あなたの元にある幸せ






「…リン」
「? どうかしたの? ラス」
「先行する。…しばらくここを動くな」
「…ええ。ラス、気をつけてね」
 うなずいて応え、彼は馬首を巡らせる。
 リンはほころんだ表情で見送る。
 その様子を目撃したフロリーナは、どうしたんだろうと近付いた。
「あの、リンディス様?」
「!?」
 突然声をかけられて、リンはこの上なく驚く。しかし、フロリーナも同じぐらい驚いてしまった。
「ふえっ!?」
「え? …ああ、フロリーナ。ごめんなさい。どうしたの?」
「あ、いえ。…なんだか嬉しそうな顔をしていましたから」
「そう? …そうかもね…」
 フフ、とリンは笑った。
「フロリーナには教えちゃうけど、私――ラスが好き」
「えっ!?」
 いきなりの告白に、フロリーナは慌てた。
 ポン、と顔が赤くなる。
「あのね。彼…無口だけど、分かってくれているの。私の事。すごく優しいの。
 …同じように、独りだったからかしら」
「リンディス様…」
 草原が故郷であるリンだからこそ、同じように草原を故郷として、
 なにも言わずに自分のために力になってくれる彼が好きなのかもしれない。
 無口だけれど、事情を理解して共に戦う。
 それが、リンの理想の人なのかもしれないなとフロリーナは思った。
「ねえ、そう言えばフロリーナって好きな人――できたの?」
「え、ええっ!?」
 リンからの質問に顔はボンッ、と真っ赤になる。これはいるんだな、と思ったリンはさらに尋ねた。
「ちょっと、誰? 男性恐怖症のフロリーナが好きになった人って。内緒にするから教えてよ」
「で、でも…」
「私とフロリーナの仲じゃない。いいでしょう?」
「…う、うん」
 コクリ――うなずいてフロリーナは、周りをキョロキョロ見てから小さな声で告白した。


「…ヘクトル様…」


 ピシッ。
 リンの表情が、凍りついて止まった。
 何事かとフロリーナはリンを見る。彼女は直後しっかりと両肩を掴んで言った。
「もう一度聞くわ! ――あの、ヘクトルなのね!?」
「…うん…」
 コクリ。顔を紅くしてうなずくフロリーナ。
 なんということだ――そんな風にリンは天を仰いだ。
「リ、リンディス様…?」
「フロリーナ、悪いことは言わないわ。諦めなさい」
「ふぇ!?」
 なんで? と驚きながらも疑問の目でリンを見つめる。
 リンは言った。
「いい!? あんなムサイ男に近付くなんてよしなさい! なにされるかわからないわよ!?」
「で、でも、ヘクトル様…すごく優しいです…」
「でもあいつはきっとフロリーナを汚そうとするためにわざとそんな振りをして近付いているだけよ!!
 乱暴でガサツで斧を振り回すことしか考えない奴なの!!」
 本人が聞いたら怒り狂うこと必死の台詞をのたまうリン。
 その勢いに気圧されるもフロリーナはゆっくりと首を横に振った。
「…この前、私にヘクトル様仰ってくださったんです。「助けてやるから傍で戦え」って。
 本当に私のこと助けてくれました。…そうしたら私、ヘクトル様にだけは、近付かれても恐くなくなったんです」
「…本当なの? フロリーナ」
 三度、フロリーナはコクリとうなずいた。
 あの男性恐怖症のフロリーナが、男の典型であるヘクトルを恐がらなくなるとは…。
 この子をそこまでさせたヘクトルに恨みのような、感謝のような、そんな思いが募ってきた。
 助けてくれた人に対する、純粋な想いがある…。
 すると。
 遠目に、本人――ヘクトルの姿が目に入った。
 彼はこちらをじっと見ている。
 自分に用があるのか、フロリーナに用があるのか。
「……フロリーナ、ヘクトルがいるわよ。行ってらっしゃいな」
「えっ、でも」
「いいから。ほら」
 リンに押されてフロリーナはおずおずとヘクトルの元へ近付いた。
 遠目で様子を観察するリン。
 …確かに恐がっていない。
 あの子の男性恐怖症は、ヘクトルには発動していない。
 ポッ、と頬を赤らめるフロリーナとまんざらでもないヘクトル。
 でも本当にそれでいいのか? と思った。
 本当に彼を好きになって幸せなのだろうか?
 少し寂しくなったのを感じて。





 数日後。
 一人だったリンは、弓の調整をしているラスの姿を見つけた。
「ラス」
「…どうした?」
 最低限の言葉で聞いて来るラス。リンは傍に座って話を切り出した。
「…ちょっと、考え事してて。ラスに聞いて欲しいの」
「……」
 答えの言葉は返って来ない。でも肯定の意思を表しているのは分かった。
 ありがとう、と言ってからリンは話し出した。
「フロリーナのことなの。あの子、ずっと私が傍にいて、守らなきゃって思っていたの。
 でも、あの子、私の知らないところで恋をしたの。
 男性恐怖症のあの子が、それを克服出来るまでになったの。
 それは嬉しいと思うの。…でも、ね。本当にあいつでいいのかって考えるのよ」
「……」
 弓の調整を止め、ラスは何も答えずにリンの話を聞く。
 彼女はさらに続けた。
「あいつ、私からすれば乱暴だし、それに…一応、オスティアの侯弟だから。
 あの子はただの傭兵…本当に幸せになれるのかなって思うのよ…」
「…だとすれば、俺とお前も、幸せにはなれないと?」
「…!」
 ハッとなる。
 一応、自分はキアランの姫。彼は、サカの遊牧民。
 自分だってサカの民だ。でも、リキア貴族の姫であるのも事実。
 貴族とそれ以外の人間の恋が悲しいものになるとすれば自分と彼もそうではないか。
 でも幸せだった記憶が、ある。
「……そう、だったわ。父さんと母さんもそうだった……」
 今更ながら、自分の両親を思い出した。
 母マデリンはキアランの姫。父ハサルはロルカ族長。
 立場の全く違う二人は出会って、恋をして、駆け落ちして、自分が生まれた。
 幸せだったではないか。
「…ごめんなさい、ラス。なんでそんなこと考えちゃったのかしら。
 …でも、あなたがそんなこと言ってくれるなんて、思わなかった」
「…リン」
 名を呼ばれ、リンはラスの顔を見た。
 どこか悲しさが見えて、でも優しげな顔。
「…草原には、いつか戻るのか?」
「…ええ。おじい様のことがあるから、完全に戻ることは出来ないと思う。
 でも、私はサカの民。すべてのサカの民が愛する草原を、また見たい」
「…なら、生き残れ。俺は…お前を待つ」
 優しい、言葉だった。
 普段寡黙な彼の、大きな優しさにリンは感謝した。
「…ありがとう、ラス」
 少しだけ、彼の胸の中で、リンは泣いた。




 そして、後日。
「フロリーナ」
「あっ、リンディス様」
「…ヘクトルとは、どうなの?」
「ふえっ!?」
 いきなり聞かれて驚くフロリーナ。顔を真っ赤にした後、おそるおそる語った。
「…仲は、いい、です…」
「ふーん、そう」
 と、そこにヘクトルが近くを通りかかった。リンは彼を呼びとめた。
「ヘクトル。ちょうど良かったわ」
「? なんだよ、リン」
「――フロリーナを悲しませんるような真似、してごらんなさい。
 マーニ・カティで叩き斬るわよ」
「いきなりなんで脅す!」
 もっともな突っ込みを入れるヘクトル。リンはそれに対し。
「…あなたとフロリーナの問題だから、私だってあまりとやかくは言わない方がいいのはわかっているわよ。
 恋愛事情は人それぞれだし。…でもフロリーナは私の親友だから。いいわね」
「分かってるさ。…俺だって、惚れた女を悲しませる真似はしたくねえよ」
 ボンッ。
 フロリーナが聞いて顔を真っ赤にした。湯気が今にも出そうな勢いだ。
「…貴族と、それ以外の人間の恋愛だって、上手く行くんだから」
 ポツリと呟いた言葉は、二人には聞かれなかった。




 そうでしょう?
 私と、フロリーナ。相手は違うけれど状況は似ている。
 それぞれの恋愛事情。
 上手く行きたいわよね。
 フロリーナには、幸せになって欲しい。
 あの子も、私のことを考えてくれているよね。
 …幸せ、かぁ。
 私の幸せは、あなたの元よね。


 ――ねぇ? ラス。







<後書きです>

 結構難産になってしまったんですけど、なかなか上手く出来たかなとは思います。
 へク×フロ&ラス×リンの、恋愛事情ってことで、ふと気が付いた境遇からこの話を作っています。
 貴族と傭兵、そして貴族と遊牧民。この二組は似た境遇だと気が付いて。
 心配だけど、やっぱりこの人しかいない。
 自分の幸せは彼のもとにある。
 幸せになって欲しいですね。

 と、言うわけで捧げます。
 ありがとうございました




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