015:主従
「――オルエン様」
ふと、主君の姿を見つけたフレッドは、声を掛ける。
声に気付いたオルエンは振り返って忠実な――最も信頼する部下のほうを向いた。
「どうかしたの? フレッド…」
いつもと変わらないような様子だが、翳りの見える表情から無理をしているのは明らかだった。
無理も無い。これからのトラキア大河の戦いでは自分の兄と戦うことになるのだ。
それが辛いのだと、長年彼女を見ているフレッドは一瞬で看破した。
「…ラインハルト様のことを、考えていらっしゃったのですね」
「…ええ。分かってはいたのよ、こうなることは」
ふう、とため息一つ。
オルエンは素直な感情を話し始めた。
「リーフ王子の軍に入ったときから、覚悟はしていたの。
祖国であるフリージと戦うことになるのだから、いずれは…と。
でも、やっぱり心の中では私、ラインハルト兄様と戦いたくない。
なんとか、話し合えないものかしら」
「…ですが、ラインハルト様は軍をお引きになるでしょうか。
イシュタル王女の守役でもあり、トードの再来とまで言われる武人であるあの方が、
その誇りを捨てることは出来るのでしょうか」
「…そうね。フレッドもよく知っているものね」
悲しみの篭ったため息がこぼれた。
「兄上の性格からすれば、無理とは思うわ。
…それでも、私は願ってしまうの。戦うことになりませんように、と。
以前のように一緒に過ごすことが出来ますようにと」
「…オルエン様…」
長い間共に過ごしていたからか、痛いほど分かってしまう、その痛み。
――いや、想いを抱いているからこそ分かる痛み。
そんな主君に、彼女に、自分はどうあるべきなのだろう。
時が過ぎる。
やがて、結論を出してフレッドは口を開いた。
「ならばオルエン様。一度ラインハルト様の元へ参りましょう」
「!? フレッド!?」
これには、オルエンのほうが驚いたらしく濃紺の瞳を開かせる。
「完全なる説得は無理かもしれません。
しかし、オルエン様がどのような思いで今この軍にいるか、それをお聞かせしなければ。
自分の意思でここにいるのだと。自分の信じるもののために戦っているのだと」
「…フレッド」
彼の言葉をかみ締める。
そう。自分は自分の意思で、信じるもののために戦っているのだと。
それだけは少なくとも伝えなければならない。
もう兄の背を見ていただけの夢見る少女ではない。
信念を貫く一人の武人なのだと。
「…そうね。リーフ王子にお願いしてみるわ」
「ならば、私もお供致します」
二人は、リーフのいる天幕へと歩き始める。
途中でオルエンが口を開いた。
「…一つ聞いても良いかしら、フレッド」
「はい。何なりと」
主君の問いに、フレッドは即座に応える。
しかし彼女の問いは答えを詰まらせるものだった。
「――どうして、私にそこまでしてくれるの?
確かにあなたは私の部下でしょうけれど…そこまで…」
「……」
どう、答えるべきなのだろうか。
抱いてしまっている浅はかな想いのためとは、口が裂けても言えない。
けれど「部下の務め」と答えても、どこか心残りであることも事実。
そして、自問した結果の答えは――。
「…私は、あなたのためにある者です。
悲しむことなく進めるように。迷い無く戦えるように。
そのためには尽力を惜しみません」
「…っ」
ポロリ、一粒涙が落ちた。
酷くフレッドは慌てた。
「ど、どうかなされたのですか」
慌てて駆け寄ると首を横に振り、手の甲でオルエンは涙を拭いた。
「いいえ…大丈夫。嬉し涙だから」
「え」
呆けたような声を出すと、オルエンは彼の傍で囁いた。
「フレッド」
「はい。…なんでしょうか」
「…もしものことがあっても、傍にいてくれますか?」
フレッドの答えは、迷いが無かった。
「はい。あなたがそう望まれるならば」
「…ありがとう」
大輪の微笑みで、オルエンは感謝した。
フレッドはこれでいい、と思う。
部下として。そして一人の男性として彼女を支えよう。
けれど、今は主従を崩さないように影で、支えていこうと。
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