幸せの証明







 ネルガルとの戦いが済んでから、幾ばくか時が経った。
「じゃあ今日は早射ちの練習といくか」
『はい! 副隊長!』
 フェレ城内の訓練場で明るい声と張り切る声。
 副隊長と呼ばれたのは赤茶色の髪の青年だ。
 手に持っているのは似合わないような、立派な弓。
 しかし誰もそれを咎めなどせず、逆にふさわしいと認識していた。
「じゃあ、まずは俺がいつもの手本を…っと」
 弓に矢を番えて――射る。
 ごく自然に、しかも一瞬の早さで、正確に的を射ぬいた。
 どよめきと共に歓声があちこちから上がる。
「さすがウィル副隊長! 早いですよ」
「でも俺、まだ本気じゃないぞ? 本気出したら見えないかもしれないし」
 ははっ、とウィルは笑った。
「…ですが副隊長。どうしてキアラン騎士隊からこちらに?」
「え?」
 兵士の言葉に、ウィルは首を傾げる。
「副隊長ほどの腕前ならキアランが手放すなど有り得ないでしょう」
「でも、俺の希望なんだ。フェレは俺の故郷だし」
 ニカッ、と笑ったウィルは屈託のない笑顔だった。


 ネルガルとの戦いを終えた後、彼はきちんとキアランに戻った。
 だがしばしして侯爵ハウゼンが亡くなり、残された公女リンディスはキアランをオスティアの統治に委ねた。
 彼女自身は生まれ故郷のサカに戻り暮らしている。
 残った臣下や兵士達はそのままキアランに残っていたり、オスティアなどの他騎士団に転属されたり、
 旅に出ていたりしている。
 ウィルは本人の希望などもあって、フェレ騎士団に転属になったのだ。


「無駄口叩いてると怒られるな。じゃあ、始め!」
 兵士たちが一斉に的へ向かって矢を放つ。
 それを見ながら自分の抱えている弓をチラリと見る。
 彼の弓は「王者の弓」とも言われるリヤンフレチェ。極めた者にのみ扱えると言う最高の弓だ。
 威力は恐ろしく、みだりに使うことなど出来ない。
 このような力はないほうが良いと思っているので、いいのだが。
「ふう」
 少しため息をつく。
 最近、ウィルは張り合いがなくてストレスが溜まっている。
 理由は、この騎士団にはウィルに敵う弓の実力を持つ人間がいないのだ。
 始めは騎士団のほとんどがまだ若い彼の実力を疑っていた。
 しかし圧倒的な実力を見せつけた(本人にそのつもりはなかった)今では尊敬されており、
 若くして弓隊副隊長にまで一気に昇ってしまった。
 次期隊長は確実と言われているがウィル自身はそんな事など気にしていない。
(あ〜あ。また弓の勝負やりたいなぁ)
 エトルリアに帰ってしまった親友を思い出す。
 今彼はエトルリアの弓軍で働いているはずだ。
 「機会があればそっちに行くこともあるかもしれない」とは言っていたのだが、望みは薄い。
 などと思いつつ兵士達の訓練を見ていてしばらく時間は過ぎる。
 訓練終盤。
「ウィル〜」
「? レベッカ」
 呼ぶ声がしたので顔を向けると、幼なじみのレベッカが扉から顔を出していた。
 彼女は戦いの後フェレ城へ侍女として奉公に出ており、毎日顔を合わせている。
「どうしたんだよ。今、訓練中」
「ウィルにお客さん」
「??」
 首を傾げると、扉から訓練場に一人の人間が足を踏み入れる。
 蒼い髪に、青い軍服。
「久し振りだね、ウィル」
「! エリア〜!! 久し振りだなぁ!!」
 思いがけない再会にウィルは子供のように喜んだ。
「どうしたんだよ。いきなり来るなんて」
「いや、任務ついでもあったんだ。弓軍の代表としてリキア屈指の弓使いと交流を持てってね」
「? それって」
「君のことだよ」
「は!? 俺!?」
 思ってもいないことに驚くウィル。
「…やっぱり自覚してないのか…」
 ため息をつくエリア――こと、エリアザール。
 本人は自覚していないが、彼の弓は大陸屈指だろう。常に競い合って、腕を磨いて。
 そうして戦い抜いたではないか。
「でも、ウィルらしいな。元気そうで何よりだよ」
「エリアこそどうなんだ? イーリスさん、帰ってきたのかな?」
「彼女はまだ帰って来ないよ。時々手紙は来るけどね」
 イーリスは戦いの後再び旅に出た。今度の目的は、大陸の謎に触れたい――と。
 家族や親しい人間は帰りを待っている。
「元気なら良かったじゃん。あ、そうだ。久し振りに――」
「弓勝負かい?」
 言おうと思っていたことを言われ、ウィルはあららとずっこける。
「なんでわかったんだよ」
「君のことだからね。最近ストレス溜まってたって聞いているよ、レベッカから」
「なんだよ…」
 扉から顔だけ出しているレベッカに、ジト目で視線を送ってからウィルはニカッ、と笑った。
「よーし! おい、今日は良いもの見せてやるよ」
 兵士たちに呼びかけて訓練を止める。
「なにをですか? 副隊長」
「俺と、こっちは俺の友達のエリア。二人で弓勝負だから、ちょっと準備手伝ってくれ」
「あ、はい」
 いそいそと勝負準備に入る兵士たち。ウィルとエリアザールももちろん設置をしている。
 その光景を見てレベッカは思った。
(いつもよりウィル、明るいなぁ)
 明るいのはいつもだが、今日はより明るい。
 それに良かったなと思う反面、少し――嫉妬のような感情が胸の内にあった。




 時間が過ぎて、夜になった。
 再会を祝してウィルとエリアザールは酒を酌み交わしていた。
 ちなみに勝負は引き分け。しかし本気の二人の勝負には大勢の人間が湧き立った。
「エリア、エトルリアの弓軍でどうだ?」
「まあ、それなりにやっているよ。特に親しい人間もいないし…」
「それって寂しくないか?」
「あっちが敵視しているだけさ。ディナスの嫡男と言うことで恐れてもいるし」
「ふうん」
 ちびちびとあまり度数の高くない酒を飲みながらうなずくウィル。
 と、エリアザールがふと言った。
「そう言えばウィル。レベッカとは上手くやっているのかい?」
「!?」
 いきなりのことに思わずウィルは酒を吹き出した。ゲホゲホ咳き込む。
「…なんでそんなに驚くんだい」
「い、いや、いきなりでよ…」
 まだ咳き込んでいるウィルの背中をさすって収集を手伝う。
 しばらくして収まった所で話が再開する。
「彼女のためにフェレに帰ってきたんだろう?」
「まあ、そうだけどよ」
「だったら求婚するのも手じゃないか。
 今すぐするとは言わずに、婚約だけでもすれば安泰だろう。
 ウィルに会う前に聞いたけれど、彼女結構騎士団で人気じゃないか」
「う…」
 言葉に詰まる。
 そうなのだ。
 侍女として働くレベッカはその世話好きで素朴な性格と可愛らしさから人気があるのだ。
 一応、ウィルとは恋人――であるが、人気があるためハラハラしっぱなしだったりする。
「ウィル、明日は?」
「非番」
「お金はあるのかい?」
「一応、指輪買う金は溜まったけど」
「なら、明日の予定は決まりだね。僕も付き合うよ」
「いいのか?」
 問うとエリアザールは。
「親友の助けになるのも、良いだろう?」
 と、普段は見せない笑顔で言う。
 心を許せる人間にだけ見せられる笑顔だった。
 言った通りに次の日は二人で指輪を探しに店を廻ってみる。
 ウィルは何しろそんな物を探すのは初めてなので右往左往するばかり。
 エトルリア貴族のエリアザールがリードしていた。
 フェレ城下の宝飾店で見てみる。
「レベッカに合いそうな指輪ってなんだろうなぁ」
「君がそれでどうするんだ。素朴な彼女のことだから派手な物は避けた方が良いだろうけど」
「だよなぁ」
 うんうん唸りながらガラスのケースに入った指輪を眺める。
 ふと、ウィルはある指輪に目が入った。
 ピン、とそれで閃いた。
「なあエリア。これ――良くないか?」
「? へえ。これなら良いんじゃないか?」
「値段は…うわっ、高いなぁ」
 値札にグラリと頭が眩む。一般人では手の出せないレベルにウィルは呆然。
「出せない金額かい?」
「…いや、なんとか出せるとは思うけど…厳しいなぁ」
「少し、出そうか?」
「い、いいよ。俺が買って、レベッカに渡さないと」
 その言葉に、エリアザールは口出しを止める。
 自分の問題だから、自分で片付けると。
 結局その指輪を買った。包装してもらい、二人で店を出る。
「さて、後はどうやって渡すかな。エリア〜、良い手あるか?」
「…素直に呼び出して、渡すのが良いと思うけれど」
 もっともな意見に、それしかないかなと箱を見ながらウィルは呟く。
 その時。
「あれ? ウィルにエリアザールさん?」
「!?」
 いきなり声をかけられて、ウィルは飛びあがるほど驚いた。
 後ろにレベッカその人がいたのだ。
「レ、レベッカ!」
「どうしたのウィル。そんなに驚いて」
「え、い、いや…ちょっと、エリアと、買い物してて…」
「そう言うこと聞いてるんじゃないんだけど…」
 ズレるウィルに突っ込みを入れるレベッカ。
「あれ? これ――ウィルの?」
「え? ああっ!?」
 ふとレベッカが拾った物――それはさっき買った指輪が入っている箱。
 驚いた時に落としてしまったらしい。
「だからどうしたの、ウィル。今日なんだか変…」
「え、あ、だから、今日はエリアと…なあ…って、あれ?」
「えっ?」
 二人は呆然とした。
 何時の間にかエリアザールの姿が見えなくなっていたのだ。
 周りを見回しても、姿は見えない。
「あれ…どこ行ったんだよ、エリア〜」
「どうしたんだろ…。でも、エリアザールさんのことだからきっと大丈夫よ」
「まあそうだろうけど」
 たとえはぐれても大丈夫だろうと納得する二人。
「ねえウィル。この箱って、誰かへのプレゼント?」
「えっ!? い、いや! 決して、お前にあげるんじゃなくて…」
「…私に?」
 墓穴を掘った。それに気が付いて観念したウィルはそうだとうなずいた。
「あ、開けてみてくれれば…わかる」
「う、うん」
 言われるまま、レベッカは包装された箱を開けた。
 花をモチーフにした銀の指輪だった。花の中央には、宝石があしらってある。
「…綺麗…。これ……私に?」
「ああ。…レベッカ。今すぐは、無理だけど、い、いつか、近い内に」
 しどろもどろなのは自分で解かったが、言葉を止めてはいけない。
 ウィルは――言った。


「結婚、しよう」


「…」
 レベッカはただ、立ち尽くしていた。
 やがて、震える声で言葉を紡いだ。
「…ほん…と?」
「言っただろ? 俺が傍で守るって。俺がずっと傍にいるって」
「…ウィル…っ。ウィル…ウィル…!!」
 感激で、深緑の瞳からボロボロ涙が零れる。
 感激でウィルに抱きついた。
「レベッカ…」
 胸の中で泣くレベッカを、ウィルはそっと抱き締めた。
 通りを往来する人々も、感激のシーンに温かい眼差しを贈った。




「お幸せに、ウィル」
 通りの影から様子を見ていたのはエリアザール。
 良い機会だと思って、すぐに身を隠したのだ。
 二人の幸せそうな様子を見て、心が温まる。
 自分も鎖に通した指輪を見る。
 親友の幸せを、心から祝福した。



 指輪は、幸せの証明。









<後書き>


 お待たせいたしました〜!
 ウィル×レベッカと相成りましたリクエスト、いかがだったでしょうか。
 さりげなく…じゃないな。男軍師出演してます。済みません。
 ネタ発端はお題で書いた「指輪」の話が元ですね。
 あれの発展系…とでも言えば良いでしょうか。
 その後の軍師たちは詳細内緒ですのでここでは言及しません。
 と言うことで捧げます。
 楽しんでいただけたら幸いです。
 ありがとうございました!




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