I Wish





 ――俺の願いは、あなたが幸せであることです。





 ルネスの騎士兄弟、フォルデとフランツはお互いの趣味について話をしていた。
「兄さんの描いている絵、だいぶ増えてきたね」
「ああ。たまーに、カイルやエフラム様にばれて怒られるけどな」
 そりゃそうだ、とフランツは苦笑した。
「当たり前だよ…戦闘中に絵を描くなんて普通ないもの」
「地形図、なんて言って誤魔化しているんだけどな。ああ、この前はゼト将軍にも怒られたっけ」
「……」
 兄のマイペースぶりには、弟も呆然とするしかない。
「ゼト将軍は真面目な方だし、カイルさんやエフラム様だってあんなことしてたら怒るって」
「役には立ってるんだから、いいじゃないか」
 はは、と気楽に笑うフォルデ。
「けどフランツ、お前もカイルやゼト将軍みたいに普段から肩張り詰め過ぎると疲れるぞ?
 今度釣りでも行って、息抜きしたらどうだ? あの子…アメリアちゃんだっけ? 彼女も誘ってさ」
「え!?」
 フランツの顔が朱色に染まり始めた。
「ア、アメリアを?」
「そうだ。釣りでも教えてやって、一緒に楽しんだらどうだ?」
「に、兄さん……」
 照れてフランツは顔を少し伏せた。
「男なら、ぐいぐい引っ張っていくのも重要だぞ。でなきゃ他の男に取られるぞ〜」
「だ、だから、兄さんってば」
 慌てふためく弟にフォルデは大笑いした。
「はははは。フランツ大丈夫か? でも好きな子を、自分の手で幸せにしたいって思うだろ。
 だったら俺の提案、考えてみろよ」
「う、うん…」
 否定はせず、うなずく。
「でも、そう言うって事は兄さん…好きな人、いるの?」
 問われたフォルデはおどけて答えた。
「さあな。俺は俺で、お前はお前だからな。…それじゃ、頑張れよ」
 兄は笑って弟から離れた。
「…もう、兄さん」
 苦笑してフランツは兄を見守った。




 それから、数日後。
 主君の一人、エイリークがたった一人でポツンと立っているのを見つけ、フォルデは声をかけた。
「エイリーク様? どうしたんですか?」
 フォルデの問いに、エイリークは肩を震わせた。
「あ、フォルデ…いえ、なんでもありません」
 微笑むのだが、無理をしていることはフォルデの目にも明らかだった。
「…何でもないように見えませんよ? どうしたんですか。何かあるなら話してみてくださいよ」
 迷った風のエイリーク。
 しかし意を決したようで、近くの岩場に座って話を切りだした。
「……ゼトと、少し」
「ゼト将軍と? これは珍しい」
 本当にそう思う。彼は主君の意見を尊重し、変にこじらせたりはしない人間だ。
 だが、エイリークは。
「…彼に言われました。「ルネスの王女たる者、公平に接せよ」と。
 特定の人間だけと親しくせず、すべての人間に平等になれと…」
「そりゃ、そうですね。人の上に立つ方ですからね、エイリーク様は」
 フォルデが言葉を返すと、エイリークはさらに暗い顔になった。
 彼は慌てた。
「あ、あの、エイリーク様?」
「あ…済みません、フォルデ。あなたのせいではありませんから」
 弱く彼女は微笑んだ。それから、続きを話した。
「…ですが、私は…あの温もりを忘れられないのです」
 何の――と尋ねると、エイリークは答えた。
「…ルネスが陥落したあの日、私は彼の腕に抱かれてルネスを脱出しました。
 必死に守るその腕の感触に、温かさ。心地よい…初めての感覚でした。
 でも、ゼトはあの温もりを忘れろというのです。
 ルネスの王女である以上、個人の感情は捨てろと」
「…エイリーク様、まさか」
「……」
 彼女は答えなかった。
 しかし沈黙は肯定を示していた。
 目の前の王女は、真銀の騎士を愛している。
 常に自分を守った存在を愛している。
「…そして、話の後…ゼトは、言ったのです。
 「私も同じだった」と。初めて騎士であることを忘れたと」
「…!」
 驚いたあと、フォルデはため息をついた。
 こんな話を聞く事になるとは思ってもいなかった。
 だがなんとなく判ってもいた。
 時折ゼトに見せる瞳は、側近へのものではなく一人の男に見せるものだと。
(いいんですか? ゼト将軍。この優しい姫を悲しませていいんですか?)
 大切に思うなら――そんなに悲しませないでやってくださいよ…。
 同じなら、なおさらでしょうが。
 フォルデはそう思った。
「エイリーク様」
「はい」
「想いを、大切にしましょうよ。今は届かなくても、きっとエイリーク様の想いはゼト将軍に伝わるはずです。
 真剣に将軍を愛しているのなら、愛しつづければいい。
 同じだというのなら、きっといつかは幸せになれるはずです。
 ゼト将軍も、エイリーク様が大切であることには変わりないんですから。俺だってそうですよ」
「フォルデ…あなたも?」
 エイリークは瞳を瞬かせた。
「俺の願いは、あなたが幸せであることです。ルネスの者すべてが願っている事でもあると思います。
 この戦争の中でも優しい心を失っていないあなたを、大切に思っている人は多いです。
 エフラム様はもとより、俺やカイル、フランツだってそうですし、ゼト将軍だって」
「…フォルデ…」
「だからそんなに悲しい顔、なさらないで下さい。きっとゼト将軍も辛かったんだと思いますよ。
 騎士として、王女として。あるべき立場でないといけないために。
 ゼト将軍も笑顔のエイリーク様が一番だと望んでいますよ」
 ひとつひとつ、優しく語りかけるフォルデ。
 その心遣いがエイリークには嬉しかった。
「ありがとうございます、フォルデ…」
「いいんですよ。俺だってエイリーク様が大切ですから」
 フォルデの本音。けれど奥底には隠された想いがある。
 エイリークは、それには気付かない。
「ああ、そうだ。だったら描かせて下さいよ。エイリーク様の肖像画」
「え?」
「人物画は久しく描いてないんですけどね、幸せになったエイリーク様を、描かせて欲しいんです。
 あなたの幸せを留められれば、最高です」
 本意はわからない。
 けれどフォルデの絵の腕はなかなかのものだし、頼みを断るのは申し訳ない。
 それに自分に対して気を遣ってくれた彼への礼もある。
「ええ。なら――お願いします。ぜひ私を、描いて下さい」
「承知いたしました、エイリーク様」
 臣下の礼で、フォルデは答えた。
 おどけたような感じだったが裏で真剣であるのは感じた。
 しかしフォルデの心の内は――解からなかった。




 ポチャン。
 水面に物が落ちる音。
「じゃ、あとは、待とっか」
「う、うん」
 湖の近くで宿営することになった一行。
 岸辺で釣りをしているのはフランツ。そしてアメリア。
 釣りが初めてのアメリアは彼に指南を受けながらの挑戦だ。
 しかし。
 シャッ、シャッ、シャッ。
「…兄さん〜」
「ん? 何だ? あまり動くなよ、デッサン狂うから」
「…いや、あのさ…あまりじろじろ見られると恥ずかしいんだけど…。ねえ、アメリア」
「…う、うん…あたしもちょっと恥ずかしい…」
 顔を見合わせながら顔を赤らめる二人。
 この二人の傍でフォルデはデッサンに励んでいる。
「でもどうしたのさ。急に僕たちの絵を描きたいって」
「いや、人物画はブランク長いからな。お前達でも描いて勘を取り戻そうと思ったんだが」
「人物画って、兄さん…誰を描くのさ」
「それは出来てからのお楽しみだ」
 おどける兄に、ため息をつく弟。
「あれ? フ、フランツ、糸引いてるよ!? わあっ!!」
 と、そこで何かが引っかかったようでアメリアが驚いた。力強い引きだ。
「アメリア、しっかり竿持って! 足を踏ん張って!」
「う、うん!」
 槍を構える要領で足を踏ん張り格闘に入るアメリア。フランツは必死に応援する。
「おーおー、楽しそうで」
 シャッ、シャッ、シャッ。
 デッサンを続けながら、共に同じ道を歩む二人にはにかむフォルデ。
 その内で、思う。
(お前の願いは、共に幸せになることだろう?)
 一緒に頑張る二人を見る。
「えいっ!」
 ザッパーン!
「やった! 大物だよ!」
 大物を釣り上げることに成功し、大はしゃぎの二人。
「すごいよ、アメリア」
「あはっ。フランツのおかげだよ」
 万年の笑みを浮かべるアメリア。フランツも笑顔だ。
 幸せそうな光景が瞳に映っている。
(でも、ただ俺の願いは――あの方が幸せであることだけさ)
 ふっ、と苦笑してフォルデはデッサンを続けた。



 幸せなあなたを、願って。


 それが、俺の幸せです。











<後書きと言う名の動機>

 初めての聖魔小説でした! いかがだったでしょうか?
 オフ友人とのメールが今回のきっかけでした。
 気が付けばフォルデ兄さん熱が上がってしまっていて…(笑)
 属性「風」をよく示す人ではないかな〜との結論に達しました。


 ゼトエイ前提なのにゼトさん本人出てないです(爆)
 今後にリベンジを。
 フラアメチックにも書けたのが満足かもしれないです。

 それではありがとうございました。




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