NEW YEAR
ベグニオン聖天馬騎士団及び、神使親衛隊副長タニス。
彼女の新年は、両親への挨拶から始まる。
「新年、あけましておめでとうございます」
「うむ」
厳格な父の元で育った彼女は、自分や両親の家である神殿でも敬礼を欠かさない。
これが有数の武門の血でもあるのだろうか。
ひとしきり、家族や使用人に挨拶をして朝食。その後支度を整えて、大神殿マナイルに赴く。
一旦執務室に入り着ていた外套を脱ぐ。身なりを少し整えて出た。
「おはよう、タニス」
廊下を歩いていて、声をかけられる。柔らかな声は聖天馬騎士団長及び、神使親衛隊長シグルーンのもの。
「おはようございます、隊長」
「今から神使様にご挨拶?」
「はい」
「そう。私も今来た所だから一緒に行きましょうか」
いつものやりとりがあって、二人で神使の元へ。
神使サナキは食堂にいた。朝食を終えたところであった。
彼女に二人は敬礼し、新年の挨拶をする。
「年始めというのは、何かと面倒なものじゃのう」
椅子から降りたサナキがぼやく。
「仕方ありませんわ。特に昨年はクリミア・デイン戦争の件もありましたし」
「そうじゃの。行くぞ、二人とも」
『はっ!』
再び敬礼をし、サナキの脇を固める形で随行する二人。そうして謁見の間に到着。
この後は大神殿の外で神使による新年の訓示があるのだが、その前に退屈と言うか、
疲れることが待っている。
――元老院議員たちの新年挨拶だ。
始めに宰相でもある元老院議長セフェランが挨拶に来た。
彼は割合あっさりと挨拶を終える。神使たちをあまり退屈させては、とわかっているからか。
その後は早速、議員の一人ルカンが新年の挨拶に来る。
やたらと長く他者に媚びるような、そんな挨拶にタニスは思う。
(新年早々、よく口が回るものだ)
貴族としてより、騎士としての精神が強いタニスは回りくどい物言いが嫌いだ。
正式な場でのこの言い方は仕方ないものと割り切っているが、それでも裏のある言い方というものは気分が悪い。
長ったらしい挨拶が終わる。
だがしかし、次にヘッツェルが挨拶に。これもまた異様に長ったらしい。
横目で神使の様子を伺うとやっぱり退屈そうで、欠伸を噛み殺しているのがわかった。
不謹慎だとは思ったが、自分もこの挨拶は苦痛に思うのだ。耐えている分まだましだろうかと思う。
そうして一人一人の挨拶が終わると時刻はすでに正午に近くなっていた。
新年訓示のため大神殿の外に出ようと玉座を降りるサナキ。解放されたと言わんばかりに身体のあちこちを伸ばす。
「お疲れですか? サナキ様」
「当たり前じゃ。全く新年早々、よく口が回るの…」
シグルーンの問い掛けにため息をつきながらサナキは答えた。
「まあ、今日はあと訓示だけで終いじゃ。早く行こうかの」
敬礼で二人は応え、謁見の間を出る。
そう、今日は新年と言うことで執務は午前中だけで終わるのだ。
合わせて親衛隊もゆとりが出来る。もちろん警護は忘れないが。
この日は常に忙しい親衛隊長と副長の二人も、労いの意味をこめて午前中だけで執務が終わる。
大神殿の外に出ると、神使の姿を一目見ようと階段の下に人が詰めかけていた。
親衛隊や騎士団がそれを押さえている状態だ。
「皆の者、静粛に!」
「これより、新年の訓示を行う! 心して静聴せよ!!」
シグルーンとタニス、二人の声で場が一気に静まりかえる。
一呼吸置いて、サナキが新年の訓示を始めた。
「――まずは、また新たな年を迎えられたことを嬉しく思う。
さて、昨年は記憶にも新しいじゃろうが、テリウスは大規模な戦に見舞われた。
幸いにもベグニオンはそれほど被害を受けたわけではなかったが、この一件、他人事と考えてはならぬ」
ざわめきが民衆から起こり始める。
それを騎士団が諌めた。
静まってからサナキは続ける。
「ベグニオンがかつて起こしたセリノスへの大罪も忘れてはならぬ。
我々の成すべきことはその罪を償い、ベオクとラグズの共存する世界を作り上げること!
それこそが宗主国ベグニオンの使命であり、女神アスタルテの望んだ御世であると確信する!!」
パチパチパチ。
どこからともなく拍手が起こる。
それは波紋のように広がり、場を埋め尽くした。
「ご立派ですわ…サナキ様…」
呟いた後ほろりと一粒涙を流すシグルーン。
上に立つ者はこうあるべきだとタニスも本当に思う。
毅然と、自らの意思を持つ者…。
かつて腐敗していたこの国を立て直すべく、幼いながらも自覚し努力している。
ならば自らの役目は守ること、助けること。
新年で、改めてタニスは心に賭した。
訓示も無事終了し、親衛隊二人も午後は暇を出された。
「今日あなたは午後どうするの?」
廊下でシグルーンに訊かれると、タニスはすぐに答えた。
「大聖堂に行きます」
「そう。…もしかして誰かと待ち合わせ?」
「……」
ニッコリと言われてタニスは返せない。
「やっぱり。あなたがそんなことをするようになったなんて…感慨深いものがあるわね…」
「隊長…!」
「ふふ、ごめんなさい。なら、早く行ってあげなさいな」
トン、と背中を押したあとシグルーンは笑顔でその場を去った。
一つだけため息をついて、タニスは一旦執務室に戻る。
着てきた外套を羽織って出たあと、親衛隊の面々に警護を怠るなとしっかり言い聞かせて大神殿を出た。
向かった先は庶民たちのために開かれたベグニオン大聖堂。
ここでタニスは待ち合わせをしていた。
人でごったがえしているが、自分も相手も背はあるのですぐにわかった。
入口近くにいる。
「済まん、待たせたか」
「いえ、お気遣いなく。私も今し方着いた所でしたので」
相手はいつもの微笑で応えた。
緑の髪で、やたらと細い目の男。タニスの待ち合わせ相手は彼だった。
「ならば行くぞ、オスカー」
「はい」
どうぞ、と人込みから彼女を守るように先導する彼、オスカー。
その立ち振る舞いはまさしく淑女を守る紳士である。
中に入っても人は多く、動くのが少し難しいぐらいだ。
「人が多いですね」
「毎年そうだが、去年はクリミア・デイン戦争の件で参拝を自粛した者が多いと聞いている。
だからその分今年は参拝者が多いようだな」
「そうでしたか」
直接的にはあまり被害のなかったベグニオンだが、やはり戦争の傷はあるようで。
女神に祈ることでその傷を癒そうとしているのだろう。
「あ、隊長!」
そこで、元気のいい声が掛けられた。
その声に振り向くと二人の青年と一人の少女が人込みを掻き分けながらこちらに向かって来ていた。
「やあ、三人とも。新年明けましておめでとう」
オスカーがにこやかな笑顔で挨拶した。
「君達か」
「タニス様! 新年、明けましておめでとうございます!」
青い髪の青年が、敬礼をしながら挨拶を返す。他二人も続けて敬礼する。
タニスは三人を知っていた。
新米の騎士で、初任務で部隊がほぼ全滅。
生き残ったのがその三人だけで現在はオスカーが預かり、部下ということになっている。
「楽にして構わないよ。三人とも、今日は新年のお祈りかい?」
「はい。…去年の初任務があのようなことになりましたので、
部隊の仲間たちの冥福を祈ると共に、平和を女神に祈りを捧げようと思いまして」
青髪の青年は顔を暗くする。あの出来事は三人にとって深い傷になっている。
集まって何かをする姿は震える幼子のようにも見えた。
「あの…隊長と、タニス様も…新年のお祈りですか?」
尋ねたのは少女。煌く金の髪と緑の瞳に、やたらと白い肌。
儚げで華奢な印象を与えるが、彼女もれっきとした騎士だ。
「無事に新年を迎えられたからね。そうだ。よかったら一緒にお祈りに行こうか?」
え、と他全員が発言者のオスカーを見る。
「いいんですか?」
言ったのは赤い髪と目の青年。活発そうな感じで、落ち付いた感じのする青い髪の青年とは対称的だ。
「確かに…せっかくお二人でいらっしゃっているのに。ねえ、カーク。アリス」
青い髪の青年が二人に同意を求める。
そうだなと二人はうなずいた。
「お祈りぐらいならば、構いませんよね?」
ニコリと笑って、オスカーはタニスに同意を求めた。
少しだけ悩んだが、このぐらいならば――。
「――いいだろう。ならば早く済ませるぞ。来い!」
早足で歩き出すタニス。その後をすぐに青年たちが追う。最後にオスカーが後を追った。
礼拝堂にも、人はたくさんいた。
それでもなんとか場所を確保して、五人は女神アスタルテの像を前にして祈りを捧げる。
「隊長はどうお祈りされたのですか?」
祈りを終えて青髪の青年がオスカーに尋ねる。にこやかに彼は答えた。
「私の大切な人たちが無事でありますように、かな」
「それは、クリミアの傭兵団の方たちですか?」
「そうだよ。もちろんそれ以外にもいるけれどね」
オスカーは現在、元々所属しているグレイル傭兵団からベグニオン騎士団に出向している。
昨年のこと、団長アイクが神使サナキにクリミア・デイン戦後の挨拶をした時に要請を受けた。
団で相談した結果彼が代表として期間限定ではあるが騎士団に所属することになった。
ちなみに選ばれた理由は「一番礼儀を知っていて、揉め事を起こさないだろう」とのこと。
実際現在まで揉め事は起こしていないし、所属部隊の上官からも気に入られている。
「ファルたちのお祈りは…さっき言った通りかな」
「あ、はい…」
若干、青髪の青年ファル――正式な名はファルクロース――は少し暗い顔でうなずく。
「これから君たちはどうするんだい?」
「俺の家で新年会です」
赤髪の青年、カークが手を挙げながら答える。
活発な普通の青年、という感じなのだがこれでもベグニオンでも名門といわれる侯爵家の嫡男だ。
ファルクロースも伯爵家の嫡男で、れっきとした貴族。
ただ一人、アリスのみ平民なのだが不思議な雰囲気を持っている。
「あれ、ファルは家に戻らなくていいのかい?」
「構いません。父も僕がいない方が清々しているでしょうし」
不機嫌な表情であっさりと言いきったファルクロース。
父親とは不仲で親の話になると機嫌が悪くなる。
家庭の事情は家によって様々なので、なぜかはオスカーは敢えて聞いていない。
「……そうか。じゃあ、三人とも。今年もよろしく」
『よろしくお願いします!』
出口で三人は敬礼。そして大聖堂を後にした。
微笑んで見送るオスカーだが、次の瞬間あることに気がついた。
――隣のタニスがとても不機嫌な顔をしている。
「…タニス殿?」
「…なんだ」
受け答えの声も、明らかに不機嫌と分かる。
なぜ、と思ったが、記憶から引き出して答えを見つけた。
このようにどこか子供じみた不機嫌を表している時は大抵――。
「…怒っていらっしゃるのですね」
「!!」
そう言われてタニスは普段の冷静さからは考えられないほど、動揺を露わにした。
気付いて取り繕うとするが時はすでに遅し。
図星だったんだなと悟られてしまう。
「…判っているなら、どうして口にする」
「申し訳ありません」
精一杯の強がりの声も、謝る声で穏やかに返される。
このようにいつも穏やかで、いつも細い目による微笑を称えているから、不安になってしょうがない。
子供じみているとは解かっているが、妬いてしまうのだ。
自分が一番信頼する男であり、特別な男であるからこそ。
「――タニス殿、こちらへ」
「…オスカー?」
ゆっくりと手を差し伸べたオスカー。その顔と手を交互に見ながらタニスは不思議な顔をする。
だが特に拒否する理由がなかったので手を取った。
彼はニコリと微笑むと、手を取ったまま再び大聖堂の中へと歩み出す。
少しは少なくなったがまだ人の多い大聖堂内。構造上の死角部分に彼女を連れて来ると――。
「っ…!?」
何も言わずに、ゆったりとタニスの身体を抱き締める。
予想していなかったことに少しうろたえるが、すぐに平静を取り戻す。
そうして男の身体に、自分を預けた。
普段の「鬼副長」からは絶対に考えられない行動だが、現在の本人にとっては自然な行動だった。
「…今日は、ずっと傍にいてくれるか?」
「もちろんです」
あまりにもあっさり答えたため本当なのか、と怪訝な目でタニスはオスカーを見る。
見て取った彼は、彼女の外套を引き上げてすっぽりと顔全体を隠し、
そして――軽く、口付けた。
「!」
驚きに瞬く間に顔を紅くするタニス。だが、表情は次第に嬉しさを称えた微笑みに変わっていく。
「……そうだな。君は約束を破る男ではなかったな」
生真面目な男なのだ。違えるようなことは絶対にしない。
だから大丈夫。
「タニス殿、遅くなりましたが――今年もよろしくお願い申し上げます」
「……ああ。よろしくな、オスカー」
二人はもう一度、口付けをした。
この新たな年がどうなるのかは、今の二人には知る由もないが
願うのは、平和とささやかな幸福――。
<後書きと言う名の土下座>
大変長らくお待たせいたしました…!!
本当にごめんなさいです。
お正月ネタでオスタニと言うことで。やっとまともにカプな二人を書いた気がするのは…気のせいじゃないような。
あと、ごめんなさい。自分の妄想続編の連中出してしまいました。
ネタ板を探してくれるとあるのですが(06・4・24日現在)
ファルクロース君が主人公で、アリスちゃんがヒロインの予定な妄想続編です……。
早く新作情報出して欲しいなと本当に思いますが、これ以上は脱線するので止めておきましょう。
こんなもので良ければ捧げます! 本当にありがとうございました!!
そして本当にお待たせして申し訳ありませんでした……。
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