愛しい人
「あ、ツァイス様」
城の廊下を歩いていて。ツァイスは親しい修道女のエレンに声を掛けられた。
「エレン。どうしたんだ?」
「いえ。今…お時間はありますか?」
「あるけど、どうしたんだ?」
尋ねるとエレンは答えた。
「あの…実は、これから薬や包帯などの買い付けに行くのですけれど、
多くなりそうでして、私一人では荷物が持てるか不安で…」
「なるほど。じゃあ付き合うよ。どうせ今日は暇だったし、困っているのを放っておけないもんな」
「本当ですか? ありがとうございます」
可憐な笑顔でエレンは感謝し、その表情にツァイスは少し照れた顔になった。
二人はそうして買い物に出た。
「えっと…傷薬に、特効薬、毒消し、聖水、包帯…」
買い物に行く途中、エレンからメモを見せてもらった。結構な種類の物をかなり買うようだ。
だが、その中におかしな物を見つけた。
「……なんだこれ……? 布と紐?」
ただ、「布と紐」としかメモには書かれていない。かなり下の方に書いてある。なんなのか、聞いてみた。
「エレン、メモにある「布」って、なんの布なんだい?」
「あ、そ、それは…」
途端、慌て始める彼女にツァイスは首を傾げた。
エレンはだいぶ間を置いてから答えた。
「…私用で、使うもの…なのです」
「自分で必要なのか。そうか」
特に疑問も持たす、ツァイスはうなずく。
だがエレンは見られたくない物を見られてしまったかのように、顔が真っ赤だ。
それだけには首を傾げたものの、訊くのは悪いかなと思ってそれ以上追求しなかった。
二人で店に行き必要な物を買いこむ。予想通り、すごい量になった。
ツァイスは両手に大きな袋をぶら下げ荷物持ち。エレン一人ではこの量は到底無理だったろう。
「大丈夫ですか?」
「ああ、平気だよ。エレンこそ大丈夫かい?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
彼女もツァイスほどではないものの、荷物の袋を持っている。
自分と彼の荷物の量を見て、エレンは戸惑いの表情を見せた。
それを見てツァイスは尋ねる。
「どうしたんだ?」
「…実は、あと一件だけお店に行きたいのですけれど…そんなにお荷物を、持たせてしまって…」
「俺なら大丈夫だよ。買い物は一気に済ませた方がいいから、行こうか」
「…ツァイス様…」
申し訳なく、エレンは頭を下げた。
最後の買い物に来たのは、手芸店。布などを取り扱っている店だ。
「もしかして、メモにあった布とか?」
「はい。そうなんです。……あの、ツァイス様」
「??」
意を決したように呼びかけたエレンに、ツァイスは少し驚いた。
その反応に躊躇したものの、彼女は問うた。
「ツァイス様は、どのような色がお好みですか?」
「色?」
思わずオウム返しに問いかけ、それから考える。
しばらく間があってから彼は答えた。
「赤や、黒かな」
「…赤に、黒ですか」
「ああ。赤は髪の色ってのもあるし…親しみがあるからな。黒は、鎧とか軍服の色もあるけどカッコイイしね」
「そうですか…ありがとうございます」
答えてくれてお礼を言うエレン。
それから彼女は布と紐を買った。
赤と、黒の。
今日の買い物はそれで終わったが、ツァイスは疑問だけ大きく残った。
(あの布、なんに使うんだ……?)
帰る途中エレンに聞いたが「私用に使う」としか答えてくれなかった。
何か隠しているなとは思うのだがさっぱりわからない。
首を傾げながら城に帰ることになった。
「姉さん」
それから数日後、ツァイスは姉を見つけて呼びかけた。
「どうしたのツァイス」
「いや…ちょっと、聞きたいことがあって」
はてと思ったミレディだが、食堂で話を聞く事にした。
「聞きたいのは、エレンのことなんだ」
「エレン?」
「ああ。最近、彼女の様子がなんだかおかしいんだ。
聞いても答えてくれないし、姉さんなら何か知っているかなと思ったんだけど」
「…ああ…なるほどね」
「! 姉さん、何か知ってるのか?」
ピンと来たミレディに弟は問い掛ける。だが――。
「でも、私が答えることじゃないわ。じきに分かるわよ」
「はあ?」
姉のはぐらかした答えに呆けた声を出した。
「姉さん、なんだよそれ」
「じきに教えてもらえるはずよ」
「今まで駄目だったのに?」
「今までは、ね。でも今後は大丈夫よ」
訳のわからない答えに、ツァイスは首を傾げ悩む。
女はこういうときに結託するので困る。
おかしいなと思うようになったのは、先日の買い物の時からだ。
…あのメモを見た、あの時からかもしれない。
だとしたら、あのメモには何か秘密があったのだろうか。
あったのは買い物のリストだけ。
傷薬、特効薬、毒消し、聖水…そして布と、紐。
「…う〜ん」
あの、布と紐が何かあるのだろうか。
あれに関してエレンは口をつぐんでいた。
質問されたが、それと関係はあるのだろうか。
考えれば考えるだけわからない。
どうすればいいのだろうか。
「やっぱり待つしかないのかな」
「そう言うこと。時間が解決してくれることだって、あるのよ」
「…姉さんが待てっていうなら、待つけど…それで本当に大丈夫なのかい?」
「疑り深いわね」
「意味深なこと言うからだよ」
ふう、と姉を見るツァイス。ミレディは本当に大丈夫、と念を押した。
いずれにしてもわからない以上、待つしかツァイスの選択肢はなかった。
そんな平和な時もあるが、戦は続く。
また、戦闘が起こる。
ヴァサッ!
飛竜の羽ばたく音。
空中を旋回してから相手を定め、ツァイスは急降下にかかった。
竜騎士の急降下による一撃に、大抵の敵は耐えられない。
だが天馬に比べて動きは少々鈍いため周りからの反撃も受ける。
急降下で相手を倒した後、槍で周りを薙ぎ払ってから上昇。自軍の後方へ戻った。
「ツァイス様!」
エレンがすぐに手当てにかかった。傷だらけの姿に顔を青くしながら、ライブの杖で傷を癒す。
「いつも悪いな、エレン」
「…いえ。ですけど…あまり無理はなさらないで下さいね」
「ああ」
エレンの身体が小刻みに震えている。
いくら傷の手当てをするからと言っても、血を見るのは怖いのだろう…。
心配をかけてるなと、反省する。
もっと強くならないとと思った。
「じゃあ、行って来るよ」
ツァイスと愛竜ルブレーの手当てが終わって、また戦場に戻ろうとした。
「お気をつけて…ツァイス様に聖女エリミーヌのご加護がありますように」
「ありがとう。エレンも、気をつけて!」
羽ばたく音と共に空に向かって小さくなる姿。
「…神よ、聖女エリミーヌよ。どうかツァイス様をお守り下さい…」
その姿に向かってエレンは祈りを捧げる。
そして――。
(急がないと…)
彼女は、焦っていた。
「エレン」
「! ミレディさん…」
その時に、声をかけられて驚いた。
「ごめんなさい、驚かせて。手当てをお願い出来る?」
「はい。今すぐ…」
ライブの杖を持ち直し、詠唱する。温かい光が傷を癒す。
「…これで、大丈夫です」
「ありがとう。……エレン、あの子のことが心配?」
「え!?」
言われてエレンは慌てふためいた。その様子にクスクス、ミレディは笑みを零す。
「幸せ者よね、あの子も。あなたにこんなに想われて」
「…ミレディさん…」
「ツァイスのために、今色々やっているんでしょう? 頑張ってね。私も応援するから」
「あ、は、はい……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたエレン。
それにミレディはまた笑顔で返して応えた。
数日、また経って。
「ツァイス様…!」
城の廊下を歩いていて、エレンが声を掛けてきた。
「あ、エレン」
「…あの、ツァイス様に、これを…」
さっ、と差し出したのは赤い布と黒い紐で作られた、飛竜に似せた物。
「…これ…俺に?」
「は、はい…」
顔を紅くしながらうなずく。
ふと、赤と黒に思い当たった。
――あの布と、紐だ。
と、するとこれは自分で作った物なのか。
「まさかエレン…このために…」
「ごめんなさい。本当はお話したほうが良かったのでしょうけれど…ごめんなさい」
何度も謝るエレン。でも、いいとツァイスは言った。
「いいさ。こうして話してくれたんだし。でも、これってなんなんだい?」
問うと、彼女は答えた。
「お守りです。気休めでしょうけれど…いつも、ツァイス様は戦場で怪我が多いので…。
私、心配で……心配で……」
「…エレン」
彼女は、いつも後方で無事を祈るばかり。
前線に出る大切な人にもしものことがないように。
いつも怪我をして戻ってくるから気が気でない。
そんな自分のために、心を込めて作ってくれた。
「…ありがとう。俺、大事にするよ」
「ツァイス様」
お手製のお守りを受け取った、ツァイス。エレンはその後の反応を見守る。
「…君のためにも俺、もっと強くなって心配かけないようにする。無茶もしない。
俺は、君の所に戻ってくる。絶対に。このお守りに誓って」
「……!」
その言葉を聞いて、心の何かが崩れた。
身体はそれを示し、涙腺が決壊していた。
「エ、エレン?」
「あ…私…わたし…っ…」
どうして泣くのかわからない。でも、心が湧き立っている。
様子にどうしたものかとツァイスは思い、しばらく考えた後に、彼女を――抱き寄せた。
「え…?」
「どうして泣くのか、判らないけど…泣き止むまで、こうしているよ」
「…ありがとう…ござ…います…」
優しい人の胸で、泣いた。
ずっと。
神よ、聖女エリミーヌよ。
願わくば、永久にお守り下さい。
――私の愛しい人を。
<後書き>
大変遅くなって申し訳ないです!!(土下座×100)
ツァイスとエレンでいってみました。
この二人、好きですよ。
ツァイス君の涙ぐましい努力がツボに来たようで。
エレンの心配。いつか戦場で彼が命を落とすのではないかと。
そんな彼にお守りを。気休めでしかないだろうけど、彼女には重要なこと。
本当に大切な人であるから。
と、言う訳で捧げたいと思います。
ありがとうございました。
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