088:亡霊







 この屋敷には、一つの話があった。



 亡霊が出る――というものである。



 屋敷の敷地は、先祖代々――人竜戦役時代からのもので、名門と言われた一族。
 ここ十数代は内政で名を馳せたのだが、かつては武や魔で名を馳せた一族。
 その、先祖となった女性の霊が出るのだと言う。



 女性は、鮮やかな翠の髪をなびかせた、戦乙女。
 騎士だった夫と共に人竜戦役を戦い抜いたという。
 彼女は魔道の才に優れており、あらゆる理の魔道を駆使して味方には勇気を、敵には絶望をもたらした。
 その実力は『八神将』と同等とまで言われた。
 戦後は彼女の功績を称え、
 エトルリアでは特に優れた女性魔道騎士に戦乙女――ヴァルキュリアの称号を与えることになった。
 しかし男尊女卑の精神が根強く残っていたためこの称号を持つものはごくわずかだったそうだ。



 だが、戦後の彼女は突如行方をくらましたという。
 夫や子を残して。
 理由は定かではない。
 ただ彼女は、精霊に愛された存在としての使命を全うしたのだと、伝えられる。
 大自然の理を変化させた『人竜戦役』に対する償いとして、
 人ではない存在との共存を試みたとも伝えられるが、事実を確認する術はない…。




 その、彼女がなぜ亡霊となって出たのか。



 亡霊に会って、様々なことを教えてもらった姉弟は語る。
 「待っていた」と。
 自分たちに出会うのを、待っていたのだと。
 わずかながら、姉弟は予言を受けた。
 姉は「救いの光を育み、導く。次なる調和の守り手」と。
 弟は「深き憎しみを溶かす、絆と絆の掛け橋」と。
 強い心を持てとも言葉を受けた。



 その意味は、分からなかった。



 だが後に姉弟はこの話を聞く。
 その亡霊の話を。 
 そして後に、意味を悟る。



 彼女は二人に願いを託したのだと。
 その証拠に、姉弟の滞在を最後に亡霊の姿は消えたと言う。
 姿は消えても亡霊の心は、二人の中に残っている。




「強く心を持って。そしてただ憎まないで……すべてを。
  さようなら、私に近しい姉弟たち」



 この言葉が、強く残っている。






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