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「あそこにいらっしゃるの、パーシバル様じゃない?」
 王宮に来ている令嬢の一人が、渡り廊下を目で指す。
 漆黒の軍服を身に纏う金髪の騎士が見える。
「あら、本当だわ。いつ見てもステキな方よねぇ〜」
「でも、女性に興味ないって話でしょう? 勿体無いわよね」
「本当。家柄も良くてあんなにステキな方なのに。ちょっと固いお方だから仕方ないのかもしれないけれど」
 はぁ…と一同ため息をつく。
「舞踏会でもお話されることはないし、ダンスのお誘いをしても断られるし、
 どうやったらあの方を振り向かせることが出来るかしら」
「そうよねぇ〜。どうすればいいのかしら」
 恨めしそうな視線を向けながら、話す令嬢達。
 一方でその視線に気付きながらも気にしていなかったパーシバルは、渡り廊下を過ぎて自分の執務室に戻ろうとする。
「将軍」
 だが途中で声に呼びとめられる。
 振り向けば同僚であり、自分と同じく軍将であるセシリアの姿があった。
「どうかしたのか」
「今度の騎士軍と魔道軍の合同演習についてなのですが、少し問題が起きまして」
「聞かせてくれ」
 廊下の隅で会話を交わす二人。事務的なものであるが二人の距離は近い。
 彼と一番距離の近い女性と言えば立場もあり、彼女だろう。
 不意に、二対の瞳が重なる。
 一方は氷もうかがえる紺碧。もう一方は安らぎを与える翠玉の緑。
 わずかな間だけれど、重なった時が二人の意思を伝える時間。
 心と心、魂と魂を通わせる瞬間。
 視線が外れると会話が再開する。もし、この場に誰かいたら思ったかもしれない。
 あの瞬間だけ、空気が少し変わったと。
 だが、これもよっぽどの人間でないと見抜けなかったかもしれないが。
 二人は、やがて会話を終えた。お互いの執務に戻る。
「……」
 執務をこなしながらパーシバルは思っていた。
 あの瞬間が自分にとっての安らぎなのだな、と。
 日々軍将として激務に追われ、時には自分を嫌っている文官たちとも会議をしなければならない。
 自分とてそういう文官たちは好きではないが、普段から感情を表に出さない顔をしているので悟られてはいないようだ。
 だが、そうしていては募ってくる感情もある。
 どこかで吐き出すなり、浄化せねばならないが話せる同年代の友人がいない。
 彼はかなりの口下手でもあるし、交友下手なのだ。
 そんな彼の、唯一の癒し時になっているのが彼女といるときだ。
 彼女の前では、私事に関する言葉は要らない。瞳が重なれば、すべてが伝わる。
 瞳が語り掛ける。「大丈夫ですか」と。
 自分も瞳で答える。「気を遣わせて済まない」と。
 すると彼女はまた瞳で言う。「いいえ。お気になさらないで」と。
 確固たる絆があって心と心が通うから、下手な言葉は要らない。
 誰よりも信頼し合っている。
 ――同僚であると同時に、恋人だから。





「…ふう」
 自分の執務室で、セシリアは少しため息をついた。
 彼は疲れている。それが少し心配になっている。
(…将軍、何も仰らない方だから…)
 他人に気を遣わせまいとして何も言わないことの多いパーシバル。
 その不器用な優しさは自分を追い詰めながらでもある。
 しかも他人には気付かれない。なにせ感情を表に出さない人だから。
 でも自分はわかる。長く同じ時を共有したパートナーだから。
 公私共に傍にいたから、分かるのだ。
 その瞳で、分かる。
 瞳は口ほどにものを言うが、彼の場合は瞳でしかものを言わない方が多い。
 生真面目な彼らしいといえば、らしいが。
(…不器用よね、本当に。でも、そんな所も好きだけれど)
 考えてクスリと笑った。
 もし誰か見ていたらその眩しさに何か嬉しいことでもあったのだろうかと思うだろう。
 だけど誰も、知らない。その理由を。
 見えない場で、聞こえない言葉で育んできた愛情がその理由だから。
「…」
 でも、たまに不安になる。
 本当に想ってくれているのだろうか、と。
 自分がどこか疲れていたりすると心配してくれるのは分かっているが。
 言葉がない。温もりがない。
 それは時にたまらなく不安を覚える。女として――恋人として、疑問を抱いてしまうのだ。
 彼がひどく不器用で、口下手なのは分かっているけれど、感情がどこかついて行かない。
 見つめるだけで、瞳を重ねるだけでその心は伝わるが直に触れ合うことが少ないため、感じる不安。
 …自信が、ないのかもしれない。
 愛されている自信が…。
「…ダメね、私ったら…」
 周りには悟られないようにしているけれど、深く、深く想っている。
 この世の誰よりも、愛する人。
「…パーシバル…」
 天を仰いで、誰もいない執務室で少しだけ、セシリアは涙を流した。




「…セシリア?」
 声に、セシリアは我に返った。
 あれより数日。協議する部分がまた出てきたので二人で話し合っていたのだが。
 やはり変わらない。彼は、いつもの彼だ。
「あ…申し訳ありません、将軍…」
 集中力を欠いたことに、申し訳なくセシリアは謝る。
「…」
 彼の瞳が、こちらを見る。ハッとなる。
 心配そうに見る。「何か、あったのか?」と。
「……」
 思わず彼女は瞳を逸らした。堪えられない――という風に。
 それが気になって、パーシバルは言った。
「…何か、あったのか?」
 言えるはずもなかった。半ば自分の我侭なのだから。
 けれど辛そうな表情を見せるセシリアを、パーシバルは見過ごせない。
「セシリア、何があった。どうして…目を逸らす」
「……」
 ごめんなさい――。
 言うように顔を少し伏せて首を緩く振る。
 すると、無理にでもパーシバルが、顔を上げさせた。
「…っ…」
「頼む。何かあったなら…話してくれ」
 彼の両手が、自分の顔を固定する。真摯な青い瞳が自分の瞳と重なる。

 ――そんな顔を見せないくれ。

 語りかけているのが分かった。心からの願いだと。
 自分の顔を支える両手が熱い。でも、その熱さが――直の触れ合いが、欲しかったもの。
 彼は本当に自分の事を心配してくれている。
 じわりと、翠玉の瞳が滲んだ。
「……す」
「?」
「…お願いです…我侭なのは分かっています…。もう少し…このままで…手を離さないで…」
 一瞬考える。でも、瞳を見て分かった。
 不安だったのだ。
 いつもいつも言葉は少なく、触れ合うことも少なく。
 それが彼女にとって不安だった。
 分かってくれる。それだけで自分だけが、満足していた。
 彼女のことを考えてやれなかった。
 不甲斐ない。瞳だけで満足した自分が。自分だけ満足したことが。
「…済まなかった」
 一旦、手を解く。彼女が怯えたように見るけれど、瞳で「大丈夫だ」と言う。
 逡巡したがセシリアはうなずいて。
 優しい抱擁に、その身を任せた。





「…セシリア」
「はい」
 声に応えた。
 どちらともなくお互いはにかんで、見つめ合う。
 どう言っているのかもう、二人には分かっていた。
 ただ一つの絶対の感情を。


 「愛してる」と。








<後書きと言う名の初心>

 お待たせいたしました〜。
 リクエスト第一希望のパーセシでございます。
 この話、コンセプトは「私的パーセシの初心」でした。
 言葉は少ないけれど、絆は確かな二人。見つめ合えば伝わる。
 これがパーセシだと思っていたので。
 でも、直に触れ合わないと不安な時もありますよね。
 そんな女心も書いて見ました。

 そういうわけで捧げたいと思います。
 ありがとうございました。




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