も、痛いほど理解できるからです」
「お主……」
言ったオスカーの瞳は、細いながらも複雑な光を湛えていて。
重い経験をしていると理解したサナキはゆっくりと、うなずいた。
「…なら、そうしようかの」
「もう一つ、ですが条件がございます」
「な、なんじゃ」
「このあときちんと、シグルーン殿やタニス殿からのお叱りを受けることです。
お二人がとても心配されておりましたよ」
「む、むう……あの二人は、口うるさいのじゃ」
「それは、あなた様のことを案じておられるからです。そのお気持ちは、おわかりでしょう?」
正論を言うだけに、反論ができない。
言葉は厳しいも口調は優しいので、ついついサナキも思いきった言葉が言えない。
彼からにじみ出ている父性が、安心させてくれていた。
「わかった……きちんと、二人やアイクたちにも謝ることにしよう…」
素直に言ったサナキに、オスカーは満足そうにうなずいた。
「では、楽しみましょうか。年に一度の聖誕祭ですし」
「うむ! …っと、そういえばお主…名前は?」
「オスカーでございます。紹介が遅れて申し訳ございません」
「構わぬぞ。……そうじゃ、こうしておる間は私のことは「キルシュ」と呼ぶのじゃ」
「…偽名、ですね」
「本当は私の正式な名なのじゃがな。サナキ=キルシュ=オルティナ、が正式じゃ。
一般には伝わっておらぬし使いやすいと思っての」
「…わかりました。ではこの間は怪しまれないように敬語もなしにいたしましょう。
そちらも話し方には気をつけて――」
「そうじゃ…いや、そう……だね」
口ごもってから、普通の女の子と話し方をしようとするサナキ。慣れていないため、恥ずかしいのか顔が赤くなる。
「慣れれば平気だよ。さあ、行こうか――キルシュ」
手を引いて、路地を出る。
サナキはフードをしっかりかぶって、手を引かれながらついていった。
ゆっくりと見る露店。サナキには物珍しく、すべてが新鮮。
興味津々でどのようなものも見て回り欲しがろうとする。
しかし、サナキは小遣いを持っていない。よって買い物はすべて供をするオスカー持ち。
彼の財布には限度があるためいくつか我慢するべしと、断られてしまっていた。
それでも、彼女は露店の食べ物や質素な装飾品などをいくつか買って、満足そうだった。
やがて二人がやって来たのは、大聖堂。
導きの塔と大神殿に続く、人々の信仰の集まる場所である。
祈りをささげ、一年を感謝している。
「…皆、楽しそうじゃな」
そんな姿に、サナキはオスカーに声をかける。
歩き疲れたのか、抱っこしてもらっている。大人でもシエネの街を巡るのは大変なのに子供の体力では、仕方ない。
「お祭りは、嫌なことを忘れさせてくれますからね」
この日だけは、嫌なことを忘れよう。
そうしなければ、人は生きられない。
オスカーはこの二十四という歳で、ある意味悟ってしまっている。子供のころの環境が、やはり起因しているのだが。
「何やってんだ?」
かけられる声が。振り向けば、傭兵団の一員であるシノンが、人込みから彼を見つけたようでやってきていた。
「どうしたんですか、シノン」
「どうしたじゃねえよ。お前こそ何やってんだ…って、このガキは?」
(ガ、ガキじゃと!?)
フードも被っていて顔が見えないのでシノンは彼女がサナキだと判別できていない。
ガキ呼ばわりされて怒るも、背中をゆっくりとさすられる。
落ち着いてください――と、彼が言っているようだった。
「道中で見つけた子です。迷子らしくて…」
「そんなのその辺の兵士に任せりゃいいじゃねえか。俺らはあの小生意気な神使を探さないとならないってのによ」
(無礼者がーーーっ!!)
シノンの発言に、怒りに震えるサナキ。
顔は見ていないが反応を察したオスカーは、必死に背中を優しく叩き、さすって落ち着かせようとする。
「ですが、この子は…どうも私の傍を離れようとしないので。ねえ、キルシュ」
「う、うん…」
顔を赤らめながらも、サナキはシノンには顔を見せないようにしうなずく。
やれやれ、とその様子を見てため息をついた。
「仕方ねえな。でもそっちもちゃんとやれよ? あの親衛隊がおかんむりだぜ?」
「わかっていますよ、シノン」
全く…とため息をつきながらも、彼はその場を去っていった。
「…危なかったですね」
「なんじゃあの者は!! この私をガキとか言いおって…!!」
サナキに、周りの目があるから――となだめる。
「シノンは口は悪いですけれど、実はいい人ですよ?
現に口ではああ言いながらも、きちんと探してくれています」
「それは、団長の命令だからではないのか?」
「シノンは自分が本当に嫌なら、たとえ団長命令でも聞きませんよ。アイクとはそりが合ってませんし…」
「そうなのか?」
サナキが尋ねると、オスカーはうなずく。
「グレイル傭兵団はアイクの父親…グレイル団長を慕って集まった者を主として構成されています。
特にシノンは、団長を尊敬していて…自動的に団長の座を継ぐアイクが、気に入らなかったのです」
「…貴族社会にも言えることじゃな。血で、自動的に道が決まる…それに逆らうことはできない…」
ベオクの社会は血で決まるところが他々ある。サナキも神使の血筋に生まれたため、こうしてこの道を自動的に歩んでいる。
そこに自由は――ない。
「シノンはそれに反発し、一時は団を抜けていましたからね。紆余曲折あって戻っては来ましたが。
傭兵団自身には、愛着がありますし……ね」
「…愛着…」
自分は、この国自身をどう思っているのだろう。
サナキはふとそんなことを考える。
自動的に、神使となるべく育てられた自分に、自由はなかった。
使命のようにベグニオンを、そして大陸全体を導けと言われ続けてきた。
疑ったことはないが、神使としてではなく『サナキ』としては、この国をどう思っているのだろう。
そんなことを考えてみた。
その時に思い出したのは、今日巡った露店などで見た、人々の笑顔。
大聖堂で祈りを捧げる人々の顔。
自分が皇帝――神使とは知らないためでもあろうが、自然に優しく、笑顔で接してくれた。
ベグニオンに限らないが、身分を知ってしまうと色眼鏡で見られてしまうことが多い。
それを抜きにした、人々との触れ合い。
サナキはとても楽しかった。嬉しかった。だから、自然に言葉が出る。
「…私は、この国が好きじゃ」
「そうですか。国を愛する方の元でこそ、より良く発展していくでしょうから」
「うむ。今日は感謝するぞ、オスカー、お主に」
サナキは、礼を言った。
この経験をさせてくれた彼に、心から感謝した。
もう、時刻は夕刻近く。少し人もまばらになっている。
そろそろ帰った方がいいかと判断したその時である。
「私からも、お礼を申しあげましょう」
振り向けば――そこには、宰相セフェランの姿があった。
「セフェラン!?」
「サナキ様っ!!」
続いてやってくるのは、親衛隊の二人――シグルーンと、タニス。
「どれだけ心配なさったとお思いですか!」
「す、済まぬ…」
うう、とサナキはバツ悪くしゅんとする。
「君が見つけてくれたのか、感謝する」
「ええ。…見つけたのは、もうだいぶ前でしたが」
「それなら、なぜすぐに私たちの元へ――」
「あ奴は悪くないのじゃ! 私が、すべて…悪いのじゃ。じゃから――あ奴を…オスカーを、責めないでやってほしい」
必死に、サナキは自分の非を認め謝り、彼には非がないと言う。
その姿に親衛隊の二人は顔を見合わせた後、いいでしょう、とうなずいた。
「何事もありませんでしたし…今回はお許ししましょう。しかし、もうこのようなことがないようになさってください。
私たちがどれだけ心を痛めるか」
「じゃから、済まぬと言っておるであろうに…」
「シグルーン殿も、そのぐらいに。神使様は…まだ十歳なのですから。
たまには普通の子供に、帰ってみたいのですよ。子供は子供らしく……ね」
「……そういう、ことか」
タニスが察し、サナキの現状も理解する。
子供に、皇帝の責は重すぎる――。
「たまには、息抜きも必要だと思いましたので、サナキ様を見逃したのですけれどね」
「セフェラン様…もう」
この何を考えているか分からない宰相に、シグルーンはため息をつく。
「楽しまれたでしょう? 今日は」
「うむ」
そう答えたサナキの顔は、心底うれしそうなものだった。
「では、大神殿に戻りましょう。アイク殿方にも、お伝えしなければ」
「では戻られましょうか」
「そうじゃな。あ、そうじゃ! 後ほどお主に、礼をせねばな」
「礼などよろしいですよ。私は…子供には、やはり子供らしく過ごしてほしかったと、思ったまでですから」
その言葉は、自らの経験のよるもの。
自分は子供でいられなかったから、せめて周りの、関わる人たちは子供であるときは子供でいさせたい。
その心が、今回オスカーを動かした要因である。
「…お主…」
「さあ、お戻りになられましょう」
「……うむ」
素直にうなずいて、サナキは親衛隊に連れられ、大神殿に戻ることにする。
「――後ほど、厨房を少しお借りしてよろしいですか?」
「なにをするのじゃ?」
「それは、後ほど」
微笑むオスカーに、サナキははて、と思った。
「サナキ様、失礼いたしますわ」
夕食も終えて、くつろぎの時間。私室にシグルーンが、銀盆を手にしながら、こちらへとやってきた。
「どうしたのじゃ」
「デザートを、お持ちしましたの」
言って彼女は、サナキの前にそれを出す。それはリンゴを使ったデザートグラタンった。
あの焼きりんごを、少し思い出す。
一口食べると、やはり熱々で。
「あ、熱いのじゃっ」
また、舌を出して冷まそうとする。
しかし素朴な味わいながらも、とても美味しい。
作った者の心の温かさが、わかる一品だった。
「大丈夫ですか?」
「う、うむ…しかし、これは誰が作ったのじゃ。いつもの料理人ではなかろう…この味は」
サナキは大神殿専属の料理人の味を熟知している。
いったい誰が……。
「オスカー殿ですわ」
「なに!?」
彼女の答えは驚きで、サナキは目を丸くする。
「あ奴、料理もできるのか!」
「ええ。少し私も頂きましたが…美味でしたわ。大神殿の料理人にすらなれる気がいたします」
「うむ…惜しいのう。これだけの人材、ベグニオンに置いておきたいぞ」
言いながら、デザートグラタンを食べ進めるサナキ。
自分のことを案じるその心が、料理にも表れていて。サナキは嬉しかった。
(感謝するぞ……オスカー。そして…女神よ)
サナキはこの日心から女神に感謝し、祈りを捧げた。
そして本人はいいと言ったが、こっそり礼をすることも、決めた。
「…さすがだな、君は」
「お褒めいただき光栄です」
厨房にて。
様子を見にきて、余ったデザートグラタンをよかったらと勧められ、口にしたタニス。
その味に懐かしいような思いを抱く。
あの戦役で、度々口にした優しい味だと。
「…君は…優しいな」
ベグニオン勢の中で、一番彼のことを知るタニスは、本当に思う。
辛い思いを今までして来たから、人に優しくできるのだと。
自分の苦しみを、人に味わってほしくない――そう、心を砕ける男だと。
「…神使様は、お辛かったのでしょう。大人に囲まれ、『神使』…『皇帝』でいるしかなかったでしょうから」
「うむ…先代のミサハ様が崩御されなければ、このようなこともなかったのだろうがな…」
サナキがこの幼さで政治の世界にいるのは、先代の神使が二十年は前に亡くなったことに起因する。
神使不在で荒れた国を立て直すためには、一刻も早い彼女の即位を必要としたのだ。
裏を返せば、この国はそれほど女神に依存していることでもあるが……。
「まだ、あのお年なのです。子供らしく振舞いたいときもあるでしょうに」
「それはわかる。が……面倒事は、起こさないでもらいたいものだ」
これは彼女を守る親衛隊の立場としての、言葉である。
だが、タニスも重々わかっているのである。彼女はまだ――十歳の子供だということを。
見守り、導くのは親衛隊である自分たちの役目でもあることを。
「今日は本当に済まなかった。相当付き合わされたのではないか?」
「私も、楽しませていただきましたよ。…失礼ではありますが…妹のようでした」
サナキの面倒を見るオスカーは、自分に幼い妹ができたような気分だった。
傭兵団にミストがいるが、彼女とはまた違う、そんな妹。
のびのびと、はしゃぐ彼女の姿を見るのは、嬉しかった。
子供は、子供らしくあってほしいという彼の願い――祈りが、通じたような気がしたのだ。
末の弟ヨファは子供らしくもあるが、時折やはり冷めたような顔をする。
それを見るたびに、心が痛かったのだ。
「…そうか。親衛隊を代表して、礼を言おう。ありがとう、オスカー」
「いえ、恐縮です」
「…それと、馳走になった。美味かったぞ」
「ありがとうございます」
珍しく顔を少し紅くするタニスに、オスカーは微笑んで感謝を示した。
女神に祈りは通じるだろうか。
願わくば、子供は子供で過ごせますように。
そうあれるような、平和な時間が訪れますように。
――終わり――
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