093:罪の記録








 ――空は、青かった。






 リキア地方最大都市オスティア。
 墓地で佇む一つの影。
「……」
 苦渋に満ちた顔を浮かべ、その人物は目の前の墓を見下ろしていた。
 どれほどの念がその中にあるのか、表情だけでは窺い知れない。
「……ヘクトル……」
 呟く。
 友の名を。
 そして墓石に刻まれた人物の名を。
「――?」
 ふと、背後に気配を感じて振り返る。その人物に、驚きの目を向けた。
「…君は…!」
「――お久しぶりでございます、エリウッド様」
 恭しく礼をして、挨拶をする。
「…君も、ヘクトルに?」
「はい。…葬儀には出られませんでしたが、せめて花だけでも供えようと…」
 手に持った花束を墓の前に供える。続けてその隣の墓にも。
 隣の墓はヘクトルの奥方のもの。数年前に、病で死去している。
「……悲しいものですね。私たちの知る人たちが、皆死んでいく。
 それが自然の摂理なのは当たり前なのに、あまりにも突然過ぎるのが多くて…」
 顔を少しだけうつむかせる。悲しみをこらえているのが分かる。
 エリウッドは、言った。
「そうだな。二十年前の出来事が、昨日のように思い出せるのに。もう、共に戦った仲間たちはここにはいない…。
 ……私は、ヘクトルと約束をしていたんだ」
「? ヘクトル様とですか?」
 尋ねると彼は答えた。
「何があっても、互いの危機には駆けつけ、助け合う。…それが彼と交わしていた約束だったんだ。
 二十年前のあの時には、彼はその約束を果たすために来てくれた。
 …しかし、今度は私の番だったはずなのにそれが出来なかった。
 病に冒され、弱ってしまった私は…それが……」
「…エリウッド様…」
 親友を裏切ったも同然――。
 彼の思いが伝わって来る。



 それは、罪の記録。



 決して消えることのない…記憶。
「…それなら、私とて同じです」
 その言葉にエリウッドは続きを待つ。
 やや間があって答えた。
「私もヘクトル様と約束を交わしていたのです。「いつかまた戦争は起こる。その時はまた、俺達を導いてくれ」。
 …ですが、私も危機に駆けつけることが出来ませんでした…」
「君の場合は仕方ないだろう。君の立場を考えれば…」
「それでも自分を悔やんでしまうのです。あの頃のまま自由な立場だったら、私はアラフェンの戦場にいたでしょう。
 ヘクトル様の助けになれたでしょう。でも…それは、できなかった」
 何時の間にか、流している涙。
 悔やんでいることがよくわかる。



 自分と同じく、罪の記録。



「…だが、あの時に比べ何体もの『竜』がいただろう。君の助けがあったとしても…」
「……」
 答えない。しかししばし時を経て口を開く。
「…アトス様の予言通りに事は起こってしまいました。この状況になってしまいました。
 私達が今やるべきことは過ちを繰り返さないこと……」
「そうだな。ヘクトルのためにもこのリキアを守らなければ」
「ええ。私もリキアを――いえ、この大陸全体を守る為に尽力します。
 それがヘクトル様への唯一の償いでしょうから……」
 二人は、空を見上げる。




 ――空は、彼の髪の色のように、青かった。








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