068:はるかな地
私は、はるかな地に思いを寄せる。
あの時の事は忘れはしません。
あなたは私たち母子を、故郷に返した。
それは私とあの子を思っての事なのだと、分かってはいます。
けれど、父親を知らない息子はどうなるのです?
「二度と会えない訳ではない。国が落ち着いたら、必ず迎えに来る」
今もあの人は迎えに来ない。
まだ、戦争が続いているのは知っています。
だから約束を果せないと。
これが私への罰なのも分かっています。
自分の立場を省みずに、あなたを愛した私への…。
それでも、会いたいと願ってしまう。
第二の故郷、はるか北の地へと私は思いを馳せる。
「…母さん?」
教会の窓から外を見ている母に、息子は何か不安に駆られた感じがして呼びかけた。
「…あら、どうしたの?」
母はたおやかな微笑で応える。すると息子は戸惑いつつ答えた。
「母さん…また、外見てたから…どうしたのかな、って思って」
「…ごめんなさいね。考えてたのよ、ちょっと」
「…父さんの事…?」
そう尋ねると、母親は一瞬止まったがゆっくりとうなずいた。
「父さん…戦争で死んだんでしょう?」
「…ええ」
うなずく母。
息子は、父親を知らない。物心つく前に戦争で死んだと聞かされている。
真実は違う。けれど語ることは許されない。
「…母さん。どうしたの。ねえ、母さん」
せがむ息子。母子二人の生活でも、この息子は純粋に育った。
しかし父親がいないことから周りの子からいじめられていることも知っている。
それでも話せない。真実を知れば、きっと過酷な運命に囚われる…そのことが怖い。
「…大丈夫よ、母さんなら。それよりナロンこそ大丈夫なの?
今日も稽古してきたんでしょう?」
「うん。ライセンさんに言われたよ。「筋がいい」って。僕――将来立派な騎士になる。
父さんも、そうだったんだよね」
「…ええ。父さんは…立派な騎士よ…」
またこみ上げてきたものを抑えながら母は言う。
血は争えない。
騎士になることを目指したのはその話もあるだろう。知り合いに騎士がいることもあるだろう。
けれど、決定したのは自分の意思。大切な人を守りたいと思う優しさ…。
ならばと母は一切反対をしなかった。
むしろ望んでいたのかもしれない。夫の面影を息子に見て。
「…さあ、帰りましょう。今日も疲れたでしょう? ナロンの大好きなもの、作ってあげるわ」
「本当!? ありがとう、母さん」
笑顔になった息子の手を引いて帰る母。
家に着く直前、振り返る。
はるかな地。北の地を。
あなた。
ナロンは立派に育っています。
この子の顔を、どうか一目だけでも見てやってください。
早く戦争が終わり、また親子三人で暮らせる日を夢見ています。
会いたいのです、私は。
私が愛した人に。唯一の良人である、あなたに。
だから私ははるかな地に、思いを寄せるのです。
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